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 空が真っ赤に染まるころ、短い追懐の旅は終わった。
 南田さんは実家に泊まるのでホテルの前で別れ、私は透くんと一緒にホテルの部屋に入った。ビジネスホテルだからとても狭い。ほとんどベッドで埋まっている。大きな荷物はドア付近に置き、透くんの手荷物はお情け程度のサイズのテーブルの上に置いた。
 私はというと、リュックを下ろすことなく背負ったままでいる。
 そしてそのまま「ちょっとホテルの中、探検してくるね」と言って部屋を出た。もちろんホテルの探検なんてしない。
 透くんが追ってきていないことを確認してホテルから抜け出し、人がいない物陰でスマートフォンを使って自分の顔を撮る。画面いっぱいに写る自分の顔写真に幻術をかけると、あっという間に私の顔は幼い諸伏さんの笑顔に変化した。
 よし。変なところはない。
 それをポケットにしまって駆け出した。
 透くんが見つけられなかった手がかりを私が見つけられるとは思わない。だけど、捜す相手は松田の友達だから、何もしないまま東京に帰るなんてことはできない。
 長野駅のバスロータリーで路線図が載っている案内板を見上げて私はどこへ行くべきかと頭をひねった。諸伏さんの写真まで準備したけど、諸伏さんは何かの事件によって東京に引っ越したのなら、あまり大々的に調べるのは憚られる。
 こういうとき念写ができれば、あっという間に諸伏さんか、諸伏さんの居場所を知っている人のもとにいけるのに。
 うじうじ考えていてもしかたがない。とりあえず行動あるのみだ。と、発車するところだったバスに飛び乗った。行き先もわからず乗ったけど、流れたアナウンスは「県庁前」。ちょうどさっき南田さんの思い出話にも出てきたことなので、そこで降りることにした。
 「長野県庁」と刻まれた黒い石碑の前で私は立ち尽くした。
 長野駅からバスで四駅しか離れていないし、県庁なら人がたくさんいると読んで下車したのに、曜日が悪いのか時間が悪いのか、思ったより人がいなかった。私の目の前を通る広い道路には車がたくさん走っているのに、出歩く人影はほとんどない。
 どうしようか考えあぐねて、ポケットからスマートフォンを取り出す。写真は手がかりもこれからどうするべきかも教えてくれないのに、無意味にじっと見つめてしまう。
 結構な時間、そうやって下を向いて悩んでいると、急に視界に男性の靴が飛び込んできた。

「大丈夫ですか?」

 低く渋い声に、びくりと肩が震える。
 ばっと勢いよく顔を上げた。
 そこには、きちりと黒い髪を七三で分けた、細い口髭をはやした紳士的な男の人が私を見下ろしていた。
 涼しげな目元はどこか懐かしい気がした。

「迷子ですか?」

 私がスマートフォンの画面を見つめていたから、そう思ったのだろう。
 否定する前に、男性が画面を覗き込んだ。そして「おや」と小さく驚きの声を上げる。

「どうして景光の写真を?」
「え、お兄さん、諸伏さんのことを知っているの?」

 二人で顔を見つめ合って、ぱちぱちと瞬きした。
 男性の質問を答える前に疑問をぶつけてしまったけど、男性は気にすることなく先に私の疑問に答えてくれた。

「私は、諸伏高明。景光の兄です」

 ぽかんと口を開いて高明さんの顔を見た。

「ほ、本当に? 本当の本当に?」

 驚いてうまく飲み込めない私に、高明さんは嫌な顔一つせず、「ええ」と頷いて膝を折って私と目線を合わせてくれた。ぐっと顔が近づく。そして高明さんはわざわざ財布から免許証を取り出して見せてくれた。そこには確かに諸伏高明と書かれている。
 そう言われてみると子供のころの景光さんと目元が似ている。
 すごい偶然に感動する私に、「それで、どうして写真を」と返答を促した。

「えーっと。小学校のとき、景光さんに片想いしていた人が捜してるからお手伝いしてるの」
「ああ……、たしか南田さん、でしたか」
「えっ、知ってるの?」
「子供の好意なんてものは、年長者からすれば雉の草隠れ、隠しているつもりでも隠れていないものですから。……よく彼女が景光に熱い視線を送っていたことを知っていますし、なにより最近、彼女から景光の行方を聞かれましたからね」
「うん。……高明さんも景光さんの居場所を知らないんだよね」
「ええ。警察を辞めたと連絡がきてから。それも数年前のことです」

 それでも、高明さんは成長後、それも成人してからの景光さんを知っている大事な情報源だ。

「ねえ、景光さんが大人になってから写真って持ってない?」

 はたして男兄弟で、弟の写真がスマートフォンに入っているものかわからないけど、遠く離れて生活しているのならもしかすると、と思って聞いた。
 顔さえ見ることができれば、さっき私の写真を子供のころの景光さんにしたように、別の写真を大人の景光さんに変化させることができる。そうしたら、あとは東京で地道に捜せばいい。
 祈るような気持ちで聞いた私の願いを、高明さんは「ええ、ありますよ」とあっさりと叶えてくれた。

「み、見せて!」
「もちろんです。少々お待ちください」

 興奮で落ち着かない私に対して、高明さんはずっと冷静だ。
 高明さんがすいすいとスマートフォンを操作する時間すら惜しく感じるほど気が急っている。
 そして、永遠にも感じられる数十秒ののち、高明さんは「これが一番最近です」とスマートフォンを渡してきた。
 それを見た瞬間、私は息を飲んだ。
 心臓に冷や水を浴びせられたような衝撃で身体が固まり、息を吐くことができない。思考も。視線をそらすことすら。
 写真の状況を説明してくれる高明さんの声も遥か彼方、遠く聞こえる。
 ただ私の頭の中で「スコッチ」という言葉がずっと駆け巡っていた。
 そう、写真には私が知っているより若いスコッチが写っていた。
 どうして気づかなかったんだろう。小学生の景光さんの写真を見たときの既視感も、高明さんの目元の懐かしさも、どちらもスコッチによるものだったんだ。気づいてしまえば、私のスマートフォンに写る少年はスコッチにしか見えない。気づかなかった私が馬鹿みたいにそっくりだ。
 ぐるぐる、ぐるぐると混乱する。スコッチとの記憶と、景光さんのことで頭の中がめちゃくちゃになる。
 どうしよう。どうすればいい。
 誰も知らないんだ。
 友人の話をしてくれた松田も、初恋の人を捜す南田さんも、弟と連絡が取れないと言う目の前の高明さんも。誰も景光さんが死んだことを知らない。
 きっと、ただ一人を除いて。

ヒトリヨガリ