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「ごめん、お待たせ」

 謝りながら小走りに透くんに近寄れば、透くんは手に持って吟味していたトマトをカゴに入れて「全然待ってませんよ」と軽く笑った。
 東京へ帰る新幹線を待つ間、併設されたステーションビルでお土産を見ていた私の元にジンから電話がかかってきたのが十分ほど前のことだった。さすがにその場で電話を取ることができずに、駅から出て人の少ない場所に移動したので無駄に時間を食ってしまったのだ。

「急用ですか?」
「ううん、全然。明美さんのこと。最近会ってるのかってさ。久々に会った父親との会話かと思っちゃった」

 言葉だけなら、離れて暮らす娘の交遊関係を気にする親のそれだった。

「どうして彼女のことを?」
「さあ。でも、会わせるって言われたから今度明美さんと会ってくるね」
「ええ。それなら彼女にもお土産を買いましょうか」

 そう言われてあたりを見回すけど、今いるのは生鮮食品を取り扱うお店だから、いつ会えるかわからない明美さんに買えるものはない。
 それなら何か見て回ろうということになり、カゴの中身の会計を済ませた透くんとビルの中をぐるぐると歩いた。ビルに入っているお店は東京にもあるようなチェーン店が多く、周りの客も観光客には見えない若者が多い。それでも日持ちするちょうどいいお土産を探し、最終的に長野県産のカシスのジャムを買った。昨日、カフェで食べたケーキにも同じものが使われていて美味しかったからだ。
 これでもう心残りはない、そう思ってビルから出て新幹線の改札に向かっていると、透くんがふいに足を止めた。視線の先は駅構内の壁。クリーム色の壁の一角に、四角に切り取られた星空が貼られている。長野にある国立天文台のポスターだ。

「透くんって、星が好きなの?」
「いや、それほどは。……だけど、たくさん思い出があるから見るのは好きですよ」
「彼女?」
「友達です」

 きっぱりと言い返した透くんは、もうポスターから視線を外している。だけど私は、プライベートが謎な透くんから出た友達という言葉に好奇心を刺激されて、その話をねだった。

「星を見に行っていたのは子供のころだから、愛子が面白がるような話はありませんよ」と、先手を打ってしまったけど、面白くなくてもいいからとお願いすれば、透くんは一度閉口して時計を確認してから話し始めた。
「小学生のときに理科で天体のことを習ったあと、友達が流れ星を見たいと言ったんです。それで夜中にこっそり家を抜け出して自転車で星が見れそうなところまで行ったんですけど、結局そんな運よく流れ星を見ることなんてできなくて。……リベンジしようと思ったら今度は天気が悪くて見れずじまいで、結局僕が近所のプラネタリウムに連れて行きました」
「それで満足したの?」
「しませんでしたね。だから、流星群のニュースを見る度に誘ってきて何度も何度も見に行ったんです。……今でも星を見ると探してしまうんですよね。見つけたってどうしようもないのに」

 なんでもないように呟いて改札を通った透くんの後ろをついていきながら、私はもう一度振り返ってポスターを見た。
 漆黒の夜空に浮かぶ星と、カジュアルなフォントで書かれた天体観測という文字。その向こうに昔の友達の姿が見えていたのだろう。

「……友達とは」
「もう会えません」
「そっか」

 私は透くんの過去を知らない。どれだけの別れを経験したのかも、それがどのような別れだったのかも。

「ねえ、透くん。今日の夜ごはんってもう決まっている?」
「いえ、まだですけど」
「じゃあ、何か私も一緒に作れる簡単なものにしようよ。パスタとか」

 顎に手を当てた透くんは、きゅっと唇を引き結んで思案したあと、さっき買った野菜に目を落としてから「じゃあペスカトーレにしましょう」と一人で頷いた。
 頭の中に、ぼんやりとアサリやイカの入ったトマトソースのパスタが浮かぶ。私は作ろうと思ったこともない料理だ。

「ペスカトーレ、って簡単なの?」
「難しくはありませんよ。トマト缶じゃなくてトマトで作るので多少手間はかかりますけど。でも一緒に作るなら、あっという間にできるより手の込んだものの方がいいでしょう?」
「……透くんがいいならいいけど」
「それで、どうして急にお手伝いをしたくなったんですか?」

 そう聞かれて、私の頭の中の赤いトマトはエプロンに変わった。

「スコッチの話をしたくて」

 透くんが私を見下ろすのを気にせず、私は声をひそめてとりとめもない考えを口にした。

「昨日景光さんの話を聞いていたけど、それは南田さんの中の景光さんでしょ。私が知ってるのはスコッチだけだし、松田の友達としてスコッチを思い出したくなったの。なんて言ったらいいかわからないんだけど、スコッチの中の景光さんを探したくなった、みたいな」
「大丈夫、わかりますよ」

 透くんの返事にほっと安心して、「だから料理を一緒にしたいの」と締めくくった。
 スコッチの話をするときは、スコッチにもらったエプロンをつけてバーボンと一緒に料理を作って、それを食べながら。ルールほど厳格なものじゃないけど、エプロンに紐付けられて記憶が解かれていくからいつもそうしている。
 そういうことなら、うんと美味しいペスカトーレを作りましょうと、やけに張り切った透くんとともに、東京に戻る新幹線に乗り込んだ。
 その日はいつもより賑やかな夜になった。

ヒトリヨガリ