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白衣、黒髪、ひげ面。
目が覚めて私の目の前にいたのは、そんな男だった。
ぼんやりと霞がかった頭では、それが誰かも、ここがどこかも考えることができなくて、誰かが私のそばで会話するのを別世界のできごとのように聞いていた。
「ほら、起きただろ? もっと俺を信じろよな」
「こんな幼い子にまで手を出そうとしたロリコンのことを、どうやって信じろって言うんですか?」
「いやいや、さすがの俺だってこんな小さい子に手を出さねーって! でも大人になったらベッラになるからな、可愛がるのはしゃーねえだろ」
「それが異常だと何度言えば……。いえ、そんなことより、まだ意識がはっきりしてないようですが?」
「まだ麻酔が効いてるんだよ。もう一回寝たら元気になるっての。お前はもう家に帰れ。ここは男の来る場所じゃねえんだから。女の子以外立ち入り禁止だ!」
「愛子をあなたと二人きりにできるはずないでしょう! 他に助手はいないんですか?」
「いやいや、闇医者にそんな上等なもんいねーよ。ちゃんと起きたら連絡するし、退院するときも教えるからいいだろ。ほらほら、帰れ帰れ」
「ちょっと待ってください! あなたに連絡先なんて教えてませんよね?」
「愛子ちゃんから連絡させるから、大丈夫だって。チャオ〜!」
耳の中に水が入ったようにくぐもって聞こえにくいけど、騒がしいやり取りのあと部屋は静かになった。
帰ったのかな。
確かめたいけど、体が思うように動かない。
それでも、夢うつつの中でずっと思っていた言葉を口にした。
「……ごめん」
なんの謝罪だっけ。誰に向けてだっけ。
ああ、何も考えられない。
ぐらりと眠りに落ちそうになる。
「別に愛子は謝るようなことをしてないですよね?」
小麦色の大きな手が私の頭を優しくひと撫でしてから、私の視界を奪った。
謝るようなことはしてないけど、でも謝りたいと思ったの。
そう言いたかったけど、柔らかい温度の手によって私の意識はまた深いところに落ちていった。
次に起きたときは、気分爽快で頭の中はすっきりクリアになっていた。
寝ていたのは広いマンションの一室。目覚めて数分後に部屋に入ってきたおじさんは、何度か会ったことのあるイタリア男だった。
「シャマルさん、お久しぶりです」
「いやー、ほんと何年ぶりだ? まさか愛子ちゃんとの再会が血まみれとは思わなかったぜ」
「……すみません」
気まずくて鼻先まで布団を被った。
「おいおい、せっかくの可愛い顔を隠したらもったいねーだろ」
「そんなんだから、バーボンにロリコンって言われるんですよ」
相変わらずの軽い言葉に気持ちが軽くなって笑っていると、シャマルさんは「そうそう。女の子は笑っとけ」と厚い手で私の頭をぽんぽんと叩いた。
「それより、どうしてシャマルさんが?」
まさかボンゴレに何か? と眉をひそめる。
「お前らボンゴレのやつらはすぐに俺を都合よく使うが、俺はフリーの殺し屋だぜ? 普通に闇医者やってたら、ちょっと愛子ちゃんの潜ってる組織のやつらと関わって、たまに治療してるんだよ」
普通に闇医者をやってる、なんて頭が混乱しそうな言葉もここ数年で慣れたものだ。
なんだ、私がシャマルさんに治療されたのは偶然か。と納得したが、そのあとすぐに「まあリボーンに頼まれて愛子ちゃんと会う機会をうかがってたんだけどな」と茶目っ気たっぷりにウインクされた。
そしてシャマルさんは、「ほら」とノートパソコンをベッドサイドのデスクに置いた。軽く操作をすると、モニターにリボーンの姿が映し出された。
「ちゃおっス。久々だな」
「うん。リボーンは元気そうだね」
軽く挨拶をしてから、すぐにリボーンは本題を切り出した。
「今、組織から離れてるんだろ。それなら仕事しろ」
「えええ、しなくていいって言ったのはリボーンでしょ! あんまり動き回ると不審がられるって」
「ああ。だから別にこっちの仕事を手伝えって言うわけじゃねえ。そっちで起きてる事件を適当に調べるくらいだ。雲雀と交わした契約とほとんど一緒だ。イタリアンマフィアの情報を流すのが増えるくらい、どうってことねえだろ」
たしかに雲雀くんとは、私が組織のことで雲雀くんの力を借りる代わりに、私は雲雀くんに活きのいい餌を渡す約束をしている。それの延長なら……と渋々頷いた。というより、どれだけ私が嫌がってもリボーンの決定は覆らないのだから無駄な抵抗は止めた。
「まさか銃撃犯を探せっていうの?」
「いや、そっちは雲雀の管轄だ」
「ああ……」
並盛でも発砲事件があったと前に言っていたし、雲雀くんが意気揚々と犯人を追い詰める図が容易に頭に浮かんだ。
「でも、そんなことのために、わざわざリスクをおかして私と接触したの?」
リボーンらしくないなあと思えば、リボーンはトレードマークのボルサリーノをくいっと深く被り直して「薬でその姿になったんだから、普通の病院で治療を受けたらどんな副作用が出るかわからねえだろ。万が一のためにシャマルを用意してたんだ」と、ぶっきらぼうに言った。
語調は冷たかったけど、内容は私を心配するようなもので、驚いて「え!」と声を上げてしまった。私の横でシャマルさんは「『用意した』って、人を物みたいに言うなよ!」と文句を言っているけど、そんなこと気にしていられない。
リボーンは女に優しいけど、私に対してはその優しさは厳しさになる。一般人出身でなおかつ戦闘力を持たない私は、裏世界で渡り歩けるようにと厳しい特訓を施された。綱吉のようにリボーン直々ではない分まだ苦労は少ないけど、それでも私にとってもリボーンは怖い先生という意識があった。
そんなリボーンからの貴重なデレだ。
ぽけっとしていると、舌打ちしたリボーンは「ついでにシャマルに健康診断もしてもらえよ」と言って通信を切ってしまった。
「じゃあ、とりあえず愛子ちゃんは、あの優男に起きたことを連絡して、一週間後に帰るって言っといてくれ。じゃなきゃ、あの男すぐにでも乗り込んできそうだからな」
「そりゃ、シャマルさんに女の子を預けたいって人の方が少ないでしょ……。バーボンの反応は大人として当然ですよ」
「えー」と唇を尖らすシャマルさんを尻目に、言われたとおり透くんに電話をかけた。
何度も何度もシャマルさんから不用意な接触をされていないか確認するので、いったいシャマルさんは私が意識のない間に何をしたんだと苦笑して、さすがに十歳にも満たない子供に手を出さないだろうから大丈夫だと言い含めた。
それから丸一週間、シャマルさんのマンションで傷口が塞がるまで安静にして過ごし、健康診断を受けたりシャマルさんのトライデント・モスキートで不調を治してもらったりして、透くんの家に帰るころには足の傷以外、来る前よりも絶好調になっていた。