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鳥のさえずりの声で目が覚めた。
ベッドサイドの窓から外を見ると、そこには朝の世界が広がっている。大きく息を吸って、長く吐くと脳が覚醒していく。
やっぱり自分の部屋が落ち着く。シャマルさんのマンションも居心地はよかったけど、借り物の中で生活するのは息が詰まった。
ごそごそと布団の中で寝返りを打つと、部屋の隅に置いている白のソファーの上の塊がもぞりと動いたのが視界に入った。
「え、透くん?」
大きな体を窮屈そうに押し込み、長い髪が顔にかかって見えないけどたぶん寝ている。
驚いて体を起こすと、その微かな物音で透くんは目を覚ました。
「……おはようございます」
目を瞬かせた透くんは、まるで寝起きとは思えないスムーズな動作で立ち上がり、机の上に置いてあったピッチャーを手に取ってコップに水を注いだ。
「どうぞ」と、それを当たり前のように私に渡してきたので、私の方も何も考えずに「ありがとう」とお礼を言ってから受け取って渇いた喉を潤した。
「いや、どうして透くんが私の部屋にいるの」
「愛子は寝ていましたが、夜中に熱が出ていたんですよ。それで心配で」
熱が出たくらいで、わざわざソファーで寝るの?
頭の上にたくさんクエスチョンマークを浮かべていると、透くんは事もなげな様子で「体調はどうですか」と聞いてきた。
「別に悪くない……というか、私は熱が出てたことに気づかなかったくらいだし。そんなに高熱だったの?」
「いえ。微熱程度ですよ。帰ってくるのに疲れたんでしょうね」
「……それなのに様子見ててくれたんだ?」
「ええ」
そういうものなのか。うーん、と首を傾げていると透くんが「そんなことより」と表情を和らげた。
「犯人はもう捕まりましたよ」
「はんにん……。って、私を撃った犯人?」
「ええ、もちろんです」
「早いね。……まさか透くんが?」
透くんは肩をすくめて、首を横に振った。
「残念ながら僕は何も関与していません。他の人が犯人を探しだしたそうです」
他の人という言い方から考えて、警察が捕まえたのではないらしい。となると、きっと雲雀くんだろう。さすがの仕事の早さだ。
それにしても――。
「どうして犯人はあそこで乱射したんだろう……」
無差別なら、もっと人が密集しているところの方が当たる確率が高いだろう。
「さあ、僕もそこまでは。ただ犯人はあの近くの学校に通う高校生だったらしいですよ」
「ふうん」
「まあ、そういうことなので安心してくださいね」
「あ、うん。ありがとう」
犯人は捕まったし、傷さえ治れば元通りの生活に戻れる。それがいつになるかはわからないけど。
一週間で血が滲まなくなった。でも貫通してできた内部の傷はまだまだ癒えてはいない。鎮痛剤を飲んでいても、足に力を入れたらじくじくと鈍い痛みに襲われる。
この痛みも傷も、私が潜入中でなければボンゴレの力であっという間になくすことができたのに。
少しだけ憂鬱になっていると、透くんが「朝食の準備をしてきます。愛子は絶対に動き回らないでくださいね」と念を押してきた。
「そんな、子供じゃないんだから……」
「愛子は言っておかないとふらふら歩き回りそうな子供ですよ」
痛いのに無理をするほどバカじゃない。そう思って、むっとしたけど、そんな表情を見透くんは笑うだけだった。
開いた戸の向こうはとても明るい。時計を見れば十時を過ぎていた。
「……透くん、つかのことお伺いするけど、仕事は?」
「休みます」
「休むの⁉」
そんな気はしたけど、本当に休むなんて。
「体調不良の子供を一人残して家を空けられるわけがないでしょう?」
「でももう熱ないのに……」
そう言っても透くんは聞く耳持たず、その日、透くんは探偵の仕事を休んで私に付きっきりだった。熱を出したのはその夜中の一回きりでそれ以降は体調を崩すことがなかったので次の日には仕事に行ってくれた。
一人家に残っている私はベッドから窓の外を眺めていた。
夏の荒々しさがなくなった霞がかった柔らかな青空に、雲がゆっくりと流れている。代わり映えしなくて面白くもなんともないので、浅い睡眠に落ちたり、ぼんやり目が覚めたりを繰り返していると、玄関から物音がした。解錠した金属音だ。
透くんの静かな足音は、まっすぐこちらに向かってくる。そして私の部屋の前で止まり、軽やかな音を立てて引き戸が開かれた。
「ただいま」
「おかえり、なさい?」
どうしてか、透くんは部屋の中に入ってこない。開いたドアの隙間から顔を覗かせ、私がしっかり寝ていることを確認して満足そうに笑っている。
「透くん、どうしたの?」
「実は、愛子にプレゼントを買ってきたんです」
にこにこ笑う透くんは、やっとドアを大きく開いた。両手に白色のクマのぬいぐるみを抱えていた。
つぶらな黒の瞳と、優しく微笑んだ口もと。首にはオレンジ色のスカーフが巻いてある。可愛い。とても可愛いんだけど……。
「大きくない?」
ぬいぐるみは、透くんの半身ほどのサイズだった。
部屋に入ってきた透くんにそのぬいぐるみを渡されたので抱えてみると、ずっしりと重量があった。私より少し小さいくらいだから、まるで抱き枕のようだ。
「大きい方が寂しくないでしょう? 怪我が治るまで僕が仕事に行っている間、一人きりになるから、この子に愛子の相手をしてもらうことにしたんです」
思わずぬいぐるみと見つめあった。
わからない。小学生の女児はお留守番が寂しいとき、ぬいぐるみに相手してもらうものなのか。
心の中でぬいぐるみに聞いてみたけど、当然返事はなかった。
「そのために、わざわざ買ってきてくれたの?」
「うーん、わざわざではないかな。元々誕生日プレゼントにぬいぐるみをあげようとは考えていたんです。こんな大きなサイズではありませんでしたが」
「誕生日プレゼント……」
「少し早いけどね。誕生日まで待っていたら傷もだいぶ治っているだろうから、前倒しすることにしちゃいました。当日はケーキを食べてお祝いしましょうね」
透くんは、「もうすぐ八歳ですね」と、まるで子供の成長を喜ぶ親のような暖かい表情を浮かべた。
は、恥ずかしい。
なんとも表現できない、むずむずした気持ちが沸き上がる。
誤魔化すようにぬいぐるみを抱き締めた。透くんが選んだだけあって毛並みもいいし、ぽってりとした胴体はほどよい弾力で気持ちがいい。
「気に入ってくれました?」
「うん」
「よかった」
ほっと、安心したように透くんは息を吐いた。
「……いつも自信満々な透くんが、随分と弱気だね」
「ええ、……まあ。白の方がソファーに合うかと思って選んだんですけど、普通の茶色とか、愛子の好きな青色のテディベアも置いていたので悩んでしまって」
「普通のとかも可愛かったんだろうけど、私、シロクマ好きだからこれで嬉しい」
「シロ、クマ?」
「どこからどう見てもシロクマでしょ」
ぬいぐるみの顔を透くんの方に向けて、ずいと近づけた。
しばらくぬいぐるみを観察した透くんは、最終的に「まあ、白いクマだからシロクマか……」と無理矢理自分を納得させていた。シロクマに見えないなら見えないと言えばいいのに。
私にとっては立派なシロクマを布団の中に連れ込んで、思いっきり抱き締めると、透くんは笑いが滲んだ声で「もうしばらく、大人しくしていてくださいね」と言ってから部屋を出て行った。