96
成長した体に合わせた少女趣味な黒のドレスを身にまとい、足には履き心地の悪い新品の黒のパンプス。
広いホールは豪華絢爛な装飾が施されているけど、今は照明が落とされているから見ることはできない。そのかわりに舞台を彩っているのはショーだ。華やかな衣装の美男美女が観客を楽しませるために笑顔を振り撒き、全身全霊をかけて踊るダンスは圧巻だ。
こんな状況でなければ、私も心から楽しめただろう。
円卓のテーブルにともに座っているのは、バーボンではなくベルモット。
久々のベルモットからの呼び出しだった。
私はベルモットのもう一つの顔であるシャロン・ヴィンヤードの義理の娘ということになっている。なので、シャロンが社交パーティに参加するときに私を利用することが何度かあった。だけどバーボンと同居してからは呼び出されてもタイミングが悪くて同行できていなかった。
だからといって、これはあんまりだ。
舞台で踊る演者たちは、みんな外国人。歌う曲や、周りから聞こえる声も外国語。
そう、ここは日本ではない。東京から一万キロメートルも離れた異国の地。アメリカ、ニューヨークである。
一年ぶりに会ったベルモットは問答無用で私を飛行機に乗せ、そしてこのパーティに連れてきた。相変わらず、目的も何も教えてもらっていない。
すべての演目が終わると、割れんばかりの拍手や歓声のあとに照明がついた。
私と似たデザインの、それでいて大人っぽくて洗練された黒のドレスを着たベルモットは、シャロンの顔で「どう? 楽しかった?」と優しく微笑んだ。
「うん。すごく楽しかった! 回ったときのスカートがひらひら〜ってなって綺麗だった」
周りに不審がられないように手振りを交えて感想を伝えてから、椅子をベルモットに近寄せて「で、このパーティに何かあるの?」と尋ねた。何もなければ偽造パスポートまで準備して私を連れてこないだろう。
ベルモットが何かを答えようと口を開いたけど、その言葉が出る前に私たちの背後から明るい女性の声がシャロンの名前を呼んだ。
ベルモットと私は同時に振り返った。
そこにいたのは、シャロンよりいくらか若く見えるブロンドの髪をシニョンにまとめた小綺麗な女性だった。
彼女はベルモットに親しげに挨拶すると、私に視線を移して「クリスじゃないのね?」
と首を傾げた。それに対してベルモットは「あの子とは、もう十年ほど会ってないわ」と首を竦めて返事をして、そして「少し前に引き取った子よ」と私を紹介した。
シャロン・ヴィンヤードの顔に泥を塗るわけにはいかないから、できるだけ愛嬌のある笑顔を作って、「こんにちは。愛子です」と挨拶をすれば、彼女は「あら! お利口さんね」と喜んでくれた。その声が大きかったから周りの注目の的になってしまい、私はちょっと居心地が悪くなった。
それから、いくつか会話を楽しむ二人の横で大人しく、そしてできるだけ上品にごはんを食べていた。
女性が去っていったあと、私は待ってましたとばかりにベルモットの腕を引いた。
「クリスってシャロンの娘だよね? 会ってないってことは、彼女は組織とは関係ないの?」
周りに日本人がいないとはいえ、日本語を習得している人がいるかもしれないからできるだけ小声で聞いた。それでも、ハリウッド女優のゴシップに、思わず興奮して食い気味になってしまった。
ベルモットはそんな私を無言で見つめ、瞬きを二つした。
「あなた、もしかして……」
「なに?」
「ふっふふ、いえ、なんでもないわ。今度、クリスに会わせてあげるわ」
さっきの女性とは娘と不仲だと話していたのに、あっさりとベルモットがそう言ったので私は混乱した。結局、クリスが組織に関わっているのかも答えてないし。
何が何やらわからないでいる私に、ベルモットは「まあ今は適当にパーティを楽しみなさい」と大雑把な指示をしてきた。
「これは子供のいるジャーダクラブ会員だけのパーティなの。クリスは連れて来ることができないからあなたが必要だったのよ」
「喧嘩してるってことになってるもんね」
「ふふ、そうね。公には」
ベルモットは何が楽しいのか、しきりに笑いながらざっくりとした説明はしてくれた。
慈善活動団体であるジャーダクラブのニューヨーク支部では毎年二月に宝物である子供を神に捧げる、という名目で子供のいる家庭の交流会が行われている。ベルモットが今、目をつけている人物がこれに参加をするから私が必要だったそうだ。
「本当はあの男を見張ってほしかったんだけど……」
ベルモットがこっそりとフォークで指したのは、濃い茶色の毛をラフにオールバックにした中年の男性だった。三十代後半に見えるが、しっかりと鍛えているようで引き締まった体をしているからもっと若いようにも思える。
「何している人?」
「武器商人。表向きはアメリカ軍に対しての商売だけど、その裏で密輸密売をしているの。私たちはその甘い蜜を分けてもらいたいのよ」
男は小太りの中年と楽しげに談笑している。ベルモットいわく、あれも商売の話らしい。
「怪しい動きをするのをあなたに探らせたかったんだけど、思ったより会場が狭かったから丸見えね」
「誰と喋ってるか一目瞭然だね」
「ええ。だから、向こうも警戒してそこまで黒い話はしないでしょうし」
ベルモットは男から視線を外し、テーブルの上の料理に手をつけた。もうどうでもいいらしい。
だけど私は気になってその男を眺めていた。
ジャーダクラブはいわゆる成金は少なく、由緒ある名家だとか代々資産家という会員ほとんどだ。それなのに、武器商人の男はあまりにもあからさまに欲深い表情を浮かべている。
「子供を神に捧げる日なのに子供のそばで武器の密売の話をするなんて、罰当たりだね」
「あの男は神様なんて信じていないわよ。ただ武器で小金を稼いだから金持ちのコミュニティに入りたかっただけ。あわよくば、そこでも金を稼ごうとね」
「そういう人でも会員になれるんだ」
「今どき神様なんてただの象徴でしかないわ。ここにいるどれだけの人が慈愛の精神で活動を行なっているかわかったものじゃない。最初は崇高な信念のもとに発足した団体でも、時が経て世代が移れば変わるものなの」
「ふうん、……そういうものなのかあ。なんだかもったいないね」
「なあに? あなたもしかして神様でも信じているの?」
ベルモットは、嘲るように笑った。
実際にいるかどうかと、信じるか信じないかは別問題だ。信じてそれで救われる心があるのなら信じればいい。信じて神の名の下に慈善活動を行うのなら、信じないよりいい。
そう考えている間に、ベルモットは私をバカにしたように鼻で笑った。
「神様なんていたら、あなたはマフィアに売られることもなかったでしょ」
その言葉には、苦々しい憐れみの色が滲んだ、明るいパーティ会場とは不釣り合いな暗い声だった。