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パーティはつつがなく終わり、何かあったときのために持ってきていたサングラスはバッグの中で眠ったまま出番はなかった。
結局離れた席にいた武器商人の男とベルモットは一度も挨拶することなく、帰るときの人混みの中でさえ近づくことはしなかった。
建物の外に出ると、広い道路には所狭しと迎えの車が止まっていて、着飾った人々を次々と積んで走り去っていく。
ベルモットはそんな中をカツカツとピンヒールを鳴らして通りすぎ、すぐ近くの細い通りに入った。そこには一台の黒のポルシェが止まっている。ナンバープレートは私の知っているものとは違うけど、ベルモットは迷うことなくその車の窓をノックすると、返事を待たずに助手席のドアを開いた。
「ハァイ、ジン。わざわざあなたが迎えに来るなんて。驚いたわ」
私は開いたドアから中に乗り込み、後部座席に腰を沈めた。そのすぐあとにベルモットも車内に乗り込みドアを閉めると、ジンは車を動かした。
「何かあるのかしら?」
「いや、ちょっとした野暮用があるだけだ」
「ふうん。あなたが運転なんて明日は雷でも落ちるんじゃない?」
失礼な物言いだけど、私も驚いたからベルモットの気持ちはわかる。いつもジンは助手席で、運転するのはウォッカ。唯一私がジンの運転する車に乗ったのは――、スコッチが処分されたあの夜だけ。
ぞわりと悪寒がして背中に嫌な汗が流れた。
冷徹な悪魔のようなジンが動くということは、何かが必ず変わるはずだ。
緊張で口の中がからからに渇いた。
私たちを乗せた車は、高層ビルに囲まれたニューヨークの華やかな街を通り、次第にファストブランドの店が建ち並ぶ落ち着いた地区に入っていった。
イタリアとも日本とも違った景色を楽しむ余裕もなく、どこに連れていかれるのかと神経を研ぎ澄ませて周囲を警戒していた。
運転するジンは不敵に笑い、助手席で窓に肘を置いて頬杖をつくベルモットはアンニュイな表情で外を眺めている。
「ファルコはどうだった?」
「まあまあね。警戒心は強そうだけど、成り上がりなだけあって脇が甘そうだわ」
「使えそうか?」
「あの男の持ってるものはね。あの男本人は腰抜けだと思うけど、まあ大丈夫でしょ。可愛い可愛い娘がいるみたいだから何かあっても裏切るようなことはないわ」
「はっ、大事な娘がいるっていうのに随分な商売をしているんだな」
二人の会話に出てくるファルコというのは、おそらくベルモットが接触しようとしている武器商人の名前だろう。それはわかるけど、どうしてもその名前が気になった。
「ファルコって、鷹?」
それはイタリア語だった。
ベルモットはなんでもないように頷く。
「あの男はイタリア人よ」
「もしかして、……だから私を連れてきたの?」
「ええ。あの男、イタリアを拠点にしているけど使う言葉は英語。仕事で使う英語より、母国語のイタリア語の方が何か情報を漏らしているかもしれないでしょ。あなたはその目で監視して、そのイタリア語の情報を盗みなさい」
簡単なことのように言うけど、なかなか重労働だ。
バレないように溜息をついて、これからの面倒な仕事に憂鬱になった。
「そのファルコにどうやって接触するの? 娘と仲良くなるとか?」
「再来週、別のパーティがあるからそこで考えるわ」
「再来週って……、日本に帰るのいつになるの?」
「さあ。そんなこと私は知らないわよ」
絶句した。
コンビニに行くくらいの気軽さで連れてこられたから、このパーティが終わればお役目後免になると思っていた。
「え、バーボンにそんな長期になるなんて言ってないよ?」
「どうしてバーボンの許可がいるのよ。あなたはバーボンのものじゃなくて、組織のものでしょ?」
「そ、うだけど……。いやいや、一緒に住んでるんだから許可はともかく報告は必要だよ! 食料品の管理とか、私の部屋の掃除とか色々変わってくるじゃない」
生活をともにする者の義務でしょと主張すれば、ベルモットは「随分と所帯じみてるわね」と見下すように言った。
まあ、ベルモットやジンに常識が通用するとは思っていない。これ以上何か言っても無駄だ。帰ったらバーボンに連絡しないと。
さっきとは違う溜息をついていると、視界に赤いランプがちらついた。
普通の車のランプではない、何かを伝えるような点滅する強い光はパトカーのもの。
事故でもあったのかと窓の外を見ると、白い車が何度も停まっていた。その車体の側面に青色で書かれた文字はFBI。
同じようにFBIのパトカーを見ていたベルモットが、楽しげに「ちょっと様子を探ってちょうだい」と言ってきた。
「はーい」
言われるがままに私は目を赤に変えて、パトカーの密集する場所に分身を飛ばした。
――どうやら事件は起きたあと。細い路地の入り口に 、黄色のバリケードテープが貼られている。でも中に入る私を止める者は誰もいない。
――あちこちに数字が振られた鑑識標識が地面に置かれ、いろんな人が忙しなく動いている。鑑識写真を撮る者、何かを採取している者、ライトを照らして証拠を探している者。
――そういう人たちの間を縫って進んでいくと、血だまりの中、倒れている遺体があった。
――近くの捜査官たちその遺体や、少し離れたところに落ちてあった空薬莢を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。「また奴か」「そのようです」「今回は目撃者もなし、か……」「薬莢も冷たいですし、もう遠くに逃げているでしょうね」
盗み聞きした会話の中、私は「赤井捜査官」という名前を聞いて分身を消した。そしてジンの後ろ姿を見る。
「通り魔みたい。銃を使った連続殺人犯」
私がそう言うと、覚えがあったのかベルモットが「ああ、あれね」と納得した。
ジンは最初からあれが連続殺人犯によるものだと知っていたように「それで? 何を見た?」と聞いてくる。
「事件のことは何も。FBIも全然犯人を見つけられていないみたい。……ただ、『赤井捜査官に報告しろ』と言ってるのを聞いたよ」
ベルモットが息を飲んだ。
「ジン、まさか赤井って」
「ああ。……あの裏切り者だ」
ジンは喉を鳴らして笑うと、「犬どもが騒いでいるからまさかと思ったが大当たりだったようだな」と上機嫌に言った。
「ジン、ライを始末するの?」
聞きながら、なにを当たり前のことを聞いているのだろうと思った。
ジンは裏切り者に容赦ない。今まで一年以上何も動かなかったのが不思議なくらいなのだ。
思ったとおり、ジンはあっさりと頷いた。
「ああ。だがそれは俺じゃねえ。……ベルモット、お前が行け」
「はあ、……まあ仕方ないわね」
めんどくさそうにしているけど、ジンからの命令はさすがのベルモットも拒否できないようで渋々了承した。
そうなったからには、私が手出しすることはできない。
ライのことは好きだ。言葉が足りないと思うことは何度もあったけど、なんだかんだ優しかったし、下に兄弟がいるだけあって頼りがいはあった。でも、ライを助けるために組織を裏切られるかというと、そうではない。そもそも私の手助けが役に立つのかもわからない。
大丈夫。ライは今、FBIの仲間たちとともにいる。スコッチのような孤立無援の状態ではない。だからきっと大丈夫。
このニューヨークのどこかにいるライなら、ベルモットの魔の手からだって逃げきれる。