キャラの思わぬ行動を見てしまう話
休憩室に食べかけのお菓子を置いたまま席を離れて十分ほど。両手で紅茶の入ったカップを持って、さっきまでいた休憩室に戻ると、席にはライがいた。それはいい。私のカーディガンが椅子の背にかけたままだから、私の座っていた席だってわかって座ったんだろうし。私が休憩室や食堂にいるのを見つけたら、みんなできるだけ一緒にいてくれようとしているから慣れている。
それよりも、気になることが一つ。ライがじっと私のチョコレートを見ていることだ。一瞬、「またこんな甘いものばかり食べて」と怒られるのかと思ったけれど、最近は怒られるほどお菓子を食べていない。ライの目の前にあるチョコレートだって、コンビニで買った数粒しか入っていない小さなパッケージのやつ。そもそもバーボンじゃあるまいし、ライは私がお菓子を食べているくらいでガミガミ怒らない。
それじゃあどうしてライはチョコレートを見ているんだ? 手に持ったカップがスプーンと擦れて音が立たないように気を付けながら体勢を整えた。そんなに見つめるほど不可解なことが書かれたパッケージだっけ? 頑張って思い出してみたけれど、普通のパッケージだったはずだ。変なものが入っているわけでもない。
ライの周囲には人はいないから、ライの奇行を気にする人もいない。誰か「何してるんですか」って聞いてよ、と念を送るが誰もライを気にしてはいない。
諦めて直接聞こうかと少し足を動かした瞬間、ライの腕がピクリと動いた。私の体は再び石像のように固まった。
ライはするりと手をチョコレートの方に動かしたが、指先がチョコレートの袋に触れるか触れないかの瀬戸際で動きを止めた。そして数秒その状態のまま停止した。
何をするんだと気になり、ドアの小窓から顔を覗かせようとしたがそのタイミングでライもこちらを見たので慌ててしゃがんだ。たぶん見つかってはないはず。しゃがんだまま体を移動させ、今度はドアではなく窓からそっと中を見る。やっぱりライは私に気づいていなかったようで、何事もなかったかのようにチョコレートの袋を見つめていた。
ライが二度目に腕を動かしたときは、意外とすんなり袋を触った。そして中身を確認するように触っている。たぶん、触り方から推測するに、残っているチョコレートを数えているのかな。数え終わったライはチョコレートの袋を机に置いて、何事もなかったかのような顔でポケットからガムを出してきて一つ口に放り込んだ。
さも、「チョコレートなんて気にしてない。そこにあることすら気づいていない」なんて言いたげな表情で、開いた口がふさがらなかった。いったい何がしたかったんだ、やら、なんでそんなにどや顔でガムを噛んでいるんだ、やら気になることが多すぎて頭がくらくらする。とりあえずライの奇行は終わったようなので、少しこぼれてしまった紅茶をしっかり持ち直して立ち上がった。
なに食わぬ顔で休憩室に入れば、ライもなに食わぬ顔で私を見た。
「紅茶か」
机に置いたカップを見て聞いてくるライに頷きながら座った。さっきの奇行を見ていたせいで話しかけづらい。
「ラ、ライはいつもコーヒーだよね、それもブラック。……苦くないの?」
「ふっ、子どものお前にはまだ早いだろうな」
「うん早いね。……で、苦いの? 苦くないの?」
子どもにブラックが早いなんてわかっているよ。私は子どもじゃないけど。
なんだか話題をそらされた気がする。苦くないか聞いているのにイエスかノーかで答えないなんてライらしくない。
苦いか苦くないのかちゃんと答えてよと首をかしげたら、ライは少しだけぐっと言葉に詰まった様子を見せたあと、「美味しいコーヒーはブラックでも美味しい。お前も大人になったらわかる」と得意気な顔をした。大人になってもブラックの美味しさはわからなかったよ、という言葉は飲み込んだ。それよりも、ライがこんなに微妙な言い回しをするなんて、やっぱり変な感じがする。さっきのチョコレートといい、何か隠しているような、そんな気がした。
コーヒーの話は置いといて、目の前にあるチョコレートをライの方に動かしながら「食べる?」と聞くと、ほんの少しだけ間を置いて「いや、結構だ」と首を振った。さっきの奇行を見ていなかったら気づかなかっただろう少しの間だけど、たしかにライは少し迷ったように見えた。なんとなく、私の中でうっすらと仮説が立った。
「このチョコ美味しいよ?」
私が贔屓にしているメーカーのお菓子だから自信を持って勧められる。
ぐいぐいライにチョコの袋を押し付けると、渋々ライは袋から一粒チョコレートを手のひらに出した。そしてぱくりと軽い手つきでチョコレートを食べた。そしてチョコレートを食べた瞬間、たしかにライの表情がわずかに和らいだのを確認した。
「ね、美味しいでしょ」
「……ああ、そうだな」
「ねえ、ライってチョコレート好きでしょ? どうしてそんなに食べるの我慢してるの? 太りやすい体質とか?」
ワンクッション挟むことなく直球で聞けば、ライはぴしりと動きを止めた。
「好きっていうか、甘いものが嫌いなわけじゃないよね。それなのに頑なにチョコレート食べようとしないのってどうして? ……ああ、チョコレートはチョコレートでもカカオ95%みたいな邪悪なやつは食べてたよね」
一人で頷きながら喋っていると、ライがふいと顔を背けた。なんだろう、そんなに触れられたくないことなのだろうか。触れられたくないって言ったってたかがチョコレートのこと。甘いチョコレートに親を殺されたわけでもあるまいし、そんな顔を背けなくてもいいでしょ。
遠慮なく、なんでなんでと追撃するように聞けば、顔を背けたままのライが小声で「かっこ悪いからだ」と吐き捨てるように言った。
かっこ悪い? チョコレートを食べるのがかっこ悪い? だから食べないの?
ライの言葉を理解した瞬間、笑いが止まらなくなった。
「かっこ悪いから、嫌いでもないチョコレートを食べないの?」
ひいひいと息も絶え絶えに確認するように聞けば、忌々しそうな顔をしたライが「悪いか」と顔をしかめた。それすらも面白い。
「え、カカオ95%のチョコレートを食べるのは? それはかっこ悪くないから? 美味しかったの?」
「苦かったな」
「だよね!」
笑われることに諦めたのかすんなりと答えてくれた。まさかライが「かっこいい」「かっこ悪い」の基準で動いているなんて思いもよらなかった。たしかに、かっこいいものだけを選択したライはかっこいい。それはちゃんと認めないととライに伝えればぶっきらぼうにお礼を言われた。
「ちょっと、もっと喜んでよ。苦いチョコレート食べてるライも、ブラックコーヒーを飲んでるライもちゃんとかっこよかったよ」
「そうか」
「笑ってごめんって、ちょっと予想外すぎたのよ。……ほら、残りのチョコレート全部あげるから機嫌なおして? ……あ、でも甘いチョコレートはかっこ悪いから食べられないのか」
白々しくライの前にあるチョコレートを回収しようとしたら、ライに引ったくられた。あ、と言う間もなくライは袋を逆さにして、残っていた三粒を一気に食べてしまった。
驚くほど大人げなくて、お腹を抱えて笑ってしまった。やっと笑いがおさまりそうになったところだったのに!
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リクエスト「◯◯の意外な行動を見てしまった!と動揺するようなコメディ。」
コメディになってなかったらすみません…!