初任務の話でのライとスコッチ視点

◎18 ライ視点

 バーボンとベルモットの代わりに今日は俺が子どもの子守りだ。
 面倒だが、機嫌を損ねられて特異な力を組織のために使いたくないと言われたら俺が処分されてしまう。バーボンとスコッチにアドバイスされた通りのクロワッサンを与えれば、簡単に機嫌がよくなった。扱いやすくていい。
 研究所周辺の地理を覚えさせるために車を走らせているが、子どもはクロワッサンに夢中だ。人探しも任務のうちだが、この分だと今日は車に乗るだけで終わりか。
 子どもがクロワッサンを食べ終わると、クロワッサンの入っていた紙袋にまだプレゼントが入っていることに気づいた。細長い箱を開け、中に入っているサングラスを持ち上げた。
 バーボンに、子どもが千里眼を使うときに目が赤くなるということを聞いて用意したものだ。千里眼を使うたびに色が変わると、周りに手の内を明らかにしてしまう。だからといってレンズの色が暗すぎると子どもの視界が悪くなる。自然に見えるグレーのレンズで、幼い子どもがつけていても不自然ではないデザインのフレーム。日本ではあまり種類がないからわざわざアメリカから取り寄せた。その甲斐あって、子どもは嬉しそうにサングラスをかけて見せてきた。
 そのままサングラスをかけて外の景色を楽しんでいた子どもが、急に真面目な声で俺を呼んだ。

「なんだ」
「右のコンビニのあるビルに、写真の男に似た人がいる」

 そう言われて右を見れば、ちょうど一階にコンビニが入ったビルの横を通り過ぎた。子どもは「六階にいる」と付け加えた。
 近くの建物を頭の中でリストアップし、ハンドルを切ってUターンした。

「お前が見えるのは百ヤードにも満たないんだったな?」

 バーボンから聞かされた情報をあえてヤードで聞いた。
 子どもは少し考えたあと「うん。百ヤードは無理かも。でもすごく頑張れば、ちょっとは大丈夫。……百ヤードの範囲で人を探すのは難しいけど、今監視してる人を見続けるのは短時間なら大丈夫」と答える。
 ――やはり。
 日本人でありイタリアで生活していた五歳の子どもが、百ヤードがどの程度の距離なのかわかるのはおかしい。日本もイタリアもメートル法を使っている。千里眼だけでなく頭も何か実験されたのか、それとも近くにアメリカ人がいたのか。
 仮説をいくつか立てながら、俺はターゲットのいるビルからそれほど離れていない廃ビルに車を停めた。この前の道は監視カメラから死角になっているから、こういうことにうってつけだ。
 トランクからライフルケースを取り出し、子どもを連れて廃ビルに入った。
 窓から、ターゲットのいる部屋の窓が見える。だがブラインドが下ろされていて中は見えない。子どもに千里眼で中の様子を監視させ、俺は照準を定める。ガラスにターゲットの影が映った。その瞬間を逃さず、俺はトリガーを引いた。
 子どもは驚いて声を上げたが、ただ驚いているだけで顔に恐怖の色はない。監視していたということは、男が脳天に鉛玉をくらったところを見ただろうに。
 あまりにも人を殺す場面に慣れている。精神面、知識面も裏社会としてはずば抜けている。それに加え、千里眼という能力。もしこの子どもが組織の傀儡となるのならば、俺はその芽を摘まなくてはならないだろう。



◎24 スコッチ視点

 バーボンが面倒を見ている愛子という少女に会い、バーボンの心配が少しわかった。普通の子どもに見えるのに、たった今、人が死ぬ現場を見たとは思えないほど平常心を保っている。倫理観が欠落している。組織としては好都合だ。しかしバーボンなら、マフィアなんかに捕まっていなければ、信号で停まっているこの車の前を母親と手を繋いで横断した子どものように無邪気に愛情を受けて育っていただろうとでも思っているのだろう。厄介な関係だ。
 俺たちの気苦労も知らず、愛子は助手席で頭を抱えてうんうん唸っている。どうしたのかと尋ねると、車の横を通った男に見覚えがあるのだと言う。バックミラーで確認すると、挙動不審な男がいた。周囲を警戒していてきょろきょろと顔を動かしている。ちらりと横顔が見えた。

「でかした! 写真の男だ」

 信号が青に変わり、愛子に千里眼でターゲットを監視してもらい俺はターゲットにバレないように付かず離れずの距離で追跡する。
 ターゲットは人気のない工場に入った。そこには車を停めず、隣の工場で停車させジンに電話をした。ターゲットを見つけたことと工場の場所を伝えれば「すぐに向かう」と一言を告げて電話を切られた。
 ターゲットを見つけて興奮していたが、今さら愛子は任務帰りだったことを思い出した。見つけた以上、見逃すわけにはいかなかったがタイミングが悪すぎた。愛子に無理をさせていないか心配になって様子を窺ったが、愛子は疲労の色は見えない。これくらいなら千里眼を使っても平気なのか。あまり無理をさせるとバーボンに怒られそうだ。ただでさえ、この間愛子が初任務を終えたと知りバーボンが荒れたんだ。とは言っても、組織に属しているのに#nam2#に殺人現場を見せずにいるなんて不可能だ。すでに今日も見ている。綺麗な殺し方のときだけ見せたくても、上がそれを許さない。
 合流したジンもそうだ。愛子にターゲットのいる工場の中を実況させている。きっと工場の中でターゲットが無残に殺されるところを愛子に見せつけるのだろう。その程度で動揺していたらここではやっていけない。
 愛子のことを守りたいバーボンには悪いが、俺は愛子には早く黒に染まってもらいたい。組織のやることを拒絶したら、今この瞬間に殺されてしまう。組織に反抗することなく一秒でも長く生きて、そして公安が組織を壊滅させて愛子を保護するのが一番安全だろう。
 なぶり殺されるターゲットを実況し続ける愛子の横顔を見ながら、早くその時が来ることを願った。

ヒトリヨガリ