組織の下っ端(研究所のモブ)視点

 十代でアンダーグラウンドな世界に憧れて、親や友人を捨てて飛び込んだ裏の世界。死ぬ覚悟だってしたのに、いざ組織に入ってみると任されたのはフロント企業の事務。組織のことなんて何も知らない平凡な人間たちが毎日働いている横で、俺も何食わぬ顔でデスクに向かっている。
 この研究所には、俺の他にも組織の人間が数人いるらしいが、それが誰かは教えてもらっていない。組織が何を目的にここで研究しているのかさえ知らされていない。ただただ俺は、いつか来る指令のためにつまらない仕事をこなしていた。
 そんなある日、本部から「子どもを寄越す」という連絡を受けた。幹部の子どもかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。何度か見かけたが何の変哲もない幼い子ども。どうして組織が関係するこの研究所で生活しているのかわからない。表情も言動もすべてが普通の子どもなのに、なぜか幹部がその子どものために足繁く通うようになった。
 わからないことが多いが、これはチャンスだと思った。幹部に俺の優秀なところを見せれば、もしかすると――。なんて甘い考えは呆気なく消えた。幹部は受付を通ってそのまま子どもに会いに行く。俺のいる事務室に来ることはなかった。
 休憩時間、自販機で缶コーヒーを買って休憩スペースで飲んでいると、子どもが前を通りがかった。思わず目で追う。子どもは廊下の突き当たりにある大きな窓ガラスから外を見ている。
 特別可愛いというわけでもないが、幼い子ども特有の無邪気さ危うさがあって庇護欲を掻き立てられる。事務のおばちゃんたちに大人気なのも納得する。
 ここの人たちや幹部に可愛がられて育てられ、成長したらきっと幹部の一員になるのだろう。
 子どもにどれほどの価値があるのかも知らないが、能天気な顔を見ていると悔しくなる。俺は頑張ったってここから上に行くなんて無理だろう。それなのに、あの子どもは幹部へのレールが敷かれている。
 醜い嫉妬心を隠すようにコーヒーを煽った。
 それでも子どもから目をそらせないでいると、幹部の男が俺の前を通って子どもの方に歩いていった。

「こんなところにいたのか。部屋にいないから探した」
「あ、バーボン」
「何を見ているんだ」
「外の景色」
「それなら部屋からでも見れるだろう」
「部屋とは方向が違うじゃん」

 幹部に臆することなく会話をしている。
 子どもだから、あの男がどれほどの実力か知らないのだろう。「部屋からの景色は見飽きた!」と平気を文句を言う。

「はいはい、とりあえず部屋に戻るよ」
「とりあえずって何。外に行こうよ」
「今日は外に用事はない」

 幹部に言い切られて子どもは肩を落とした。
 少しだけ可哀想だと思ってしまった。俺があのくらいの年のときは、もっとワガママを言って好きなことをしていたはずだ。泥遊びをしておいかけっこをして、友達と遊んでいた。
 そういった経験を犠牲にして、あの子どもは幹部になるのだろう。
 幹部と子どもは部屋に戻るために、また俺の前を横切った。座った俺と目線の高さが近いからか、子どもと目が合った。目が合うことくらい何度かある。子どもは幹部と違って事務室に来ることがあるから。だが、子どもは目が合った瞬間、少し微笑んで手を振ってきた。とっさのことで振り返せなかった。
 廊下から二人の姿がなくなっても、俺の脳裏にはさっきの子どもの姿が映っていた。
 毒気を抜かれた。あんな幼い子どもに嫉妬しているのが馬鹿らしくなった。
 勝手に高飛車で傲慢な子どもだと思っていた。俺みたいな才能のないやつを下に見て、自分の立場に優越感を抱いているだろうと。俺が子どもに抱いていたのは、嫉妬心ではなく劣等感だったようだ。
 コーヒーを飲み干し、伸びをする。
 顔も名前も知らない他の構成員も、俺と同じようなことを思っていそうな気がした。

ヒトリヨガリ