スカートの中に咲く花
テニスコートに着き、緑色のフェンス越しに赤茶色に砂のコートの中を見渡すけれど、神崎さんは見つからない。心の準備をしていないからこれでよかったような、残念なような。
僕はもうここまで来て、十分普段じゃ考えられないほど行動をしたから満足した。でもヒロはそうではない様子で、首を傾げたあと一人でふらふらと歩き回っている。そして部室のそばで立ち止まって、僕を手招きした。
そちらに行けば、部室の影でしゃがみこんでいる神崎さんがいた。
もしかして熱中症か。慌てて「大丈夫⁉」と飛び出すと、神崎さんが弾かれたように顔を上げた。
その頬はキラキラと光っていた。
赤らんだ目元、潤んだ瞳。自分の早合点に気づいて勢いが失速した。
「あれ、諸伏くん、と降谷くん?」
ごしごしとタオルで顔を拭く神崎さんに、ヒロは平然と歩み寄りしゃがみこんで優しく問いかけた。
「どうしたんだ?」
「ちょっと……、うまくいかなくて悔しくなっちゃっただけ。大丈夫」
「まあ、そういうときもあるよなあ」
うんうんと頷きながらヒロは僕の脛を肘で突いた。お前も気のきいたことを言え、ということだろう。
僕は大きく息を吸った。部室の古いホコリの匂いに、汗と土の匂いが混じっている。
「あの……僕たちでよかったら、話を聞くよ」
神崎さんは戸惑ったように顔を反らした。
駄目だ。これはヒロが言うべき台詞だった。彼女のことを知らない僕が言っても薄っぺらい、その場限りの言葉みたいにしか聞こえない。
でも、そんな僕の言葉をヒロがうまく繋げてくれた。
「部活は五月に引退してるし、高校三年生、特に遥みたいな真面目生徒が悩むことっていったら受験だろ。ゼロは学校きっての秀才だから話してみるだけ話してみれば?」
僕じゃ手に負えないことだったらどうするんだよ。
咄嗟にヒロに文句を言おうとしたけれどそんなこと言ったら神崎さんを不安にさせてしまうし、元々話を聞くと言ったのは僕だから、ぐっと黙った。
神崎さんは、ヒロと僕の顔を交互に見つめ、それから観念したように口を開いた。
「親に、第一志望の大学を反対されて」
「どうして」
僕が聞けば、神崎さんは少し気まずそうに握った手に視線を落とした。
「春の模試の結果が悪かったから……」
そういえば懇談のときに担任から返されな。
僕は特に問題なかったし、各設問の正答率や聞かれやすいポイントの解説しか見ていなかった。でも、ほとんどの生徒からすると、それが将来を決める指針になる。
でも、あくまで春の模試は今の実力とこれからの方向性を固めるもの。別に春の結果ですべてを決める必要はない。
でも、そういかなかったから神崎さんは落ち込んでいるのだろう。
「頑張ってたテニスも予選敗退しちゃったし、どうせ受験も頑張りきれないだろうからランクを下げたところの方がいいだろうって。別に親が言ってることもわかるんだけど。受験料だって親が払うんだし。……でも今の段階でそれを言われちゃうのはキツいなって、ちょっとつらくなってね。思わずラケット持って学校に来ちゃったの」
ラケット振ったらスッキリするかと思ったけど、負けたときのこと思い出しちゃった。と力なく、神崎さんは眉を下げて笑った。
そんな神崎さんを初めて見た。僕が知っているのは凛とした表情や、楽しそうに笑う表情。でも、不安定になることだって当たり前にあるんだ。そこで初めて僕は神崎さんを支えてあげたいという気持ちが沸き上がった。
「目指すのは自由だと思うよ。とりあえず、今は神崎さんの行きたい大学を目指そう。それでも秋の模試で第一志望に届きそうになかったら、そのときは親や先生と相談してどうするか決めたらどうだろう」
そんな当たり前の誰だって言えることじゃない。僕にしか言えないことを考えろ。
「……あと、もしよければ僕が勉強を見ようか?」
ぽかんと神崎さんが口を開いた。
「神崎さん、夏期講習に参加してないだろ」
「うん……。親の言う大学なら指定校もあるしって思って」
「夏を無駄にしたら、第一志望の合格ラインに乗るのは難しいよ。だから、乗りかかった船だし、僕が勉強を教える」
「よかったな、遥。ゼロとマンツーマンなら大船に乗れるぞ」
他人事みたいな態度のヒロを軽く睨み、さっきの仕返しにヒロの肩を叩いた。
「ヒロも一緒だからな」
ビックリしたように口を開けて僕を見たヒロの反応が、なんだかちょっとさっき彼女に似ていて僕はつい声を出して笑った。
どうしてかヒロは僕の恋を応援してくれている。でもヒロだって彼女のことが好きだ。それがどういう感情かわからないけれど。何にしても好意的に見ているのだから一緒にいても問題ないはず。
二人の仲のよさを見ていると心が痛むけれど、僕はヒロをのけ者にしたくはない。