スカートの中に咲く花
日々夏は深まり、木々は万緑に染まる。
ついに夏休みに突入したが、相も変わらず僕とヒロは夏期講習のために毎日登校していた。静寂な校内は、僕たちだけのためだけにあるようで勉強に身が入る。
昼で講習は終わりだ。僕たちは冷えた教室で冷たい弁当を食べながら束の間の休息を楽しんでいた。午後は自習室として教室がいくつか解放されるけれど、ほとんどの生徒は昼で帰ってしまう。僕たちみたいに残って勉強を続ける人は僅かだから教室は僕とヒロで悠々と独占できる。
「連絡とってるのか?」
ウインナーを食べているヒロが唐突に聞いてきた。
誰と、なんて聞かなくてもわかる。神崎さんのことだ。
僕はそっと目を反らした。
「いや……」
「まさか」
「……連絡先、知らないから」
「何やってるんだよ! 夏休み前にメアド聞いとかないとなにもできないだろ」
「僕もそう思ったよ。でもどうしても話しかけられなくて」
危惧していたとおり恋とは無縁の夏が始まってしまった。せっかくヒロが応援してくれると言ってくれたのに、神崎さんを前にすると口が動かなくなるのだ。
「はー、思春期だなあ」
呆れ顔でヒロはお茶を飲んだ。
彼女と一ヶ月会えないのはそりゃあ寂しいけれど、こればかりは僕の行動は間違っていないと思っている。
ほとんど話したことのない男に連絡先を聞かれたら、困惑を通り越して恐怖を抱くだろう。しかも、僕は神崎さんからすると片想いしてる男の幼馴染み。無下にできないからと嫌々相手にされるくらいなら、僕はこの状況を甘んじて受け入れる。
どうしたものかと低く唸るヒロには悪いが、僕はまったく反省せず弁当の残りを口に詰め込んだ。
ヒロも黙々と弁当を食べ、後片付けをしたあとで「あ」と声を上げて今日の日付を確認した。
「ゼロ、ちょっと散歩に行こう」
断ることでもないので誘われるままに僕は教室から出た。
がらんどうな廊下に僕たち二人の足音が響く。教室は冷気が逃げないようにぴっちりとドアも窓も閉まっているし、夏期講習に来るような生徒に騒がしくする人はいないから、たまに人の気配がしても音はない。
ヒロは一階まで降り、そのまま校舎を出た。
むっと熱気が襲いかかってくるけれど、きつい冷房の中に長時間いたせいでひんやりとした腕には心地よい温もりに感じる。講習で息詰まることはなかったけれど、それでも頭上に晴天が広がっていると気分も晴れやかになる。
薫風が吹きザワザワと葉を揺らす。胸いっぱいに青い空気を吸い込んだ。
ヒロの目的は息抜きではなかったようで、まだ歩き続ける。明確な目的地があるようだから僕はとやかく言うことなく後ろをついていく。
しかし、その方向が体育の授業で馴染みのある場所に向かっていることに気づいて「ヒロ」と呼び止めた。
「そっちはテニスコートだろ?」
「ああ。今日、遥が学校でテニスをするんだ」
チクリと、神崎さんを名前で呼んでいる気安さに胸が痛んだ。
「引退したんじゃないのか?」
「そうだけど、息抜きだよ。テニス部のレギュラーは練習試合に行ってて下級生数人しかいないからその練習に混じるんだ」
僕の知らない神崎さんのスケジュール。それをヒロは知っている。
「って、いや、僕たちがテニスコートに行ったら不自然だろ⁉」
「俺たちは勉強に疲れたから散歩してるだけだって。たまたま日を浴びたくなって外に出て、そのまま体を動かしたくなって歩いていたらテニスコートのそばまで来ていただけ」
な、不自然じゃないだろ。とヒロは自信満々に言う。
ヒロがそう言えばそうな気もしてきたと納得したのは、そろそろ感じてきた暑さで頭がやられていたからかもしれない。