脆弱なブレス
その日の帰り道、神崎さんと別れたあと僕はヒロに尋ねた。
「ヒロ、どういうことだよ」
「何が?」
わざとらしく小首を傾げるヒロに、僕はむっと唇を引き結んだ。
「ヒロが長野に戻るのはいつも盆の間だろ。今年の盆は十六日まで。祭りの一日目は帰ってすぐで無理でも二日目は行けるんじゃないのか」
そこまで責めるように言ってから、僕は視線を地面のコンクリートに落とした。
ヒロは神崎さんに対して変な言動を取ることがある。僕に遠慮しているのかとも思ったけれど、僕たちの間にそんな距離はないはずだ。今まで、釣りだって、テレビゲームだって、勉強だって運動だって、なんでも全力で勝負をしてきた。恋愛をそこに入れてもいいかはわからないけれど、でも相手がヒロだから僕は真っ向から勝負をしたくて隠していた
気持ちを打ち明けたのだ。遠慮しているのならやめてほしい。
ただ、僕に対する遠慮じゃないのなら、一つだけ理由が思い当たる。
それを言ってヒロを傷つけないか何度も考え、口を開いた。
「もしかして、ご両親のことが引っかかっているのか?」
ヒロの両親が殺害された事件。そのことを二年のときまで調べ回っていた。それでも手がかりが見つからなくて、三年になってからは受験生だからとりあえず手を引いていた。
もしかすると、受験が終わったらまたあちこち犯人を探しに行くつもりだから神崎さんと付き合うのを避けているのかもしれない。
それが僕の考えだったけれど、ヒロは困ったように笑って「いや」と否定した。
「それは今すぐどうこうできることじゃないってわかったから関係ないよ」
「それじゃあ、どうして……」
ヒロはぴたりと足を止めた。一陣の風が吹き、木々の影とヒロの髪を揺らした。
「ゼロは幸せにならないといけないから」
僕はその言葉にカチンときた。
「なんだよそれ。それはヒロもだろ。僕はヒロを不幸にしてまで幸せになりたくない!」
大事な幼馴染にバカにされたような、そしてヒロの自分はどうでもいいような考え方に声を荒らげて言い返した。
ヒロは目を丸くしたあと、ははっと笑った。
「俺はゼロのそういうところ好きだよ。でも大丈夫。俺はもう十分幸せになったから」
笑いがおさまってからヒロは真面目な顔で「それに俺にはやらないことがあるから、遥を幸せにしてやれないんだ」と言った。
やっぱり、ヒロも神崎さんのこと好きだろ。
何度も言えない言葉を今度も飲み込んだ。だけど、今までの理由とは違ってそれをヒロに言うのが酷なような気がしたからやめた。
最後にもう一度ダメ押しのように「俺はゼロの幸せを願ってるよ」と言った言葉が、深く重いものに感じた。
「俺のことより。ゼロ、祭りで告白しろよ」
「はあ⁉」
「このままだと駄目だろ?」
このままが、三人でいるのがいいと思っていた僕は、ちょっと怯んだあとヒロに反論した。でもヒロは頑なに僕と彼女の関係の進展をすすめてきた。
僕だって、できることなら告白したいし付き合いたい。好きだから一緒にいたいと思うのは当然だ。神崎さんがヒロのことを好きじゃなかったら、きっともっと狡い手段だって使っていた。
友情と恋愛の間で身動きがとれなくなっている僕を、太陽はじりじり身も心も灼き続ける。
暑さで脳が沸騰しそうだ。
ポタリと汗が頬を伝って顎から地面に落ち、アスファルトが黒く染まる。
誠実な人間でありたい僕に、太陽は「夏のせいにしてしまえ」と囁いた。