明日の二人が笑っていなくても
廃ビルの外階段の踊り場で、俺は手すりから身を乗り出した。
頭上には星が瞬き、地上では近くの公園で若者が花火をして遊んでいる。
大きく息を吸うと、雨の匂いが胸いっぱいに広がった。夕立がしっかりと降ったおかげでひんやりとしていて過ごしやすい。
俺の背後でゼロがドカンと階段に腰を降ろした。
「ヒロの機転のおかげで僕の正体はバレずに済んだけど、まさか僕まで組織に入ることになるなんて……」
あーと唸りながらゼロは頭を搔き乱す。
十分に気をつけていたはずだった。定期連絡日は特定できないように法則性がなく、俺とゼロだけがわかる母校の定期考査日の初日にしていた。もちろんゼロとの接触時間も最低限だった。それでも、ゼロに情報を渡しているときに顔見知りの構成員と遭遇してしまい、俺は咄嗟にゼロを情報屋として紹介した。俺がゼロに渡した情報はゼロから受け取ったものだと嘘をつき、信頼させるためにそのままゼロを組織に引き入れた。
ちゃんと周囲にも気を配っていたのにこんなことになったなんて。
「ここまでくると運命共同体だな」
「……嬉しいような嬉しくないような」
ゼロは難しい顔をして階段に手をついて姿勢を崩す。
不満げな顔で憎まれ口を叩いていても、俺が近づいて「喜べよー」と肩を揺するとゼロは「ははっ」と声を上げた。
俺たちの下で、シュプッと噴出花火が開花した。噴水のように立ち上がる光にはしゃぎ声が聞こえる。大学生くらいだろうか。アルコールが入っているみたいで声が大きい。
手すりに肘をついてしばらく彼らを見下ろしていると、さっきまでとは違ってゼロが穏やかに笑った。
「ヒロなら大丈夫ってわかってても、やっぱり見てるだけじゃやきもきしてたからちょうどいいよ。連絡役は僕には合わないらしい」
「将の能力があるのに、兵の気質だもんな」
「ヒロの方が将軍が向いていたりして。僕が組織に入るときの指示も的確だったし」
「向いてないさ。ちょっと組織に関しては俺に利があるだけで。それもすぐゼロが追い抜くだろうし」
経験の差なんて、ゼロならあっという間に埋めてしまうだろう。今まで俺が先に始めたものを追い越していったように。
何度も繰り返してゼロの驚異的な成長スピードを知っているから、ゼロのことはさほど心配していない。
「気がかりなのは、遥を一人にしたことだな」
「……待ってるかな」
「待ってるだろ、遥なら」
俺のときと違ってゼロは遥とさよならをしていない。だから律儀な遥ならきっと待っている。
俺の言葉に、ゼロは嬉しそうに顔を輝かせたが、直後にずーんと効果音がつきそうなほど背中を丸めた。
「でも、いつまでかかるかわからないし待たないでほしい」
「わがままだな」
でもその気持ちは、俺もかつて経験したものだったから痛いほどよくわかった。
「言っとくがヒロとも会いたがってるからな。……まだヒロのことが好きだよ。きっと」
「なんだ、嫉妬か?」
「そんなんじゃない」
今日のゼロは情緒不安定だな。まあそれも仕方ないけど。と思いながら、また外の景色に視線を移した。
手持ち花火をたくさん持って振り回して遊んでいる男たち。そのそばで笑いながら写真を撮っている女たち。
陽気な学生が眩しく思うようになったのはいつからだろう。年下のやつらだけでなく、同い年の遥やゼロさえも俺と住む世界が違うと感じる。
はじめは遥と共に生きるのは俺しかいないと思っていた。
俺が遥を幸せにするのだと。
でも、遥にふさわしいのは俺じゃない。歪んでしまった俺じゃ、真っ直ぐな遥の隣に立てない。
振り返って俺はゼロを見た。
夜でもゼロを象徴するような青い瞳は光を失っていない。
ゼロなら大丈夫だ。だから――
「全部終わったら、遥に会いに行こうぜ」
ゼロのその不安は遥にしか取り除けない。俺が何を言っても無意味だ。だから、終わったあと白黒つけてもらおう。
今は、遠い未来のことより明日の自分の身の振り方を考えるべきだ。
ゼロが頷くのと、大学生が放った打ち上げ花火が夜空で咲くのはほぼ同時だった。赤い光が俺たちを照らし、そのまま散っていった。
今度は、必ず失敗しない。