鏡合わせのような君と私

 こぢんまりとした神社なので、境内は参拝客でいっぱいだった。それでも狭い参道よりは空気が澄んでいるから、私たちはお参りを済ませたあと境内の端でひと休みすることにした。

「降谷くんは何をお願いしたの?」

 こういうことを聞くのはルール違反かと思ったけど、なんでもできる降谷くんが何を願うのか気になった。
 降谷くんはちょっと躊躇ったあと、「神崎さんの努力が実って、A判定が取れますようにって」と言いながら頬を掻いた。

「え? 私?」
「僕はまだ先だし、今お願いするならそれかなって思ったから。ちょっと押しつけがましいかな?」
「そんなことないよ! 嬉しい、ありがとう!」

 私は自分の受験のことしか考えていなかったのが恥ずかしくなる。
 私たちの前を浴衣の子供が走り抜けていった。桃色、藤色、水色。鮮やかな色彩に大ぶりな柄、華やかなラメやレースの装飾。ずいぶんバリエーション豊かになったなと感心し
ながら子供たちを見ていると、「あのさ、神崎さん」とやけに力のこもった声で呼びかけられた。

「また食べるの?」
「そうじゃなくて」

 降谷くんは手を軽く握りしめて、ゆっくりと息を吸った。
 首を傾げて何を言われるのか待っているけど、一向にその続きが出てこない。
 そうしているうちに視界の端に的屋を見つけた。そこのひな壇にぬいぐるみキーホルダーが飾られている。ありふれたキャラクター。いつもだったら気にもならないけど、ぬいぐるみキーホルダーはテニスラケットを抱えていた。
 ぼんやり見ていると、私の意識がよそに移っていることに気づいた降谷くんもそっちに目をやった。

「……やる?」
「うん」

 短いやりとりのあと、私たちは境内から出た。
 赤い布が敷かれた射的のひな壇には、私の目当てのキーホルダー以外にも、流行りのキモ可愛いコビトのグッズや高額商品から駄菓子までいろいろなものが並んでいる。
 私は屋台のお兄さんに硬貨を一枚渡して、かわりに鉄砲とコルクを五つ受け取った。
 銃の先にコルクをキュッキュと詰め、台に乗り出して標的を狙う。
 パンッ。軽い音を立ててコルクは銃の先から飛び出し、右上に消えていった。続けて二、三、四と挑戦するけど拳くらいのサイズのキーホルダーに当たることはなく、「当たれ!」と気合いを入れた最後のコルクもどこか変なところに飛んでいってしまった。

「はあ、才能がなかったみたい」

 二回目をやるほどほしいわけじゃないから肩を落として銃をお兄さんに返そうとしたけど、それを降谷くんが「貸して」と横から奪い、お兄さんにコロンと硬貨を渡した。

「次は僕がやってみるよ」
「え、でも……」
「神崎さんがやってるのを見てたら僕もやりたくなっただけだから」

 お兄さんから受け取ったコルクを詰めて、すっと姿勢を正してから銃を構えた。いつもは柔らかい眼差しが、今は細く鋭い。深く息を吸って、止めた。
 私と同じように軽い音とともに飛び出したコルクは、だけど私とは違って真っ直ぐキーホルダーに向かっていった。
 パコンと当たって、ぬいぐるみは呆気なく横に倒れた。

「どう?」
「すっごい! 一発! どうやったの?」
「神崎さんのとき、右に逸れることが多かったからちょっと左に寄せたら当たったんだ」
「さすがだね。降谷くんにできないことなんてないんじゃないの?」
「それは言い過ぎだよ。射的は昔からヒロの方がうまいし。……でも、一回で当てられてよかった。神崎さんにかっこいいところ見せたかったから」

 自慢げに、だけどくすぐったそうに謙遜する降谷くんは屋台のお兄さんから受け取ったぬいぐるみキーホルダーを、そのまま私の手のひらに置いた。
 ちょこんと乗るキーホルダーは思ったよりも大きかったけど、その分よく表情が見えて可愛い。
 わあ、と声を上げながらぐるぐる見回していると、視線を感じた。
 降谷くんは、目尻を下げて微笑んでいる。

「喜んでもらえてよかった」

 慈しみがこもった声音は、降谷くんが本当に、心の底からそう思っていることを私に教えてくれた。
 じわっと、何かよくわからない感情が溢れて私はキーホルダーを持っていない手を胸に置いた。
「他に何かほしいものある?」という言葉もぼんやりとしか頭に入らず、適当に目に入ったお菓子を指定したらそれもポンポンと小気味のいい音を鳴らして次々に当てていった。降谷くんは私がそれを本当に欲していないことを理解しているようで「神崎さんはもう荷物いっぱいだし、次に学校に行くときに僕が持っていこうか?」と気を利かせてくれた。
 その優しさも、私の心の柔らかいところを刺激した。

ヒトリヨガリ