色褪せるシャングリア

 神崎さんと話す機会を探っているうちに気づいたことがある。
 それは、ヒロもまた神崎さんのことを意識しているということだ。
 学校内の雰囲気がゆるんでいくのを肌で感じる毎日を過ごしながら、僕は日々接近していく二人の距離をやきもきしながら見ていた。
 いつものようにヒロの教室で弁当を食べているときに、ヒロの視線の先に神崎さんがいるのに気づいたのが最初だった。そのときは偶然目に止まっただけだと思った。けれど次の日、移動教室のためにヒロの教室の前を通ったとき、神崎さんの席で笑い合う二人が窓ガラスの向こうに見えた。クラスメイトなんだからそういうことくらいあると思いながらも、それだけではないことに勘づいてしまった。



 その日は、なぜか早々にみんなが教室から出ていっていた。少しだけ残った生徒も教室を名残惜しむことなく次々と帰っていく。僕のクラスも僕が最後だったけれど、隣のクラスもまた、中には二人しかいなかった。ヒロと神崎さんだ。
 僕は、気づかないうちに息を殺していた。
 のたのたと鞄にノートを入れる神崎さんのそばに、ヒロが近寄った。

「どうしたんだ? 元気ないな」
「昨日、夢見が悪くて」

 神崎さんがぼんやりと「ねむい」と呟くと、ヒロは明るく笑いながら神崎さんの隣の誰かの席に座った。

「どんな夢?」
「悪夢」
「カテゴリー大きくないか? 言いたくない?」
「そういうわけじゃないんだけど、あんまり覚えてなくて……」

 神崎さんは鞄のチャックを閉めてトントンと中身を整えながら夢の内容を思い出そうとしていた。それをヒロは笑みを浮かべたまま見守っている。

「誰かが、亡くなって、それを、教えてもらうところだったの。それが誰だったかは覚えてなくて、でも聞いてすごく悲しくて苦しかったことは覚えてる」

 ヒロは一瞬、笑みを消した。
 神崎さんの話す夢の内容はとても詳細だった。場所は高いビルが建ち並ぶオフィス街。冷たい風が吹き、その知らせを聞いて心が凍えるようだったと不安を吐露した。

「大丈夫だよ。俺に言ったから、それは正夢にはならない。悲しいことは起こらないよ」
「……なんで笑ってるの?」
「それって、この前先生が雑談で夢分析の話をしていたから、その影響で見たんじゃないかなって。遥って影響受けやすいところあるし」
「えー、そうかな?」
「そうだよ。部活だって漫画の影響だろ?」
「漫画が理由で部活を始めるのって、わりとあるあるじゃないの?」
「そうか? 俺は面白いなって思って笑ったけど」
「笑ってたっけ?」
「笑ってたよ」

 平和な問答を続ける二人に痺れを切らして、僕はやっと扉に手をかけた。
 二人の世界は僕の扉を開く音で引き裂かれた。揃ってこちらに顔を向けて、真逆の反応を示した。ヒロは表情を崩して「おつかれー」と手を上げ、神崎さんはさっとよそ行きの表情で頭を下げてから立ち上がる。

「じゃあ私、帰るね」
「おー。今日はちゃんと寝られるといいな」
「ありがとう」

 神崎さんは机の上の鞄を掴んだ。そしてそのまま僕の横を通りすぎる。

「降谷くんも、ばいばい」
「ああ、またな」

 交わされた挨拶は社交辞令この上ない。廊下ですれ違った知らない先生に言うのと同じ温度。
 いつもだったら挨拶だけでも、それどころか顔を見れただけでも十分嬉しいのに、今日はヒロと楽しげに話すところを見ていたせいでまったく嬉しくなかった。ヒロと僕との差をまざまざと思い知らされたからだ。
 まだ帰る準備をしていなかったヒロを待ちながら、胸にどす黒いものが渦巻くのを僕はたしかに感じた。
 これはヒロに向けていい感情じゃない。醜く薄汚れた嫉妬心なんて、早く消し去ってしまいたい。
 そう思うのに、僕の気持ちとは裏腹に神崎さんに「悪夢は起こらない」と断言したときのヒロの優しげな表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。

ヒトリヨガリ