イーハトーヴを希求する
どうやら、ベポたちは俺を捨てたわけではないらしい。
海賊に攫われた夜、俺を助け出し海賊を片付けたあと、ベポたちは養護施設に向かうと傷ついたマミーたちを治療した。それが終わると、ベポは俺を背負って黄色い潜水艦に戻った。
なにがなんだかわからず目を白黒させているうちに、その日は寝てしまった。
目が覚めてから、俺の環境は少し変わった。
あの養護施設でマミーの言葉がわかったように、ベポたちの言葉が少しだけわかるようになった。彼らの会話から推測するに、ベポたちはあの島で子供の扱いを教えてもらったらしい。おかげで今まで見たいにゆっくり話すだけじゃなく、発音や語句の切れ目を意識して話しかけてくれるようになった。そして、養護施設に預けたのは、専門家に俺の様子を診てもらうためだったみたいだ。俺は捨てられたと思ってあそこで暮らすと覚悟を決めたのに。それならそうと先に教えてほしかった。言われても理解できなかったけど。
それに、俺は自分の意志でローを選んだ。今までみたいに流された結果じゃない。あんな海賊より彼らの方がいいと妥協したわけでもない。海賊に襲われた養護施設の人たちを治療したこと、ただ拾った子供のために勉強したこと、俺を助けたときに浮かべた嬉しそうな笑顔。そういうのを見て俺は彼らが好きになった。
そして、最大の変化は——。
「俊!」
遊んでいたブロックのおもちゃから顔を上げるとベポがいた。片手には音の鳴るぬいぐるみを持っている。
そう、俺に名前がついた。
ローが名前をつけてくれたのだ。奇しくもトリップ前と同じ名前。
いくつも変わったことがある。とはいっても変わらないこともたくさんある。
たとえば、いくら彼らの言葉がわかっても俺の英語力は相変わらず深海魚のように深いところを泳いでいる。だから今だって名前を呼ばれたときにどう返事をしていいかわからない。「はい」って言ったらきっと「hey」だと思われるし、それなら「Yes」が正しいのか? でも「Yes」の「はい」と返事をするときの「はい」って同じなのか? なんか変な感じがするんだけど。
結局分からなくて俺は「にゃい」と猫語を披露した。
ベポはもちろん猫語を話すのを変だと思うことはなく、ぬいぐるみの腹を押さえてプピーと気の抜ける音を鳴らして俺の目の前で振っている。
「ヒァ、ユー、ゴー」
どうぞと言われたので手を伸ばしてぬいぐるみを受け取った。
ブロックで遊ぶ方が楽しいけど、せっかく持ってきてくれたんだからこっちで遊ぶとするか。
プッププピーと音を鳴らしていると、ベポが落ちていたフードをそっと頭に被せてくれた。おかげで俺が動くたびにてっぺんにある猫耳も揺れる。
わかる言葉が増えても俺の返事の仕方はわからない。キティと呼ばれなくなったって猫語は喋るし、猫のベビー服だって着ている。
まあ、これくらいゆるくてもいいと思う。そうじゃないと、こんな不可思議な世界でやっていけない。
シロクマが喋って二足歩行しているのも、あきらかに数メートルある男が存在していることも、ローの使った超能力も、全部謎のまま。
頑張って聞いたところで、説明されても俺はきっと理解できないから聞くことはない。知らなくたって俺はここで元気に生きていけるのだ。
吾輩はネコである。もうネコとは呼ばれないけど、いまだに「にゃー」と鳴く。