最初で最後のやくそくだ
青天を衝くように高く聳える黒く鋭い山。その頂きは雲で隠れていて、全貌はわからないが、俺が今までに見たことのないタイプの山だった。
ベポに抱きかかえられて船の甲板に出て、その荘厳な景色を目にした瞬間、ぽかんと間抜けな顔をしてしまった。
船が浮かぶ海面は透き通ってきて、海中を泳ぐカラフルな魚や珊瑚が見える。
暖かい風が俺の短い髪と、ベポの白い毛並みを揺らす。息を吸い込むが、匂いも日本の海とは少し違う気がする。
――別の世界に来たって感じだ。
身体は縮み、喋るシロクマがいる世界。別の世界だと理解していたけど、俺が今まで見てきたのは木箱の中や船の一室など狭い世界だけ。初めて船の外に出て、俺の知らない景色を目の当たりにして、異世界トリップをしたんだなと実感した。
ゆっくりと白い浜辺に船が着くと、船内で男の低い雄叫びが轟いた。直後に甲板に出てきたかと思うと、そのまま海に飛び込んでいく。
三つ四つと水柱が上がり、跳ねた水飛沫がきらきらと輝いた。
騒ぐ彼らにキャートゥンがあれこれ指示している。何か仕事を割り振っているんだろうな。
俺はともかくベポは何か仕事をするのかと思ったが、おんぶから肩車にフォームチェンジして砂浜に降り立ってしまった。そのまま島の中に突き進んでいく。
ゆらゆらと、お尻についた長いしっぽが揺れるのを感じる。
キャートゥンやオーカの声はどんどん遠ざかり、鳥の鳴き声や羽ばたく音が大きくなっていく。
白い砂浜を抜けると、地面には青々とした緑のシダが生い茂り、巨大なヤシの森が広がっていた。
島は、人の気配こそないけれど荒れ果てた様子はない。シダに隠れるように慎ましく咲いている青い花や、小魚の泳ぐ澄んだ川を見ていると、高級リゾート地に来たかのような心地がする。
「オォマーザーディア、シーヒァ、シーヒァ」と楽しそうにベポが歌うのを聞きながら、俺は興味津々に辺りを見ていた。
見たこともない草花、ゲームの世界のような地形。ただ歩いているだけなのに、目が足りないくらい楽しい。
「ミーオ、ミーオ、ミーオミオ」
ベポの愉快なメロディはそこで止まった。
一本の木の根で足を止めたベポは俺を地面に降ろし、そのあとで少し背伸びをして木になっている実をもぎ取った。
艶々した赤紫色の果実をベポは両手でパリッと割ると、中からじゅわっと果汁が溢れ出てベポの白い手を赤く染めていく。
二つに割った片方を、「ヒァユーアー」と俺に差し出してきた。受け取ると、今度は「ショウミーハゥユーマンチュマンチュ」と果物を食べる動作をして見せてきた。
何を言っているかさっぱりわからないけど、とりあえず食べろというジェスチャーをしてきたから水分たっぷりの果実を啜ってみた。
ジュルーっと音が立つ。
甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、華やかな香りが鼻に抜けた。
二口目、三口目と無心で食べ進めていると、俺の様子をうかがっていたベポが
「イテーズヤミー?」とニコニコ笑いながら聞いてきた。
たぶん美味しいかどうか聞いてきたのだろうと当たりをつけて、「ミーオ!」とさっき歌っていたベポの曲を真似て返事をした。
すると嬉しそうに笑ってベポも果物にかぶりつき、ギザギザした歯で果肉を噛み千切った。
果物を子供に分け与えて食べているほのぼのした一場面なのに、口から滴り落ちる赤い果汁のせいで、まるで獲物を仕留めたあとのように見えて、声をあげて笑った。
ベポはどうして俺が笑っているかわからないけど、つられて一緒に笑っていた。
二人で全部食べ終えたあと、近くの小川で手を洗い、ベポはもう一度木から果実を三つ取って「ホーディス」と俺に渡してきた。
それを受け取って両腕で抱えると、ベポはふと急に真面目な顔をして俺を真っ直ぐ見てきた。
「プリーズコーラス、イフューニーダニーヘル」
――コーラス? プリーズ? 歌うのか?
頭の上にたくさん疑問符を浮かべながら、さっきベポが歌った曲をまた「ミーオ、ミーオ」と口ずさむ。
ワンフレーズを歌いきると、ベポは満足そうに頷いて、来たときと同じように俺を抱き上げて肩に乗せた。
コーラスと言ったくせにベポはノッてくれなかったけど、あれはなんて言ったんだろう。その答えは一生闇の中。