君は救世主になり得るか
おれが、ネコを一人前にしてやるんだ。
ネコを拾ってきたとき、おれはキャプテンにそう誓ったのに、言葉を教えるのも航海中の常識を教えるのも他のみんながやっていた。ご飯をあげるのは、最近やっとおれもできるようになったけど、これじゃ世話の手伝いだ。
そう思っていた矢先に無人島に寄ると聞いて、おれは名誉挽回のチャンスだと熱く燃えた。
――いつキャプテンがネコを船から降ろすかわからないから、おれがネコに生き方を教えないと!
おれにしか教えられないことがあるはずだ、と無人島に着くとすぐにネコを肩に担いで歩き回った。
木になっている食べられる果物を食べさせたり、蔦を引きちぎって水分補給をさせたり、日差しがきついから大きな葉っぱを丸めてネコの頭に乗せたり、おれはできる限りおれの知っていることをネコに教えた。
ネコは言葉こそ通じないけど、コミュニケーションはそれなりに取れるから、細かい毛の生えた赤黒い花の蜜を吸わせようとしたときは口を固く結んで拒否したし、おれが子供のころよく聞いていた曲をネコに歌ってあげると、ネコも楽しそうに「ミーオ、ミーオ」と真似して歌うので、どんどん楽しくなっていった。
次は何をしよう。
考えながら歩いていると、遠くで葉っぱがガサッと音を立てた。
最初、おれはその音がただの風が立てた音か、それとも鳥とか小鳥がそこにいるんだろうと気にもしなかった。それより次は黒い岩肌の見える断崖の登り方を教えるか、水中の魚の狩り方を教えるか、どっちにするか悩むのに忙しかった。どうせたいした野生動物はいないとキャプテンに聞いていたから、外敵のことなんて頭になかった。
だけど、もう一度葉を踏みしめる音がして、その直後にネコがおれの頭上で「にゃんっ!」と悲鳴を上げたから、おれは足を止めた。
「……ハウモンキー!?」
そこには、おれより少し小さい体長の猿がいた。
この島固有種で、レッドリストに載っている絶滅危惧種の動物だ。上陸前に読んだ本には、「縄張り意識が強くて攻撃的」と書いてあったから、きっとおれたちを棲みか荒らす敵だと思ったんだろう。
「大丈夫だよ! 攻撃的だけどそんなに強くないし、負け戦は嫌うからちょっとおれが威嚇したらすぐ逃げるよ!」
ずっと怯えているネコに声をかけながら、おれは絶好のチャンスだと嬉しくなった。
――崖を登るより、魚を獲るより、戦い方を教えたい! それから、ハウモンキーを追い払ってかっこいいところを見せたい!
やる気は十分。
キッとハウモンキーを睨んだら、おれの迫力で相手は怯んだ。
――よし!
おれは、力一杯地面を蹴った。
「にゃ――――!!」
「うわあ!!」
瞬殺で決まると思っていたのに、ネコの絶叫とおれの間抜けな声が静かな森に響いた。
ハウモンキーは何もしていない。
おれが動いた衝撃でネコが真っ逆さまに落ちそうになったから、咄嗟に肩に乗せているネコを支えた。もちろんそんな状態で特攻できるわけないから動きは止まった。
それを見ていたハウモンキーは、さっきまでと違って勝機を見つけて、目がキラリと光った。
「や、やばい!」
攻撃を仕掛けるハウモンキーを、右に左に、下に後ろにと躱すけど、ネコが乗っているから重心が安定しない。避けるのも精一杯。反撃しようにもネコから手を放したらネコは落ちそうになる。
おれが動く度にネコは不明瞭な言葉を叫んだ。
避けて、いなして、避けて、ちょっと反撃し、避けて、避ける。
いつの間にか、ハウモンキーと遭遇した森からかなり離れていた。もうハウモンキーのテリトリーから出たはずなのに子持ちのおれなら倒せると思われたのか攻撃は止まない。
だけど、おれにもまだ勝てる見込みはある。
偶然にも、今いる場所は船の近く。
おれはタイミングを見計らって、勢いよくハウモンキーから逃げて船の方に走った。
ハウモンキーは追いかけてくる。でも、おれより足が遅いからじりじりと差が開いていく。
そしておれは、見慣れた黄色い船を見つけて腹の底から叫んだ。
「だれかー! おんぶ紐取ってきて!!」
外にいるみんなが一斉におれを見た。
「おんぶ紐?」
「何に使うんだよ!」
「そろそろ暑くなるから帰ってこいよー!」
口々に喋ってくるのに返事をする余裕はない。
ハウモンキーがここまで来てしまったら、キャプテンが先に倒してしまう。
「早く早く!」と叫んでいると、シャチが細長い布を持って走ってきた。
「何するんだよ。水遊びか?」
「ううん。ネコに狩りのやり方を教えるんだよ」
「うまそうな魚でもいたのか?」
「口を動かすより手を動かして!」と怒って、ネコを固定するのを手伝ってもらった。
「うん、これで落ちないね」
「で、何を獲るんだよ」
「ハウモンキー!」
答えておれはまた森の方に走り出す。
だけど森に入る前にハウモンキーが追いついてきて、浜辺に出てきた。
「あちょー!」
走った勢いのまま、ハウモンキーに飛び蹴りをした。
「なにやってんだよー!」
「にゃあー!!」
「ネコ――――!」
「ベポやめろ!」
「紐があるから大丈夫だよ!」
「大丈夫なわけあるか」
ハウモンキーからの反撃を避けるのも、さっきと違ってスムーズにできるし、回し蹴りも重心がブレない。
「ネコ、こうやって首を狙うんだよ! ああ、でもネコは小さいからそんなことしたら、足を掴まれるか。……じゃあ、打ってきた腕を、下に、避けて、立ち上がる勢いで、顎を、殴る! わかった?」
「攻撃しながら解説してる場合か!」
「もう、うるさいな! ネコが集中できないだろ!?」
もう一度、ハウモンキーの顎を狙おうとした瞬間、ヴォーンと半透明の膜がおれたちを包んだ。
あ、と思ったときには、もうおれたちは甲板にいた。
時間切れかあ。
さっきおれたちがいた森の入り口では、キャプテンがハウモンキーをバラバラにし終えたところだった。そして、すぐにまた能力でキャプテンが甲板に戻ってきた。
「おい、ハウモンキーを森に戻してこい」
キャプテンがそう言うと、近くにいたやつが走って行った。
「ベポ、何してたんだ」
「ネコに狩りを教えようと思ったんだけど」
「……はあ。そいつは途中から見てなかったみたいだけどな」
「え?」
紐を外してネコを抱っこしたら、ネコは目を閉じていた。
「ええー、寝ちゃったのか? 疲れたのかな……」
「気絶だろ」
キャプテンはもう一度疲れたように息を吐き、ずっと甲板にいたイッカクは怒ったようにネコをおれの腕から回収して船の中に戻っていってしまった。
おれはそのあとキャプテンから「人間は一歳で狩りは覚えない」と注意され、ペンギンから出航するまで甲板で正座するように言いつけられた。
そして、出航したあともしばらくネコはこのことがトラウマになったのか抱っこすることさえ拒絶されてしまった。