狼 メモ
「なあ、ロウちゃん。家族に会いたないか?」
「かぞく?」
「せや。家族。どうやろか、お兄さんに教えてくれへん?」
「……会いたい。かぞく、あいたい!」
「さよか、せやったら――」
「しほちゃんと、あけみおねえちゃん、あいたい」
「……えっ」
「わたしね、いっぱいおはなししたい! ロウ、がんばったよって、なでなでしてって、おねがいする!」
「……お願いよ、やめてあげて」
「志保ちゃん……」
「あの子は、まず希望を捨てた。……そう、自分の『家族』を忘れたの。……覚えてなければ求めずに済む。わからなくなれば、胸の痛みは癒える。……自分は売られたという傷も、なにもかも、あの子は、投与された薬物の痛みと共に飲み干して忘れてしまった」
だからどうかもう訊かないでと、そう願った灰原の声は震えていた。
「私はきっと、残酷な選択をしているのかもしれない。でも、それでも……地獄に堕ちる覚悟はできてる。だから、ロウは……私の家族は……このまま……辛い記憶を忘れたまま、幸せにしてあげたい……」
例えそれがエゴだとしても、そうしてやりたい。幸せに、痛みも苦しみも無いやさしい世界で、本来享受すべきだった幸福を与えたい。それを願うことの、なにが罪というのだろうか。
この子達は、どこまでも被害者で、加害者で、救われていないのだ。
二人とも、いずれ自分が地獄へ堕ちると確信していた。それでも願ったのは、家族というにはあまりにいびつな、けれど確かに家族である相手と幸せに過ごすこと。
幸せになりたい。穏やかに過ごしたい。本来なら普遍的に与えられているはずのそれを享受したいと願ったことに、それだけ過ごしてきた環境がどれだけ凄惨なものだったのか窺い知れる。
姉を人質に取られ、意図せずして毒薬を作ることを強要されてきたギフテッドであろう科学者の少女。
親に売られ、人としての尊厳を奪われて辱められても生き延びた、時間に置いてかれた少女。
痛みに耐えるために希望を捨てた。
親に売られたという悲しみを乗り切るために、家族を忘れた。
苦しまないために、自分という個を消した。
生き延びるために、ただ幼く弱かった子供は、必死に地獄で足掻き続けてきた。
適応しなければ死ぬ。明日は自分かもしれないと、冷たくなって動かなくなった人だったものを見ながら耐え抜いた。
私には縁となるものがあった。
志保ちゃん、明美ちゃん。私の最大の幸運は、あなた達と出会えたことだった。
あなたたちは、わたしのくものいとなのです。