鰤 メモ
「はぁい、新しいお友達のウルキオラくんで〜す。皆、仲良くしてあげてネッ」
「「なんだってえ!?」」
可憐なウインクを飛ばしながら紹介した#名前#の腕の中に収まる小さな幼児――それは、虚圏で一護と死闘を繰り広げた末に消滅した筈の、ウルキオラ・シファーと瓜二つの顔をしていた。
驚愕を表情に浮かべる一行の中でも、特に驚いているのは死闘を演ってみせた当人である一護で。わなわなと震えながら、震える指でウルキオラを指差し――
「……なんっっじゃそりゃあ!?」
悲鳴のような叫び声が、部屋の中に響いた。
「――いやぁ、失敗失敗☆ゴメンね、私も知ったのつい先日でさあ」
「いや、待ってくれ、マジでどうなってんだ……!?」
「どうなってんのもなにも、見たとおり」
ウルキオラだという幼児を膝の上に載せ、片手で柔い頬を撫で回す#名前#は器用に肩を竦めてみせた。頭が痛いと言わんばかりの一護に、「まあ先生の仕業だってことは確かなんだけど」と苦笑交じりで答える。
「先生? つっても、アイツはお前の影の中に居るだけで――」
「いやいや。渡したでしょ? 虚圏に行く一くんに、お姉ちゃん」
「渡した――おい、もしかしてそれ、あの御守か!?」
「ご明察ッ☆先生ったらどうやらそれ依代にして一護達と一緒に虚圏弾丸ツアーに同行してたみたいでね」
私は別件の布石打つために行けなかったんだけど、とことも無げに語る姉に対し、そう言えばと思い当たる節が一護の脳裏を過ぎっていく。
「だけどよ、ウルキオラは確かに消滅した筈だろ」
「そうだよぉ。だから此処に居るのは、先生が消滅したウルキオラの魂の残滓を回収・復元してヒトの器に収めた存在。この子はウルキオラだけど、十刃のウルキオラはもう死んでる。ここに居るのは、ただのヒトの心を得たばかりの子供」
そう言って、#名前#は膝の上の子供を抱きしめ直す。
表向きは、『逸れ者』の血筋であり海外から日本へ移住してきた夫妻の養子として戸籍が用意されており、空座町の近郊にある土地で生活しているのだと#名前#は説明した。ただ破面であった名残りが残っているため、霊力などは死神になる前の一護の状態と近い――つまりハイスペックの霊媒体質であるらしい。
「破面の頃の能力も使えるのかもしれないけど、幼児の身体じゃ負荷に耐えきれなくて死んじゃうからね。先生が厳重に封印しておいたので、それは安心してね」
「――分かったような、分かんねえような……つまり、今は無害なんだな?」
「そういうコト」
脱力した様子で椅子に座り込んだ一護を、ウルキオラはジッと見ていた。「どうかしたのかな?」と井上が首を傾げるが、#名前#はただ薄く笑みを浮かべるばかり。そんな視線に気づいたのか、項垂れていた一護は顔を上げてウルキオラと視線を合わせた。
「……くろさきいちご」
「おう。なんだよ、ウルキオラ」
「……おまえのあねは、そうとうおかしいな」
「テメェ人の妹に何言ってやがんだ!!」
子供でも容赦はしないと立ち上がりかけた一護を慌てて石田と茶渡が椅子に戻す。ウルキオラは淡々と「じじつをのべたまでだ」と告げ、それが更に一護を煽る。
「きみょうなおんなだ。おのれのおとうとをころそうとしたオレを、こうやって愛でるのだから」
「オマエ、今はただのガキなんだろ。ならウチの#名前#は普通にそうすんだろうよ。コイツ、子供好きだからな」
その男は、ぬるりと少女の影から現れた。
一見細身だがよく見れば鍛えられてると分かる引き締まった身体。少女よりも頭二つ分ほど高いひょろりとした背丈の男は、整った顔に薄く笑みを貼り付けている。
「そりゃあちょっとひどくない? 僕ら、君たちのうだつが上がらないから動かなきゃいけなかったんだしさあ」
「何を言って……」
「だってそうじゃない? 本来なら僕らは動かなくても恙無く進む予定だったのに、僕らみたいな『逸れ者』が付け入る隙を作った時点で君たちの怠慢だよ」
「先生。それくらいにして」
『逸れ者』とは一体どういう意味なのか。困惑し警戒する死神達に気づいたのか、死神に対しやや棘があり煽るような口調の男を少女は言い過ぎだと嗜める。そして死神達に「ごめんなさい」と眉を下げて丁寧に謝罪した。
「死神さん達も頑張ってるんだから、そんなこと言わない」
「でも君だって怒ってたろ? 愛する弟が死神になっちゃって」
「そりゃあ怒るよ。だって一くん人間だし。愛する弟が不慮の事故とはいえ死神になるなんて、卒倒モノよ」
だけどそれとこれとは別。同じだと思うんだけどなあ。
二人の会話を聞いていた京楽は、「もしかしてキミ」と少女に声をかけた。
「黒崎一護くんのお姉さんかい?」
「はい。ごきげんよう、死神の皆さん。黒崎#名前#――一護の双子のお姉ちゃんです」
にこり、と穏やかな微笑みを浮かべ。アオザイに身を包んだ少女――黒崎#名前#は、死神達に対し軽くお辞儀をしてみせた。
「さあ? おねえちゃんは、いつだって布石打ってるだけだからなあ」
「今、死なれるの困るんですよねえ。ほら、復興とか大変そうだし? まだ死ぬなんて許しませんよ、さぁさぁ、頑張ってくださいね、隊長さん」
軽快な口調ながら、目の奥に凍るような色を宿す少女は優しく浮竹の頭を撫でた。
そう言うや否や、少女の持つ指輪から灯された淡い炎。少女は表情を変えず、ポーチから取り出した小さな匣にその炎を注入していく。
「うーん、まだ足りないかなぁ。生命力……でもあの人たち居ないしなぁ……」
「あら、お手伝いが必要なのかしら?」
「――えっ、来てたんですか?」
どこからともなく、女の声が響いた。
驚いた様子の#名前#の声から察するに、その女性が現れたのは想定外だったらしい。ミルクティーカラーの髪が風に揺れてふわりと広がる。慈母を思わせるようなどこか達観した微笑みを浮かべた女は、危うい足場など気にする様子もなくふわりとその場に降り立った。
「#名前#サン、彼女は?」
「逸れ者――の亜種みたいなもの、でしょうか。私みたいな本来世界の運行を妨げることも許されない不純物ではなく、後天的に逸れ者に成った、まあつまり、とんでもないメンタルお化けです」
「ナルホド。つまり彼女も未来を知っている」
「まあ、彼女の場合は血統書付きの真正の異能力ですから、私みたいに天に一気に拷問じみた方法で流し込まれた訳ではないです。適宜、世界の向かう最適解の未来を視るだけ。……ただ、彼女の逸れ者としての能力はそれではありませんよ」
「というと?」
「異空間転移。彼女『達』は、世界から存在を追われ続けている。だから一つの場に長く留まることができない。転移する度、時代も土地も違うトコロへ追いやられ、呪いからずっと逃げ続けています」
囚われてしまえば、すべてが水泡に帰してしまうので。
「君、は……」
「本来、覚えているわけないのですから」
穏やかな口調で目を細めた彼女は、指輪から煌々と燃える橙の炎を灯し――それを匣に注入した。そしてその場に光が溢れ――
「死ぬにはまだ早いですよ、死神さん」
浮竹の胸の中へと沈んでいった。
「橙の炎は調和・青の炎は鎮静・紫の炎は増殖・黄色の炎は活性――」
#名前#は教わったことを復習するように呟きながら、その小さな匣に火を収めていく。そしてその匣を、浮竹の胸部の中心に押し込んだ。
「これは特別製。蘇生するために用意しておいたとっておき。有限だから、全員は助けられない」
「あらぁ? 私、別の世界とは言ったけどぉ、未来からの来訪者じゃないとは言ってないもーん」