いちご めも
「おかしいな、キミは確かに僕の能力で記憶を書き換えた筈なんだけど」
「うん? ……ああ、はい。そうですね」
月島の言葉に、名前はこともなげに頷いた。そして、彼女は不思議そうな顔でこてんと首を傾げる。
「私がその程度で、ほんとに好きな人を間違えるとでも?」
まだ幼いからといってそう思われていたとしたのなら、甚だ遺憾の意である、と#名前#は胸を張った。
「こちとら七つの頃から一護くん一筋なんで! そんっな薄っぺらいニセモノに心揺れるわけないじゃん、バーカ!」
大きな声で言ってやった。目の前の男達の阿呆ヅラに、胸がすっきりする。
小学一年の頃、一護くんと初めて話をした。それよりも前からずっと気になってたけれど、過保護な兄と生来の内気な性格で見ていることしかできなかった人。
その次の年の夏祭り、彼からおもちゃの指輪を貰った。今も胸にネックレスとして毎日身につけている、私の大切な宝物。
そんな大切な思い出が、その相手が、目の前の胡散臭い笑みの男にべろんと『書き換えられている』のに気づいたとき、私の胸に宿ったのは耐え難いほどの怒りであった。
「こーんな三分で作りました感マシマシのインスタント記憶で私のこの記憶を書き換えられてたまるかっての!」
吐き気がする。違うとわかったときからずっとずっと、ぐわんぐわんと頭が重たくしんどい。念の為に『バックアップ』をとっておいて正解だった。あれがなければ私はおそらく身動きができなかっただろう。おそらく、頭の中でエラーが起きているのだろう。脳味噌が混乱し、体に拒絶反応が起きている。最悪の体調だった。
「私が好きなのは! 一護くん! あんたじゃない!」
「――へぇ、愛の力ってやつかね。泣かせるじゃねーか」
せせら笑う男を睨みながら、私は胸に手を当てる。数秒後、ずしりと感じる重み。私の能力、私のただひとつの武器。幼い頃の憧憬から作り出された、おもちゃの拳銃。それが私の武器。ずっと秘密にしてきた、私の力。
目の前の男が驚いた顔を浮かべた。私のこの力が、この男達の持つものと似た分類になるのはもう分かっている。だから、ずっと秘密にしてきたのだ。
「#名前#、お前……!」
「ごめんね、一護くん。黙ってて」
勝てる気はしない。負け戦だ。意味があるのかなんてわからない。――でも、それでも、今やらなきゃ私は私を一生許せないから。
「大丈夫、私が、絶対守るから……!」
全てが敵に回っても、私だけはこの人を信じ続ける。世界で一番大切な、私の愛するあなただけは。今やらなくていつやるというのか。今やらないと、背にいる彼を二度と好きだなんて思うことはできないということは確かだった。
「なるほどなァ、お前の能力、大体だが分かったぜ。ーーお前、自分が受けた痛みを弾丸にしてんだろ」
半分正解。だけど半分不正解だ。
発狂しそうだった。頭が痛いし吐き気はひどいし体はズタボロ。だけど、今やらずしていつやるというのだ。私は時間を稼がなければならない。彼が、力を取り戻すまでーー!
「なにを呆けた顔をしておるのだ、このたわけ!」
「ルキア……」
「わからんのか! #名前#は、記憶を書き換えられてもなお、お前を信じ守ると決めたのだ! ーーただひとり、愛するお前を守るためにだ!」
地に伏せた少女の姿を見る。小さな体、いつの間にか、大人に近づいていた大切な女の子。妹のようなーーいや、そうではない。いつの間にか、特別になっていた唯一の相手。
いざという時のために能力を隠し続けてきたのだと#名前#は言った。それは、一体どれだけ辛いことだったのだろう。助けたくとも助けられず、ひたすら耐え続けたのだろう、全てはこの時のために。彼女はそう言って、能力を解放した。
「ーー悪ぃ、無理させちまって」
「ううん、そんなこと言わないで。……私が望んでやったことだし、一護くんがそんな表情しなくてもいいんだよ」
「しかし#名前#、そなたはどうやってあの能力に耐えてみせたのだ?」
「ああ……私の場合、記憶のバックアップを複数用意して、それを『東女魔連』の友人に合言葉と一緒に託してあったから……」
「……待て、なんだ、その、トウジョマレン? っつーのは」
「ん? あっ、言ってなかったっけ。正式名称は『関東圏女子校魔術研究会特別連絡網』っていってね、関東圏にある女子校各校の魔研ーー魔術研究会の連絡網なんだけど」
「情報量! 情報量が多い!」
「まあ有り体にいうと、私みたいな能力を独学で手に入れたり入れなかったりする人達のアングラな連絡網だと思ってくれれば」
#名前#はそこで月島の人相書きとともに注意喚起し、更に近場に住む同士に記憶のバックアップをあらかじめ託しておいたのだと笑った。
そのバックアップがなければ、おそらく自分も洗脳されてしまっていただろうと語る姿は歴戦の勇士のそれである。
つまり#名前#は、自分にしかできない方法で月島の目を掻い潜り、ひたすら耐えに耐えてきたのだ。
正直、おそろしいほどの精神力である。井上や茶渡ですら壊れかけたものに、ずっと耐え続けていたのだから。
「でも、私も来て良かったの? 尸魂界に……」
「なにをいう! そなたが二重スパイとして月島の能力に耐え続けたおかげで、こうしてまた一護の力を蘇らせることができたのだ。お前もまた労るべきーーいや、一番休まなくてはならない功労者なのだぞ」
「ルキアさん……」
空白の一年半の間に随分と仲良くなっていたらしいルキアと#名前#が、手を取り合って見つめ合う。
#名前#の一護のためにとしてきた涙ぐましい努力は尸魂界の死神達も知るところのようで、#名前#の病床には以前現世にて接したことのある死神から初対面であるはずの者達まで見舞いに訪れていた。
特に乱菊などは#名前#を胸の谷間に押し込むようにして抱きしめ、#名前#がうっかり窒息死しかけたのはここだけの話だ。
「まさか、ルキアさんのお兄さんとお姉さんまでお見舞いに来てくれるとは……」
「白哉兄様も緋真姉様もそなたのことを気に入った様子であったからな! しっかり養生するようにと言伝を預かっておる」