緋真 成り代わり?


 気がついたら、私は赤子を抱えてひとりぽつんと立っていた。
 目の前に広がる景色に目眩がする。私はどうしてここに居るのだろう? 私はなんで、ここに立っているのだろう?
 疑問は尽きず、私はとりあえず街の様子を知るためにと歩き始めた。


 ーーなんて、ひどいところなのか。
 一番最初に感じたのはそれだった。どこか荒んだ街並み、人相の怖い、どこか恐ろしげな人々。街は活気ではなく罵り合う声が響きあっている。……居るだけで気持ちがどんどんすり減ってしまいそうだ。

 朧げな記憶を繋ぎ合わせた結果、私はどうやら死んでしまったのだとわかった。抱えている赤ん坊は、共に死んでしまった私の妹であるらしい。
 らしい、というのは私自身に記憶らしい記憶が存在しないからだった。だけどこの腕の中の子供をーー妹を手放してはいけないと、そんな確信があった。

(ーーとりあえず、川べりの方で暮らした方が良いのかもしれない)

 街の中は何があるかわからなくて恐ろしい。私の力では、何かあった時に妹を守れない確率の方が高い。であるなら、どうにか人気のない場所で暮らせないかというのが私の考えであった。


 これは食べれる、これはできない。
 生えている野草を選別しながら、私はさっさと食事の用意をする。初めの頃は赤子に食べさせて良いものか迷ったけれど、背に腹はかえられぬというもの。私も妹もどうやら腹が減るようなので、食事はおそろかにできないのだ。

「あーう、ねーっね!」
「はいはい、ルキア、どうしたの?」
「んうう〜」
「もう少しでご飯だからね、いい子で待っていてね」
 「うーっ!」と花が咲くように笑った妹の頭を撫で、私は食料の選別を続ける。
 町外れに暮らすという私の判断はどうやら間違ってなかったようで、ここには自然の恵みが程よく溢れていた。
 というのも、どうやら大抵の人は腹が減るということが無いようなのだ。これにはとても驚いた。最低限水を飲めばどうにかなるらしく、純粋に羨ましいと思ったのを覚えている。
 私はいま、ここで取れた野草やきのこ、それから川魚を主に食料として食べている。時折街にきのこなどを持っていき、小さいながらも店を開いているところで野菜などと物々交換をして、互いに食料を潤し合うようになっていた。
 食事に関しての情報もそこで得たものだ。店主は姉妹揃って腹が減る私達を不憫に思ってくれたようで、この世界の知識をいろいろと授けてくれた。特に私は記憶が曖昧なせいかふわふわして見えるようで、なおのこと心配されているらしい。

 私達の暮らす街は戌吊という名前で、この世界ーー尸魂界の流魂街の中でも最低限ランクの街であること、私が目覚めた当初感じた所感はあながち間違っておらず、住人は大抵元盗っ人か粗雑な恐ろしい人が多く、子どもですら飢えて盗みをはたらく野良犬のようだとのこと。
 ぼんやりした記憶の中で、私達をここへ飛ばした死神と呼ばれる仕事の人間の顔を思い浮かべてちょっと呪う。普通、赤子を抱えた子供をそんな街に送らないだろう。あまりにもお役所仕事だ。許すまじ、死神。

(もう少し、お上が治安維持とか行政改革とかしてくれないかしらね……)

 死後の世界、いろいろと雑すぎる。せめて街から街への移動をもっと楽にして欲しい。そう思う私はいけない子なのだろか。だってここはあまりにも資源が乏しくて、生きていくのがやっとなのだ。不平等、よくない。

「さて、と」

 あらかた選別を終え、私は食料を家の中へ運び入れる。おんぼろではあるものの、雨風を凌げるだけで僥倖というものだ。
 ふわふわしていると言われるものの、私もルキアを育てるうちにだいぶしっかりしてきたという自負があった。子を持つ親が強いように、妹を持つ姉もまた強いのである。

「さっ、ルキア、ご飯食べましょうね」
「あいっ」

 おぶっていたルキアを下ろし、それから野草やきのこで作った雑炊風の食事を与えていく。妹はまだ小さいので、ぐつぐつ煮込んでよくやわらかくしたものをあげなければならない。
 はむはむと食べていく様子を眺めながら、私もと自分の分も食べ始める。私のはまだ具が大きめなので多少腹は膨れやすい。よく噛んで、味も素っ気もないそれを食べ進める。

「ルキアがもう少し大きくなったら、遠くの街まで行ってみようね」
「あいっ」

 夢はこの街からの移住である。こんな不便なところずっと暮らすなんてごめんだ。今はまだ安定した食事も危ういから離れられないけれど、いつかはこの子ともっと安全なところへ、そう思っている。


「ねえさまーっ」
「ルキア、おかえりなさーー!?」
「ねえさま! 捌いて食べましょう!」
「まあ、なんてすごい……! さすが私の妹です!」
「はいっ」

 にこーっと笑うルキアが抱えているのは既に殺られたらしいイノシシ。つまり動物性タンパク質ーーようは肉である。
 月日はあっという間に流れ、赤子だったルキアもずいぶん大きく育った。私よりも活発で男勝りな性分らしいルキアは、こうして森でイノシシを狩ったり川では魚を採ったりするのが上手い。どうやら、「力」とやらをうまく使いこなしているらしい。

「ルキア、体を拭いてらっしゃい。その間に捌いておくから、その後お友達を呼んでおいで」
「! よろしいのですかっ、ねえさま!」
「当たり前でしょう? ルキアにとって家族のような子達なら、私にとっても家族同然ですもの」
「わかりましたっ、急いで拭かねば……!」

 大急ぎで家に入っていった姿を見送り、私はそのままイノシシに手を合わせ、そして解体を始めた。


「……あーかいはーなーつーんで、あーのひとにあーげーよう」

 月夜の下、小川のそばで歌いながら歩くその姿が、あまりにも美しかったから。この胸の高鳴りを、無視することなどできはしなかった。

「ーー緋真」
「……まぁ、こんばんは、若様」

 顔を上げ、ゆるりと微笑む彼女ーー緋真は、片手に赤い花を携えていた。

「夜にそなたのようなか弱い女子がひとり出歩くなど……」
「だって、今夜はとても月が綺麗だったから」

 きらきらと輝く月を見上げ、そう言った彼女は長い髪を風に委ねて歩き出す。

「兄の妹はどうした?」
「ルキアなら、他の子達と眠っていますよ。最近、双子の子を拾ってきて、姉としてよく面倒を見ています」
「そうか……」
「……いつも共に居た子達は、輪廻の輪へ行ってしまいましたから。恋次くんもルキアも、寂しかったのでしょうね」
「たしか、ルキアの……」
「ええ、無二の友ーーなのかしら? とても仲が良くて、最近は双子を連れて狩りへよく出かけます。……あの子達も、不思議な力を持っているようだし」
「ーー姉妹だけではなく、寄りあった全員が霊力を持っているのは珍しい例だ。……緋真、私は」
「白哉さん」

 もう少しだけ待って、と彼女が眉を下げる。

「もうじき、ルキアが双子に名前をつけるのです。名前をつければ、私達はようやくひとつの家族になれる……」
「ああ」
「私、家族を守らなければなりません。……あの子たちを捨てることなんてできない」
「ーーそれで良い。それで、良いのだ」
「白哉さん……」
「そんなお前だから、私は好いたのだ。……心配するな、緋真。兄も兄の家族も皆、私が守ろう。……共に生きよう」
「……はい。白哉さん……」

 恋次、焔、雫、の三人も一緒に暮らすものの、表向きは霊力の素養があるため次期死神候補として育てるということになった。
 道を狭めてしまったことを彼は謝っていたけど、三人はそれよりも皆で暮らせるのが嬉しいと、笑顔で白哉さんへじゃれついていた。

 後に、焔と雫は霊術院を卒業し、紆余曲折あって白哉さんの後援も受けながら流魂街にて霊力のある子供達や身寄りのない子達を集めた養護院を開くことになる。
 近隣に住む志波家の空鶴さんや岩鴛くんなどもよく顔を見せるようで、引き取られた子供達は健やかに逞しく、そして才覚目覚しく成長していっている。


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