魔法 本文

 グレース・エバンズは聡明な子供だった。
 彼女は、物心ついた頃から双子の弟であるハリーとの間に『不思議な繋がり』があることに気づいていた。
 それは感覚というよりも本能的なもので、以降その『繋がり』はグレースとハリーを助けてくれた。
 双子は伯母であるペチュニアの嫁いだダーズリー家に引き取られ育てられた――『引き取られた』というものの、厳密には赤子であった二人を何者かがダーズリー家の家の前に捨てたのだ――まだ生後何ヶ月かという赤子を寒空の下に、それも双子を。

 許しがたい蛮行であったが、それをできてしまう者たちがこの世界にはいた。〈魔法使い〉と呼ばれる者たちだ。
 ペチュニアの妹であり双子の母であるリリーは、その魔法使いの才能を持って生まれてしまったことで、そのまま魔法使いの世界へと行ってしまったのだ。
 だからペチュニアは魔法を嫌っていた。ひとり不思議な力を持って行ってしまった、とても仲が良かったのに、魔法の力なんて持ってしまったせいで決定的に仲違いをしてしまった妹のことを――愛していたからこそ嫌っていた。
 けれど、そんな彼女に不幸が訪れる。
 ――双子が捨てられていたのだ。

 ダーズリー夫妻はおおいに悩んだ。
 初めは「施設に預けた方が良いのでは」と考えた。なんせ、捨てられていた双子は夫妻の愛息子であるダドリーと同い年だった。初めての子供、初めての子育てでてんてこ舞いだったペチュニアにとって、いきなり子供が三人に増えることになる。一人でさえ大変だというのに、三人も面倒を見きれる気がしないというのが本音だった。
 しかし、添えられていた手紙から、ペチュニアは双子を育てなければならないということを悟った。
 魔法の力を持つ子供がどんなことをできるのか、ペチュニアは妹のリリーである程度知っていた。愛する夫との大変だが楽しい子育てになるはずだったのに、不思議な力を持つ双子が加わったことにより、肉体的にも精神的にも、とてつもない波乱万丈の子育てとなるであろうことに悲壮な覚悟を決め、夫妻は養育里親として、双子を引き取ったのだった。

 引き取った双子は、たいへん奇妙(・・)な子供たちだった。
 姉であるグレースは髪色こそ違ったものの、妹・リリーと良く似ていた。双子の弟のハリーの方はどちらかといえば父親に似ているようで、額に稲妻のような傷を負っていた。
 ハリーの癇癪は、ただの赤子の癇癪ではなかった。ハリーが泣くと、物が浮いたり飛び回ったりするのだ。それはよく覚えのある――『魔法使い』の特徴に他ならなかった。
 けれど、不思議なことに、それはグレースがハリーのそばに居るとすぐに収まった。
 グレースは、正直なところ、誰よりも手がかからない子供だった。
 実子であるダドリーよりも、癇癪で物を浮かせてしまうハリーよりも、彼女は大人しく、よく笑い、そしてよく眠る子であった。

 彼女の存在は、正直な話、ペチュニアの心の幾ばくかの救いになってくれていた。
 グレースがそばに居るとハリーの癇癪はまたたく間に収まったし、ダドリーもグレースが近くにいるとほとんど泣かず、いつも機嫌が良さそうだったのだ。
 思うに、グレースは緩衝材のような役割を無意識のうちに担っていてくれたのだろう。そのおかげで、覚悟を決めたときよりもペチュニアの心労は遥かに軽く、神経も必要以上に尖らせることはなかった。
 過去の出来事から、『魔法』などという不可思議な現象を受け入れたくないと考えていた夫・バーノンの心にも余裕ができていた。
『ほんのすこし奇妙な力を持っているが、無害な子供である』と、夫妻は双子を認識した。
 その判断は巡り巡って――夫妻を、遠い国からの不思議な縁と結びつけたのだった。



 魔法使いの家系といえど、全員が全員、魔法を使えるわけではないのです。美貌の青年――リオンはダーズリー夫妻にそう説明した。

「現に私は、魔法使いの家系に生まれましたが、ある種の先祖返りのようなもので魔法を使うことのできない――『スクイブ』と呼ばれる存在です。私はあなたがたと同じただの人間であり、普段はご夫妻のように『表』で普通に暮らしています」
 これに驚いたのはペチュニアだ。
「ま、魔法使いの家系にも、魔法が使えない子が生まれるの?」
「ええ。これは……そうですね、例えるなら遺伝的要素に近いものでして。厳密に言うとスクイブとは『魔法を使えるほどの魔力がない人間』を指します。稀ではありますが、魔法界には私のような存在が確かに他にも存在しております。
 そういう存在は家によりますが、現代においては大半が幼少期のうちに正規の手段を踏んで『表』へ預けられたり、孤児院に捨てられるか……あるいは」
「あるいは?」

 これは随分昔の話になりますが、とリオンは前置きし、

「『存在』そのものを消すのです。一昔前まではスクイブに対する風当たりは想像以上のものでね……名家にそのような子が生まれてしまった場合、そんな子供は存在しないと、家の家格を保つために、外に出ることも許されず幽閉され一生を過ごしたと言われています。これでもまだ甘いほうで、文字通り存在を消した℃沫痰焉v
「――な、なんてことを……」
 息を呑む音が部屋に響く。
 青ざめた妻を抱き寄せたバーノンは、険しい表情で「そんなことをしては警察にバレてしまうのでは?」と問いかけた。リオンは苦い笑みを浮かべ、首を横に振る。

「それは、戸籍が作られていた場合の話ですね」

 スクイブは、孤児院に捨てられるのが一番マシと思えるような環境で生まれた子も少なくない。
 昔、もっとスクイブへの差別が激しかった頃は『そういうこと』もけして珍しくはなかった。
 座敷牢のような場所で一生を終える子も居たし、時代背景を考えれば、魔法が使えない子どもは家にとって足枷でしかない。
 分別のつかないうちにマグルの世界に捨てるのも、『いなかったことにする』のに加えて、魔法界はマグルの世界よりも文明の発達が遅れている(これは魔法で事足りるという側面も大きいのだが)ということも含めて考えれば――残酷な話ではあるが、そういう判断をすることを、間違いだと言うことは難しい。
 現代において、このようなケースになるのは『純血』の一族が多いと聞くが、そこらへんの詳しい事情は、リオンやダーズリー夫妻の知るところではない。
 リオンは淡く笑みを浮かべながら続けた。

「私は幸運でした。魔法使いの家系に生まれましたが、跡継ぎには魔法使いの兄が居ましたし、両親にも余裕があったのか、私をマグルの――いえ、『表』で暮らす人々と同じように暮らせるように、手を尽くしてくれましたから」
「それに、魔法使いの家に力を持たず生まれて良かったこともあるのですよ」

 私に力があったなら、妻と出会うことも結婚することもできなかっただろうから。
 リオンは頬を染め、少年のように無邪気に笑った。
 心の底から力を――魔力を持たずに生まれたことを『幸運』だと思っているのだと、ありありと分かる表情だった。
 魔法族は、基本的に表と関わることがない。それゆえ、ひどく浮世離れ、あるいは礼儀知らずな存面を持つ者も多い。
 どうしようもなく埋められない価値観や文化圏の相違――それはこの科学が進化し続けている現代社会において、徐々に魔法界における将来的な課題という形で浮き彫りになってきている。
 しかし、それをそう簡単に変えられたら苦労はしない。特に欧州ではかつて魔女狩りがあったことや、マグル世界において世界大戦が起きていたことも相まって、牛歩の歩みであるというのが実情だ。

「アー……たしか、君の奥方はエリィのお姉さんだったか?」
「はい。妻は日本の魔法使いにあたりますが、我々日本の魔法使いは表の普通の人々と共存していますから――妻も表向きはただの公務員として暮らしています」
「えっ!?」
 ぎょっとした顔のペチュニアに、ああ、とリオンが思い当たる節があったのかうなずく。
「日本が例外に近いのですよ。そもそも、魔法族は主にホームスクーリングが一般的ですから……幼少期は魔力の暴発があったり無意識に魔法を使うため、表で過ごすにはリスクが大きすぎますから」
「ああ……覚えがあるわ」ペチュニアが顔をしかめた。「本当に、小さな頃は大変だった……ホグワーツから入学通知が来て、あちらの学校の教授が説明に来てくださって、やっと肩の力を抜けたのを覚えているわ」
「チュニー……」
 バーノンが心配そうに見つめるのに気づき、ペチュニアはそっと微笑む。

「おそらくですが、妹さんは他国の魔法使いがどのように社会に紛れているのか詳しくなかったのでしょうね。特に妹さんが魔法界で過ごされた時代が時代ですから……」

 まして、リオンたちは英国からはるか彼方にある日本の魔法関係者だ。極東の島国の魔法使いの暮らしなど、あの闇の勢力が乗りに乗っていたご時世の英国では、そう知ることはなかっただろう。
「もしも知っていたのなら、一時的でも、表向きは普通の一般人として暮らす道もあったかもしれませんね」
 そう伝えると、ペチュニアは「そうかもしれないわね……」と、どこか遠くを見るような顔つきで呟いた。
 ゴホン、とバーノンが咳払いをする。
「つまり、日本のその、魔法使いは、我々と変わらない暮らしをしているのかね?」
「ええ。通貨も同一ですし、妻もエリィもエージェントですが、エリィは普段はセラピストの一般人として暮らしています。今回彼女が選ばれたのは、彼女が魔法使いでありながらセラピストの資格を持っていたからです」

 セラピスト――心や身体のケアを専門とした仕事をする人のこと。夫妻の脳内には、花のように微笑む東洋人の女性が浮かんでいた。
 思えば、エリィたちが引っ越してきて、随分と心が安定していたような気がする。
 グレースのおかげである程度精神的に落ち着いてはいたが、いつからか実子と同様に思っていた姪と甥を含めた五人での暮らしが壊れてしまうのを恐れ、いつもどこか怯えていたような気がする。
 こうして『魔法使い』についてある程度許容できるようになったのは、彼女と出会ってからではなかっただろうか?
 もしかすると、日本の魔法使いはそこまで考えてエリィを派遣したのかもしれない。かの国では有名な、所謂『おもてなしの精神』というやつなのではないだろうか? ダーズリー夫妻は顔を見合わせた。

「なんというか……日本の魔法使いを見てると、今まで持っていた印象が変わるわね」
「人種やお国柄もあるのだと思います。まあ、悪い点もあるのですがね、出る杭は打たれる、同調圧力が強い、島国だからか、異国の人間に対して奇異の目を向けてしまう――幸い、私が今暮らしている町は日本の魔法学校のお膝元のようなところでして、国外から移住してきた人たちも多く、多国籍状態ですので目立つこともないですが」
「日本にも魔法学校があるの?」
「世界中に魔法学校はありますよ。日本の魔法学校の場合、元々国内の魔法使いの数が少なく閉鎖傾向にあったのもあり……しかし近年は状況がいろいろと変わってきまして、限定的ではありますが海外からの留学生や転入生もそれなりに増えてきました。今回我々がここへ来たのも、その学校についてのお話もありまして」

 リオンの説明はわかりやすかった。
 世界中に点在する魔法学校≠フ存在から始まり、夫妻の暮らす英国の魔法学校と日本の魔法学校の違い、卒業後の進路や、通うことのメリット・デメリットも懇切丁寧に説明してくれた。
 夫妻の懸念している、万が一大人になって此方側に戻りたいと思ったときなどのサポートについても、きちんと説明をもらうことができた。
 そしてどうやら、双子には両親が遺した財産があるという話が浮上してきた。

「父方の――ポッター家は魔法薬で一財をなしているはずです。古いお家でもありますから、管財人などがいてもおかしくはない」

 魔法学校へ進学するのなら、英国の魔法界の銀行に預けられているそれを学費として充てる手続きなども日本側で請け負ってもらえるという。
 これについては、全員が目から鱗が落ちるような表情を浮かべた。(何せ、赤子の頃に捨てられて以来、一度もあちらの世界の人間がそういう話をしに来たことはなかったのだ!)
 それはこの一帯に掛けられているという、双子を……ハリーを護るための魔法が大きく関わっているのだろうが、リオンはそこらへんの事情はあえて伏せた。
 カードというものはうまく使うことが大事だし、双子が一方的に捨て置かれて以降、英雄だなんだと言いながらその存在を捜索しなかったのは英国魔法界だ。
 家族は愛しているし感謝しているが、赤子に英雄の看板を掲げさせる精神性は理解しかねる。なにより、日本の魔法界に所属する愛妻家のリオンの知るところではない。
 この緊急保護プログラムについても、いちばん重要なのは双子の意思であると、それが日本側の見解だった。

 肝心の双子の反応というと――

「私、マホウトコロに通いたいっ! トウヨウイガクに興味があるの!」
「ぼくも! 僕も、グレースとそっちにいきたい!」
 いつになく高揚した様子で瞳を輝かせるグレースと、グレースにしがみつきながら主張するハリー。
 予想以上の食いつきに顔を見合わせたダーズリー夫妻へ、橋渡しを請け負った男は笑顔で一つの冊子を差し出した。

「こちら、一般人の保護者向けのパンフレット――および、国外からの入学者についての内容説明となっていますので、もしよければ」

 もちろん英語に翻訳済みです――そう告げたリオンは、最高にいい笑顔を浮かべていた。



 マホウトコロは七歳から入学することができるが、入寮はホグワーツなどと同じく十一歳からである。そのため、海外からの入学者や身寄りのない入学者は、七歳から十一歳になるまでの間、日本の魔法省とマホウトコロが共同で用意した下宿用の施設からウミドリに乗って学校に通う。
 下宿先の施設は大きな邸宅で、和洋折衷といった様相の建物だ。
 ベースは日本建築であるものの、随所に散りばめられた西洋の飾りが建物をハイカラに仕立て上げている。
 マホウトコロは世界中の魔法学校の中でも特に入学者が少ないので、こうした配慮ができるということらしい。
 グレースの隣室は日本人の少女だった。出会ったときから、頬布で顔の下半分を隠した、まるで占い師のような出で立ちをしている。
 聞くところによると、人見知りの気のある彼女は地元で同年代からひどい暴力を受けており、その強いストレスによって魔力を暴発させたことで魔法使いだと判明したらしい。
 ギリギリ踏みとどまったが、オブスキュラスに完全になっていてもおかしくなかったと、遠縁の親戚の魔法使いの青年が話していた。
 日本のマホウトコロ入学者は、大きく分けて日本の魔法界における魔法使いの血筋の子か、マグル生まれに値する、突発的に能力が発現した子の二通りが主である。
 そもそも、マグルと魔法使いに遺伝的は違いはほとんどなく、魔法の力の有無によるものが多い。そして先述したスクイブ――魔法界から放逐された者たちが血を繋ぎ、先祖返りのような形でマグル生まれの魔法使いがうまれるという形だ。なので、マグル生まれの血筋でも親類に同じような能力が発現する可能性はゼロではない。
 そして、日本には魔法使いや非魔法使い以外に、『能力持ち』と呼ばれる者たちが存在する。
 魔法学校へ入学できるほどではないが、特定の分野において魔法使いよりも突出した能力を持つ人のことをそう称する。そのほかに、魔法由来ではないとされる『霊能者』『超能力者』という魔法に似て異なる能力を持つ人々が世界には存在する。
 双子の故郷であるイギリスにも、SPRなる超能力や霊能者などについて調べる機関が存在しているらしい。詳しくはわからないが、世界は広いのだとマホウトコロに入って双子は学んだ。
 長らく鎖国していた歴史を持つ島国ということもあり、(少なくとも日本の魔法使い界では)生まれで差別されることはなく、育ちの違いはあれど、生徒は総数が少ないため自然と一つの家族のような結束力が生まれる。
 生徒数が少ないので、自ら希望し、見学に訪れてそのまま入学・転入する外国の魔法学校に通う子供もそれなりに居るという。
 グレースやハリーのように、七歳から通う外国の子は非常に珍しいケースだそうだ。

「おはよう、グレースちゃん」
「オハヨー!」

 日本に居る間、陰陽省から派遣された魔法使いが外国から入学してきた子どもたちに定期的に翻訳魔法をかけてくれるため、言葉についてはあまりハンデはない。
 多少カタコトになるものの、意思の疎通ができるだけでじゅうぶんだ。大半はこの翻訳魔法によって、暮らしていくうちに自然と日本語を覚えていくらしい。
 制服を着て出てきた友人に笑顔で挨拶を返し、グレースはともに食堂へと向かった。
 食堂に繋がる談話室では、もう起きていた他の子供たちが集まって朝のテレビを見たりソファで寛いだりと自由気ままに過ごしている。
 学校への登校は基本的に全員一緒になため、規定の時間までに起きれば遅刻の心配はない。

「おはよう、グレースちゃん、ナナちゃん。朝ごはん食べてらっしゃい」
「「はーい!」」

 食事は基本的に和食が多いが、海外からの入学生にも対応するため、洋風の食事も選ぶことができる。ちなみに、グレースとハリーは問題なく和食を受け入れることができた。ただ、納豆はまだ食べるのが難しいし、お箸よりはスプーンやフォークで食べることの方が多い。

「今日もオイシイねー!」
「そうだねぇ」

 友人ーーナナ(愛称であり、本名ではない)はモリモリ食べるグレースを微笑ましそうに見ながら、ちょっとずつ食べ進めている。
 ナナはストレスで顔を掻いていた頃の傷が〈呪い〉として残っており、人前でマスクを外すのを好まない。
 なのでマスクをほんの少しずらし、ちょっとずつちょっとずつ食事を摂っている。市販の傷薬や化粧品では顔の傷は治らず、魔法を習い、いつか自力で顔の傷を治したいのだと話してくれた。

「オハヨウ、グレース、ナナ!」
「おはようハリーくん。ソウくんもおはよう」
「オハヨー二人とも! お寝坊サンね?」
「はよー、グレース、ナナ。いや寝坊じゃねえよ。ハリーが寝癖がどうにもならんと泣きついてきたんだ」
「泣いてないよ!」

 ムッとした顔で反論したハリーを、少年は笑って流した。ソウと呼ばれた少年は、グレース達よりも一学年上の先輩だ。気さくで兄貴分な性格もあって、普段から同級生よりも下級生と一緒に居ることのほうが多い。
 肩まで伸びた髪をひとつにまとめ、くしゃくしゃになりやすいハリーの髪をきれいに直してくれる。そんな兄貴分にハリーは大層懐いていた。
 向かいに座ったソウとハリーも、「いただきます」と声を合わせ食事を始めた。

「てか、今度の色変え魔法の実験で髪染めるってマジ?」
 ソウの質問にグレースが頷いた。
「うん。ハリーの希望でね。おばさんがママの写真を見せてくれたから――」
「僕とグレースは双子だし、どうせなら一緒の髪にしようと思って。……それに、見た目がちがったら、あっちの人たちも僕らに気づいたりしないだろうし、見立ての件もあって」
「ああ……なるほど。まあ、それで元気になるならそれが一番だよな」
「そうだね。魔法薬だから普通の毛染めよりダメージはすくないって、先生たちもいってたよ」
「そら良いことだな」


「私たちの予言≠ノ出たのはハリーではなく、姉であるグレースのほうです」
「ほう」ダンブルドアの瞳が輝いた。「それはそれは、ぜひとも『予言』の内容をお伺いさせてもらってもよいかの」
「ええ、もちろん」

 男は頷き、熱のない声で滔々と話し始めた。。

「ハリーは生まれたときから体が未熟で、魔法の暴発を起こしがちでした……それを無意識に制御してくれたのがグレースです。リリーさんはそれをよくわかっていた。だから死の間際、双子に魔法をかけた。ハリーとグレースが引き離されることなく、共に生きられるように。だから『生き残った男の子』単体ではなく、双子で伯母の家に預けたのでしょう? リリーさんが双子にかけた魔法によって、ふたりを引き離すことは困難だった。違いますか?」
「そのとおりじゃ。本来、儂らはハリーのみを伯母であるダーズリー家に預ける予定じゃった。ダーズリー家にはハリーやグレースと同じ年の赤子がいたからのう……しかし、リリーのかけた魔法によって、ふたりを引き離すことはできんかった」
「……そもそも、なんの保証もなく魔法族の赤子をふたりも置き去りにしている時点で言語道断なのはもちろんですが」男の目元が一瞬、ヒクリと痙攣した。「不幸中の幸いは、グレースがいれば、ハリーの魔力暴走は抑えられるだけではなく、同じく生まれて間もなかったいとこの少年も癇癪を起こすことがなかった、ということでしょう。おそらくグレースは、無意識にヒーリングのような力を使っていた」
「……日本の魔法省が見たという予言について、お聞かせもらえんか」

「――こちらの予言によれば、あのままではグレースは片割れの魔力を抑えきることができず、なおかつ、自身の魔力に肉体を喰い潰され、オブスキュラスとなり多数の死者が出ると記されていました。ゆえに、我々は秘密裏に彼らに近づくことを決めました。一般人として出会い、時間を掛けてダーズリー夫妻の信用を得て、保護を申し出た。そして、『正規の手段』で、双子はマホウトコロへ入学したのです」

 まっすぐな目でダンブルドアを見つめる男は続ける。

「あなたがた英国魔法界は、『生き残った男の子』ばかりにフォーカスを当てて英雄のように持て囃したが――その傍らにいた片割れを、彼のたったひとりの、最後の肉親をまるで空気のように扱った。あなたがたにそのつもりがなかったとしても、少なくとも我々にはそう映ったし、双子も、ダーズリー夫妻もそう思った。
 ゆえに、ホグワーツの入学を辞退したのでしょう。マホウトコロも歴史で言えばホグワーツと同じく長いほうですし、双子は本国の『緊急保護プログラム』に引っかかる環境でありましたから。本当に、七つになる前に見つけることができたのは不幸中の幸いでした。でなければ、あの子たちはホグワーツへの入学通知が届く前に魔力が抑えきれず死んでいた」

「たとえご両親の母校とは言え、双子は既に本人たちの希望で日本の魔法学校に入学し、そちらのカリキュラムを受けて育っています。当人たちに意思がない以上、入学をどれだけ押されても応える義務はない。ホグワーツがいくら偉大とはいえ、入学辞退する権利をこちらは持っています。必要以上の圧力は公的機関からの脅迫ととられてもおかしくありませんよ」


 昼食の時間、うどんを啜っていたソウが「そういえばさあ」と顔を上げた。隣ではハリーが無心でかき揚げを頬張っている。向かいにはグレースとナナが座っていて、二人で(ナナはいつものように口元を隠しながら)蕎麦を啜っていた。
「あん? なんだよ」片眉を上げて月葉が応える。
 彼女が食べていたのは、おろし蕎麦と天丼のセットである。堂々と大盛りの天丼を食べる月葉を、通りすがりが二度見するのもよくある光景だった。細身のわりに、彼女は大盛りをぺろりと平らげるポテンシャルの持ち主なのだ。

「ずっと気になってんだけど、なんで双子にホグワーツからの入学通知届いたん?」
「入学……ああ、あれか? 梟虐待の」
「それ。こっちとしては七歳んときからずっと一緒だからさあー。今更何の用じゃコラァって感じなんだけど」
「あー、それはお前、国籍だろ」月葉がこともなげに答えた。
「国籍ぃ?」
 怪訝そうな顔つきのソウに、月葉が続ける。
「双子、っつーかハリーは、母君から授かった魔法の関係で成人までおばさんの庇護下にいなきゃいけないだろ。基本的に魔法学校の入学通知ってのは『その国に住んでる魔法使い』宛に届く。ホグワーツやマホウトコロもだが、一定量の魔力を持つ、ってボーダーラインはあるけどな。双子は先述した魔法の都合で、マホウトコロに入学しているが、国籍までは移動できてねえ。だからだろ」
「はーっ、そういうことか」
「そういうシステムだったんだ、あれ」
「たしかに、私達の名前は生まれたときから入学名簿に書かれている、って言っていたものね。私達ポッターじゃなくてエバンズだけど」
「どうせなら名前変えたのに合わせてエバンズ姓にしてくれないと困るよね」
 不満げなハリーに「そうだなあ」とソウも眉を下げて笑う。

番外

「ロンのお兄さん、家を出て行ったの?」
「うん。僕、あんなに怒るビルを見たのは初めてだった」

 驚きを隠せないハーマイオニーに、ロンは重々しく首を縦に振った。
 ウィーズリー家で事件が起こったのは、ロンたちが夏休みで実家に帰省していたときのことである。
 ちょうど帰省してきた一番上の兄であるウィリアム――ビルが、結婚を前提に付き合ってる相手が居ると両親に伝えたことが始まりだった。

 初めこそ長男であるビルの色めき立った話題に驚きつつも喜んだ両親であったが、相手について話題が移ると、母親・モリーの態度が一転したのだ。
 ビルの惚れた相手は、魔法使いでもマグルでも、スクイブでもないという、一点特化の能力を持つ、かの国特有の存在だった。
 日本の魔法使いは、マグルと共生している世界でも数少ない魔法族である。ロンの暮らす英国は過去に魔女狩りや戦争などが起きたこともあり、魔法界はとても閉鎖的で、マグルの世界など未知の世界のそのものだ。
 しかし、実のところそれが『未知』などではないと知ったのは、マホウトコロの学生たちがマグルと普通に共生して暮らす姿を見たからだ。

 日本の魔法使いたちが暮らすお膝元になっているとある地方都市は、多国籍の坩堝のようになっており、地元に住むマグルの人々に合わせて、うまく共生している。マグルとはいえうっすらと察してよき隣人となっている人も多いと聞く。

「それは……不愉快に思ったらごめんなさい。でも、おばさんの意見は、あまりにも短絡的すぎるわ」
「大丈夫、僕もそう思うもの。マホウトコロを見学させてもらって、ホグワーツ……っていうか、こっちの魔法界との違いにあ然としたんだ。マグルと共生するあの国の魔法使いたちは危機管理も過剰なくらい……トップレベルだし、僕だって正直、ホグワーツに戻ってきてから何度マホウトコロと比べたかわかんないよ」

 家庭内では、母に対し不快感を示す家族の方が圧倒的だった。ビルの惚れた女性の人となりを知ってる末妹のジニーは引いた顔で母を見ていたし、ロンの片割れであるロザリアは呆れた様子でため息をつき、片手で顔を覆っていた。
 女性陣ですらそうなのだから、実際にその人柄に触れている兄たちの反発はもっと凄まじかった。
 あの『お利口さん』と揶揄されるパーシーですら、「そんな理由で差別するなんてあんまりだ」と非難したほどである。
 唯一母親の味方をしていたのは、父親であるアーサーくらいだろうか。
 とはいえ、アレは味方というよりも怒りを鎮め、子供たちの非難を落ち着けようという緩衝材のような役目に収まっていた気もする。

 英国の魔法界は閉鎖的で、一九九〇年代半ばである現在においてもマグルの世界よりも文明が遅れている。必然的に、『人種差別』というデリケートな問題が今なおゴロゴロ転がっているのである。
 しかし現在ホグワーツにはチョウなどアジア系の生徒も多く通っているという現実がある。魔法界とて、遅れているとはいえ、人種差別という行為による非難の風潮は高まっているのだ。
 そんな中で、特に英国紳士と呼ばれるほどの紳士の国・イギリスの血を引き、貧乏子沢山とはいえ魔法使いの純血の家系でもあるビルにとって、母親のその発言は逆鱗に触れるものであった。
 極東にある島国で出会った『旧い魔法』を使う、運命の相手だと心に決めた女性。
 生涯の伴侶にと乞い願ったほどの女性を偏見で侮辱されたのだ。いくら相手が自分の親とはいえ、そんなことを許せる筈もなく。

『――ああ、そうか。なら僕はこの家と縁を切る! 絶縁だ――僕は『ウィーズリー』の名を捨て、ただのウィリアムとして生きて、そして死ぬ! この先アンタが例え死の淵に瀕したとしても、僕は二度とその顔を見に行くことはない!』
 血縁であるブラック家に近いその美貌を憤怒に染め上げ、ビルは真っ青になり止める母の言葉も父の言葉も聞かず家を出て行った。
 しっかりと『絶縁』という言葉を残して。
 ひとしきり話を聞いたハーマイオニーは、額に手を当てて深く息を吐き出した。
「お兄さんが怒るのは当然よ。私だって、将来を考えているパートナーがそんな理由で否定されたら許せないわ」
「僕らもそうだよ! 次の日にはグリンゴッツを辞めて、そのまま日本に飛んだってチャーリーを介して連絡が来た。もともと、日本の魔法省お抱えの呪い破りにスカウトされてたらしくて、そのままそっちに転職したって」
「すごい行動力ね。」
「ホントだよね。僕も尊敬してる。まあ、母さんにも言い分はあるらしいけど」
「あら、なんておっしゃったの?」

 にっこりハーマイオニーが笑った。しかしその背には、ひんやりとした何かが漂っていると本能が叫んでいる。
 ハーマイオニーは先進的な思考の持ち主であり、ホグワーツに入るまでマグルの世界で生まれ育った。こういう話題において彼女はとても冷静であり、ときに厳しい評価を下すことも多い。
 ロンは頬を引き攣らせながら、「ええと」と記憶の引き出しを抉じ開けていった。

『我が家は由緒正しい――いえ、例えジャパニーズでもマグル生まれでも『魔法使い』なら良かった。だけど、相手は魔法使いでもなく、スクイブでもない、旧い魔法が使える? そんな訳のわからない不気味な女に、私のかわいいビルは渡せないわ!』

 それを聞いて、ハーマイオニーはもう一度、今度は先程よりも深いため息を吐いた。
 モリーの言い分は、つまりは『未知の存在』に対する不安と不信――世界中の人類の根底にある、根深く罪深い無意識の蔑視と価値観が表に出た形である。
 まだ人種のことを出さなければ、話はもっと冷静であったかもしれない。
 しかし、英国の魔法界には魔法族と非魔法族(マグル)、そしてスクイブしか存在しない。
 日本のように細かくその能力を調べ、個々の特性により振り分けるということがなされていない。それが大きな溝となった。

 両親――特に母のモリーは日本の魔法族についての話を聞き流していた部分も多かったので余計だろう。
 父であるアーサーは子供たちの土産話を興味深く聞き、マグルと自然と共生する生き方を実現させている日本の魔法使いに興味津々だったとロンはかつて話していた。

「子は親の所有物ではないもの。第一、ロンの家は生まれで否定したり差別しないって思ってたのだけど」
「結局のとこ、それは『魔法使い』っていう大きなくくりに入れてるからなんだろうね。正直、僕らも絶縁を視野に入れてるくらいだもの。ロザリアですらだよ!」
「まあ、ロジーも?」
 ハーマイオニーが驚いた様子で隣に座る少女を見た。「まあね」と言わんばかりに、皮肉げな笑みを見せた少女は肩を竦めた。

「だって僕らはビルの彼女のことを知ってるんだよ? 性格も優しくて、僕らのことを気にかけてくれるし、とってもやさしかった!」

 写真があるよ。ロンから差し出された写真を見たハーマイオニーは「まあ」破顔した。それはマグル式の――ハーマイオニーにとっては見慣れた、動かないタイプのカラー写真だった。
 鮮やかな赤毛をポニーテールにした美貌の青年と、艷やかな黒髪の女性が、寄り添うように並んで微笑んでいる。仲睦まじいその様子は、見ているこちらの胸が温かくなるような、幸せな光景だ。

「お兄さん、とても幸せそうな顔」
「だよね? だけどママは結婚なんてありえないって言った。だからビルは家を出た。兄弟には申し訳ないけど、って言ってたけど、あれはそうなってもしかたないよね、っていうのが兄妹の総意かな」

 チャーリーも最近、マホウトコロで出会った女の子と連絡取り合ってるみたいだし、双子はジャパン特有の玩具や工芸品に興味津々、パーシーは文化の違いにカルチャーショックを受けたのか、マホウトコロの教授とたびたび手紙を交わしているとロンが言う。

「ロジーに至っては、パパやママを揶揄して遠回しに否定してたしね」
「――時代背景もあったとはいえ、駆け落ち≠ニ揶揄されるような急いだ結婚をした人たちが、文句言える話じゃないってだけの話さ」
 黙って聞いていたロザリアがようやく口を開いた。片頬だけつり上げ、ニヒルな笑みを浮かべた姿は、写真に映る長男と似た美貌を感じさせる。
「実際、ふたりもそこを突かれたら弱いからな……『愛に生きるなんて、さすがパパとママの子供だわ! ビルはまさしく二人の子だって証じゃないか、喜びなよ!』って満面の笑みでジネブラと未だかつてないほどテンションを上げてみせたよ」
「その心は?」ハーマイオニーが訊ねる。
「いざとなったら日本に逃げればいいのマジ助かる〜ビル最高〜の意」
「そんなことだろうと思ったよ」
 笑顔で親指を立てるロザリアに、ロンは呆れ顔で呟いた。
 実際のところ、兄妹の交際関係に一番興味が薄いのはロザリアだ。基本的に恋愛などへの関心がないのが主な要因だろう。彼女はいつだって状況を俯瞰的に見ては、一番クレバーな手段を探っている。恋愛に割けるほどの容量が、いまのロザリアにはないともいえるだろう。
 ロンもジニーも、それをよく知っていた。ゆえに、基本的に下三人は同じ見解で一致している。

「うちは本家でもなんでもないんだしな、わざわざクソ真面目にビルが跡継ぎなんて言われる必要なんてないさ。ウィーズリーなんて、トータル何人いると思ってるんだ? そんな理由で縛られるくらいなら、駆け落ちでもなんでもして好きな人と一緒になって貴重な技術や魔法を継承したり解析するほうが、ビルにとってよっぽど幸せだろうさ」
「まあ、ビルは優しいから僕たちのことを最後まで気にしてくれていたけどね」
「どうせロザリアが発破をかけたんじゃない? 日本なら英国と距離があるし、文化形態もなにもかも異なってるもの。いざとなったらロンやジニーと逃げ込めるように」
「我らが才媛はよくご存知で」ロザリアは愉快そうに喉を鳴らした。



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