姉兄と護衛任務
「うっげ、なんでお前いんだよ!」
「やかましいわチェリー。夜蛾先生から直々のオファーだよ」
「だっれがチェリーだテメェ!」
「やあ、 も来てくれたのか。これで盤石だな」
あからさまに顔を顰めた五条を冷ややかな目で見るスラリとした体躯の少女。
腰ほどまである黒髪を一つに結い、
にこやかに手を上げた夏油に軽く手を振り返し、彼女―― は淡々とした様子で「弟も来てるよ」と返した。
「依明も来てんのかよ! 相変わらずねーちゃんの金魚のフンかよアイツ」
「品性下劣なことを言うのも大概になさいよ白髪童貞。あの子はいつでも私のサポートが仕事なの」
「妹さんは? 一人にして大丈夫なのか?」
「ほまれちゃんなら厳重にお守り持たせてるし、そこらへんの低級程度なら自力で逃げられるようになったから受けたの」
には六つ年下の妹が居る。彼女のことは夏油もよく聞いていたため、すぐに頭の中に思い浮かべることができた。姉や兄と同じく呪霊が視えているとは思えないほど澄んだ雰囲気を纏う、心優しい普通の少女だった。
この少女を育て、呪術界という世界に身を置きながら倫理観を失わない強靭な精神を持つ少女と少年を慈しみ育てた 家の両親――まさに慈愛の化身のような夫妻を、夏油はとても好ましく思っていた。
「忘れるな、夏油、五条」
鋭い目が夏油と五条を射抜く。淡々とした、けれど奥底に確かな確信(・・)を持って告げられた言葉に、二人の背にひりつくものが駆け抜ける。
「この案件、最後に何かしら起きる(・・・)」
2
「いい、夏油。間違えんじゃないわよ。非術師だろうが呪術師だろうが、クソはどこにだっているもんなの(・・・・・・・・・・・・・・・)」
「…… 」
「あの宗教しかり、この村しかり。確かに限定的な、閉鎖的な場所に隔絶された人間は救いようのない方向へ転化していく。でもそれこそこの界隈にブーメランっしょ」
思い出せ、と舌鋒鋭く は夏油に説く。
ただでさえマイノリティで危険な職業で死人も多く出る業界であるというのに、呪術界には未だ時代錯誤でどうしようもなく醜悪な人の悪意が跋扈しているということ。
世界で大きく言われている男女平等など夢のまた夢であること、呪力や術式を持たないというだけで人以下の扱いを受け、ひどい時は虫けらのように始末されるということ。
それは、正しいことではないだろうと は断言した。
「夏油。術師は非術師を守るためにあるわけじゃないよ」
「……じゃあ、何のためにあるんだ? どうすればいいんだ?」
「決まってんじゃん」
ニヒルな笑みを浮かべる。
「悪いやつをぶっ倒せば良いんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・)」
「良い? クソみたいなのは一般人だろうが呪術師だろうが居るの。しかも呪術界の場合、それが業界のトップ――中心に煮詰まってやがる! 明日死ぬかどうかのミイラ共がデカい顔してのさばってんの。バケモンがね。そんで指先一つで私やアンタらみたいな若いのを動かしてる」
「時代錯誤の価値観と、今を生きる若者のアップデートされた価値観。呪術師がマイノリティなの、結局のとここのクソみたいな体制にあるわけ。女は子供を生むための道具、決まった術式や呪力が無きゃ生きる価値もないクズ――ざっけんなって話よ!」
「子供は生まれる親を選べない! だってのに勝手にこさえて産んで、ちょっと目当てのモン持ってなかったらゴミ扱い! どこの世もクズはクズなの。この業界のトップはとびっきりのクズ!」
「私は、後進の子たちに――妹に、こんな界隈に関わってほしくない。こんなゴミ溜めみたいなところ、おぞましくて到底見せられない」
このゴミ溜めをどうするかが正念場だと は笑う。
「夏油。あんた、しばらく休みね」
「……は?」
「あんたの仕事、全部私に回してもらったから(・・・・・・・・・・・)」
「いや、 はそもそも高専所属じゃないだろう! どうやって――まさか」
「今更気づいたの? あんたやっぱ疲れてんだわ。休め休め、疲労は人の頭おかしくすんのよ」
「一応、私は三年の三学期から入ってんの。卒業単位取れてたし、パパとママもお友達のためならって許してくれた」
夏油の頭の中に浮かんだ の両親の姿。人に視えないものが視え、それに抵抗する力を持った子供たちを愛し慈しむ、善性の塊のような夫妻の姿。
なんで忘れていたのだろうと思う。疲弊していくうち、どんどん負の側面ばかり見るようになってしまい、忘れていたことだ。
自分はこの優しい人たちの暮らしを守りたいと思った。それは非術師だろうと、呪術師であろうと変わらない。目の前で笑う彼女が、ただの子供のように笑える世界を守れたらと、在りし日の記憶が蘇る。
呪術師であろうとなかろうと、変わらない。人は人だ。
灰原や の両親のように優しさを持つ人がいれば、あの信者達や倫理観を失った呪術師のような者達も居る。
「……すまない、 ……」
「ばーか。こういう時は、お礼を言うもんでしょ」
「――ああ。ありがとう、 」
夏油の言葉に、どこか安心したように は笑顔を浮かべた。
それは今まで見せてもらったことのない、家族に垣間見せる、ただの少女の笑み。
「どーいたしまして!」
えくすとら
「……親友がいたの」
「親友?」
「うん」
ほまれは、夏油に楽しそうに『親友』のことを話した。
自分と同じように呪霊が見えている子だということ、二人で居ると低級の呪霊は追い払えること、肩に憑く程度は手で祓えること。
「でもね」とほまれは淋しげに微笑んだ。
「引っ越しちゃったんだ。……お父さんとお母さん、しんだから」
「……そう、なんだ」
「笑顔だったって。笑顔で泣きながらその子のこと縛って動けなくして、ごめんねって泣きながら、二人で手を繋いで首を吊ったんだって」
「ありがとうって言ってたよ……お姉ちゃんたちが来なかったら、もう二度と帰ってこなかったって」
「大丈夫。親友だもん。ぜったいまた会おうねって、約束したから」
優しい約束(のろい)で、少女たちは未来へ希望を託した。