×dia
好きな人がいる。
桃色の髪が素敵な、あまり背丈の変わらない同級生の男の子。
小湊くんというその人は、強豪である野球部に所属していて、寮で生活しているらしい。三年には実のお兄さんがいて、何だか強そうなオーラの人だったのをよく覚えている。
呪術高専に転校する前、付き合っていた男の子と初めてセックスをした。
泣きながら、一度だけとせがんだ私に、彼――小湊春市くんは、とても辛そうな顔をしながら、けれどとびきり優しく私の初めてを奪ってくれた。
呪術師界はとても狭く、いまだに男尊女卑が根付き、女をただの胎として見下す人がごまんといるという。
私もこの世界に身を置く限り、不当にそういつまた扱いを受けたり、また婚姻を求められる未来はあるかもしれない、と先生は初めに教えてくれた。
私はせめて、初めては好きな人がいいと思った。万が一、そんな人と結婚する未来があったとして、どこかの家の妾にされたとしても、ただの道具扱いされたとしても、ただひとつ、幸せな思い出があれば生きていける。
これがあればいい。
この思い出だけて、私はどれだけつらくとも生きていける。
そうして私は青道を去り、呪術師として生きる道を選んだ。
「私、処女じゃないよ」
「ハァン!?」
「ウソォ!?」
「おかか!?」
のほほんとした顔でさらりと落とされた爆弾は二年生を直撃した。
#名前#は二年次から呪術高専に編入してきた女子生徒である。現在の二年生達が一年生だった頃、当時四年生であった彼女の姉が殺され、一般人として暮らしていたものの同じタイプの術式を持っていた#名前#は編入を余儀なくされたのだ。
彼女の術式は主に情報収集やサポート特化の能力であるため、弱点であるフィジカルを鍛えるために日夜先達である同級生達にしごいてもらう、そんな中での爆弾発言であった。
ここに乙骨が居たらひっくり返りそうな発言である。彼はどうも#名前#を女児か何かだと思っている節があるので。
食いついたのは予想通り同級生達で、鍛錬は一時中断となり、あれよこれよと木陰へ連行される。
「そんじゃ教えてもらおうか、ことの次第をなぁ!」
「ことの次第と言われても……」
「こんぶ、しゃけしゃけ」
「棘くんノリノリだね……」
「やっぱさー、浮ついた話の一つや二つ、欲しいじゃん? でも高専はそんなのとは無縁だからな……#名前#が唯一の頼みの綱なんだよ!」
「しゃけしゃけ」
「オラ、とっとと観念して吐け!」
「……って言ってもなあ」
もにょ、と口をまごつかせながら、#名前#はボソボソと話し出した。
かつて通っていた高校で、入学した頃からずっと一目置いていた男の子と付き合っていたこと、高専に来る前にもう一緒には居られないだろうと別れを告げようとしたが拒否され、結局別れを言えずに来たこと。最後の思い出に、と泣き落として処女を奪ってもらったこと。
ひと通り話し終えた#名前#は、気まずさを抱えながらちらりと目の前に座る同級生達を見る。
三人は無言で目元に手を当て、天を仰いでいた。
「えっ、なになに、どうしたの」
「おま、お前……惚気かと思ったら……」
「おかか……おかかぁ……」
「ほら、パンダの胸を貸してやる、思い切り泣くといい……」
「あ、ありがとう……?」
カモーンと開かれたパンダの胸に飛び込み、そのモフモフの感触を堪能する。ううん、これは良いパンダ。
電話番号もメールアドレスも全て編入の際変更したので、#名前#はもうかつての友人や、好きだった人とも連絡を取ることはできない。約一名例外は居るが、#名前#な自分を売った親を含め、全てを捨てて高専に入った。
これは#名前#なりのけじめだった。
彼らが、幸せに生きられるよう尽力する。
その為なら例え強いられた運命だろうと受け入れて進むと。
なお入学面接の際、転入してきた経緯を知る夜蛾学長は#名前#の決意に深く頷き、後にことの次第を知った五条は真希達同様目元に手を当て無言で天を仰いだという。
閑話休題。
「……はるいち、くん……」
「……久しぶりだね、#名前#ちゃん」
今は遠い昔のこと。かつて同じ学舎で過ごし、幼くも愛を育んだ少年が、大人になった姿でそこに居た。長かった前髪は短くなり、隠されていた顔が露わになっている。そのことで胸が痛む自分が居ることに自嘲する。
まさかと唯一繋がりを残した友人を見れば、彼女は困ったように笑うだけで。その笑みが肯定だと知っていた#名前#は、腹の中におもりでも入れられたかのように動けなくなった。
「小湊、ずっと#名前#のこと忘れられなかったみたいでさ。一度付き合いかけてでもダメで、ならもう本人と合わせてケジメつけさせるしかないでしょ」
「……前線に出ていられるのはあとわずかだと思う。引退したら、その後は窓みたいな、探索専門でするつもり。元々、その予定だった」
#名前#の術式は「分析」――主に索敵に長けた能力で、呪霊、人問わず対象の居場所やスペックを解析することができる。
それ故主に役目はサポートで、前線に出る時も後衛、索敵役として重宝されていた。
「一緒に暮らそう。僕はもう子供じゃない――やっと、#名前#ちゃんを連れて行ける
「無理だよ……」
絞り出した声は弱々しく、今にも消えてしまいそうなものだった。
「できない……わた、私、もうあの頃とは違うんだよ……」
そうだ、と頭の中で声がする。
本当なら、彼の目の前に立っていることさえ憚られるくらい、#名前#は沢山汚いことに手を染めた。呪霊を祓い、時に呪詛師を手にかけることもあった。助けられた人よりも助けられなかった人の顔が脳裏に克明に焼きついている。
異母姉が死んだことで、父は自分を呪術界に売り、母は止められず泣いていた。死んだ姉は死した後呪霊となって、父と母を殺した。姉は妹の幸せを何より願っていたからだ。それはある種の契約として両親との間に成り立っていたが、父が売り渡したことで破綻し、両親はその報いを受けた。
そして#名前#は呪霊となった姉を祓った。
もう誰もいない。
家族は死に絶え、親類関係など無く、天涯孤独となった。
親ならば、真っ当な親なら、普通に考えて、そんな女が自分の子と結婚しようだなんてとても受け入れられないはずだ。
何より、前線を退いたとしても呪術界から抜けられるわけじゃない。万が一、自分のせいで愛した人に何かあったら――私は生きていけない。本当に、耐えられない。