ほまれと五条 小話


「悟さんさぁ」
「んー?」
「好きな女の人とか居ないの」
「あ?」
「ぐえっ」

 臓物が圧迫される感触に思わずうめき声が出た。出会った頃を彷彿とさせる低い声に、ほまれは「冗談だよ」と腹に回されている腕を叩いた。

「いや遠慮しなくてもいいんですよ? いくらやることやってるからといっても名ばかりの嫁よりいいおねーさんはこの世にごまんと居るんだし」
「ほまれさぁ」

 はあ、と五条はあからさまに顔を歪める。

「僕がマジで奥さん居るのに他の女と寝ると思ってんの?」
「呪術師、このご時世に普通に側室とか居るんでしょ? 悟さんは御三家の嫡男で当主。一人や二人居てもおかしくないでしょ」

 澄んだ眼差しで平然と言うほまれにさして傷ついた様子はなく、純粋に「そういうものなのだ」と理解しているようだった。その澄んだ眼差しは五条の心にグサグサと刺さる。なんてこった、と五条はほまれの肩口に顔を埋める。

「下手に詳しい兄弟が居たばっかりに弊害が起きてる……」
「姉さんも言ってた。『御三家の長男って時点で結婚しても周りの家が胎盤宛がって種馬になるのは目に見えてる』って」
「はあ〜〜、ろくなこと教えねーなあいつ! 嫌がらせか!?」
「だろうねえ」

 なんせ、いまだに会うたび笑顔で妹に離婚届を渡してくるほどに五条を毛嫌いしている女である。それが姉からの愛だと理解しているため、ほまれもとりあえずとそれを受け取るし普通に保管している。見つける度に燃やしたりして処分しているものの、おそらくまだ何枚か持ち合わせているのだろう。
 呪霊の「呪」の字も知らないまま手探りで自分の術式《のうりょく》を理解し、サポート特化の弟とともに身近な呪霊を祓い続け、出会った頃には既に一級の実力を持っていた世にも奇妙なきょうだいの片割れだ。
 ひょっこり現れたその存在に悪意を持つ術師は多かっただろうし、実際それが煩わしく、彼女は相棒にしている弟以外――妹や両親は頑なに呪術界に関わらせないようにしていた。
 最愛の妹が呪術師と万が一にもとちくるってくっつくことのないよう、過激すぎる内情もきっちり教えていることだろう。現代女性にとって呪術界での女性の扱いは時代錯誤を通り越し「酷い」の一言に尽きる。それくらいは五条にもわかる。そこらへんの教育は行き届いているとほまれの姉の性質を理解している五条はいっそ感心するほどだった。だからこそ、


「五条さんのってやっぱ大きいの?」
「んあ?」

 五条さんのってなに? アレだよアレ。どれよ? イチモツだよ! ああ、生殖器。やだもうほまれちゃんったらストレート!

「だって、五条さん体も背丈も大きいじゃない? 必然的に大きいってことにならない?」
「やることやってんだろ、ほまれさん」
「……まあ、一応、夫婦だしね」

やることやってんだろ。つまりそれは夫婦の営み――生殖行為、またの名をセックスのことだろう。
ほまれと五条が籍を入れて早二年。
実家を出て五条の所有するマンションに移住し、同居し始めて一年半ほど。さすがに寝食をある程度共にしたら起きることではある。成人した男と女がひとつ屋根の下、何も起こらない訳もなく。体が交わったのは必然的なものだった。

「大きさについてはなあ……比較対象がいないからなあ……」
「お父さんとお兄さん居るじゃないですかぁ!」
「勃起してるのはさすがにないよ」
「ストレート!」

女の子達はこの猥談が随分楽しいようで、きゃっきゃとはしゃぐ姿が微笑ましい。自分にはない純情さである。

「ああでも、そうだ」
「なんかあるの!?」
「初めてしたとき、絶対裂けるから嫌だってごねた記憶がある」
「さ、裂ける……!?」
「ほー、やっぱデカかったんだな」
「ええ。だからたぶん、大きいんだと思うよ、日本人としては」


「――っていう話をした」
「なに、女子で集まってたと思ったらそんな話してたの?」
「時として女子の猥談は男子のそれより過激なもの」
「女の子はマセてるしねー」
「早熟と言ってほしいですね。第一、男子が子どもっぽすぎるんだよ」
「えー? 僕なんかは昔からご覧の通りのグッドルッキングガイだった訳だけど」
「姉さんと煽り合ってたのも、夏油くんとすーぐ喧嘩しかけてたのも知ってるよ」
「……まあほら、時にはそういうのも必要でしょ!」
「それに、私のこと顔はまあまあって言ってたの覚えてるよ。だからびっくりしたんだよね」
「なにが?」
「まあまあの女に勃起するんだなって」
「……」
「受け入れたのは私だし、特筆して何か思う訳では無いけど、それは驚いたなあ」

 この人、まあまあの女でも体が女であれば勃起するんだなって。いっそ感心したね。

「……」
「悟さん?」
「……過去の自分の発言が今の自分の首を絞めてる……」
「因果応報ってヤツだね」

 姉さんが聞いたら高笑いするよ。夫に抱きしめられながら、ほまれは呑気に笑った。



「ほまれちゃんさ〜」
「はい」
「僕と一緒の時はそこまでしないじゃん」
「なにが?」
「化粧」

 なんだなんだ、と鏡越しにこちらを見る夫の顔を見る。彼は随分と不満げな顔をしており、ほまれは理由がわからず首を傾げた。思い当たる節はひとつしかない。たぶん、自分がいま行っている行為を指しているのだろう。

「化粧?」
「そう! 僕と一緒の時はこんな派手じゃないじゃん、なに、なんでそんなおめかししてんの? 僕というものがありながら浮気か??」
「面倒臭い彼女みたいなことを……これは大学時代の友人と出かけるから、それに合わせてるだけですって」
「知ってる! でもさあ、僕と出かける時もそれくらいめかしこんでくれても良くない?」
「……これ、すっびんとの差が激しいじゃないですか」

 今のほまれの顔は、目元を生かした鋭めのキャットラインが映えるメイクが施されていた。年齢の割に童顔だと思われやすいほまれの顔つきは、目元一つで大きく変化する。

「いいじゃん、僕ほまれちゃんのそのメイクも好きだよ」
「……このメイクしてると、あんまり声掛けられないんですよ」
「ああ、いつもは綿菓子みたいな甘さあるけど、それだと高嶺の花って感じするしね」
「だからです」
「だから?」
「男避けですよ。私には頼れる夫がちゃんといますからね」

 アイライナーを仕舞いながら言われた言葉に、五条が岩のように固まった。



「うーん、そろそろ潮時かな」

結婚して二年ほど。さすがにこれ以上はしんどいなと思う日が増えてきた。
特級呪術師である夫は仕事で家に帰ってこないことの方が多い。夫婦とはいえ、共に過ごす時間など指で数える程しかない。
そしてその時間も、大抵は性的接触――つまりはセックスするだけで終わっていく。持て余した昂りをぶつけてさぞ満足だろうが、付き合わされるこっちの身にもなってほしいというものだ。
ほまれは男というのを夫以外知らない。昔から化け物……呪霊が見えていたせいでどんなに外面が良くともひどく呪われてる人をこれでもかと見せられ、人の悪性を多く見てきたからだ。それ故に異性と付き合うことも、興味を持つことも無かった。――求婚されるまでは。


「求婚されたときね、思ったの」
「うん?」
「頭の中のスパコンがさ、メリットデメリットを弾き出したわけ。私が受け入れた場合のメリット、受け入れなかった場合のメリットをね、ばーんと」
「それで、ほまれちゃんの頭のスパコンはなんて?」
「私が結婚すれば、他の罪のない女の人が弄ばれることはないって出たよ。だから結婚したんだ」
「……」
「他の人達は知らないけど、私は知ってるからね、高専時代のあの人のこと。姉さんにも聞かされてるから、どんだけ倫理観破綻してるのかもクズなのかも、夏油くんに言われたとおり口調変えて「それっぽく」なるように務めてるのかも」
「……」
「知ってるぶん、割り切れるものもあるもんだよ。私はその点、都合が良かったんじゃない? 本性知ってるから、特に期待も何もしないし」
「……ほまれちゃんは、それで本当によかったのかい?」
「んー、まあ、人と付き合うとか、面倒で考えたこともなかったから……」
「私は、悟はほまれちゃんのことを好きだと思ってるよ」
「ええ? まあまあの顔って言ったのに?」
おかしい、とほまれが笑う。
「まあ、そういうもんなんですかね、美人は三日で飽きるとかなんとか、まあまあの顔なら特に思うこともないでしょうし」
「ほまれちゃん、あまり自分を卑下してはいけないよ」
「おこります? 私も一応呪術使えるから、呪霊が生まれることはないですよ」
「いいや、悲しいんだよ。私の大切な女の子が、自分を卑下して傷つけることがなによりもね」
「……夏油くんも大概クズなのに、悟さんより真っ当に見えるから怖いんだよなぁ」
「アハハ、悟とは年季が違うよ」
「……じゃ、そんな夏油くんにだけ教えてあげるね」
内緒だよ、とほまれが言う。
「私、びっくりしたんだ。ほんとに。名前だけの結婚だと思ってたから、まさかヤるとは思わなくって」
「うん」
「まあまあの顔に欲情して勃起して射精する姿見て、この人すごいなって感心しちゃった」

性欲って怖いね。特にそう思ってないことが明らかな声色でそう語るほまれに、夏油は何もいうことができなかった。




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