星見さんちのるーちゃん

現代→FT(星霊魔道士のヒロイン)→呪術世界。


「星見(ほしみ)」という家がある。
星見家はその名の通り、星の流れを読み、過去・現在・未来――ありとあらゆる『流れ』を汲み取り、予見する能力を持っていた。

「星見の家の者は、時に歴史すら変えうる大局をも読むことができる」とまで称された能力。
ゆえに、この星見という家は呪術界における御三家――加茂・禪院・五条とはまた別の意味で注目されていた。

この一族に動きがある時、歴史に動きあり。
そう云われるほどに、星見という一族の持ちうる力は特異なものだったのだ。
そんな星見の一族に革新的な「変化」が起きたのは、当主に二人目の子供……娘が生まれて数年程経った頃のことである。

後継を長男である息子ではなく、娘にすると当主が決めたのだ。
これは男尊女卑が未だ根強く、跡継ぎは男が大半である呪術界において驚天動地のニュースであった。
あの(・・)星見の後継が女であること、そしてこの事態に一族内からは一切(・・)異議が出なかったというのもまた大きな要因だ。
当主曰く。
娘は次期当主とされていた息子よりも『星見』としての才能目覚ましく、そして呪術師としての素質があるとされ、次期当主と決定したのである。

「当家は子供達の才能を伸ばしていく方針ですので。例え男でも向いてないなら致し方なし。本人に合った生き方を親として一緒に探すだけです」
「イッエーイ! イチ抜けヒャッホーウ!」

清々しい笑顔でそう宣った当主と、その後ろで幼い妹を抱きかかえながら小躍りする長男。その姿を見てしまえば、不平不満などあるわけが無いとすぐに分かるだろう。
決定を長男は嬉々として承諾した。
一応呪術師として一通り訓練や教育は受けたものの、結果的に彼は呪術師ではなく一般社会に出て生きていく道を選択したのだ。

そして、その選択は間違いではなかった。

数年の下積みを経て星見家が表向きの仕事として運営していた会社の社長に就任した彼は、飛ぶ鳥を落とす勢いで会社をどんどん成長させていった。
「ぶっちゃけ、陰気臭いカビ臭いきな臭い面倒くさい呪術師の跡取りより、ワールドワイドな仕事がしたかったんだよね」とは本人の言。

娘に当主としての素質があったとすれば、息子には経営者としての素質が備わっていたのである。
無論、そこに至るまではけして平坦な道ではなかった。
会社をここまで成長させたのは、彼の持ちうる全ての技術と努力、大半が一族の者で構成されている社員の支え、そしてなにより、実家からの後押し――当主である父だけではなく、父より『汲み取る』力が強かった妹のゴーサインがあったからだ。

星見が動く時は確証がある時のみ、とそのおこぼれに預かろうとする呪術師の家は多く、その影響は表の政治的な面においてもあった。星見の会社の成長にはそういった要素も含まれていた、

現代においても時の権力者に頼られることの多い星見家は、必然的に総合的な権威において、御三家とタメを張るほどの発言権を持つようになっていた。

当代の当主が非術師である女性と結ばれているという時点で土壌は出来上がっていたのだ。
一族は星見の家に変革の時が訪れたのだと皆それを受容した。
呪力を持つ者、持たぬ者、差はあれど大なり小なり持ち得ていた『汲み取る』力が、それを可能としたのである。

001

 人生はなにが起きるか分からない。それは自分でもよく分かっていた。
 だけど、ちょっと疲れてきた自分としては異議の一つも唱えたくなる。

(……また転生っていうのはどうかと思うんだなぁ)

 そこんとこどうお考えですか神様――と、居るのか居ないのか分からない神様に問いかける。返事は当然のように無くて、事実としてあるのは自分が再び生を与えられてしまったということだけ。

 気がつくと、私は「ここ」に居た。
 日差しが柔らかで、どこからともなく聞こえる木々のざわめきが心地いい。鼻をくんくんとするとふわりとい草のいい匂いがして、自分が寝転がっているのが畳の上だとわかった。
 どうせなら記憶が無いままで良かった。そうしたら爽やかな気持ちで健やかに過ごせただろうに――などと思いながら、私は状況を整理するために『環境』に意識を向ける。
 体が自由に動くことから、特に拘束などをされているわけではないようだ。
 耳を澄ませば、どこからか懐かしい(・・・・)言語が聞こえてくる。
 その言語はとても聞き覚えがあって、でもここしばらくは聞けていなかった……間違いなく日本語だった。

(久しぶりの日本人フラグでは!?)

 直近の人生はおよそ現代とはかけ離れた、魔法やドラゴンが飛び交うどえらいファンタジーワールドだったので、この懐かしの平穏なTHE・和風スタイルに胸が躍る。
 ついついリズムに乗って、ちっちゃな手足をパタパタさせて『よろこびのダンス』をしてしまうくらいには、私は日本が好きだった。

 村とかの閉鎖的な環境下の謎ルールとか島国根性はどうかと思うけど、和風建築や和食は大好きだ。和食はソウルフードだし、どの世界へ生まれ変わっても味噌と醤油、そして出汁はマストなものだった。手に入れることができず涙に暮れたことの方が多かったけども。
 自分が魂の故郷・日本に帰ってきたのだと体が喜びに震える。
 できれば早くごはんが食べたい。腹の感じからしてもう食事は終えたのだろうが、夕食が待ち遠しい。おやつでもいい。日本のお菓子はだいたい市販のものでも美味しいしハズレがない。でも和菓子だと個人的にもっと嬉しい。

「――あっ、るうちゃん起きてる!」

 そんな声とともに、にょきっと視界に人が現れる。

(顔がいい)

 これが噂の顔面国宝級……?
 思わずそう思ってしまうほどその子は見目麗しかった。柔らかなお月さまのような金色の髪をした男の子。顔立ちはおぼろげな記憶にある『日本人』というよりも、どう見ても外国の雰囲気がする美少年。
 けれど話す言葉は流暢な日本語で、なんだかちぐはぐだなぁというのが最初に抱いた感想だ。

「おはよう、るうちゃん。お兄ちゃんだよ〜」
「――ぁう、んう、あうぁー?」
「わっ! 父さぁん、るうちゃんがやっと喋ったよ!」

 なんとか返事を返そうとするも、出てきたのは言葉にならない鳴き声。

 ここで私は「おや?」と首を傾げた。
 自分の体の可動範囲から試算した年齢はだいたい二歳から三歳程度だったのだが、彼のこの口ぶりではまるで私は初めて喋ったかのように聞こえる。
 そして「えっほんと!? うっそ見逃したぁ!」と、どこからか聞こえる声。
 声からもわかるイケメンの香り(パルファム)。目の前の美少年――否、今生のおにいちゃんと同じイケメンなのだろうかとほんのりそわつく乙女心。

 いやいやいや、それよりも。

「えう、いあ、んぅ?」
「エッなあにるうちゃんお兄ちゃんって呼んだ!?」
「嘘でしょ一番はパパだよね!? そうだと言って!?」
「あらあら」

 喜色ばむお兄ちゃんにものすごい勢いで現れた推定・父(イケメン)と、のんびりした様子でやって来た推定・母(日本人)――この組み合わせを見て、私の頭の中で一つの答えが弾き出される。

 もしかして「わたし」、今まで喋ってなかったな?

 なるほどどうりで、と心の中で膝を打つ。
 たしかにずっと喋っていなかったとして、そんな妹が初めて喋ったら、それも自分を呼んだとしたら――という気持ちは分からんでもない。
 この過剰な構われ方からして、いつもはだいたい四六時中家族の誰かが居ると見た。こんなにも入れたり尽くせたりなのだ、いちいち喋って気持ちを伝える必要性も感じないことだろう。
 我ながらなんて怠慢。いや、頭が良いのか? もしかしたらマジで喋り方が分からなかったか、あるいはまた違う可能性があるかもしれないが今はそういうこと(・・・・・・)として納得しておこうと思う。

 かくして、「わたし」という転生者の人生は幕を開けた。
 その人生が中々に激動の日々となろうとは露知らず、私はただ久しぶりの日本というラッキーを噛み締めていた――。

002

 「わたし」という存在が生まれて早数年。
 正直な気持ちとして、私は少し辟易していた。

 私が生まれた家は星見という、古くから続く名家であった。それはまだいい。「前」も大財閥のお嬢様だったりしたのでそういうことにはある程度耐性がある。
 問題は、この家を取り囲む劣悪な界隈にあった。
 この界隈――呪術界は、この平成の時代においていまだに男尊女卑が堂々と罷り通っており、時代錯誤な価値観の保守的な死に損ないが上層部にたっぷりといるというとんでもないブラックな業界だったのだ。

 星見家はそんな劣悪な界隈の中でも特に異彩を放つ――めちゃくちゃに真っ当な倫理観を持つ家だった。
 つまり、限りなく一般的な常識のある家と言えるだろう。
 そして私は、そんな星見家の次期当主として、日々研鑽を重ねる毎日を送っていた。

「留羽、おやつよ〜」
「はあい」

 にらめっこしていた当主教育の課題を放り出して顔を上げる。
 お父さんの鶴の一声によってお兄ちゃんから快く譲られた(押し付けられたとも云う)次期当主の座。適性があるならしゃあないかぁと渋々ながら当主の仕事を覚える日々を送っている私であるが、正直この業務、面倒くさくて仕方ない。
 私が当主になった暁にはある程度業務を減らすことを心に誓いつつ、目の前にやって来た放り出せるチャンスも逃さない。
 いつ投げる? 今でしょ!
 そんな感じで私は優雅にお母さんと三時のティータイムである。

「おいひい」
「ほんとう? 良かった。るうちゃんは好き嫌いなくてえらいねぇ」
「んふふー」

 お母さんが持ってきてくれたおやつを頬張りながら考えるのはこの後のこと。これから我が家にやって来る、かわいいお客様たちのことだ。

「ふたりとも、はやく来ないかなぁ」
「そうねえ。パパとお兄ちゃんが迎えに行ってくれてるから、もうちょっとママとお留守番しましょうね」
「うん!」

 お母さんは一般から嫁いできた人で、呪いなどは一切視ることはできない。けれど呪具の眼鏡があれば視ることだけはできるので、呪いというものがどんなものかは理解している。
 そんな両親は、この呪術界では大変レアな恋愛結婚だった。
 出会いはシンプルなもので、道に迷って困っていたお母さんにお父さんが一目惚れ。猛アタックの末にゴールインという少女漫画の定番みたいな展開だったらしい。

 星見以外の、いわゆる『御三家』と呼ばれる家や他の保守的な価値観のクソッタレ野次馬は他人のくせに散々口を挟むわ、挙句の果てにお母さんを側室にして、正妻を由緒ある家から(あわよくば自分たちの家から)娶るよう強要された。
 が、そんな有象無象の言葉などあの父が気にする訳もなく。

 何より、当事者である星見家全体が恋愛結婚に大盛り上がりの大フィーバー状態で、一族全体お祝いムードだったのが一番効いたのだろう。
 非術師の嫁入り大歓迎だったこともあり、お母さんは無事(?)にこの星見家に嫁いできたのだった。
 そんなバックグラウンドもあってか、我が家は名家ではあるものの、雰囲気は一般の――というか、大家族のそれに近い。常に一致団結し明るい未来だけを開拓していく様から『革命家』なんて呼ばれることもある。やや話が逸れてしまった。話を戻そう。

 そんな倫理観が一般寄りの我が家は、この呪術界では浮いた存在だ。
 結論として、我が家に来た呪術界育ちの人はだいたい一日でコロリと落ちる。
 お兄ちゃん曰く、「天然の陽の気に皆酩酊状態になる」らしい。この程度で酩酊するとはどれだけ腐ってんだこの界隈――と戦慄したのも記憶に新しい。
 今回来る二人も普段はそんな陰気なところに居るため、うちに来る時だけはせめて――と、皆でお迎えしてたくさんたくさん大事にするのだ。
 その子たちは私と同い年。まだ大人から庇護され愛されるべき子供なのだから。

 流れで貰った次期当主の座ではあるが、目標ができた私はこれを手放すことはできない。
 私の目標は、早く当主となってその二人を引き取ってしまうこと。
 そう言えるくらい、二人は――真希ちゃんと真依ちゃんは、とても優しくて可愛い私のお友達だ。

003

 私は天使を知っている。

「まいー! まきー!」

 大きく手を振りながら駆け寄ってくる女の子。
 太陽のようにキラキラと輝く金色の髪の彼女――留羽は、私にとっての天使だった。

「おー、ひさしぶりだな」
「ひさしぶりだねぇ、ちょっとやせた? 夕飯、たのしみにしててね!」
「おう。留羽のかあさんのごはん、うまいからな」

 なっ、真依。そう言って双子の姉が笑う。琥珀色の瞳が私を見て、心臓がドクドクと高鳴るのがわかった。

「う、うん……」
「真依ちゃんの好きなものも、たくさん作ってもらうね! さっ、いこ?」

 そう言って彼女は当たり前のように私と片割れの手を握ってくれる。
 それは生まれた家ではありえない事で、お姉ちゃん以外はけしてしてくれなかったことだった。

 だけど彼女は、この家の人達はそれを当たり前のようにしてくれる。
 それが「普通」なんだよと、私やお姉ちゃんを普通の子どもとして大切にしてくれる。――優しくしてくれる。人として見てくれる。
 それがとても嬉しくて、嬉しくて嬉しくて仕方なくて――終わりが来てしまうことが、とても恐ろしかった。
 これが幸せな夢と分かっていても、ずっとずっとこの夢を見たいと思う。
 ここなら誰も私たちのことを酷く言わないし、怒られたり殴られることもない。家に居る時のように、息を殺して、空気のように暮らすことがないから。
 彼女がくれる言葉が、姉の存在以外で私にとっての鎹(かすがい)だった。

 夕飯を食べ終えて、家へ帰らなければならない時間が迫ってくると私はいつも泣き出していた。
 幸せな夢が終わるのが嫌でいつも泣いてしまう私の隣で、「仕方ないな」と言いながらもお姉ちゃんがしっかり手を握ってくれて、彼女はとても優しく私を抱きしめてくれた。

「私が当主になったら、かならず、むかえにいくからね。真依ちゃんも真希ちゃんも、ぜったいむかえにいくから」
「うん……っ、まってる……わたし、ずっとまってるから……むかえにきてね……」
「もちろんだよ。まいちゃん、だいすきよ」
「何だよ、私もまぜろよ」
「ふふ、はいはい。真希ちゃんもね」

 縋るように抱きついて、姉の手を掴み、約束を重ねる。
 彼女の体から微かに香る甘い匂いが、彼女とこの家の温かさを表しているようで、この約束が夢ではない確かなものだと教えてくれた。
 怖いのも痛いのも嫌いけど、まだ、まだお姉ちゃんや彼女が居る。
 それだけで私の胸は温かいものでいっぱいに満たされていた。



「――おはよう、留羽」
「おはよう。真依」

 朝日に彼女の金色の髪が煌めいて、風でふわりと舞い上がる。
 真希は家を出ていった。でも私には彼女が居る。

「今日も大好きよ、真依」
「……知ってる」

 ――大丈夫。絶対迎えに来てくれる。
 幼い約束を何重にも雁字搦めにして、私は心の中で、愛する彼女を抱きしめる。


起承転結《起》

 陽射しの穏やかなある日の午後。
 母と一緒に過ごしていた留羽の元へ、軽やかな足取りでやって来る男が一人居た。

「――ただいま、留羽! いい子にしていたかい?」
「うん。おかえりなさい、パパ」

 どう見ても外国人なのにその実日本生まれ日本育ち、両親ともに純日本人である着物姿の男――留羽の父は、愛する娘を抱き上げ、そのモチモチの肌に頬ずりした。
 数代前の先祖からの隔世遺伝だというその風貌は、娘である留羽や留羽の兄にも引き継がれている。それは見た目だけではなく、この星見という家の術式も含めてだ。
 星見家の術式は門外不出とされており、中でもその真髄を知る者は歴代当主やその肉親などの限られた人物しかいない。

 一族の血を引く者が大なり小なり持ち合わせる『汲み取る』力は、術式とはまた別――この一族特有の特殊技能に近いものなのだ。
 この事実を知る者は一族外では片手ほどしかおらず、大半の呪術師は星見家の術式はこの『汲み取る』力――過去や未来を見るものだと思っている。一族内でも「まあいいか」「それで通しとこうぜ、面倒だから」という理由でそうなっているので、星見家の人間は大体己の術式を「千里眼(笑)」で通している。
 閑話休題。


「今日はね、これから留羽と会わせたい人が居るんだ」
「ひと……?」
「あなた、それは」
「大丈夫。あちらがどうしても、と言ってきたから渋々受けただけさ。気分が悪くなったり、疲れたらすぐに言うんだよ。すぐに終わらせるからね」

 不安げな妻に柔らかな微笑みを浮かべ、愛する娘の髪を優しく撫でる。
 そしてやって来た息子に妻を託して、留羽の父――星見家当主は、娘を抱えたまま部屋を出た。


「パパ……」
「大丈夫。パパも側に居るからね。好きなようにやりなさい」

 声色に滲ませた不安を優しく汲み取り、娘を優しく諭す。
 次の当主はお前なのだからと、父はまだ幼い娘にこれから会う相手についてできるだけわかりやすく説明した。

 これから行く場所で待っている相手――いずれこの『星見』という家を背負って立つ娘の許嫁に――そう申し出てきた家の用意した駒(こども)が、そこで留羽の到着を待ちわびていること。
 相手はまだ子供とはいえ、年齢は留羽よりも一回り以上年上の少年だという。
 これでもまだ若い方なのだという父の言葉は、呪術界という界隈の狭さと、呪術師というものがマイノリティな存在なのだと留羽に言外に訴えていた。

 ――再会は、唐突に訪れる。

「お初にお目にかかります、留羽様。この者は当家の末息子で、玲緒(れお)と申します」

 そんな言葉が耳に入ってくるが、留羽の心は上の空だった。
 レオ――と聞いて「彼女」が一番に思い出すのは、前の生で自分を最期まで看取ってくれた、心優しい星霊の姿だ。

 ずっとずっと前のこと――自分が留羽として生まれる前の世界の話。
 体の限界が来た「彼女」は、愛するギルドを抜け、遠く離れた異国へ身を移した。
 地図に載っているかもわからないほど小さな土地にあった森の奥――人の手で弄られることなく自然な形を保っていた湖のほとりに建てられていた小屋で、人知れず生を終わらせるつもりだった「彼女」に最期まで寄り添ってくれた男(ひと)。
 自身に限界が訪れ、星霊を召喚することもできなくなり、独り終わりを待つつもりだった「彼女」を自分の魔力で単独顕現し、最期まで寄り添ってくれた人(せいれい)。

 元々いびつな生であった。
 だから、遠からず器が壊れるということは最初から理解っていたことだ。
 けれど、と欲張ってしまった。それが『世界』が定めたものだったのか、それとも器の役割だったのかは分からないけれど、「彼女」は情を持ってしまった。
 愛してしまった――破天荒で滅茶苦茶だけど、どこまでも正しい道を駆け抜ける仲間たちを。ギルドを。出会った全ての人たちを。
 愛して、慈しんで、ときに叱り、ときに一緒にトラブルに巻き込まれて。気苦労は多かったけれど、これまでの生とは違うものだった。

 この思い出があれば、この辛く悲しいことの耐えない過酷な世界でも、一筋の光明を見つけ出して生きていける――そう思わせてくれるほど、「彼女」にとって、その記憶は特別で、大切な記憶(ゆめ)だった。

 ――だからこそ。
 だからこそ、耐えられなかった。

「……お初にお目にかかります、留羽様」

 目の前に立つ、自分の婚約者候補だという一回り以上年上の少年が、人形のように生気が感じられない瞳をしたその人が、獅子座の星霊(かれ)と瓜二つの姿であることが――否、おそらくは彼本人(・・・)だとわかってしまったことで、留羽の心は激しく不協和音を奏でる。

「玲緒と申します」

 獅子の鬣(たてがみ)のような髪に、整った甘い美貌(ルックス)。記憶にある姿は口を開けばすぐにでも女性を口説き出すような女好きの性格で、肝心な時に勝手に現世で女性とデートをしていて召喚に応じてくれないなんてこともあったが、それでも星霊としての実力は折り紙付きだったし、留羽もそんな彼が嫌いではなかった。

 けれど、目の前に立つ彼(・)は、記憶とはかけ離れた姿で。
 淡々と抑揚のない声、生気のない瞳に、あまり健康的とは言えないであろう退廃的な雰囲気。
 姿形は同じなのに――本能が目の前の少年を「彼」だと訴えているのに、留羽はそれを受け入れることができない。
 それに次いで産まれたのは、今生では抱いたことのない激情――激しい怒りであった。


「……あなたは、まるで牙を抜かれたけものね。言われるがまま、されるがまま、このままそうやって生きて、言われたとおりに種を撒くつもり? 愚かだわ、ええ、どこまでも愚かしくて笑えてくる」
「る、留羽様……? 一体何を――」
「ちょっと黙ろうか」

 声があまりにも怒りに満ちたものだと分かったのか、人形のようだった彼の瞳にわずかに光が宿る。
 だが、これでは駄目だ。
 こんなものではちっとも足りない(・・・・)。
 留羽の魂が覚えている『彼』は――まばゆい光を拳に宿し戦う獅子座の星霊は、もっと光に満ちていたのだから。
 視界の端に父親の姿が映る。動揺する相手方の大人を制しながら、全て承知しているとばかりに父は薄く微笑んで頷いた。

 愛する家族からの援護に、体に力が湧いてくる。
 留羽は腹に力を込めて、渾身の一撃を放った。

「わるいけど、牙の抜けたけものにくれてやるものはないわ」

 幸せになってほしい。
 できればこんな薄汚れた場所ではなく、もっと明るい太陽の下で。大きく目を見開いた彼を一瞥し、そのまま父親の元へと向かう。留羽の視線が彼に向かうことはもうなかった。


エクストラ

 彼は獅子の名を授けられた子供だった。
 名家というわけではないが、細々と繋がってきた呪術師を代々輩出する家系の生まれで、上の兄弟はもれなく術式と呪力を持っていた。
 末子である彼もまたそうであると思われていた。
 だがしかし、それは間違いであったと、家の人間は産まれてきた子供を見て悟ることになる。

 呪術師は、呪いを以って呪いを祓う。
 けれど彼はそれと正反対の力を持って産まれた。
 負の力をエネルギーとする呪術とは正反対の――正の力をエネルギーとする『光』を持ち、彼はこの世に生まれ落ちたのだ。
 それは「王の光(レグルス)」と呼ばれるモノ。かつて夜空に煌めく星々の――黄道十二門の一柱であった証。

 けれどそれは前世――異世界での話。
 負の力を持ち得ない。それは呪術界において「出来損ない」の烙印を押されるものであった。


「わるいけど、牙の抜けたけものにくれてやるものはないわ」

 パチンと、目の前でシャボン玉が割れるような感覚。

 トリガーは『出会うこと』だった。
 産まれながらに出来損ないの烙印を押され、まるで見苦しいものを隠すかのように育てられた。
 人前に出ることは許されず、人形のように息を潜めながら成長し、どうあっても逃げられない現実に腐っていた『自分』は、彼女と出会った瞬間、文字通り目を覚ました(・・・・・・)。
 あってなかったような脆い人格は瞬く間に『己』のものへと作り変えられ、彼は愛する女性との輪廻を越えた再会に打ち震えた。
 けれど待っていたのは――能面のような怒りだった。

 父親に抱きかかえられて遠く離れていく着物姿の彼女を目に焼き付ける。
 今生の己の父はなんの前触れもない彼女の怒りにひどく困惑しているようだったが、彼にはなぜ彼女が怒っているのか、その理由が分かっていた。

(――大方、なんで僕がここに居るんだって思ってたんだろうなあ)

 「前」からそうだった――と、遠い昔のことを思い出す。
 彼女は怒っている時ほど無口になり、表情が消える女性だった。
 元々最期は独りで過ごすつもりだったのを、単独で現世で行けるのを良いことに無理やり側に居たのだ。強制的に添い遂げた後、亡骸は故郷――フィオーレに連れ帰り、妹分であった人形とともに棺に収め、愛するご両親の側に弔った。
 ギルドの仲間も、共に戦った他のギルドの面々達もこぞって彼女の葬列に参加した。
 どんよりとした鉛のような雲が、まるで自分の心のようだと内心思いながら、ギルドの一員として、そして彼女の星霊代表として見送った。

 そして星霊界に戻り、幾ばくの時が経って。
 目の前に現れた蜘蛛の糸を、ためらいなく掴み取った。

(多分怒るだろうなとは思ったけれど、本当に怒られると心に刺さるよ……)

 しかも牙の抜けた獣だとかまで散々煽られ、死んでも結婚などするものかと一蹴されたのだ。一回り以上年下の、まだあどけない少女にだ。
 並の男ならプライドがズタボロだったことだろう。――並の男であれば。
 けれど彼は違った。
 なんせ、前世からずっと愛していたので。これくらいではへこたれなかった。自我を取り戻した状況が状況である。まさか目覚めて早々キツいボディーブロー(※精神攻撃)を喰らうとは思わなかったが、それでこそ自分が愛した女性だと体に力が漲ってくる。

 ギルドの仲間――火竜の彼の言葉を借りるなら、「燃えてきた」の一言に尽きる。

 再会はもっと完璧なモノにする予定だったのだが、所詮予定は予定。ここから挽回していけばいいだけの話だ。
 どうすれば彼女に認めてもらえるのかを考えて、最初に思ったのは、自分がこの業界に居ることなのではと彼は思いついた。

(呪術界って閉鎖的だし、彼女の気質的に自分の星霊が囚われてるって時点でブチ切れそう。実際ブチ切れてたし)

 彼から見ても呪術界はドブの匂いがプンプンする、薄暗くて辛気臭い、負の力を原動力とするだけあって、陰湿さが滲む血統や能力主義の世界だった。
 獅子の光を持つ自分とは相性は最悪だろうということはこの肉体の記憶で十二分に理解している。

 であれば、と彼はさっそく行動に移すことにした。
 一般の学校に通っていたのも功を奏し、高校卒業と共に彼は姿を消した。
 全てはそう、彼女に再び逢うために。
 牙を研ぎ、いずれ彼女の元へ帰るために――愛が星霊を強くするのだと証明し、また彼女の笑った顔を見るために。
 愛は人を救うし呪いも祓う。王の光(レグルス)はもう満ちている。

(待っててね、僕の愛するお姫様!)

 彼がそれを完全証明するのは、これより数年ほど後のことである。


 全国各地、時には海外まで足を向けて牙を研ぐことにしたのだ。男一人だということと、ルックスも前世と大差ない面立ちだったこともあり、不便なことはあまりなかった。なんせ、使いこなしてきた手練手管の格が違うのである。
 夜を越える温もりを求める女性から力仕事ができず困っていた老夫婦まで。かつて星霊であった彼からしてみれば、人間の年齢や見た目など特に問題ではない。

 それは彼自信が人となった今でも変わらなかった。
 彼にとって普通の暮らしをする人々は、みな等しく瞬く間に生き死んでいく、星のようにまばゆく、愛おしい命なのだ。


「あら。随分種を撒き散らしておいてよく回る口だこと。良いわ――躾け直してあげる」
「光栄だよ――お嬢さん!」

火蓋が切って落とされる。
在るはずのない星の輝きだけが、この戦いを見守っていた。

「――馬鹿。こんなところにまでついてきて、本当に馬鹿ね」

でも、一番馬鹿なのは私だと留羽が言う。
血溜まりに沈みながら、男は泣き笑う少女へ手を伸ばし――

「言ったろ? 世界を超えたって、君を一人にはしないって」
ぴたりと動きが止まる。一泊置いて顔を向けた留羽は、能面のような無表情だった。
氷のように冷たく、刃物のように鋭い。心を閉ざした時か、本気で怒っている時でないと見られない顔だということを男は知っていた。覚えていた。
忘れるはずがない。

前世――己が人ではなく星霊(・・)であった頃から最期まで看取った愛する女のことを、一片たりとも忘れたことはない。

・星見の娘
原作時点で高専二年生。真希・真依とはマブ。
いざという時は当主として二人の後見人になる気満々なので「いつでも家捨てて良いからね!(両手を広げながら)」とよく言っている。真依とレ…疑惑が浮上してるがあくまで慈愛・母性に近い。精神的支柱みたいなもの。バブみ。
前世で最期を看取ってくれたはずの星霊が人に成ってまで追いかけてきたことが嬉しくて悲しかった。それゆえのツンドラ対応。
まさか呪詛師側に行ってまで自分を求めてくるとは思わなかった。抜けた牙も生えてたしこらアカンとこれ以上罪を重ねる前に自分の手で仕留めることにした。
この後責任とって飼い主(こんやくしゃ)になった。

・元獅子座の星霊
原作時点で三十路。五条世代のちょっと上。
性格は原作同様だったけど、彼女に向けていた愛は本物(マジ)で本気(ガチ)だった。
愛は時に世界を越えるを体現した男。人の身に堕ちてもこの愛はただ一人のために。「俺たちのぶんも頼む」と星霊仲間からのバフが何気に盛られている男。加護の塊。神職の人が視たらヤバさでぶっ倒れるレベル。
星霊の頃同様に光属性であったため、生まれてきた家では出来損ないの烙印を押されて腐っていた。
だがその甘い美貌で種馬として仕事ができそうだと判断され、一回り以上歳下の名家の次期当主の娘へとけしかけられたところ、最愛の彼女と出会い記憶が覚醒。
感動の再会と思いきやの絶対零度対応に「お???」ってなった。しかし折れなかった。
一で十を悟る男だったため、彼女に見合う男になるため実家を捨て出奔。
光属性のパワーで全国各地で呪霊をゴリゴリ始末しながら牙を研ぎ続け、依頼だったので百鬼夜行に夏油側についた。
あくまでビジネスなので一般人を殺してはいない。殺りあったのは「これが君からの愛の試練なんだね!」と思ったため。
スーパーポジティブシンキングの勝利。
この後輪廻を越えて再び飼い犬(ダーリン)になれた。影でシリアスブレイカーとか散々な言われようをするタイプ。

お兄ちゃん
棚ぼたラッキー!という形で呪術師を足抜けし、今や立派な大企業の若社長。
ただ年の離れた妹に全部負わせてしまったという罪悪感はもちろんあるし、その妹の後押しによる実家ブーストでブイブイ会社を成長させている強かさもある。
ゆくゆくはワールドワイドな企業にする予定。
その美貌でメディアなどにも取り上げられることが多いが、本人は嫁一筋の家族大好きマン。家族=血縁・会社の社員とその家族・会社をメンテナンスしてくれる業者の皆さんなのでとても気さくで会社も離職率がべらぼうに低い。
ただリテラシー完備で嫁の顔は一切合切NG。
妹の『飼い犬』については何かワケアリだなと察しているので容認。当主の命令は絶対なので。

禪院さんちの真依ちゃん
幼い頃に出会い、今もそばに居てくれる少女を自分だけの天使と心の中で後方彼氏面しているしマウントも取りに行く。そういう好戦的なとこやっぱ姉妹だね。
天使に抱く感情は愛と依存と独占欲と信仰と劣情がぐちゃぐちゃになったもの。
大好きな姉は自分を置いていったから大嫌いだけど、大好きな女の子に自分を託して行ったことを知ってるので原作よりもややマイルド風味。
高専卒業か十八になる頃には星見家入りがほぼ確定してるので是が非でも生き抜く。
虎杖に関しては愛する天使が大丈夫サインをしたので大丈夫なのだろうと理解している。それはそれとして煽るし普通に戦う。後でメッて怒られるまでを想定してしてるので姉曰く「確信犯だろアレ」


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