星見 ss
「ああ、そうだ歌姫先生」
「なに?」
こともなげに星読みの女がいう。
「件の侵入事件――たぶん内通者はメカ丸なんですけど」
「――は」
「処分は星見《ウチ》に任せてもらいたいんです。――友人を、みすみす死なせたくないから」
伏目がちに頬杖をつき、ゆるりとブラウンの目が歌姫を射抜く。
■
起承転結:転
呪詛師、夏油傑の起こした無差別テロ――「百鬼夜行」と称されたそれは、東京と京都の二箇所で行われた
京都校に通う留羽もまた仲間たちと共に跋霊に全力を尽くした。元来後衛専門の能力ではあるが、当主として――そしてこの腐った呪術界に生きる「女」として、近接格闘もある程度こなせるように鍛えていた。
武器は「前」も愛用していた鞭――それも、星見専属の呪具師が作ってくれた、呪力を流すことで自由自在に長さを操ることができる、「前」の時に愛用していた「エリダヌス座の星の大河(エトワールフルーグ)」とよく似た性能の。
時空は違うと言うのに、こういうことがあるから世界とは面白いものだと、目の前に出されたそれに思わず笑ってしまった記憶が蘇る。
この伸縮自在の鞭を振るい、留羽は呪霊だけではなく呪詛師も捕縛したし、木や柱など無機物に巻き付けることで空中も身軽に動き回ることができる。
どこぞの男呪術師に「そんなに豊満な胸してたら動きずらいでしょ(笑)」などとセクハラを受けたこともあるが、それを言った男は後日水に沈んだ状態で見つかった。愚かにも星見の姫に下劣なことを言った愚者の末路である。南無三。
そんなセクハラなどスルーして(というかこれでも「前」よりはまだ慎まやかな胸なので)留羽は身軽に近接格闘も覚えたし、中距離では足止めなどしてサポートができるし、遠距離では水晶を取り出して索敵もできる。
そう、今や留羽はオールラウンダーなのだ。それを知らずに見た目だけで下劣なことを言う馬鹿はもれなくヘッドショットである。余談ではあるが、真依の狙撃能力は年々上昇している。
「――会いたかったよ、ずっとずっと」
「……私は会いたくなかった」
黒のスーツ姿に身を包み、サングラスを掛けた男が留羽を見る。
グラス越しの瞳は留羽を愛おしいと言外に訴え、留羽はその瞳から目をそらす。
獅子の鬣のような髪、サングラス越しでも分かる人を魅了する美貌、穏やかな声――紛れもなく遠い記憶の中にいる「彼」と同じもの。
ひとつ違うとすれば――彼が今、星霊ではなく人間であるということだろう。
「なんで、追いかけてきたの」
「……」
「私は、そんなの望んでなかった。ただ、ただ――次は良きオーナーに巡り合えるようにと思っただけなのに……!」
「留羽」
男が「彼女」の名を呼ぶ。かつての名ではなく、「今」の名を。
その声は穏やかで、幼子に語りかけるように甘やかだった。
「たとえ、この身が天(そら)より堕ちようと」
彼は――かつて獅子座の星霊だった男は云う。
「後悔はしていないよ。――愛した女性(きみ)と、今度こそ添い遂げられるなら」
歯を食い縛り、留羽は強く目を瞑る。
今際の際、ぼやけた視界越しに見た強く抱きしめてくれた逞しい腕を思い出す。
元来女好きではあったけれど、あの最期の時間だけは違った。彼は他の女性に目もくれず、ただ自分を献身的に世話してくれた。
まだ魔力があるうちにと何度も契約を解消しようと伝えたが、他の星霊たちも彼も、ついぞ頷いてくれることはなくただそばに居てくれた。
ただ一人、自分で現界できる彼がその代表として、「大丈夫だよ」「愛しているよ」と毎秒のように言ってだんだん動けなくなっていった自分の世話をしてくれた。
――男と女の関係を持ってしまったのも、その頃だ。
開放してあげたかった。自分はもう、この世界に戻ることは無いと理解していたから。愛した人、種族が違えど、思いを通じ合わせた相手の幸甚を祈ることは罪ではないだろうと思ったから。
でも違った。本当は違っていた。自分は――「わたし」は、彼を手放したくなかったのだろう。
留羽はぼんやりとそう思う。「わたし」はもう「留羽(わたし)」では無いけれど、根っこの部分は同じ魂だ。故に理解する。――もう何をしても無駄なのだと。伸ばされた手を跳ね除けることは、自分にはできないのだと。
「ただいま、僕の愛しい主(ひと)――そして、おかえり」
「……ただいま、私の獅子(レオ)……おかえり……っ」
もはや自力で止めることはできなかった。
ボロボロとこぼれる涙は止まることなく頬を濡らす。鼻がツンとしたけれど、もう一度伝えなければならなかった。
この手はもう、二度と離すことはできないだろうと確信しながら。
「――わたしの星霊(レオ)」
強く抱きしめられて、留羽は縋るように背に手を回す。
二人は何も言わず、ひたすら強く抱きしめ合った。永遠に訪れないと思っていた機会が回ってきたことを、彼女は嘆きながら喜ぶ。
それは酷くいびつで、複雑なもの。連綿と続く縺れた糸。
人はこれを――「愛」と呼んだ。
「留羽、真依を頼む」
「……ええ。約束は違えない。真希との約束も、必ずね」
「ハハッ、律儀だなお前。でも助かるわ、天下の星見家当主がついてんだから百人力だな」
「あったりまえでしょ! 真希は安心して、あのじいさんから当主の座をぶんどることだけ考えなさい」
「おう。任せとけ」
「……ねえ、留羽」
「うん? なあに、真依」
「今度の休み、帰省するのよね……その」
「ああ! ちょうど言おうと思ってたの。真依も来るでしょう? ママが張りきってごはん用意するからって言ってた」
「! ……そう。じゃ、後で時間メールしてちょうだい」
「真依」
「な、なによ」
「おいで、真依」
留羽が微笑みながら両手を広げる。
甘い声。蕩けるような蜜が体を蝕んでいく。
十数年かけてその蜜を仕込まれた体は、抵抗など出来ようはずもなかった。
「いーこいーこ。真依はとっても頑張り屋さんで偉いねえ。だーいすきだよ、真依」
「……そうよ。だから早く迎えに来てよね」
「うん。ここを出る頃には、連れていくからね」
「……留羽」
「なあに?」
「……あんたが男だったら良かったのに」
「アハハ! その言葉、そっくりそのまま返すね。真依ちゃんが男だったら、とっくの昔にうちで引き取れてるんだけどなあ」
「……」
「ごめんごめん。イジワルだったね。女の子の真依がいちばん可愛いよ……ほんと、食べちゃいたいくらい」
「ん……」
擦り寄るかわいい女の子を、留羽はめいいっぱい甘やかす。
背丈が自分より高くなっても、中身は変わらないのだから愛おしさもひとしおというものだ。頭を包み込むように抱きしめて、ふわふわの髪の毛や額、頬にやわく口付ける。そうすると、蕩けていってひとつになれる気がするから。
「留羽……」
「愛してるわ、真依」
ちゅうと音を立て、留羽は真依を溶かしていく。
いずれひとつになれるように、念入りに。
「いやー、留羽のおかげで僕もだいぶ動きやすくて助かるよ」
「それはどうも。私も多少恩恵に預かってますから、ギブアンドテイクってことで」
「いいねえ、女生徒と秘密の関係――あの爺さんが見たら泡吹いてひっくり返りそうで!」
「やめてくださいよ、私悟先生とどうこうなるのだけは絶対にイヤ」
「えー、こんなグッドルッキングガイと蜜月するのが嫌なの?」
「マジで嫌ほんと嫌マジ無理生理的に無理その顔は国宝級だけど観賞用なんだってほんとに」
「ノンブレスで言わなくてもよくない!?」
「レオはさあ、自分の婚約者が他の女の子とイチャついてても平気なわけ?」
「ああ、それ私も気になるな」
肩頬をついて尋ねてきた五条と面白げに目を細めた家入にの態度にもレオは嫌な顔ひとつせず不思議そうに首を傾げる。
「ん? いいんじゃないかな、別に。女の子同士は目の保養だしね、彼女の世界が広がるのは良い傾向だよ。星見の姫巫女として、留羽は大局を見極める義務があるからね」
美しい笑みを浮かべながら、つらつらと出るのは許容と慈愛の言葉。ヒュウと口笛を吹いたのは五条だ。
「なに、余裕じゃん」
「じゃあ留羽が他の男と何かあったらどうするんだ?」
「他の男? ……うーん、そこらへん、僕は彼女を信用しているから。洗脳か訳ありが調べて、もし洗脳なら――」
「洗脳なら?」
「相手を完膚なきまでに潰す」
真顔。澄んだ眼差しなのが一周回って狂気を感じる。ふぅん、と家入は首を傾げる。
「殺すんじゃなくて?」
「嫌だなぁ、殺したら留羽に怒られちゃうからね! 僕は愛する人にはいつだって幸せでいて欲しいのさ」
だけど、と彼はわらう。
「彼女は僕の唯一の女性だからね――万が一、無理やり僕から奪おうとするのなら、いくらでも『怒られること』をする覚悟はしてるよ」
それは世界線をも超越した愛。かつて夜空の星々を司る星霊であった男の感情は、本来人などには到底測れるものでは無い。
その片鱗を、五条と家入は触れてしまった。
「……怖」
「こっわ……」
「え? どうしたんだい、二人とも? 悟も硝子も顔が暗いよ?」
「ヤベーよこの獅子座……年齢の時点でまあまあアウトなのに発言もアウトだよ」
「まあぶっちゃけ悟よりはマシだろ」
「はあ???」
「レオは基本女好きだが分別弁えてるし本命の留羽の前じゃ留羽しか眼中に無いからな。レオに口説かれた補助監督や女呪術師で星見の姫巫女との馴れ初めを知らない奴は居ないよ」
「何それ、初耳なんだけど」
「そりゃ女しか知らんからな。呪術界から追放されてもなお舞い戻った浄化の光を持つ異端の男と歴史を変えるであろう星見の次期頭領。かつて見合ったものの破談となった二人、未来を案じ振った幼き姫巫女に心奪われヒトに成った獅子――こんな腐った業界じゃあ希少なハッピーエンドの身分差ラブストーリーだからな」
「いやあ、本当のこととはいえ照れちゃうなぁ!」
「なにそのコッテコテのラブストーリー……実際は呪詛師を単独で狩って回って高一の女の子に押し掛け旦那しただけだろ」
「ものは言いようってな。呪詛師狩りだって泊をつけるのにちょうど良かったんじゃない? 好きな女に見合う男になるために呪詛師の首を手土産にってね」
■
「胸を張りなさい、虎杖くん」
美しくしなやかな指先が虎杖の硬くごわついた手を包み込む。
積み重なった傷の真上にそっと重ねるように、強く、けれど優しい言葉を。
「――貴方が『虎杖悠仁』であろうとする限り、私はあなたの味方よ」
未来を見る目には、己の最期も映っているのだろうか。
もし見えているのなら、できれば――
「俺、頑張るよ。留羽さんが見る俺の最期が、たくさんの人に囲まれているものであるように」
「
「――戦況報告!」
鋭い一声と同時に留羽の前に降り立つ複数の影。
皆一様にその場に片膝を付き、深々と留羽へ頭を垂れる。その先頭に居るのは留羽を観戦室まで送り届けた彼女だ。
「現在、高専に侵入者あり。斥候によると呪詛師数名と特級と思われる呪霊有り、校内に居た事務員、窓、並びに術師に客員一名ずつ配備、事務員は急ぎ高専の敷地自体から離れた校外へ星見の者と避難済み!
「私の護衛(・・)がとっさに守ったらしいですね。勝手な行動申し訳ございません、夜蛾学長」
「いや、むしろ礼を言う。おかげで補助監督や他の術師の命が助かった。ありがとう、留羽」
「いえ。……忌庫番のお二人についてはお悔やみを申し上げます」
「報告で一時避難したものの、最終的に自己判断で戻ったということが判明している。君が背負うべきことではない」
「お言葉、痛み入ります」
「留羽はさあ、どこまで読めてんの(・・・・・)?」
五条の言葉に、室内にひりついた空気が流れる。
「そうですね――私が言えることは一つです、悟先生」
星を読む少女は、先を見る少女は言う。
「――運命の星はもう、動き出している」
「これはまだ言いたくはなかったのですが――」
もう出し惜しみはできないだろうと思う。
けれど確定していないものをおいそれと差し出し、動き出した先で何かあった場合それは留羽の、ひいては星見家全体に疵を負わすこととなる。その隙を狙い、星見をよく思わない者達が手を出してきてはどうしようもない。
留羽には責任がある。
当代随一の星読みの巫女として、そして次期当主として。
巫女としてはけして雑味の残る餌を出さないこと。
当主としては、愛する一族の者が被害に遭うようなことだけは絶対にあってはならない。
「現状、これまでにないほど能力を使った結果として、事実のみを述べます」
「呪詛師の――夏油の肉体を使っている何者かは、御三家に連なる者です(・・・・・・・・・・)」
「やだわ、私が五条派だなんて誰が言ったのかしら?」
「私達は正直呪術界の行末なんて死ぬほどどうでもいいしあわよくばクソッタレ老害共は皆等しく爆発すべし慈悲はない、けれど身内だけでも普通に幸せになろうねっ♡という理念のもと動いてるだけなので」
「留羽〜色々出てる出てる」
「保守派でも革新派でもない、強いて言うなら独立政権、不可侵的なアレ――星見派と呼んでもらおうかしら!」
高圧的に話す留羽に真希が言う。「留羽、お前仕事溜まってんな?」
「書類が終わんなくて頭パニックにはなってる」
「おつかれさん」
「オイ、留羽――」
メカ丸の機体《ボディ》越しにもわかるほどの戸惑った声に、留羽はクスクス笑うばかり。
「心配ご無用。僕には愛する人のプライベートを吹聴する趣味はないからね」
運転手――留羽の『婚約者』である男がミラー越しにメカ丸にウインクしてみせる。
「メカ丸。あなた、ダブルスパイになりなさい」
「ダブルスパイ……?」
留羽が頷いた。「そして、縛りをしましょう。貴方に命を張ってもらうぶん、その後の身の安全は我々『星見』が一切を保証します。次期当主の名に懸けて約束するわ」
「……だが、それは――」
差し伸べられた手を跳ね除けるほどの選択肢はメカ丸に残されていない。
だが、一歩手前で踏み留まってしまっている。隣に座る同級生が交わそうとしているその縛りは、あまりにもメカ丸に――与幸吉に偏ってメリットのあるものだったからだ。
与の願いは一つだけだ。
健康な――『自由に外を歩ける肉体を得る』こと。その代償として自身の天与呪縛が失われたとしても構わないと彼は思っている。
現状、それを成し得るためには、魂に触れるという呪霊の存在が必須だった。
けれどそれを成し遂げた暁には、メカ丸は裏切り者として命を狙われる可能性が高い。天与呪縛によって呪術界に引き取られた彼の後ろ盾はほとんどない。天与呪縛が失われてしまえば、メカ丸はどこまでもただの呪術師《・・・・・・》なのだ。
そのデメリットを、身柄を保証するという形で留羽は縛りを提案している。
彼には、どうして彼女がそこまでしてくれるのか、理由がわからなかった。
「留羽、お前、何故そこまでして」
「おバカさん。友達を助けるのに、損得勘定なんて要らないわ」
少年の問いかけに、少女は屈託のない笑みで応える。
「まあ、あなたの力を貸してほしいっていうのもあるんだけどね」
からりと笑う少女の笑みは、呪術界において御三家と対等な立場を取れる家の次期当主とは思えないほど「普通」だった。
その普通が、この呪術界ではどれだけ得難いものか与は知っている。
――だからこそ、だからこそ、
「貴方の願いを叶えてあげるわ。だから私専属のスパイになって、メカ丸」
「――アア。コノ命、預ケルゾ、留羽」
■
そして現在。ダムの奥から現れた、隠していた義体――その手の先に佇む男がいた。
肉体を取り戻した与が叫ぶ。
「――頼んだ!」
「ああ、もちろんだとも」
漆黒のスーツ、目元を隠すサングラス、握り締められた右の拳には金のリング。
そして左の薬指に――シルバーの輝きがひとつ。
「君たちには僕の愛する人が随分と頭を悩ませてるみたいでね……妻の悩みを解消するのも夫の役目だと思わないかい?」
「――愛が星霊《ぼく》を、強くする!」
圧倒的な王の光――いまだかつて見たことのない規模の、圧倒的な正《プラス》のパワー。
「ハハッ、噂通りの――バケモノじみた能力だね」
言葉とは裏腹に口元は喜悦に歪み、爛々とした眼で死人の姿を模った、袈裟の男がロキを見る。煌々と輝く光は闇夜に下りた帳ごと灼き尽くすかのように輝きを増し、男が口を開く。
「一体、どちらから祓えばいいのかな」
■
「悟先生。犯人は夏油傑の屍を乗っ取ってるわ」
「!」
映像も残されている。間違いない証拠として。
「これは私独自の判断。ダブルスパイを任せていたメカ丸――与幸吉からの報告よ」
「なるほど。裏切り者の件、星見が一枚噛んでたってわけね」
「メカ丸は、天与呪縛によって不自由な肉体だった。それを真人の力で治し、ただの人として皆と生きたかったのよ――だけど、あのままでは彼の星は死んでいた」
ゆえに、と星の流れを読む少女が微笑む。
「私は私の私情を以て、情報を集める代わりに友人の手助けをしたってわけ。……交流会、ウチの人間が多かったでしょう?」
「あー、納得。いくら君が次期当主だとしても、なんで星見の中でも準一や一級レベルの術師が警護に揃ってんだとは思ったんだよね――死人を減らすためか」
「ご明察。主に撤退戦だったし、残念ながら武器庫の守り人二人は……戻ってしまったけど」
「それは仕方ないって。避難させたのに戻ったんなら自己責任だ」
五条だって救えるのは救われる覚悟のある人間だけだと言っている。
星見の人間は皆同じ術式を持つといわれている。けれど実のところそれはただの特殊技能なのだ。
つまり――本来の術式があるということ。
留羽自身も、一族の人間もそれを他の呪術師――それも御三家に伝えるつもりはない。メリットが無いからだ。
六眼を持つ五条はもちろんそれについて把握済みなのだろう。けれど彼は言及することはない。
「天与呪縛が失われたことで幸吉の呪力も下がる。おそらくは階級も。けれど――ええ、それであの子の培った経験値が失われる訳では無いし、何より」
友が生きていてくれるだけで値千金。
あっさりと言い切った留羽は、とても清々しい表情だった。
「あーら、残念でしたわね学長♡ 幸吉は今や星見家(ウチ)の子も同然。卒業後はウチの所属として働いてもらうことが確定してますの♡ 出直してこられたらいかが?」
「星見、貴様……!」
「あらあらまあまあ、おじいちゃんったら痴呆が始まってらっしゃる? ――誰が友達をこんなクソみたいな界隈に取り残していくかよ」
「ごめんなさいね、加茂さんは嫌いじゃないけど、加茂さん以外の加茂の人は軽蔑してるの、私」
「大丈夫、分かってるさ。――メカ丸を助けてくれてありがとう、留羽」
「どういたしまして」
「葵〜? 私の味方につけば、コレ、あげちゃうわよ♡」
「――そ、それは高田ちゃんのFC抽選、枚数限定の幻のブロマイド――い、一体どこで!?」
「ウチの社員、一般でたまたま当てたのよ。で、高田ちゃん好きの子がいるって話したら快く譲ってくれてね♡」
今なら、これを差し上げるわ。留羽が蠱惑的に微笑んだ。
上体を反らし、大きく息を吸う――長く深呼吸をした東堂は、鋭い目で留羽を見た。
「――この恩、仁義を持って返させてもらう。悪いな、学長。今回は星見につく!」
華麗な裏切りである。
「さてさて。京都高専の子はアオイと加茂さん除いたらだいたい卒業後はうちの企業に入ってくれる予定だし――あ、安心してちょうだいね、繁忙期はやや忙しいけど骨休めの休息期間は捩じ込むから!」
「なんてホワイトな企業なの……」
「フリーランスもいいけれと、事務方の作業とか大変だからね。そう考えると表向き企業に在籍してくれた方が色々できる幅あるから」
家族手当もあるからという発言で三輪のハートを見事わし掴み、呪術師だ補助監督だ窓だ関係なく能力に応じて適宜ボーナスがつくということで他の呪術師からの好感度も高い。
外部のとして名前を登録するフリーランスの呪術師も少なくない。
依頼料は個人で受けるよりはマージンがやや減るが、それでも納得出来る保障や手厚い福利厚生が気に入ったという。星見家の運営するホテルならタダで泊まれるし、手伝いに弟を呼べばその分の手当もつく。料
「――呪術において、双子とは……一卵性双生児とは、二人で一人にカウントされる。つまり、本来『一人』に宿るものふたつの肉体に分割しているようなものと考えて欲しい」
青年は訥々(とつとつ)と説明を続ける。
「それが、私らにも適用されてるってことか?」
「その通りだ」青年が続けた。「現状、今のままでは真希嬢は前例と同じ高みへ行くことは難しいだろうな。それを禪院も分かっているから余裕を崩さないんだ。『前例よりはまだマシ』とね」
「……甚爾か」
「そう。現在の禪院家は伏黒――いや、この場合は禪院甚爾か。彼の気まぐれで生き残ったに過ぎない。本人にその気がなかったのが幸運だった。その気になれば、十数年前の家を出る時点で壊滅させて終わりだったろうさ。そこまで関心が無かったのだろうね」
テーブルの上に鎮座した巻物が青年の手によって開かれる。
巻物は、墨で紋様のよな記号がいくつも並べられていた。符号のようにも見えるが、どこか
「これは僕らが用意した術式だよ。端的に言うと、双子の繋がりを途絶えさせるためのもの。さる人物の能力から着想を得たものでね――ここに真希嬢と真依嬢の血を流し、発動させる」
すると。男はそっと紋様を指差した。
「術によって、君の体内にある僅かな呪力は全て絶える。――つまり、完全なるフィジカルギフテッド――甚爾のような状態へ変化する」
そして、と一拍置いて
「真希嬢の呪力は、紋様を通い、一時的に真依嬢へ渡る。ある意味君はそれによって完成し、真依嬢も個として完成すると言えよう」
「――これが最初で最後よ」
真依は澄んだ眼差しで姉を見た。
不思議なことに、それまで抱いていた半身を失う恐れはもうどこにもない。
これで姉は完成《・・》し、『呪術師の禪院真依』はこれで終わる。
ぜんぶおしまい。晴れやかな気持ちだった。
構築術式――真依の術式を用いて使う、最初で最後の大仕事。
真依は自分の術式と呪力のすべてを喪う代わりに、片割れの半身となる武器を生成する。
それは「禪院真依」という呪術師の集大成と言えよう。
呪力が潤沢とはいえない真依が星見のサポート無してやろうとすれば、確実に彼女の命が尽き果てるのは間違いない。
ふたりの間には、儀式の立会人である、振袖に身を包んだ留羽が立っている。
視線が合う。留羽は口角を上げ、真依に微笑みかける。真依もまた、彼女と同じように微笑み返した。
(ひとりになっても――留羽がいる)
なにも無かった自分に愛を惜しみなく与えてくれたひと。自分がただの『個』となっても手放さないと約束してくれた、真依にとって王子様のような女の子。
幼き日の自分が、同じところへ来てほしいと暗闇へ引きずり下ろそうとして、逆に自分も姉を空の彼方へと連れ去ってくれた、たったひとりの女の子。
最初で最後の口付け。
二人は手を繋ぎ、お互いの顔を見る。
憑き物が落ちたかのように穏やかだった。ここに居るのは呪術師ではない、真希と真依という、一組の双子の姉妹だ。
全部よ、と真依は微笑んだ。
「何もかも、全部――壊して。お姉ちゃん」
「――わかったよ、真依」
そうして、全部壊したら、自分たちのところへ帰ってきて。
ああ、もちろん。
恐れるものなどもうなにもない。
おぞましい因果の巣窟に在った双子の姉妹は、こうして彼方へと飛び立つ。
青空の下、二度と離さないよう、しっかり手を繋いで。