続・星見

 これは、昔の話。
 私がまだ「わたし」であった頃――いわゆる、前世での話。

 ――ここは、どこ?

 目を覚ましたとき、わたしの目の前には大きな姿見があった。
 アンティーク調の枠に填め込まれた鏡に映っていたのは、幼い子ども。金色の髪に茶色の瞳の、片手に女の子の人形を抱えた、かわいらしい少女だ。

 わたしはしばらく鏡を見つめ、気まぐれに口角を上げる。同時に鏡の中の少女も同じように口角を上げた。
 なんとも作り物めいたいびつな笑顔である。鏡に向かって手を伸ばせば、鏡の中の少女も同じようにこちらに手を伸ばす。鏡越しに手を触れ合わせ――わたしは鏡の中の少女が「今回」のわたし(・・・)なのだとやっと理解した。

(ああ、今回は外国人なのか)

 「前」とはまた随分と違う姿になったものだと独りごちる。姿かたちが変わるのはこれが初めてというわけではなかったけれど、慣れているというわけでもない。

 これが何回目(・・・)なのかは覚えていない。
 唯一覚えていることは、わたしはかつて「日本人」だったということだけだ。
 その人生で自分がどんな風に生きたのかも、家族の顔も思い出すことはできない。けれど、ただ「幸せだった」ということだけは覚えている――果たしてそれが事実(・・)であったのかと訊かれれば、記憶が摩耗していて「イエス」とはっきり言えないのが悲しいところではあるのだが。

 しかし彼女が「わたし」であると理解してしまえば後は早い。記憶(データ)を読み込み、これまでの人格と今の人格を統合し、アップデートする。
 言葉にするとなんだか仰々しいが、その実、自覚してからほんの数秒のことだ。

 窓越しに見える空を見て、まっさらな青色が綺麗だなと思う。
 まだ空を『綺麗』と自分が思えることに心底安心する。
 ぼんやり空を見上げていると、背後で扉が開く音がした。

「■■■■?」
「……なあに? ママ」

 わたしの「名前」が呼ばれる。振り返り、わたしは満面の笑みで応える。
 笑うわたしに、今回の「おかあさん」は一瞬驚いたような顔をして――それから、ひどく優しい微笑みを浮かべて、わたしをそっと抱きしめた。

「――大好きですよ、■■■■」
「わたしも! だいすきよ、ママ!」

 母親の腕に抱かれたわたしは、嗚呼と息を吐く。
 わたしは先を視る『力』がある。
 だからこそ、今脳裏に浮かんでいるこの光景がいずれ確実に起きるものなのだとわかってしまった。
 こんなにも美しくて清らかな「色」を持つ人がいなくなるのはとても惜しい。けれど、それが運命だというのなら、わたしにはどうすることもできない。
 このぬくもりを忘れないよう、ぎゅうと母親に縋りつく。

 ――わたしの母親たる彼女は、遠からず冥府へと誘われる。

01

「……遅くなっちゃった」

 仕事用に着ていたスーツを脱ぎ捨て、急いで制服に着替える。
 待たせておいた移動用の車に乗り込んで、留羽は頭の中で今日のスケジュールを思い出す。
 本来であれば同じ学校の面々と共に行く予定だったが、急遽入った面談によってスケジュールに狂いが出てしまった。しかも面談の内容はわざわざ星見の次期当主である己が聞くまでもないような内容。思わず苛立ちが全面に出てしまったのは仕方のないことだろう。

(おそらくは妨害――楽巌寺学長のやりそうなことね)

 留羽の通う京都府立呪術高専の学長は、呪術界において根っからの保守派である。
 いくら生徒とはいえど、呪術界において保守派でも革新派でもない「第三勢力」である「星見」の娘――それも次期当主である留羽に対し、楽巌寺学長は何かしら事を起こす(・・・・・)際はいつもこうして妨害工作をする。
 これが留羽の――ひいては「星見」の怒りを買うと何故分からないのか。毎度のことながらそれが不思議でならない。もっと利口なやり方だってあるだろうに。

(知られたらまずいと思ってるからこうやってるんでしょうけど、こういうことされるとますます抗うのが人の性なのに)

 全くもって愚かなこと。
 ウエストバッグから取り出した片手ほどの大きさの水晶玉を見つめながら、留羽は運転手に行き先を告げる。

「東京の呪術高専まで。交通法規を守りつつなるべく早くお願い」
「かしこまりました。では留羽様、しっかりシートベルトをお願い致します」

 ミラー越しににっこり笑う壮年の運転手は、留羽も小さい頃から知っている星見家専属の運転手の一人だ。
 現当主である父の専属運転手を務めるほどの凄腕運転手である彼を遣わしたということは、父――当主は娘の気持ちを先んじて汲み取って(・・・・・)くれたのだろう。

(ありがとう、パパ)

 心の中で感謝し、留羽は笑顔を返してシートベルトをしっかり締める。
 目指すは都立呪術高専――呪術師の雛たちが通う学び舎である。


02

「――さすが敏腕運転手! ありがとう!」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

01

 留羽が東京校に着いたとき、既に時刻は交流会の開始時間を過ぎていた。

「ありがとう、助かりました」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ、留羽さま」

 運転手に礼を告げ、車を降りた留羽は足早に高専内へ入っていく。
 何度か私用で来訪したことがあるので、校舎への道順は分かっている。やや駆け足気味で出入り口に向かうと、入り口の近くに立っているスーツ姿の女性が目に映った。
 見覚えのある顔立ち――星見一族の術師の一人だ。
 視線に気づいたのか、彼女は留羽の姿を見るやいなやパッと明るい表情を浮かべた。

「留羽さま! お疲れ様です。観戦室にご案内致しますね!」
「ええ、ありがとう。ごめんなさいね、今日は休みだったのに……皆にも必ず埋め合わせはすると伝えてちょうだいね」

 本来であれば、休日を満喫する予定の者も多かったはずだ。だが今回、留羽は星見一族の術師たちを総動員でこの東京校に配置させていた。
 かわいそうなことをしてしまったなと当日の今でも思っているほどには苦渋の決断だった。
 言葉に申し訳なさを滲ませる留羽に、かしこまりましたと女は微笑む。

「ですが留羽さま、我らが『頭領』のご命令とあらば、私たちは星見家の術師としていくらでも動きます。この程度のこと、気遣われる必要はありません」
「私、まだ頭領ではないんだけど」
「ですが、いずれ頭領となるお方ですから」

 それでも、と口ごもる留羽を微笑ましく見ていた女性は、自身の腕時計を一瞥する。

「もう試合は始まっていますね」
「ええ。学長の目的は私に最初から交流会に居合わさせないようにすることでしょう」

 静けさに満ちた廊下を、足音を極力消しながら歩いていく。
 留羽はその『能力』の特性上、元々交流会は参加せずに観戦する側だ。
 だと云うのに毎回律儀に妨害工作をするのだから、上の腐った魂胆など「汲み取る」ことがなくとも察するに余りある。

(どれだけ後ろめたいことしてんだって話よ)

 自己保身に必死な上層部の老害たちを思い出して、胃の辺りにモヤモヤとした不快なものが溜まっていくのがわかる。間違いなくストレスだろう。
 数歩先を歩いていた女の足が止まった。ここまで来たら後は案内せずとも問題はない。女が振り返り、留羽に深々と頭(こうべ)を垂れる。

「手筈通り(・・・・)、高専内の各地に星見の術者を配置済みです。――此処から先は、留羽ちゃんの思うように。サポートは私たちにお任せを」
「頼みます」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、留羽さま」

 できることは全て済ませた。
 後は着実に、順番通り駒を盤上に放つだけ。それが吉と出るか凶と出るか――結果を知るのは天のみ。

(ここからが正念場ね)

 前を向いた留羽の瞳は己を鼓舞するかのように鋭い。
 星見の次期当主は躊躇いなく観戦室のドアを開き、己の戦場へ足を踏み入れた。

03

「――あら、やっぱり出遅れちゃったみたいですね」

 扉の開く音と共に涼やかな少女の声が響く。
 室内に居た全員の視線が集まっているにも関わらず、少女――星見留羽は余裕のある微笑を崩さない。
 内心冷や汗でもかいているかもしれない学長に対して有効なのが自分の「笑顔」だと理解しているが故の行動である。

 かつてこの「笑顔」を浮かべ、自身の結婚を邪魔してきた呪術師たちの骨を「偶然」「うっかり」「手が滑って」片っ端からへし折ったという逸話持ちの父より授けられた、とびっきりの穏やかな笑顔。
 それを装備した留羽は、ブーツの踵を鳴らしながら観戦室に入った。

「やっほー、遅かったじゃん留羽。お疲れー」
「お疲れ様です。申し訳ありません、当日になって急遽面談が入ってしまい」
「星見の次期当主は大変だねぇ」
「あら、御三家の若様からのお優しいお言葉、痛み入りますわ。蓋を開けばいつもの(・・・・)だったんですけどね」
「なーる。早く座んなよ、いい感じで面白い展開になってるから」
「それは素敵ですこと」

 御三家の若君であり東京校の教師でもある五条と他愛のない話のボールを投げ合いながら、京都校の席――担任の元へ向かう。
 安堵した顔でこちらを見る姿に、留羽は今度こそ心からの笑みを浮かべた。

「ごめんなさい歌姫先生。お待たせしました」
「留羽! 良かった、無事に来たのね」
「うちの敏腕運転手のおかげでギリギリですけど。全く、毎回毎回飽きもせず……」
「お疲れさま」

 疲れを滲ませる教え子を、歌姫は優しく労った。
 庵歌姫の担当する二年の生徒である星見留羽は、星見家の次期当主だ。
 星見家といえば「御三家」と渡り合えるほどの力を持つと云われ、その特異な力ゆえに独自の立ち位置を築いている、呪術界における名家の一つだ。
 現当主である父親の采配によって歳の離れた兄ではなく妹である彼女が次期当主となり「星見」の頭領となることが既に確定しており、彼女は学生でありながら『当主』として表に立つことも多い。
 今回のように急遽会談に引きずり出されることもある。――その会談が、彼女を足止めするための名ばかりのものだとしても。

(本当、嫌になるわね……)

 困ったように微笑む教え子に、歌姫は奥歯を噛みしめる。
 男尊女卑が根付き、時代錯誤な倫理観と価値観が罷り通っている男社会の呪術界において、女の身でありながら次期当主である留羽を好い目で見る人間は多いとはいえない。
 時折ぽつりぽつりと話してくれる仕事の内容も(機密などもあって断片的なことばかりだが)呪術界に居る「女」として、そしてその立ち位置ゆえに苦労しているということはよく理解していた。
 一教師、一呪術師でしかない自分が表立ってしてやれることは少ないが、純粋に担任として教え子は可愛いし、女性呪術師として素直にこちらを慕ってくれる後輩は可愛いのだ。労いの言葉くらい、いくらでもかけてあげたいと思う。


「――星見の次期当主というだけで接点を持ちたがる人間は多いだろう。お兄さんの時も相当だったけど、君も大変だね」
「冥さん! 先日はありがとうございました、おかげで想定よりも随分早く終えられました」
「星見家は数少ない『お得意様』だからね。また何かあれば依頼してほしいな」
「はい。頼りにしています」

 仄かに色気を滲ませながら、冥冥が微笑を浮かべた。
 完全なフリーランスである彼女にとって、「星見家」は数少ないコネクションを保持したいと思える家の一つだ。

 現在、星見家は呪術界において独自の立場を確立させている。
 絶対的な不可侵領域――後ろ盾のない呪術師にとっての最後の防波堤。
 御三家の一角ではあるものの実質ワンマン状態で特級呪術師・教師として多忙な五条悟ではなく、家全体(・・)が一つのチームとして動く「星見家」を頼る呪術師は多い。
 一般家庭出身の呪術師や、呪術師の家系に生まれながらも呪力や術式を持たず、産まれながらに「人」として扱われてこなかった者たちにとって、どんな立場であろうと一人の「人間」として扱ってくれる、力を貸してくれる星見家はなくてはならない存在なのだ。

 御三家――特に上層部にとって、そんな星見の存在は正直目の上の瘤に近い。
 だが、呪術界全体にも星見家は多大なる恩恵を与えていた。
 星見は表社会にも「企業」という形で籍を置いており、どうやっても裏社会寄りである呪術界ではやろうとしてもできないことができる。
 その一つが万年人手不足である呪術師の人材確保である。

 星見家の所有する企業の一つに、いわゆる『人材派遣会社』がある。
 そこには冥冥のようなフリーランスや、訳ありで高専に所属していない呪術師・補助監督・窓に至るまであらゆる人材を雇用登録しており、呪術高専からの「依頼」という形で任務を引き受け、会社から各担当の人員を「人材派遣」という形で斡旋するシステムが確立している。
 事前調査ではその都度星見の人間も共に赴くため、従来の「窓」の調査より情報の精度は上がり、不慮の事故によって呪術師が不当な最期を迎えることも、「星見の会社の所属」という肩書があることで一部の傲慢な呪術師に八つ当たりのように虐げられることもかなり減ってきた。
 なお、所属術師にも手が余る案件の場合は事前に登録しているフリーランスの呪術師に依頼することもあり、冥冥もその一人なのだった。
 閑話休題。

「いま、どこらへんまで進んでます?」
「京都校の生徒がウチの生徒一人を殺そうとして、葵がそれ止めて分断って感じ?」

 背後から答えた五条に、留羽は納得したようにうなずく。

「ああ……虎杖くん。今回から復帰したんですね」
「えっ、留羽、アンタ知ってたの!?」
「むしろ何で知らないと思ったの歌姫先生」

 私の術式をお忘れ? と小首を傾げた留羽に「あ」と口元に手を当てる歌姫。
 つまりそういうことである。もとより五条も隠せるとは思っていなかったのだろう、以前会った際留羽の問いかけに平然と答えてくれていたのもあり、留羽は虎杖悠仁の生存を把握していた。
 ハ? と言わんばかりの学長からの視線には知らんぷりをする。だって質問してこなかったのそっちだし、というのが言い分である。
 こういううっかりしたところも留羽にとって好感ポイントだ。
 それにしても、と留羽は不愉快そうに顔を顰める。

「交流会に乗じて暗殺なんて生徒に酷な真似を……後でじっくり苦情を出させて頂きますからね、楽巌寺学長」
「……さて、何のことかのう」

 このジジイ。留羽はわざとらしくとぼける古狸を一睨みし、目の前のモニターに視線を移す。
 戦況はいい感じに分散しているようだった。東堂の行動により結果的に虎杖暗殺は阻止され、東京校の生徒たちが動き出したことで、戦況は団体戦から実質個人戦へシフトしているらしい。

(さすがね)

 留羽は心の中で東堂へ拍手喝采を送った。
 フリーダムすぎるきらいはあるものの、こういうところで『東堂葵』という存在の大きさを思い知らされる。
 言動や素行がちょっとアレなので他の生徒たちにハブられ気味だが、留羽的には東堂の存在はありがたい。ある種、トリックスターみたいなものだ。

 京都校は学長が保守派ということもあり、危険因子と見なしたものに対し今回のように暗殺を命じることがある。そして、京都校の生徒の大半はその判断に従っている。
 留羽にはそれを「悪」と称することはできない。東京校の生徒たちならまだしも、京都校の生徒には件の生徒の素性はわからないし、自我を保っているとはいえ、彼は特級呪物の受肉体。
 悲しいが、「呪術師」としては正しい判断なのだ。たとえそれが、人道からは外れた畜生のような行いだとしても。
 ――けれどそんな行為を、同じ学び舎でともに過ごす「友人」たちにしてほしいわけがない。そんな行為に慣れてほしいとは思わない。

 星見留羽にとって、呪術師という職業は、端的に言ってクソだった。

0

 星見留羽は星見家の次期当主であり、当代随一の「汲み取る」力を持つ御子である。

 加茂の次期当主である加茂憲紀も交流戦に出ているのだから、本来であれば留羽も出ようと思えば出られる。だが、留羽は表舞台に立つよりも裏で東奔西走することを選んだ。
 呪術界がそれに言及しないのは「星見」という家が今まで築いてきた功績があまりにも大きかったからだ。

 星見家は「表」の世界において、それなりの知名度を誇っている。「表」の星見の総帥である留羽の兄など、自身の行動一つで良くも悪くも世相に影響を与えてしまうことができるほどには名を世間に知らしめていた。
 先祖返りだという異国を思わせる華やかな見目も一役買っているのだろう、愛妻家としても有名な彼女の兄は、今や社会的地位を盤石なものにしている。
 ――それこそ、裏から呪術界が影響を与えることが難しくなっているほどには。
 やろうと思えば、いつでもマイノリティである呪術界をひっくり返すほどの影響を社会に与えることができてしまう一族。
 極端な話、万が一星見家が呪術界そのもの(・・・・)を見切るようなことがあれば、呪術界はまず間違いなく崩壊の一途を辿ることになるだろう。

 そして、留羽はそんな一族の次期当主。
 彼女の一挙手一投足、あらゆる行動に周囲が何らかの「意味」があると思ってもおかしくない。

 星見の力は世界の流れを汲み取る力。
 それは呪術界のみならず、表の世界も含めた「世界」の流れを読み取るもの。

 星見家の当代随一の術師と称される留羽が一族の者を護衛として東京校内に多数配置させた時点で、関係者の誰しもが心の中で思ったはずだ。

 ――「星見が動くということは、何かが起こるということだ」と。

 そして、その判断は正しかったとわかる時はやってきた。
 突如として室内に用意されていた団体交流戦用の札が燃え尽きる。
 赤く燃ゆるその色は、交流戦において東京校が呪霊を祓った場合の――そして、未登録の呪力で祓われた場合の色だ。

 モニタリングしていた室内がざわつき始める。話し合う学長や教師達を尻目に、留羽の瞳はジッとモニターに注がれていた。

「留羽はどうする?」

 背後から五条が問いかけた。
 同時に、室内に居る全ての視線が少女に向けられる。
 その視線は一生徒に向けるものではなく、星見留羽という、“世界”の流れを汲み取ることができる巫女を見ている。

「私はこの場を動くことはできません(・・・・・)」

 ですが、と画面を見たまま彼女は口角を上げる。この場に合わない、不敵な笑み。

「〈星見〉の力を貸すことは可能です。私の護衛にと配置させて頂いた星見の術師全員に命を出します。それでよろしいでしょうか」
「ああ。十分だ」

 モニターから目を離さない留羽に、夜蛾が力強い声色で返す。
 此処に居るのはもはや京都校の一生徒ではない。星見家の次期当主であり、星見家現当主の名代となる人物である。

 賽は投げられた。
 ――世界を賭した遊戯(ゲーム)の先触れが顕現した瞬間だった。


04

起承転結:承


 訊かれたことがある。
 遺骸に縋りながら泣き咽ぶ呪術師。任務先に共に赴いた公私のパートナーを失った、哀れな人。
 その人は涙の奥にどろりとした闇色を滲ませて、確かな悪意を以って私に問いかけた。

 ――『貴女の力があれば、救えたんじゃないですか?』と。


「……みんな、この力への期待値が高すぎるのよねえ」
「どうしたどうした」

 ソファに背を預ける少女に真希は不思議そうな顔で問いかけた。
 滑らかな蒲公英色の髪は傷一つない肌に流れ落ち、気怠げに伏せられた目はあらぬ欲を生み出してしまいそうなほどに妖艶。一人がけのそれに凭れる姿は退廃的で、同性でも正直くらりと来そうな色気を放っている。

 背後にネオン煌めく夜景が見えるような気すらしてしまうが、ここは夜景の映える最高級のスイートではなく、彼女――留羽にとって慣れ親しんだ実家である。

「もー無理。つかれた……」

 完全にオフモードらしい留羽はその肢体を惜しげもなく晒し、簡素なワンピースにも関わらず片足を曲げて椅子に乗せている。下手をすれば――というか、進行形でチラチラとセクシーな下着が見えている。はしたないと云われても仕方のない、ダイナミックな体勢だ。

 ここに居るのが私で良かったな。真希は心の中で独り言(ご)ちた。
 もし今この部屋に居るのが自分ではなくキッチンで留羽の母親の手伝いをしている双子の妹だったら、間違いなくちょっと一線を越えてしまう予感しかしない。お姉ちゃんはいろいろと心配である。

 妹――真依がそれほどまでに並々ならぬ感情を留羽に抱いていることは前々から察していたので、正直留羽が京都の方へ進学してくれたのはありがたかった。星見家は関東近郊に邸宅を構えているので、もしかしたら東京校に来るのでは、という懸念があったのだ。
 だが、留羽は京都校に進学してくれた。
 それは東京と京都におけるパワーバランス的な側面もあったのだろうが、双子の妹を想ってのことだと真希は思っている。事実、彼女が京都校へ進学したおかげで、真依はあまり実家から圧力をかけられることもなく、比較的息がしやすい環境にあった。
 けれど、一切圧力がないわけではないのだ。

「……いつものことながらわりぃな、苦労かけて」

 真希の言葉に留羽は目を瞬かせる。
 そして、心底不思議そうな声色で問いかけた。

「なんで真希が謝るの? 真希は悪いことなんにもしてないじゃない」
「また禪院(ウチ)のクソ野郎どもが迷惑かけたんだろ」
「あら、どうしてそう思うの?」
「この前真依からメッセージ来てた」
「あちゃあ、真依ったら言っちゃったのね」

 気の抜けた声で肩を竦めてみせた留羽に、真希は再度謝罪した。

 双子の生家である禪院は男尊女卑を地で行く、どうしようもなく腐った家だ。
 それが星見家相手でも変わらないだろうという確信が真希にはあった。特に比較的年齢層の近い――当主である直毘人の息子の直哉は「女は三歩後ろを歩け」などと堂々と嘯くような男である。
 さすがに星見のご令嬢であり次期当主である留羽に手を上げるようなことはなかっただろうが、セクハラか、嫌味の一つでも確実に言ってるに違いない。きっと彼女にとってはさぞかし不快な相手だったろう。想像するだけで胸がムカムカしてくる。

「本当に、気にしなくていいのよ、真希」

 顔を顰める真希に、留羽は鷹揚に両手を広げ、菩薩のように穏やかな表情を浮かべ。

「――可愛い真依に手出しされるくらいなら、凡骨(・・)の話し相手にでもなってやる程度の器量は持ち合わせているもの、私」

 さらりと毒を含ませ、悪い笑みを浮かべる姿はさながら小悪魔。
 胸を張る親友の姿に、しばし黙り込んだ真希は、プッ、と小さく吹き出す。

「……あっはははははは!」

 笑い転げる真希に、留羽はムフンと満足げな笑みを浮かべた。


「前から言ってるけど。真希が気にすることじゃあないのよ、この界隈じゃどうしたってありがちな出来事なんだもの」
「は〜……なら、いいんだけどさ」

 深く呼吸をすると、山の澄んだ空気が心身ともに癒やしてくれるような気がする。
 いつ訪れても、星見の家は居心地がいい。

 星見の本家は、呪術界の御三家とは違い関東近郊にあった。数代前の星見の当主が山をいくつか買い取って、そこの麓や中腹に各々好きなように家を建てて住んでいるのだ。
 特に麓の方は地主をしていることもあり、数十年をかけてささやかながらも活気のある街並みが出来上がっていた。

 そんな街並みを見下ろせる山の上に、星見家の本家は建てられている。
 外観は和と洋を掛け合わせた大正ロマンを感じさせる造りになっていて、呪術師の邸宅というより、映画の撮影場所にでもなってそうな雰囲気だ。

 現在この本邸にに住んでいるのは、当主夫妻と護衛役の親類、雇っている使用人が数人ほど。
 星見の使用人は縁故採用が多く、一族の誰かしらが連れてきた「訳アリ」な人間で構成されており、呪術界にはありえない程に居心地の良い職場だと評判だ。
 娘である留羽が京都の呪術高専へ進学したため、現在この本邸に住んでいる子供は居ない。たまに使用人の子供がたまに連れてこられては暇を持て余す大人たちに可愛がられている程度である。

「で? 何があったんだよ」
「うーん……まあ、なんていうかね。弊害みたいな感じ?」
「弊害? ――『術式』のことでなんか言われたのか」

 真希の問いかけに、眉を下げて留羽がうなずく。

「その人、一緒に任務に行った相手が公私含めたパートナーだったみたいでね……亡くなったの。倒したと思ってた呪霊が最期の悪あがきをして、彼女を庇ったパートナーはそのまま」

 そして云われた。
 未来を視る力があるのなら、こうなるのも分かっていたんじゃないか、と。
 真希はハッ、とそれを鼻で一蹴する。

「バッカじゃねえのか、そいつ。誰だよ、次会ったら文句言ってやる」
「いらないいらない。不毛なだけよそんな行為。パートナーを亡くしてるんだもの。多少八つ当たりしなきゃ耐えられなかったんでしょう」
「だからってお前に当たる理由にはならねえっての! ふざけやがって……」

 舌打ちをした真希は――真依もだが、留羽の「術式」がどういうものなのかきちんと理解してくれている。留羽にとってはそれだけで十分だ。

 星見の一族の大半が持つ術式――「未来視」。

 概要的にいえば世界の流れを汲み取る能力とはいえ、万能なわけではない。
 この力はそんな神様のような力などではない。そもそも、そんな能力が負(マイナス)の力でどうこうできるわけがあるまいに(・・・・・・・・・・・・・・・)。
 六眼持ちの五条の若君は何となく察している様子だったが、言いふらしていないということは、つまりそういうことだ。

 「一族の全員が同じ術式を持っている」なんてありえないことを受け入れた時点で、思考を停止させてしまった時点で、呪術師は星見のこの能力を正しく理解することはできない。
 だからこそ、きちんと理解してくれている真希と真依は、留羽にとってとても大切な存在だ。
 たとえ正しく(・・・)理解できてないとしても、ふたりが自分の心を慮ってくれているという事実が、留羽にとっては何よりも嬉しい。
 だから、ついこうして休日も家へと誘ってしまう。

「ごめんねえ、昔っから毎度毎度ふたりの貴重な休みを奪っちゃって」
「なに言ってんだ。今は家出てるから良いけど、実家だったらあの家で扱き使われて終わりなんだぞ? こっちならマジの『休み』だからな」

 むしろ気を使わせてるんじゃないかと言う真希に、留羽は「そんなわけないでしょ」とカラカラ笑う。

「これは私のわがまま。ふたりと休日を過ごしたいっていうわがまま。スケジュールまで調整させちゃって、ほんとごめんね。お友達や後輩たちと遊びに行ったりとかあったでしょ?」
「気にすんな。毎度毎度ご丁寧に予定の一週間前には星見の人が手土産やら差し入れ持って挨拶に来てくれんだぞ? むしろみんな珍しいお土産に大喜びだよ。灰原さんとか特にテンション上がってる」

 脳裏に浮かぶのは呪術師には珍しい根っからの“陽”である男性。太陽のような笑顔を見せて喜ぶ姿が容易に浮かぶのは人徳ゆえだろうか。

「そう? なら良いんだけど……ああ。そういえば灰原さんの『探しびと』は順調?」
「あー……なんか粘りに粘ってコンタクト取れるかもしれないってこの前言ってたな」
「十年単位だものね、良い結果になるように願っておく」
「留羽にそう願われたらもう勝ち確定だな」
「なあに、それ?」
「知らねえ? 『星見の姫様に言祝いでもらえたら良いことある』って話。今すげー噂で流れてくるぞ」
「いやマジでなにそれ」

 京都校と東京校に分かれて通うぶん、たまに会ったときの情報交換は欠かせない。
 留羽は次期当主としての仕事もあるため、寮ではなく星見の別邸から通っているので、わりと聞き漏らす話も多い。できる限り寮に泊まれるようにしているが、「次期当主」という立場上、どうしても寮で捌けない仕事もあるのだ。

 京都校の噂話は東京校にも渡っていたりするので、こうして真希と話すことでそういう部分の不足を補っている。より詳細な話は、真依としたときに聞くことができるので話の取っ掛かりにも丁度良かった。

「真依はどうだ? 私じゃまともに取り合ってもらえないからさ」
「大丈夫。別々の任務の時まではさすがに分からないけど、わたしの目が届く範囲では一応ね。禪院絡みで何かあった場合は教えてって桃や霞にも頼んであるし」
「そか。留羽が居るんだから早々危険なことは無いと思うんだけど、一応知っときたくてさ」
「真希は何よりも真依を大事に思ってるんだから、知りたいと思うのは当たり前よ。真依も口ではああ言ってるけど、真希のことすごーく心配してる」
「わかってるよ。……今の私じゃ守りきれないからな、留羽が居てくれて良かった」

 そう言って微笑む顔は、妹を心配するひとりのお姉ちゃんだ。

(いてくれてよかったのは、私の方よ)

 口に出しかけたその言葉を、留羽は笑い返すことで飲み込んだ。
 どれだけ気丈に振る舞っていても、真希だって一人の女の子に変わりない。
 なぜ日頃から彼女が男勝りの強い口調で居るのか、禪院から齎される困難に必死に立ち向かっているのか、長い付き合いの留羽はよく知っている。

 真希が家を出たことにより、双子の妹である真依への影響は少なからずあった。
 だが、常々留羽が真依を大切にしていることを公言しているため、今のところ命に関わるような事件は起きていない。
 けれど真希は留羽の――完全な星見の庇護もなく、ひとり東京という土地で戦っている。

 真希のバックには五条の若君もついてるし、星見家全体で真希と真依を見守っている状態のようなものなので余程のことは無いと願いたいが、そうもいかないのがこの呪術界だ。

 昨日まで普通に笑い合っていた相手が次の日にはいなくなっている。
 なんの心構えもできないまま、突然の死別を押し付けられるような世界だ。時代遅れの男尊女卑の気風が強く、加えて真希は天与呪縛のフィジカルギフテッドである代わりに呪力がほとんど無い。呪具の眼鏡を掛けなければ、身体能力の高いだけの一般人だ。

 呪力や術式を持たない人間は非人間である――そう公言する禪院に産まれた真希の苦労や苦悩は留羽には計り知れない。

 だからこそ、どうにか力になりたいと思う。
 だからこそ、留羽は次期当主になることを決意した。

 時代遅れの呪術界を変えるために、大切な人が突然居なくなる悲しみをこれ以上繰り返さないために、誰かの悲鳴を踏み潰して甘い汁を啜る上層部の老害たちを絶やすために。

 ――結果、この呪術界がどうなったとしても、留羽の知ったことではない。


「留羽ー、真希ちゃーん、ご飯よ〜」

 遠くから聞こえる母親の声に、思考の海に沈みかけた意識が現実に戻ってくる。

(ダメね。ほんとに疲れてるみたい)

 疲れているとどんどん思考が闇の方へと向かっていく。
 負のエネルギーを使う呪術師としては良いのだろうが、如何せん精神の健康状態には良くない。そのためのリフレッシュ休暇なのだが――

(真希や真依と一緒に居てもこうなっちゃうんだもんなあ)

 それだけ呪術界の業は深い、ということなのだろうけれど。困ったものね、と思いながら留羽は立ち上がる。

「行きましょうか」
「だな。手伝えることあるかな」
「うーん、どうかなあ。真依が手伝いに行っちゃってるし、私たち食べるくらいしかやること無さそうじゃない?」
「ハハッ、かもな」

「――ちょっと、二人共」

 動き出したところで、涼やかな少女の声が聞こえてくる。
 目を向けると、いつの間にか来ていたらしい真依が部屋の出入り口に立っていた。腰に手を当てて立っている真依は、呆れ混じりの顔で二人をじっとりと見ている。

「さっきから呼んでるんだけど?」
「ごめんごめん! つい盛り上がっちゃって」
「ワリぃ、今行く」

 片手を上げて謝る真希をムッとした顔で真依が睨めつける。

「もう、留羽のお母さんたちも待ってるんだからね」
「はいはい、悪かったよ」
「悪かったよ、じゃないわよ。真希もちょっとは手伝いなさいよね!」
「だって私が居ても邪魔になりそうだったしさあ」
「禪院(ウチ)でも似たようなことやってたじゃない」

 ポンポンとラリーのように言葉を交わすふたりに、留羽がするりと入り込む。

「まあまあ、ごめんね真依。私が真希に話し相手頼んじゃったの。ほら、東京校も今年はアクの強い転入生とか居たみたいだし、話を聞きたくて」
「……別に。留羽が言うなら、良いけど」

 数秒の間を置き、すこしばかり拗ねた様子でそっぽを向く真依に、留羽と真希は顔を見合わせる。
 そして、揃ってニンマリとした笑みを浮かべた。

「あ〜ん、ごめんね真依〜! 別に真依を仲間外れとかにしたわけじゃないのっ、怒らないで〜っ!」
「きゃっ! る、留羽ったら……!」

 飛びつくようにして真依に抱きついた留羽は、精一杯の力でぎゅうと真依の体をホールドした。留羽の背丈は二人よりも十センチほど小柄なので、自然と足を爪立てるような形になり、真依はその肉体を受け止める。

「真依〜大好きよ〜」
「……知ってる」

 甘えるようにすりすり顔を寄せてくる留羽は、いつもより幼く見える。
 ふわりと漂う甘い香りと同性から見ても妖艶さのある肉体が惜しげもなく自分に押し付けられる感覚は、何というか――悪くない。

「ほら、行くぞー。真依といちゃつくのは飯食った後な」
「わっ……ちょっと、頭ぐちゃぐちゃになったじゃない!」

 そんな空気をぶち壊すのが真希の仕事だ。
 ごろにゃんと甘える幼馴染に悦に浸る妹の頭を撫で回して歩き出す。姉っていうのはこういう憎まれ役も引き受けるものなのだ。

「照れるな照れるな」
「照れてないわよ!」
「んふ、いい加減ママもこっちに参戦しちゃうわね」

 姉妹のやり取りを眺め、満足げな笑みを浮かべた留羽は真希と真依の手を引き歩き出す。

 まだ頑張れそう。
 無邪気な少女の顔を貼り付けて、世界の流れを汲み取る少女はささやかな幸福を抱きしめた。

起承転結:転

――そして、時は過ぎて。


 呪詛師・夏油傑の起こした無差別テロ――『百鬼夜行』と称されたそれは、東京と京都の二箇所で行われた。
 京都校に通う留羽もまた、仲間たちと共に京都に放たれた呪霊を跋霊することに全力を尽くしていた。

 元来後衛専門の能力ではあるが、星見家の次期当主として――そしてこの腐った呪術界に生きる「女」として、有事の際は近接格闘もある程度こなせるように鍛えている。
 武器は前(・)も愛用していた――星見専属の呪具師が作ってくれた、呪力を流すことで自由自在に長さを操ることができる「エリダヌス座の星の大河(エトワールフルーグ)」とよく似た性能の一点物。
 この伸縮自在の鞭を振るい、留羽は呪霊だけではなく呪詛師も捕縛したし、樹木や柱など、無機物に巻き付けることでターザンロープの要領で街中を身軽に動き回ることができる。
 ピーキーな性能と言われがちだが、鞭はとても便利な武器なのだ。

 どこぞの男呪術師に「そんなに豊満な胸してたら動きずらいでしょ(笑)」などとセクハラを受けたこともあるが、それを言った男は後日水に沈んだ状態で見つかった。詳細は不明。しかし順当な最期である。
 そんなセクハラなどスルーした(これでも「前」よりはまだ慎まやかな胸なので)留羽は近接格闘も覚えたし、中距離では鞭を振るって足止めができるし、遠距離では水晶を取り出し索敵もできる。
 そんじょそこらの呪術師より仕事ができる女。それが星見留羽だ。
 無知なまま、見た目だけで下劣なことを言う馬鹿はもれなくヘッドショットである。余談ではあるが、真依の狙撃能力は年々上昇している。


 ――そんな彼女は現在、単独行動の真っ最中だった。
 望んでいない『未来』を映し出した己の能力に頭を悩ませ、その未来を否定したくて、留羽はひとり闇夜を駆けていた。
 どうか嘘であってくれと願っていた。けれど、自分の「未来視」がどうあがいても嘘をつけない代物だと、何より彼女が一番理解していた。
 腹の底に渦巻く思いを抱え、人気のない場所へ辿り着く。

 街には電灯がついているというのに、呑まれそうな闇がそこにはある。
 留羽は無言でその闇を睨みつけた。
 ――どこからともなく、靴音が聞こえてくる。

「ずっと、君に会いたかったよ」
「……私(・)は、会いたくなかった」

 聞き覚えのある声に、留羽は唇を噛む。
 現れたのは、黒のスーツに身を包んだ男だ。獅子の鬣(たてがみ)のような髪、サングラス越しでも分かる人を魅了する美貌、穏やかな声――紛れもなく、それは遠い記憶の中にいる「彼」と同じもの。
 かつて、用意された縁談の席で、念入りに断ち切ったはずの縁だった。

「なんで、追いかけてきたの」
「……」
「私はそんなの望んでなかった。ただ――貴方が次も良きオーナーに会えたらいいって、それだけを願っていたのに、どうして――」
「……」

 黙る男に、留羽は悲痛な声で叫ぶ。

「――どうして、貴方が『ヒト』としてここにいるの!」
「留羽」

 黙り込んでいた男が「彼女」の名を呼んだ。
 その声は穏やかで、幼子に語りかけるように温かい。彼は「今」の彼女の名前を呼んだ。
 顔を歪める女に対し、男は告げる。

「たとえ、この身が天(そら)より堕ちようと」

 彼は――かつて獅子座の星霊だった男は。

「後悔はしていないよ――愛した貴女(きみ)と、今度こそ添い遂げられるのなら」

 清々しいほど晴れやかに、そう言った。

(――どうして)

 歯を食い縛り、留羽は強く目を瞑る。
 思い出すのは「前」のこと。今際の際、ぼやけた視界越しに見た、強く抱きしめてくれた逞しい男の腕。
 留羽は「自分」という存在が長く生きられないことを知っている。だからこそ、いつだって未来を取捨選択しながら、懸命に生きていた。
 それは「前」の――彼と契約していた頃も変わらなかった。

 破天荒な仲間たちとともに潜り抜けた冒険の日々は、辛いことも悲しいことも多かったけれど、なによりも楽しくてワクワクする日々だった。
 けれど、どんなことだって「おわり」は訪れる。
 留羽は所属していたギルドを抜け、暮らしていた街を去った。そうして、ひっそりと最期を迎えるつもりだった。

 心残りは、自身が契約している星霊たちのこと。自分が朽ちてしまえば、彼らはどこにもいけなくなってしまう。契約主として、最期の務めを果たすべく、留羽は契約する星霊たちと幾度も話し合った。
 まだ魔力があるうちにと何度も契約の解消を伝えたが、他の星霊たちも彼も、ついぞ頷いてくれることはなく、終わりを迎える彼女のそばに居てくれた。
 自分の魔力で現世に来ることができる彼が代表として、ゆるやかに動けなくなっていく彼女の世話をしてくれた。今までも愛情表現のわかりやすい星霊ではあったけれど、この頃は特に顕著で。

 ――男と女の関係を持ってしまったのも、その頃だった。

 半分、自棄に近かったと思う。『自分』がもうこの世界に戻ることは無いと理解していた。だからこそ、赦してしまった。種族は違えど、心を通じ合わせた相手の幸福を罪ではないだろうと思ったから。もう「次」はないのだから、ただ今だけは、と。

 でも違った。
 様々な世界を流転する女は、どこかでこの星霊を「人間」という枠で見ていたのかもしれない。
 ヒトと同じ姿かたちをしていても、彼は――人間ではないということを、彼女は失念していた。

 男は悠然とした足取りでかつて愛した――今も愛する女の許へ歩み寄る。

「ただいま、僕の愛しいひと」

 そう言って自身を抱きしめた男を止めることはできなかった。
 いつの間にかボロボロとこぼれていた涙は止まることなく頬を濡らす。鼻がツンと痛む。
 胸が痛かった。自分の愚かさと、追いかけてきてくれたことに喜びを感じる心に、切り捨てたはずのものが捨てられていなかったのだという事実に。
 どこかで幸せになっていてほしいと願った。こんな腐った世界ではなく、明るい太陽の下が一番似合うと知っていたから。
 だけど、この男はどこまでも留羽を追って駆け抜けてきてしまった。
 留羽にはもう、手を離す術がなかった。

「……わたしの、レオ」

 震える声で少女はつぶやく。
 男の抱きしめる力が強くなり、彼女は縋るように背に手を回す。
 二人は何も言わず、しばし、ひたすらに強く抱きしめ合った。今だけは現実の一切を忘れるかのように、世界にはふたりしかいないのだといわんばかりに。
 ――それは酷くいびつで複雑なもの。連綿と続いてしまった、もつれにもつれた糸の塊。

 これを、ヒトは「愛」と云った。



それぞれ短髪で書く予定ではあるけど完成の目処が立たない話したち。
全部こことおなじ世界線の話なので、この世界線がどれだけカオスかわかる人にはわかる仕組み。

「みんな〜〜ただいま〜〜〜!! みんなの果恵ちゃん、そう、歌舞伎町が生み出した奇跡の子、吉田一門末っ子長女、歌舞伎町の女王の妹にして万事屋銀ちゃんの現社長の妹、志村家次女の果恵ちゃんが無事に生還したよ〜〜〜みんな〜〜〜〜〜〜!!!!」
「うるせえ、おかえり」「元気そうでよかったよかった。おかえり」「しゃけ〜」



私、斉木香楠。花も恥じらう十七歳、そして超能力者である。ちなみに名前はカナンって呼ぶから、そこんとこヨロシク。
超能力者のパパと、普通の人だけどちょっぴり黒魔術に精通しているママ、そしてかわいい弟の四人家族! おじさんはとっても頭のいい科学者なんだけど、ママのことを何かと目の敵にしてネチネチ小姑みたいなことを言ってくるからあんまり好きじゃないかな。
なんでも、この世界には呪いってやつが蔓延ってるらしくて、それは私がまだ赤ちゃんの頃に世界線が統一されてしまったからなんだって。世界線が統一されるなんてパパにもさすがにどうしようもできなくて、パパは今まで周囲に掛けていた暗示をうんと強くした。私たち家族を守るためにね。
そんなわけで、パパとおそろいのドピンクの髪に、猫耳っぽい三角の制御装置をつけた私の姿は周囲には至って普通のオンナノコに見えるみたい。
けど、トラブルは私をただのオンナノコにはしてくれないみたい。今日も今日とて指先でこわーいおばけさんをブチッ♡ と殺っちゃうゾ☆
って、あらら? 私ったらうっかり! 目隠しをした背の高いお兄さんに現場を見られちゃったみたい! これはもう記憶を弄るっきゃない。ちょっと脳味噌失礼しちゃうゾ♡ え? ちょっと話がしたい? いやーん、なんだか嵐の予感!
次回、カナンと目隠しと呪術師と。ぜひ見てね♡



灰原雄にはずっと捜している命の恩人がいる。
任務に赴く前、偶然であったオンナノコ。今は学生であろう、当時まだ幼児だった少女を、この十数年、灰原はずっとずっと捜し続けている。
そう、それはまるで――『恋』をしているかのように。



「特級呪霊顕現事件っていうのが、昔あったんだ」
「近代の呪術界における、特級の厄ネタ――上層部が必死に隠そうとしてるけど、もう公然の事実だ」
「それ、何があったん?」
「――禁忌とされた実験を、非術師の子供を巻き込んでしてやがったんだ。上層部は、悟の類似品を創り出そうとしたんだよ」



「……姉さんを殺した呪術界が、お父さんとお母さんを殺した呪術界が、壊れて崩落していく――そう思うだけで、わたし、嬉しくって仕方がない……」



「あ、紹介が遅れたね、この子、レイっていうんだけど。恵にとっては腹違いのきょうだいだから、仲良くね〜」
「――は?」



特級術師は、五人いる。
厳密に言えば――特級に昇進するよう推され続けているが、頑なに断って一級の座に座り続けている女呪術師がひとりいる。
その女にいつか殺される日が来る――上層部は、その未来に怯え続けているのだ。



「え? 憂太くんの彼女の兄たち少年院入ってたことあんの? マ!? しかも六本木根城にしてたって? ヒーーーッwwwwスゲー心当たりあるんだけどwwwwwwwww」
「おい、果恵? 果恵? ――だめだ、脇腹攣ってやがる」


 登場人物

・毎日頑張ってる星読みの乙女(主人公)
呪術界が滅んでも別に困らないタイプの転生者。原作は知らない。
ブラック企業さながらに自分を追い詰めて働くタイプ(顔には出さない)なので、定期的に幼馴染を連れて帰省してはメンタルケアをしている。
身長は一六〇くらいを想定してるので、実は姉妹より十センチほど小柄。「承」の話は三人が一年生の頃の話。
長い転生人生で男も女も無機物も経験済みなので門戸が広い。けどさすがに前世の縁が世界線すっ飛ばして来るとは思わなかった。

・みんな大好き歌姫先生
お疲れな夢主を心の底から労ってくれる優しい先生。
最近、彼女にちょっかいを出そうとすると星見家の人にぶん殴られるともっぱらの噂。(フラグ)

・禪院さんちの真依ちゃん
痛いのも嫌だし辛いのもしんどいけど、大好きな女の子と同じ学校だし会える日はいつも一緒なので実はメンタルの状態は結構良い。
大好きな女の子の隣に居続けるための努力はあまり苦にはならないのか、射撃の腕が日ごとに向上しているらしく、たぶんそのうち無二の狙撃手になれそう。
姉との関係は留羽を間に挟むといちばん昔に近くなる。
留羽へ向ける感情はぐちゃぐちゃな感じだけど、その状態が心地良いとすら思っている。ある意味両思い。
大浴場で一緒にお風呂に入ることもよくあるため留羽の服の下も全部知っている。これだけで大抵の男のマウントは余裕で取れる。強い女。

・禪院さんちの真希ちゃん
しんどいことも多いけど一度決めたことは曲げない頑張るお姉ちゃん。
可愛い大事な妹のところに同じくらい大事で頼りになる幼馴染が居るのでこっちもそれなりにメンタルは良好。
最近武術の腕にキレが増しているし、特別体術講師の元禪院のガチモンフィジカルモンスターおじさんと毎日のように組手をしているし、たまにやって来る前線退いて命の恩人捜しをしてる陽キャお兄さんとも技のキレを増すために会議してるし、同級生たちはバカだけど面白いしなんか特級呪霊連れた奴が転校してきたって同じ東京校の同級生女子たち(補助監督志望と多忙で中々会えない)とグループで盛り上がった。
それなりに結構女子高生ライフもエンジョイしてる。

・呪術界
特異点的存在が居る影響なのか、原作よりも結構まあまあ業の深いことをしているので、遠からずそのツケを払うのは確定している。利子はトイチなので仕方ないね。

・五条の若君
何となく察してるけど星見の恩恵受けまくりなので特に何も言わない。

・獅子座の男
惚れた女を追って世界線飛び越えた。今は普通に光のパワーを持つただの人間。

・この世界について
クロスオーバー時空。原作じゃいない人が生きてたりする。


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