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「今回の任務はある少女の救出、及び犯人の確保・抹消だ」
「救出ゥ?」

「今回の件、主犯は御三家――各一族に連なる者達が犯人とされている」

――は、と。教室内の空気が固まる。
それは本来有り得ないことだ。加茂・禪院・五条――御三家と称される各一族が共謀することなどまず無い。そんなことするよりも相手の一族の粗を探しそこを突きいかに引きずり落とすかを考えるだろう。それが呪術界というものだ。
だけども、自分たちの担任である夜蛾は、犯人はその御三家に連なる者たちだと言う。

「――教えて下さい、夜蛾先生。一体、何が起きてるんですか」

夏油の問いに、夜蛾は苦虫を噛み潰したような声色で言う。

「今回の被害者は、非術師――一般人の少女だ」

その少女を誘拐し、あろうことか犯人たちは。

「その少女は子供を産むことを強要され、現在も監禁されている」

「拐われた当時、その少女はまだ小学生だった。だが、現在確認されている件の幼児は外見年齢がおそらく五つ。……生きていれば、彼女は現在、お前たちの一学年上だ」

「確認されている幼児は、生まれつき白髪に、青色の瞳をしているという報告がなされている」

その言葉で、夏油と家入の視線が真ん中に立つ男――五条へ集まる。

「……つまりそのガキの親は五条(ウチ)に連なる可能性があるってことか」
「アルビノという可能性ももちろんある。が、現状を思えば、その可能性は高い」


「……あなたたちはだれ?」

真っ白な髪をみつ編みのおさげにしている子供がそこに居た。
きょとんとした様子でこちらを見る子供は、まっさらな空のような色の瞳を持っている。――それは、夏油の親友と良く似た――美しい青色の瞳。

「ままは、ぱぱがまもっていてくれるので」
「パパ?」
「はい」子供が頷く。「ぱぱはいなくなったけど、でもいまはままの横にずうっといます。わるい鬼がきたら、ころしてくれるの」

「鬼」が何を示すのか、あの屋敷内の惨状を見た夏油には予想がついている。
そしておそらく、この子供が父だと云う存在が、一体何なのかも。

「だから、ぱぱのぶんもわたしが悪いものをやっつけるの。わたしがたくさんたくさんやっつけたら、こわいひとたちはままのところへ来ないから」

――それは「願い」の集合体に近かった。
この屋敷の持ち主である呪術師の術式によってほぼ奴隷に近い状態となっていた、呪術界では落伍者と称される、術式などの才能を持って生まれなかった存在。――人間以下の扱いを受け、はした金で売り飛ばされ、挙句の果てに罪のない少女を穢さなければならなかった男たちだ。

少女の父親とされる男――五条に連なる家に生まれたものの、術式を持たず、ろくな扱いを受けず売られた彼は、肉体の主導権が掌握された中でも必死に少女を護ろうとしていた。
苦痛の中でも必死に自我を見せた己を、恐怖と絶望に襲われ、辱められ人としての尊厳を無理やり奪われているというのに労ってくれた心優しい少女に――本来であれば、薄汚い呪術界のことなど知らず、親の元で幸せに暮らすはずだった罪のない少女に、情が湧いてしまったのだ。

「……だい、じょうぶ……だから……」

絞り出すような声で、少女が言う。

「わたしには……あなたの目の前に何がいるのかもわからないけれど……でも……そこにいるのは……そこに、いる人は……ずっと……私達のことを、守ってくれていたから……」

「……おねがいします……もう私から……わたしたちから……大切なものを奪わないで……」

化物の様相を呈していたそれが、少女の言葉とともに人型に変わる。
既に肉体は失われ、死の淵で世界を呪った男は、「妻」と「子ども」の未来を夢見た彼は、昏い瞳で五条を見る。
 血色の失われた不健康そうな肌に、白色の髪。光のない瞳が、なんの感情を滲ませず、ただ凪いだ目で五条を射抜く。

「……あなたは……そこに、いますか……?」

男は少女の側に近寄り、地に膝を付け、成長することもできずやせ細り、今に折れてしまいそうなその腕に優しく触れる。
――大丈夫。ここにいるよ。
吐息のようにか細い声だった。けれどそう言った男に、聞こえるはずがない少女は嬉しそうに微笑んだ。


「……あの時は伝えられなかったけれど」

青白く痩けていた頬には血色が戻り、虚ろだった瞳にはささやかながら生気が宿っている。

「私を、私たちを助けてくれて、本当にありがとう……」

呪霊も見えない、ただの少女だ。本来であれば関わることも無かったであろう存在だ。
けれど、その言葉は何よりも素直なもので、疲れ果てた夏油の心には、

「例え、大人から見て私がまだ子どもだとしても……それでも、あの子は私の子どもだから……」
「私は親に愛されて……あの人が守ってくれて……だから……今度は、私があの子を愛して、守ってあげたいんです」

そのためなら、どんなことだって耐えます。
強い目で言い切った少女は、たしかに「母親」の顔をしていた。


「……夏油くん!」
「やあ、久しぶり」
「そっちの二人が、この前言っていた?」
「そうです。私が後見人をすることにした双子の子で……美々子、菜々子、ご挨拶は?」
「は、はじめまして……みみこです」
「ななこです……」

「はい、初めまして。上手に挨拶ができてすごいねぇ、私は と言います。今はお出かけしているけど、二人よりちょっとお姉さんの娘が居るの。どうぞよろしくね」

六年もの間ほぼほぼ動かさず衰えた筋肉を取り戻すのはそう容易くはない。
 は身元引受人となってくれた産屋敷家の傘下である病院で療養しつつ、少しずつリハビリを重ねる日々。まだ車椅子が主な移動手段ではあるが、杖があれば多少は自力で歩けるまでに筋力もついてきている。これも、身の上を聞いた上で母と子、そしてともに行くと決めた付き人の青年を甲斐甲斐しく世話をしてくれる人々のおかげだ。
特に、煉獄家の奥方にはよく世話になっているのだと#名前#が教えてくれた。
訊けば、自分の子とそう歳の変わらない若い少女が理不尽に辱められた上、それでも産まれた我が子を育てると決めた思いに心打たれたらしい。
地方に住む少女の実の親や家族とも度々文を交わしており、関係は良好なようだ。

「お久しぶりですね、五条くん」
「……お久しぶりです、 さん。今回は面会の許可をしていただき、心から御礼申し上げます」
「そんなに畏まらないで。私、あなたにそんな風に畏まられる程の存在じゃないんだから」
「――いえ。それでも、本来なら名字を聞くことさえ苦痛なところ、無理を言ってしまったのはこちらなので」

あの五条悟が、年の変わらなさそうな女性に対し敬語を使っている。
それだけで十分衝撃的だった。

「あの人、一体何者だ? 悟が敬語使うなんざ明日は槍が降るな」
「しゃけしゃけ」
「真希も知ってるだろ。……彼女は、十年前の『特級呪霊顕現事件』の被害者だよ」
「! それは――」

■■特級呪霊顕現事件。
それは現代における呪術界において加茂憲倫並みの汚点と称される事件。
非呪術師である当時十ニ歳の少女を誘拐・監禁し、六年に渡り陵辱・出産の強要を繰り返し、現代の呪胎九相図なのではとまで云われた事件のことだ。

被害者である少女は一番目の子ども以降産まれた子どもは全て死産であり、当時高専生であった五条らが現場に突入した際、その子どもと思われる四名――監禁されていた少女の部屋にあった一名の赤子の遺体を除き、その場に居た呪術師らの手によって呪具に親しい「なにか」となっていたらしい。
そしてその赤子の遺体は、件の特級呪霊がすべて呑み込んだ。
死してなお尊厳を奪われる我が子を悼むように――あるいは、呪具となったそれらを取り込み、力をつけるために。

「あの呪霊を殺すのは僕でも無理だね」

あっさりと言ってのけた五条に教え子たちが目を剥く。あの最強の男が無理だと言った。それがどういう意味なのか、分からない三人ではなかった。

「一体その呪霊は何なんですか」
「野薔薇や悠仁はまだ知らなかったね」

「その呪霊が使う術式は呪術師抹殺――呪力と術式を持つあらゆる生き物を無差別に鏖殺するものだ。一度発動したが最後、逃げるしか方法がない」
「なっ――」

「術式か呪力が無ければその効果の範囲外ではあるんだよ。ここにいる悠仁や、あとは真希もその対象外だろうね」

呪霊となった人は、かつて御三家で人ではないと云われ尊厳など持たされず売られた人間。――そう考えれば、その能力も頷ける。

「つまり呪術界全体にそれが使われた場合、生き残るのは今まで御三家やら他の家の奴らが見下げてきた、術式や呪力を持たねーやつらだけってことか。ハハッ、ウケるな」

鼻で嗤う真希に

「そ。あちらはこっちが手出ししない限りは何もしてこないから――多分」
「多分!?」
「いや、何件か前例があってね。被害者の子をまた利用しようと近づいてきた男が影に飲まれて行方不明。三日後その男の実家に箱に詰められた男が生きたまま返却されたとかなんとか」


「うーん、甚爾さんの筋肉量と身体能力ならたぶん日輪刀あれば鬼斬れると思いますよ」
「マジ?」

鬼殺隊は呼吸と呼ばれる特殊な呼吸法を用いて身体能力を底上げし、日輪刀で鬼の頸を切り落とす。
甚爾の場合、そもそも素の肉体が天与呪縛によって全集中の呼吸・常中に匹敵するので、武器さえ与えれば行けるのではというのが#名前#の見立てだ。

「この世界において『鬼』は呪術師の成れの果てとも云われています。かつて人から鬼となり完全を求めた鬼の首領と似た因子、或いは術式が呪術師にはあるとされ、鬼となれば人を喰らい、理性は失われます」
「皮肉ですよね、あれだけ嘲笑って見下げている非術師でなければ、鬼は殺せない」

「という訳で、鬼殺隊特別隊士及び体術講師の伏黒甚爾さんでーす」
「よぉ、」

鬼に金棒ならぬ鬼殺隊に甚爾。ヤベー奴とヤベー奴が手を取りあった瞬間である。

「安心しとけ、津美紀は産屋敷の傘下のとこで保護されてる。藤の家紋に入っちまえば呪術師は手出し出来ねぇよ」
「それは……たしかに……」


草木も眠る丑三つ時、誰も彼もが夢の世界へ導かれた頃、一つの影が月明かりに照らされている。

「やっほー。お久しぶりだね」

軽い口調でそう言ったのは目隠しを付けた長身の男――呪術師最強の男、五条悟である。
そんな彼が語りかけるのは、一般人には視認することのできないもの。人の負の感情によつまて生まれし異形、呪霊だ。
呪術師の罪が凝縮し顕現した呪霊。
月の光によって青白い肌はより白く映え、白色の髪がふわりと風に靡く。

「まーただんまりなの? 僕としてはちょっと話したいんだけどなあ」

「このままだと君の奥さんと娘さんが利用されることに――」
「すべて」

五条の声を遮るようにして、それまで黙していた呪霊が口を開いた。

「何もかも。すべて根絶やしにする」
「蹂躙。すべて。かつて我々がお前たちにそうされたように。慈悲も無く、理由も無く、ただただ、すべて途絶えるまで」


この呪霊が何故理性的なのか、五条は理解している彼は――彼らは、人であるまま呪霊と成ったのだ。

下手に能力を使われてしまった瞬間、呪術界は壊滅的な被害を――否、完全に崩壊してしまうだろう。
ただでさえマイノリティな呪術師を根絶やす術式。更地になったそこに残るのは、この腐った業界のゴミが嗤い見下していた者たちのみ。
故に、上層部もおいそれと手出しはできない。


 件の事件――特級呪霊『新月』の能力は「呪力と術式を持つ生物を対象に命を奪う」というものだ。
 元となったのがこの現代における『九相図 再現計画』の被害者であり、術式や呪力を持たず呪術界において人以下の扱いを受けていた青少年たちで、彼らの恨み、憤り、ただ希った『呪詛(いのり)』は天に届き――ここに、対呪術師特効の特級呪霊が顕現したのだ。
 呪霊は当時種馬として『飼われて』いた青年たちと、母胎となった少女が産み落とした、または『産ませてもらえなかった』数体の赤子の遺骸。仄かに呪力を帯びていたそれを加工し利用しようとした外道たちが保管していたそれが、ひとつとなってこの世に生まれ落ちた。
 五条悟をもってしても能力を使われた瞬間、文字通りの『詰み』。出会ったが最後、けして手は出さず逃げることしかできない。まるで自然災害の様な圧倒的で理不尽な暴力の塊。それがこの特級呪霊だ。

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