アカギ

「なまえ、お前家族は?」
「家族ですか? ……母と兄が居ました」

どこか淋しげな顔で彼女は微笑んだ。
その表情はこれ以上は訊かないでくれとでも言いたげで、赤木はそうかと頷き、この話は終わったのだった。

「一緒に居たらダメなんです。いざというときに、お互いが人質みたいになってしまうから」

彼女の言葉を思い出す。お互いが人質になるという部分で、本来彼女がどれだけ兄と仲が良かったのか察するのは容易だった。

「私、出てく。遠いところに行く。だから兄さん」
 私のことは気にせず自由に生きてね。
 自分の手が妹の小さな両手で包まれる。泣きそうな声色だというのに、妹の目は親権そのもので、ああ、もう覚悟を決めてしまったのだと分かってしまう。
「きっとそれを母さんも願ってるはずだから」
「……元気で。いつか、どこかで会おう」
「うん。大丈夫だよ、私だってお母さんの子だもの」
「そうだな。分かってる……分かってるよ……」


「……まさか……」

頭が痛い。できれば嘘であって欲しいと思うけれど、おそらくこの勘は当たっているという確信があった。そもそも、あんなことをされてこの数ヶ月生理が来なかったのを不順で片付ける事自体無理があったのだ。一種の現実逃避だ。
早くどこかに行かなければならない。あの人の側で子供を生み育てられる自信が私には無い。
であれば残された選択肢は一つ。私が自分でこの子を産み、育てるのだ。
まずは働き口を探さなければならない。母の遺産はほとんど手付かずで残っているが、この先お腹の子が成長していくためにはまだまだお金は入用になる。
一人であれば細々と生きていける程度にはあるけれど、子供を育てるには足りない。
どこか、良いところはないか――そう考えて、私が真っ先に頼ったのは以前からお世話になっている人だった。


「なるほど。子供ができてしまって、一人で産み育てたいと」
「はい」
「ひとり親、まして未婚の母だ。この先は何かと茨の道かもしれないよ?」
「構いません。堕ろすこともできないし……なにより、あの人の側で育てるよりは私が一人で育てたほうがマシです」
「うーん、気持ちは分かるんだけどね……」

君はそれで本当に良いの、という問いに、私は迷わず頷いた。
覚悟ならこの腹の中に子供が居ると分かった瞬間に決めた。迷うことなどもうありはしない。
後ろは振り返らない、思い出は必要なものだけ持っていけばいい。そこに、彼と過ごした日々は――必要ない。

「……分かった。うちの会社で働くといい。裏方だし、主にデスクワークだから妊婦の体にも優しい。悪阻が治まるまでは時短で勤務してもらえばいいから」
「何から何までありがとうございます。……お世話になります」
「構わないよ。時期的に、うちの娘と同い年になりそうだし」
「……娘? でも、奥さんは」
「うん。だから養子を貰うことになっているんだ。女の子を、知人から預かることになってね。表向きは養子縁組でうちの娘として育てる。念願の女の子で妻も息子達も今からお祭り状態さ」
「そうなんですか……もしこの子が女の子なら、お友達になれるかもしれませんね」
「そうだねぇ。楽しみだよ」

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