みやむら
「み……やむら、さん」
「なまえちゃん」
良かったと安心したように笑った宮村が、ベンチに座るなまえの前に膝をつく。
下から覗き込むようにして自身を見る姿に、なまえはどうしようもない居心地の悪さを感じ、目をそらした。
「心配した」
「……心配? なんで、どうして?」
「どうしてって……」
「今まで、誰もそんな……そんな人……」
どこにも居なかったのに。
そう呟いたなまえは茫洋とした表情だった。血の気が失せ、かさついた唇が小さく震えている。――それはまるで、迷子になってしまった子どものような。帰り道を失ってしまったような途方に暮れたもので。
いつも控えめに、けれど愛らしく淑やかに笑う少女だったけれど、いつもその瞳は笑っているようには思えなくて――瞳の奥にあったそれ(・・)がなんだったのか、宮村はこのとき、やっと気づくことができた。
「……でも俺は探したよ。すごく心配だったから」
――ずっと寂しかったのだ。
宮村が小さな手を自分の手で包み込みながら伝えた言葉は、正しくなまえに届いたのだろう。
なまえの頬を伝った一筋の涙が、それを証明していた。
ep
「――宮村さんっ」
「あっ、なまえちゃ……んっ!?」
ギョッとした顔で自身を見る彼の姿に、なまえは首を傾げた。
「えっ、え、ええ!? か、髪! 髪の毛!」
「髪……ああ!」
重力と共にさらりと揺れた髪は、綺麗に鎖骨のあたりで内側にカールを描いていた。宮村の記憶が確かであれば、最後に会った日、なまえの髪は腰の下まであるきれいなロングヘアーだったはずなのに。おおよそ三十センチほど切られた髪に、宮村があ然としたのも仕方のないことだった。
くるりと指先に毛先を巻きつけ、「切ったんです」となまえは頬を赤く染めてはにかんだ。
「……似合いませんか?」
「いや、めちゃくちゃ似合うけど! だって、伸ばしてたんじゃ……」
「……ああ、違うんです」
勘違いさせちゃったんですね、と眉を下げてなまえが微笑む。
「もともと、美容院に行くのも億劫で、かといって切らないわけにも行かなくて……乾かすのも手入れも面倒だったけど、いちいち美容師さんに髪型を指定する気力も無かったから、自然と伸ばす形になってただけで」
「そ、そうだったんだ」
「……でも、もういいかなって」
目を伏せ微笑んだなまえの声色は晴れやかであった。
その声色で、宮村の中にじわじわと温かなものが広がっていく。――呪縛はもう無いのだと、言外に伝えていることに気がついたからだ。
淡いパステルカラーのワンピースとパンプス、デニム地のジャケットを羽織ったなまえは、もうあの薄暗い部屋に取り残された子どもではない。
「その……今日、お時間もらってすみません。でも、一番美味しかったの、宮村さんのお菓子だったから……教えてほしいです」
「うん。俺で良ければ、もちろん」
「ありがと、ございます」
今日は材料を買って、このあとはなまえの家でお菓子作りの予定だ。
誰かに渡すのかと訊くと、心配してくれていたクラスメイトに渡したいのだと照れながら話したなまえは、無事教室に馴染めているようだった。
その姿にホッとする気持ちが半分、少しだけ複雑な気持ちが半分。
(……クラスメイトって、男なのかな)
なまえが私立中学に通っているのは知っている。
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