いちじ

のどかな田舎町で暮らす少女・史乃。
面倒臭がりで無気力な彼女は、父親と二人で暮らしながら過ごす退屈で平凡な毎日を何よりも好んでいた。
そんなある日、史乃の前に『台風』がやって来る。十五の春に現れた大嵐……とんでもない美少女の転校生が。
 美少女の到来によって徐々に崩れ始める平穏な日々。何故か史乃に興味を示して近づいてくる美少女、削られる史乃のパーソナルスペース。
 果たして史乃はこの台風を乗り越え、平穏な日々を守り抜けるのか――!?
 これは生涯忘れられない、十五の頃の話。
 紫辺史乃の未来が決まった、運命の一年間の物語である。

  1

「……転校生?」
 紫辺史乃は友人の言葉にわずかに眉をひそめた。
「|望月市《となり》じゃなくてこっちに? 珍しいこともあるもんだな……」
 そう呟きながら、史乃は器用に椅子の上で胡座をかく。スカートを穿いた状態でのその体勢は教師に見つかれば注意されるだろうが、この教室においてそんな野暮な真似をする者は居ない。
「だろ? この前、応接室に入ってくの見たって噂が流れてきたもんでな」
 ミルクティー色の髪をした、鳥の巣のごとく無造作に跳ねた髪の少年が得意げに笑う。
 その隣で文庫本を読んでいたの少年が、呆れた目で鳥の巣頭の少年を見た。
「永束……そんな話、毎回どこから仕入れてくるのさ」
「え〜? ほら、人徳ってヤツ? やっぱ自然と集まってきちゃうんだよな」
「盗み聞きしたのではなく?」「盗聴したんかお前……」
「しとらんわァ!」
 口元に手を当て、「マジ?」と言わんばかりの表情で見てくる二人に永束が食い気味に言い返す。
「てか山田ァ! お前知ってたろ、その様子からして!」
 永束の言葉に、もう一人の少年――山田はフッと微笑む。
「まあね」
「ちくしょうおすまし顔め! あ、ちょっと待って、ってことはユカリも!?」
 勢いよく振り向く永束に、史乃は静かに首を振った。
「いや、普通に知らんかった」
 ついでに興味も無かったというのが本音である。
 しかしそれを言うとまたややこしくなるのが目に見えている。なので史乃はクイと顎を動かし、永束に話の続きを促す。
「続き」
「聞いてくれるか史乃ォ!」
「ユカリは優しいなぁ、僕ならこのままこの話題を終わらせるよ」
「おめぇはユカリの優しさをちったあ俺にも寄越せ!」
「愛は安売りしたくないんだ」
「それっぽいこと言いやがって!」
「いいから早くしろ」
 永束で遊ぶ山田の脇腹をさりげなく小突き、史乃は続きを催促した。一通り聞いておいてやらないと、後で拗ねる可能性があるからだ。
 小学生男児さながらに目を輝かせながら話す永束を、史乃は適当に頷き、相づちを打ちながら眺める。
 その姿はさながらピカピカの泥団子を母親に見せる幼児の如く。今年で十五になる男がそれでいいのかと思わんでもないが、史乃としては彼のそういう部分が嫌いではなかった。明るい髪色も相俟ってどこか大型犬を彷彿とさせるのでなかなか嫌いになれない男である。
 クラスの全員が小学校の頃からの付き合いだが、なかでもこのふたりは史乃にとって飛び抜けて腐れ縁だ。
 性別の垣根を越えて、今もこうしてつるんでいる二人の姿を眺めるのは嫌いじゃなかった。
 本人たちには死ぬまで言うつもりは無いが、史乃にとってこの二人と共に過ごす毎日は、史乃が何より愛する退屈で平穏な日々の象徴

「何にせよ、しばらくはこの話題で持ちきりだろうね」
「転校生なんて俺らの代じゃ初めてだかんな」
「見世物にされる転校生が気の毒だし、それがちょっとした祭りになるこの町も気の毒」
「言うな言うな」
「切なくなってくるなぁ」
 小学校と中学校が同じ敷地に建っている朔日中学校は、区分こそされているがその実態は『小中一貫校』とほぼ変わらない。
 それ故、中学に入ってからもクラスメイトは小学校の頃から変わらない顔触れである。通う場所も同じであるため、朔日町の子供たちにとって学校はひとつの家のようなものだった。
 教室内は噂の『転校生』の話題で持ちきりだ。悲しいかな、朔日町の隣には望月市があるため、外からの移住者は大抵望月市の学校に通うのだ。

(転校生、ねえ……)
 めんどくせぇことにならなければ良いんだが。
 史乃は内心ボヤきながら、鞄から取り出したおにぎりを頬張る。中身はおかかチーズで、その瞬間、史乃の頭から転校生の話題は消え去った。


「俺はヤダ」
 と反対したのは永束だった。
「……珍しい。こういうの好きでしょ、永束」
「確かにその手のは好きだけどさあ、それはなんか……|あ《﹅》|か《﹅》|ら《﹅》|さ《﹅》|ま《﹅》|す《﹅》|ぎ《﹅》|て《﹅》|る《﹅》|か《﹅》|ら《﹅》嫌いだ」
「わがままプリンセスかお前は」
「うるせーやい」
 とにかく、と永束は顔を顰めて言う。
「こんな眉唾物なんて絶対やんねー」
「……そ。山田も?」
「そうだね。せっかく望月市まで来たけど、これはちょっと」
「ん……ならそうするかあ」
 頷き、くあと欠伸しながら大きく腕を伸ばす。

「ハニー、今日も俺達の天使がこんなに可愛いよ――!」
 両手で写真立てを掲げて吠える伊織に三人は生暖かい目を向ける。
「相変わらずだなあ、伊織おじさん」
「またお母さんの祭壇リニューアルしてない?」
「夜な夜な厳選したママの写真を飾り立てるのが趣味だから……」
 一体どこに貯蓄していたのか、恐らくは史乃の母も知らないであろう膨大な数の写真を史乃の父親は定期的に入れ換えて祀っている。


「毎日のように信仰してるの見てんのにどうして浮気を疑えんだよ」
「それはそう」
 永束と山田は深く頷く。

 史乃の父、伊織の妻への偏愛はいっそ清々しいほどに突き抜けている。こうして男一人で娘を育てているのも妻への一途な愛ありきだ。勿論、史乃のことを愛しているというのもあるのだが。

 史乃は一五〇もない背丈である。しかし食べる量は運動部の男子並み。特にここ最近――三年に入ってからは更に食が進むようになり、有り得ないほど食べる姿に病気を疑われて検査を受けたほどだ。
 結果は問題無く、恐らくは成長期だろう、ということで様子見となった。
 なので史乃は大抵給食をおかわりする。ダイエットに悩む女子達を放り投げ、コーナーで差をつけるが如く食べ盛りのわんぱく男子に混ざり、今日もおかわりを賭けたじゃんけん大会に挑むのである。
「紫辺〜、今日牛乳でもいい?」
「いいよ」
 ほい、と同級生から渡された牛乳を受け取って席に戻る。
 いい感じに水分が減っていたのでちょうど良かった。ホクホクした顔で席に戻ると、にこやかに笑う山田は「今日は牛乳?」と史乃を迎え入れる。
「ユカリなら今日はおかず狙いそうだと思ったんだけどな」
「牛乳先に飲んでたから無くなってきてたんだよね」
「なるほど。でも明日は牛乳争奪戦になりそうだね」
「なんで?」
「明日はココアに味変えできる魔法の粉末がついてくるから」
「明日は戦争だな……」
 と、史乃は深く頷いた。普段は主食が米であるためあまり人気のない牛乳だが、味変出来るとなれば話は変わる。頭の中で例の魔法の粉末を思い出しながら、グッと拳に力を込める。
「負けられない戦いが今始まる……」
「ユカリ、じゃんけん強いもんね」
「アレは相手の癖を見抜けばやれる」
 ほぼ全員か小学校からの付き合いであるからこそできる芸当である。
 史乃の頭の中には既に勝った自分の姿しかなかった。メンツは大体同じなので、あとは瞬発力の問題だった。

「雪見山の広場は見晴らしがいいよ」
 思い出したように山田が言う。永束と史乃は顔を見合わせて確かにと頷いた。
「雪見山か。そういやあそこがあったな」
「普段行かないしね」
 雪見山は朔日町の外れにある小さな山だ。元は私有地だったのを解放しているらしく、ある企業の手によって開発されたことで地元のちょっとしたピクニックや山登りの定番として知られている。
 広場というのは、雪見山の中腹にある場所のことだ。
「でもあそこ、人多いだろ」
「確かいま、そこより奥の方にもう一つ広場を造ってるはずだよ。秋頃には入れるって言ってたような」
「へえ」
 そこそこ林の中にある広場だが、そこよりも奥となれば人は限られるだろう。雪見山は夜になれば町を一望できるので、そういう需要があるのかもしれない。
「デートスポットってやつか」
「デッ……!?」
 口元に手を当てて、ギョッとした顔で永束が史乃を見る。



創生の鳥籠

 君という春を喪って、もう一度取り戻すまでの物語。

ぼく=主人公、語り部。幼馴染の少女と相思相愛の仲だったが、彼女が自殺したことですべてを喪い、とある『ゲーム』にのめり込んでいく。彼女との未来を疑わなかった普通の少年だったが、彼女を失ったことで内に秘めていた狂気が浮かび上がり始める。彼女と永遠に結ばれるために世界を壊して作り直すことを決めた『魔王』にして後の『創造主』である。彼の系譜は皆、宝石のような鮮やかな紫色の瞳を持つ。

幼馴染=梅咲ましろ。春のように朗らかに笑う女の子だった。享年十五。死因は絞殺。教室にて首を吊っている姿が発見される。死の直前に自身の『やるべき事』を見つけ、絶対に成し遂げるために悲壮な覚悟を決める。主人公のことを愛していたが、彼の狂気のトリガーになったことには気づかなかった。彼女もまた必死に戦っていた。後に彼の狂気を知り、必死に止めようとするが叶わず。『魔王』となった彼に取り込まれ、『創生の鳥籠』にて彼と永遠を手に入れる。彼女の要素は別世界の創世に使われ、彼女の存在は後に「創造主」として語られる。彼女の系譜は見た目ではなく『心』の在り方に現れる。

友人たち=主人公が幼馴染を失ってからどんどん生気を失っていくのを不安視していた。後に彼の狂気に気付き、友として止めようとしたが叶わなかった。一人は神社の息子で、最期は刺し違えてでも止めようとして『削除』された。もう一人は消えた友人の遺志を継ぎ、主人公の巻き込まれた『ゲーム』について調べ始める。
「アイ」=主人公の前に現れた男とも女とも呼べない存在。主人公のガイド役として『ゲーム』のルールやサポートを務める。人の心に寄り添うように見えてその実破滅へと誘うモノ。彼女が『成し遂げる』前に『神頼み』をし、その声に応じた。快楽主義者で最期は主人公に権能を全て奪われ、世界の行く末を嗤いながら愉んで消失する。

『ゲーム』参加者
江尻
クラスのカースト上位。彼女をいじめて死に追いやった主犯格。自分のした事を悪いこととは考えておらず『全員同じようにしていた』とケロッとしていた。ゲーム好きであり、この『ゲーム』で世界征服してやろうと無邪気に思っていた。しかし最期は徐々に追い詰められていき(家族の怪死、世間の目など)、発狂したところを主人公に『削除』される。
佐々岡
彼女のクラスの担任教師。新任で事なかれ主義、サラリーマン気質。一度彼女が暴行を受ける現場に鉢合わせるが、見て見ぬふりをして見捨てた。彼女の自殺後は世間の目や家族仲の悪化など、社会的制裁を受ける。婚約者との縁談が自身の過去の女性遍歴などで破談となり、ヤケになってゲームにのめり込んでいく。生徒を見捨てた事に対しては『いつでもこぼれ落ちる人間はいる。全員を助けることは出来ない』と自己弁護しており、その自己中心的な考えが家族との軋轢を生むに至った。
賀川
薄幸の妙齢女性。
家族から暴力を受けていたDV被害者。世界をより良くしようと『ゲーム』にのめり込んでいくが、徐々に自分を虐げていた世界への復讐へと変わっていく。彼女の死もニュースで見て我が事のように胸を痛め、より『良いことをしよう』と己の正義に則りゲームを続けていく。最期は主人公との一騎打ちとなり、彼女への狂気的な愛情に自身へ暴力を振るってきた家族を思い出し、崩れたところを討たれる。彼女は『削除』されず、世界の創生後、『民を導く者』として役割を与えられる。自分を強く見せるために、赤色のペディキュアを塗るのがルーティン。


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