い 最新
(今日もよく晴れてるなあ)
|燦々《さんさん》と降りそそぐ日差しの下、つば広帽子をかぶったアケビは空を見上げた。
物干し場には、大量のシーツが掛けられていた。
当番を請け負ったアケビは両手を腰に当て、満足そうな笑みでひとつ頷く。
(やっぱりシーツは外で干さないとね〜)
もともと、洗濯物を干すのは好きだった。
|細々《こまごま》したものを干すのは少しだけ面倒だが、晴天の下、ずらりと並ぶ洗濯物を見るとちょっとした達成感でほどよく胸を満たされるのだ。
自分の欲を満たし、家族からも褒めてもらえる。
不純な動機ながら、小学校に入った頃からずっと続けてきた役割は異世界に来ても変えようとは思わなかった。
(シーツとか枕カバーとか、とにかく大物は外に干さないとやりがいってもんがないし、エンプティスに梅雨が無くてマジで良かった〜)
ウンウンとうなずき、目の前の光景を焼き付ける。
元の世界にいた頃は携帯端末で写真を撮り、グループに連投して叱られるところである。
どうやら『梅雨』というものがエンプティスにはないようだった。
日本で暮らし、毎年じめじめとした梅雨に悩まされていた身としてはありがたい限りだ。
洗濯籠を持ち上げたアケビは、そういえばとスケジュールを表示する。
「あー、今日って料理当番だったか」
料理当番が回ってくるのは久しぶりだった。
自主的に希望していることもあって、最近は洗濯や浴室掃除担当だったため、食べ物関連は必然的に遠のいていたのだ。
(そもそも、あたしそんなに料理うまいってわけじゃないし……誰とペアなんだろ。当番の割り振り、わりと直前で変わったりするから読めないんだよね……料理できる組の人ならいいんだけど)
ペアの相手によって今日の食のクオリティが決まると言っても過言ではない。
この邸宅に『保護』されたばかりの頃、食事や服などの生活に必要なものは、アケビたちを召喚した魔術師がすべて手配してくれていた。
完全なVIP待遇である。
知らない場所に突然連れてこられた状況下、あわや路上生活も覚悟しかけたところ、衣食住が保障されていることに現代っ子たちは単純に喜んだ。
が、しかし。
(〈|祝福《ギフト》〉やら〈魔法〉やら、使えるようになったものが大きすぎて普通の生活しようかってなったんだよね)
入れたり尽くせりの生活は、一週間も経たないうちに終わった。
ファンタジーやフィクションの世界でしか見かけない〈魔術〉や〈魔法〉が自分たちにも使える、とわかったのも大きかっただろう。
(やば、そろそろ行かないと昼に間に合わない!)
さすがに待たせるのは人としてまずいだろう。
急いでスケジュールを消したアケビは、洗濯籠を抱えて駆け出した。
◆
■
昼前の厨房は戦場――それを実感したのはこの世界に来てからだ。
「あっち〜い」
備え付けのコンロをフルで働かせ、ついているはずの冷房が効いているのかもわからない戦場――その真っ只中で、アケビはせっせとすりこぎで芋を潰していた。
真綿で首を絞めるような暑さに、額に滲む汗。
ふうと息を吐き、首元に巻いた濡れタオルで額を拭う。口から出るのはまだ慣れることのでいない『違和感』についてだった。
「ここの夏、やっぱなんか違うよね〜」
思わず出た言葉に、隣で作業していた三つ編みおさげの少女が笑いながらうなずいた。
「なんていうか……乾燥してる感じがするよね」
「そうそう! アンディともこの前話したんだけどさあ、日本と違って湿度が足りない。いや、ベタベタしないのはいいんだけどさあ……」
あと空が青すぎてびびる。真顔で言ったアケビに、少女が穏やかな声で答える。
「ふふ、ほんとう……エンプティスは、日本とは違うね」
「ね〜」
沸騰した鍋に乾燥マカロニをざらざらと流し入れ、そばに置いてある砂時計をひっくり返す。アナログな手法だが、厨房担当をしているとなかなかどうして砂時計は便利だった。
今日の『食事当番』は三人で、アケビもそのひとりである。
芋をこれでもかとすり潰しながら、アケビは少女に問いかけた。
「ナゴミちゃんは夏好き?」
「ううん。日差しが強いから、あまり」
「そっか〜」
「アケビちゃんは好きなの?」
「ん〜……消去法? 冬は雪かきノルマできるからさあ」
アケビの答えに、ナゴミと呼ばれた少女は「ああ」と小さくうなずいて、
「アケビちゃんのおうち、山のほうだったよね」
「そうなの! だからもー冬がヤバいのなんのって! 最低でも朝は五時起き待ったなし!」
「それは……大変だねえ」
「だからあたしはまだ夏のが好きかな」
ノルマも雪かきではなく庭と畑の水やりで済む。散水ノズル付きのホースを使えば一気に済ませられるのがなおよい。うんうんと頷きながら、アケビはもうひとりの『食事当番』の方に顔を向けた。
「センジュくんは夏好き?」
「普通」
透き通った、男性の声が端的に答えた。
一刀両断である。
取り付く島もないとはこのことだろう。あまりにも切れ味の良すぎる答えに、アケビとナゴミは無言で見つめあう。
「……」
「……」
マジで? という意味も込めて無言で件の人物を指差すと、ナゴミは心底申し訳なさそうな表情を浮かべながら、そっと指差すアケビの手を包み込むように握り、優しく下ろす。
動きが止まったふたりに気づかず、作業場の違う黒一点は野菜の皮を剥き続けている。
厨房はひどくシュールな状態に陥っていた。
(――『氷の美形』は伊達じゃないってか?)
口元を引き攣らせ、半目になりながら心の中でぼやくアケビ。
コミュニケーションという概念をどこか――そう、母親のお腹の中にでも忘れてきてしまったのではと一瞬考えたが、『例外』が自分の隣にいるのを思い出し、違うなと即座に思い直す。
(アンディがいればまだ穏便に済ませられるんだけど、あたしそんな優しくないもんね)
形ばかりの笑みを浮かべて、「そっかあ」と、ひどく優しい声で、アケビは言った。
「好きな男の子がセンジュくんみたいに一刀両断聞く耳持たず、立て板に水のなんじゃらほいみたいな男だったら、百年の愛も一瞬で風化して消えちゃうね」
ガチン、と凍りつく黒一点。
その様子を知りつつも無視して、アケビは今度こそ優しい笑みを浮かべて言った。
「ナゴミちゃんも、会話はちゃんとできる人がいいよね」
「え、ええ……っと」
オロオロと視線をさまよわせて――数秒。
こくりと、ナゴミはうなずいた。
「……ちゃんと意思の疎通ができないのは、困る……かな」
「だよね〜! マヒロくんはぽやぽやくんだけどちゃんとおしゃべりしようっていう気持ちがあるし、カイくんも言葉選びセンス独特すぎるけどちゃんと会話する意思あるし? レンくんはアレもう尖りまくりだけど女の子を大切にする気持ちは人一倍だし?」
やっぱり話し合いって大事だよね〜! と明るく締めくくって、アケビは作業を再開する。
隣に心配そうに黒一点を見つめていたナゴミも、砂時計の砂が落ちきったことに気づいて、慌てて作業に戻っていった。
動かないのは件の黒一点のみである。
(ちょーっとおいたがすぎちゃったかな?)
とはいえ、これからもツンドラ対応をされるのはさすがに困るのだ。
『お互いに助け合いの精神を忘れず、日々をより良く過ごせるように最善を尽くす』
それが、異世界召喚されたアケビたち《《全員》》が心の指標として立てた目標なのだから。
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