ぼんごれ
「あー、うん……うん、わかったって……はい。はーい、それじゃね」

 気だるげな声で通話を終え、なまえは深く息を吐き出した。明かりが消え、真っ暗になった画面に映る顔は絵に描いたようにげんなりしていた。
 ひどく物憂げな顔。

「どうかした〜?」
「……や、大丈夫です、なんでもないです」

 背後からひょこりと顔を覗かせた南雲に、なまえは正気に返ったようにして応えた。
 そうだった。通話に気を取られて忘れていたが、恋人が家に着ていたのだった。いやなとこ見せちゃったな、と慌ててなまえは愛想笑いをしてみせる。普通ならこれでお流れになる話だった。――しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

「その顔はなんでもない顔じゃないでしょ」
「ヴッ」となまえが呻いた。痛いところを突かれたと言わんばかりの彼女に、南雲は「ほらほら」と追い立てる。

「ちゃんと教えてくれないともっと訊いちゃうぞ〜」
「南雲さんの尋問怖いんですって……ほんと、なんでもないんです! 親からの電話だから」

 壁まで追い立てられ、半ば覆い被さるような形で迫ってきた顔をなまえは手でくい止めた。
「なんで止めるの〜」拗ねたような声で文句を言われるが、この手の行為を一度許すと歯止めが効かなくなるのは身をもって立証済みである。

「親御さん? ってことは実家行くの? 僕も挨拶しに行った方がいいよね?」
「いや、来なくていいです。ていうか挨拶ってなんの挨拶するつもりですか」
「ん? お嬢さんと真剣にお付き合いさせてもらってます〜ってやつ。ほら僕こんな仕事だし、やっぱそういう挨拶とかから好感度上げておこっかなと思ってさ〜」

 さらりと答える南雲。
 なまえはえっ、と思わず

「し、しんけんなおつきあいなんですか? わたしたちって」
「えっ」ぴたりと南雲が動きを止めた。
「僕は普通にそのつもりだったけど」
「……あ、遊びかと」
「……」
「……」
「……」
「……ご、ごめんなさい……」
「ひどいよなまえちゃん〜」

 僕そんな軽い男に見える? という問いに思わず頷きかけたなまえは、いえ、と既のところで思いとどまった。
 しくしくとわざとらしいジェスチャーで悲しむ恋人に、なまえはそっと手を伸ばす。一見細身だがしっかり厚みのある男の体は、いつもなまえの心臓を破壊しようとしてくるのであまり触りたくない。
 しかし、今回は自分に瑕疵があるとわかっているため、触るのもやむ無しだった。
 ぎゅ、と抱きついて、顔を上げる。

「……う、うれしいです」
「……ほんと?」
「はい。とっても。あの、わたし……わたしは、ご覧のとおり異性関係はめっぽう無知というか、壊滅的に無知なので、その……南雲さんみたいな魅力的なひとに、自分が好かれているといまいち認識できてなかったというか」

 端正な見た目の、どこか遊び人の雰囲気が強い南雲から好意を告げられたとき、なまえは諦め半分でそれを受け入れた。
 獲物を追い込むように距離を詰められて逃げられないとわかっていたのもあるし、親しい坂本商店の人々から伝え聞く彼の人となりは、なまえの中にある南雲へのイメージをより強くするものだったから。だから、事実を確認することにひよってしまった。

「異性に免疫がない一般人が物珍しくて遊んでるんだ、くらいにしか思えなかったんです……これはわたしが悪いです。坂本さんは、南雲さんのことを悪いやつじゃないって言ってくれてたのに」

 いずれ来るであろう捨てられる時を前倒しされないようにと目を背けた。勇気がなかったのだ。
 眉を下げて謝るなまえを、南雲は抱き返した。うぎゅ、と下から聞こえるちいさな悲鳴はスルーして。

「ううん、なまえちゃんは悪くないよ」
「南雲さん……」

 神妙な声で答えた南雲を、なまえが不安げに見つめる。大丈夫だといわんばかりに南雲は笑みを浮かべて、

「こればっかりは僕が撒いた種だしね〜、これからはもっと言葉に出していくから」
「は、はい」
「というわけでなまえちゃん」
「はい」
「実家いつ行く? 僕、なまえちゃんの家族に挨拶したいな」
「ちょっと無理ですね」

 え〜、と不満げな声が上がる。

「そこは良いって言ってくれるとこじゃんか〜」
「いきなりはお母さん倒れちゃうんで……」
「どうして〜? もしかして付き合ってること言ってない?」
「まあそれもあるんですけど……」

 再びなまえの表情が歪んだ。電話終わりのときのような嫌そうな顔。南雲はそれをじっと見つめている。追い立てるようなことはけして口にはしない。なまえが自分の言葉で言うのを待っているようだった。

 数秒の間を置いて、なまえはぽつりとこぼす。

「……いやなんです。地元帰るの」

 いい思い出なんてないし、と言う姿は、どこか怯えているようにも見える。背に回っていたはずの腕も今や力なく下ろされていて、彼女の思考のリソースがどれだけ割かれているのかは明白だ。

「なまえちゃんの地元、なんてとこなの?」
「……並盛町、ってとこ」

 弱々しく告げられた言葉に、ふうん、と南雲は一言相槌を打ち。

「――並盛町、ね」

 2

 なまえが帰省するのは、曰く、自分の部屋の後始末をするためらしい。

「ずーっとずるずる引き伸ばしてきたんですけど、お父さんがわたしのSNSフォローしてるの忘れてうっかりスケジュールが空いたって呟いちゃって……」
「なるほどね〜、それでお母さんに知られちゃったんだ?」
「はい。まあ、断捨離するだけなので……ほとんど捨てるだけだから……家から出なければ、まあ……なんとか……」
「ほんとに近寄りたくないんだね〜ウケる」
「ウケない」
「あはは、ごめんごめん〜」

 あやすように頭を撫でながら、でもさあと南雲が訊ねた。

「なまえちゃんがそこまで嫌がるってなんで?」
「……おかしいのにおかしくない顔でみんな生きてるから」
「……なぞなぞ?」
「ちーがーいーまーすー」

 言ってもわからないですよ。諦めた様子でそう呟くなまえの顔は疲弊していた。この数分で相当に心理的ダメージを受けたようだった。
 南雲に抱きかかえられて寝室に移動しても、抵抗する素振りを一切見せない。普段ならバタバタと抵抗するところなのに。

「なまえちゃんがそうなるくらい嫌ななにかがあるんだ」
「……どうでしょう。わたしがおかしいだけなのかも」
「え〜? それはないでしょ。なまえちゃん鋭いし、野生の勘的なので嫌がってるのかもしれないじゃん」
「野生の勘……」なまえは複雑そうな面持ちで呟く。「それはあんまり嬉しくないなあ……」
「どうして? いいことだよ、勘が鋭いのって。殺し屋も感の鋭さが生死を分けるんだから」
「わたし殺し屋じゃないもん……」
「でも捨てるだけならお母さんに任せちゃえばいいんじゃないの?」
「お母さんもわたしの部屋に入りたくないんですよ」
「なんで?」
「……わたし、高校の頃がいちばんおかしかったから……逃げるみたいに町を出てそのままだから、触りたくないんでしょうね」

 わたしだって触りたくないですもん。ぽろぽろと明かされる話に、南雲は相槌を打ちながら「そんなに酷かったの?」と問いかける。迷わずうなずいて、なまえはようやっと薄く笑みを浮かべた。

「ほんと、最悪の状態でした。きっと昔の写真を見ても、わたしだってわからない」
「別人ってこと?」
「別人別人。人相が違いますよ、あの頃のわたし、ずっと人殺したような目して、眠れないから目の下はクマで真っ黒だし、顔も血の気なくて、幽霊みたいだったってみんな言ってたくらい」
「ええ〜? 逆に見たいなあ、それ」
「絶対にいや」

 ふたりでベッドに横たわり、向かい合った状態で密着している。撫でるように髪を解いてやると、なまえはふにゃりと目を細めた。

「半日で終わるように頑張っておいで〜。帰ってきたら僕がどっか連れてったげる」
「ほんとう?」
「うん」

 にこにこと笑みを浮かべ、南雲はうなずく。

「それか僕を護衛役で連れていくって方法も――」
「だからだめだってば」

 3

 ぎゅっ、とゴミ袋の口を縛る。なまえは額に滲んだ汗をタオルで拭いながら、部屋の中を見渡した。

(まあ、これだけ片付けば御の字か)

 時刻は昼を過ぎていた。朝一番から片付けをしていたので、半日をこの部屋で過ごしたことになる。負の遺産で惨憺たる状態だった部屋はすっかり綺麗になり、あとはごみを捨てるだけである。
 できるだけ早く帰りたい。その一心で掃除を終わらせた。

(これでお母さんも文句ないでしょ)

 空いた部屋は誰かが泊まりに来たときのゲストルームにすると言っていた。実家から自分の部屋が無くなるのは複雑な気持ちだが、清掃が終わったからか、不思議と今は晴れやかだ。

「ん……?」

 ヴヴ、とポケットの中の端末が震える。着信が入ったようだった。誰だろう、そう思いながらロックを外し、なまえは通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『もしも〜し、僕だけど』
「……え、南雲さん? どうしたんですか?」

 相手も確認せずに出た電話は、恋人からのものだったらしい。驚いて問うたなまえに、南雲はいつものような声で言った

『僕、今日オフになったからさ〜今並盛に居るんだよね〜』

 あはは、と軽やかな笑い声とともに告げられたそれに、体が固まるのがわかった。

「…………ど、どうして」
『ん〜? なまえちゃん心配だったし、どうせなら行ってみようかなって。ホテルも取ったんだよー』
「ホテル取っちゃったの!?」
『取っちゃったの。ダブルで取ったからなまえちゃんも一緒に泊まろうね〜』
「いやいやいや、わたし日帰りのつもりで着替えもなにもないし」
『暇つぶしにふらっと見てたんだけどさ〜、近くにショッピングモールあるし、僕が出すからそこで揃えたらいいよ』

 僕も買わないとだし。あっけらかんと答えた南雲に、嘘でしょ、となまえは頭を抱えた。
 電話越しに聞こえるあの笑い声が、今はとても恨めしい。やっぱり教えなきゃよかった――そんな言葉を飲み込んで、「南雲さん」なまえは彼の名を呼んだ。

『うん?』
「お休みなのに来てくれてありがとう……もう終わるから、待ち合わせ場所決めましょう」
『ホント? じゃあなまえちゃんの実家で待ち合わせしよ〜』
「それはまた今度」

 電話越しのブーイングをさらりと受け流す。
 久々に帰ってきた娘が突然「恋人です」と顔の整った全身に刺青が入ってる男を連れてきたら、間違いなく結婚詐欺を疑われかねない。それかマルチ商法かネズミ講。
 とりあえず、帰るときに母親に存在を匂わせることから始めよう。ヒートショック対策の掛け湯である。
 とにかく、となまえは恋人に告げる。

「なるべくはやく行くので、もうすこしだけ待っててください」
『了解〜』

 4

 実家を出て、南雲と合流したなまえは、ふたりで近くの店に入った。
 南雲が来ているからと昼食を摂らずに来たなまえと、同じくまだ食べていない南雲は、まず食事にしようと決めたのだった。

「なまえちゃんさ〜ボンゴレって知ってる?」

 定食を注文し、テーブル席で向かい合いながら食事をしていると、ふと南雲がなまえに問いかけた。
 はい? となまえは眉を顰める。

「ボン……あさり? パスタでありますよね、ボンゴレパスタ」
「そっちか〜」
「え、え? それ以外にあるんですか?」
「ううん〜なんでもないよ」

 怪訝な表情で恋人を見たなまえは、そうですかとうなずきながら玉子焼きを食べる。あまじょっぱくておいしい。胸がふわふわしてくる。疲れた体に染み渡るようだった。

「おいしいですねえ」
「そうだね〜。片付け終わったの?」
「要らないものは全部ゴミ袋に詰め込んできたので、あとは親に頼みます」

 空いた部屋はゲストルームになると告げれば、南雲は笑って「じゃあ僕が行くときはその部屋に泊まらせてもらお」と楽しげに言う。

「まだ諦めてなかったんですか」
「そりゃそうだよ、真剣だって言ってるじゃん」
「当分帰るつもりないんで、しばらくは考えなくていいですよ」
「ほんとに嫌いなんだね」
「ええ、心底」

 黙々と食べ進めながら答えるなまえは、外をできるだけ見ないようにしていた。あからさまなそれに気づかないほど、なまえの恋人は鈍感ではない。
「見た感じだけど」と南雲が口を開く。

「なーんか、すごくふつーの町って感じ〜」
「はは……中学の校歌の歌詞に『大なく小なく並がいい』ってあるくらいですから」
「なにそれ! なまえちゃんも歌ったの?」
「十年くらい前の話ですよ」
「へえ〜」

 そうなんだ、と相槌を打ちながら南雲もひとくち玉子焼きを頬張る。たしかにあまじょっぱくておいしい。

「ホテルのチェックインまで時間あるから、それまでに服たち買ってこよー」
「わかりました。その前にちょっとATM寄らせてください。手持ちがないので……」
「僕が出すって言ってるじゃん〜」

 強情なんだから。南雲が言うと、「返せるものがないから」と困ったようになまえが微笑む。

「僕、別に見返り目的で言ってないよ?」
「そうなんでしょうけど……」
「んー、じゃあこうしよう」南雲はピッと箸を天に向ける。「今回は僕がなまえちゃんに服たちを買うから、それに使った分、次僕がなまえちゃんと過ごすときに使ってよ」

 それならいいでしょ? と南雲。
 ぱちぱちと目を瞬かせて、なまえは「なるほど」とひとつうなずく。

「そういうことなら……」
「じゃあそれで決まりね〜」

 服は僕が選ぶね、という言葉に、頬を引き攣らせながらもなまえはうなずいた。お金を出してもらっている手前、さすがに拒否できるほどの胆力はなかったのだ。

(あまりにもアレだったら止めよう……)

 内心つぶやきながら、楽しげな恋人にちいさく微笑んで、なまえも止めていた箸を進めるのだった。

5

「こんなホテルあったんだ……」
「なんかここ数年でできたみたいだよ〜、事業開発だって」
「へえ……」

 なまえちゃんより僕の方が詳しくなってるかもと言う南雲になまえも頷いた。本当にその通りだと思ったからだ。
 聳え立つ立派な作りのホテルは、なまえがかつて暮らしていた頃にはなかったものだ。並盛という町は、いち都市にしてはそれなりに栄えている(山もあれば遠くないところに海もある)と思ってはいたが、まさかホテルも新しくできていたとは。

「遊園地とかありますから……地味に観光客狙いなのかもしれないですね」
「ねー」

 入ろう、となまえの手を取った恋人の大きな背を見つめる。旅行鞄代わりのショップバックを肩に掛ける姿に、妙に違和感を感じてしまう。
 手を引かれるままホテルに入り、フロントで手続きをする。手持ち無沙汰のなまえは、真新しいフロントをきょろきょろと観察する。

(やっぱり新しいだけあって綺麗だな……格式高そう……)

 中のフロアがいくつかパーティー会場になっているようで、フロントには予約した団体の名前がボードに書かれている。
 どこかで聞いた覚えのある名前が連なる様は奇妙だ。こんなところでパーティーなんて変なの、となまえは内心つぶやいた。

「なまえちゃん、行こ〜」
「はい」

 手続きが終わったのか、振り返って笑いかけた南雲に頷く。そのままエレベーターに乗り込むと、あ、となまえがつぶやいた。

「手、繋ぎっぱなし」
「今更〜?」
「フロントの人にバカップルだって思われましたよ、きっと」
「思わせとけばいいじゃーん。どうせなら指輪つけて新婚さんのフリすれば良かったな」
「ご冗談を」
「本気なんだけどな〜」

 くすくす笑うなまえの顔色は明るい。手を繋いでいるからか、本調子に戻ってきたようだった。南雲がにっこりと笑う。

「予約した部屋、お風呂大きいんだって」
「へえ……」
「一緒に入ろうね〜、あと、夕飯と明日の朝はビュッフェだよ」
「わあ、豪華ですね……お風呂は嫌です」
「え〜? ごめん、聞こえなかった〜」
「いや聞こえてるでしょ絶対! 入りませんからね!」
「ジャグジー付きで泡風呂できるんだって、楽しみだな〜」
「聞いてます? 南雲さん? ねえってば」
「だーいじょうぶ、のぼせないように水持って入ろうね〜」
「き、聞こえてない……!」

6

 ――『並盛町』

 イタリアを拠点とする古豪巨大マフィア〈ボンゴレファミリー〉十代目・沢田綱吉が率いるファミリーの大半の故郷であり、〈殺連〉と不可侵条約を結んでいる非常に稀有な町のひとつである。
 治安は十代目ファミリー幹部であり〈風紀財団〉の筆頭である雲雀恭弥率いる〈風紀財団〉が元締めをしており、『外』から侵入してきた殺し屋及び不穏因子は所属・性別関係なく処分されている。
 不可侵条約を結んでいるため、〈殺連〉関係の仕事で町に入る際は事前に連絡が必要で、場合によっては追い返されることもあるという。
〈殺連〉が機能していない町は治安が悪化すると言われているが、この町において治安維持の役目は〈風紀財団〉が担っており、警察・政治家に至るまで支配権を握られていた。

「って言っても、なまえちゃんにわかるわけないか」

 グッと伸びをしながら、南雲は頭の中にある『並盛町』についてのデータを思い返していた。

 見た目こそ平穏平凡な地方の町だが、内情はイタリアの古豪マフィアのお膝元・故郷である。裏で起きている諍いは数えられないほど。しかし住人たちは何も知らず、普通を享受している。
 ただ、俯瞰して見ればそれは確かに『異常』なのだ。聡い人間であれば、自分の暮らす町のいびつさに勘づいてもおかしくはない。――恋人のように。
 ホテルの上層階、食事と入浴を済ませ、ひとしきり『イチャイチャ』したことで疲弊し、ぐっすり眠っている彼女の顔を見ながら南雲は思考を巡らせる。
 異様に怯えていたという学生時代、二度と帰りたくないと嘆いていた顔、心を無にして歩く横顔――付きまとう「既視感」は気のせいではないのかもしれない。口角がゆるむのを感じながら、彼はさて、と一言呟いて。

「ちょっとご挨拶した方がいいかな〜」

 と。
 いつも通りの軽薄にも見える微笑みを携えて、恋人の髪を優しく梳いたのだった。



 その日、ふたりが泊まったホテルの宴会場で行われていたのはとある企業の祝賀パーティー――と見せかけた、ボンゴレファミリー十代目の主催するマフィアの懇親会だった。

 主催であるボンゴレ十代目ボス・沢田綱吉は拠点にしているイタリアから絶賛帰省中で、仕事の合間にささやかな休暇の真っ最中だった。
 このパーティーが終われば、丸一日のオフを終え、イタリアへと戻ることになる。今回は平穏無事に終わる――そう思っていたとき、かつての家庭教師だった伝説の元赤ん坊から伝えられたそれに、綱吉はしおしおと顔をしょげらせた。

「殺連〜?」
「ああ。その中でも精鋭中の精鋭――普通に所属してる奴らでも存在を知らねえ方が多いトップランカーの殺し屋のひとりが今ここに泊まってやがる」
「この女の子は?」
「おそらく恋人だろーな。会話の内容からして並盛出身、いま風紀財団に手配して身元の洗い出し中だ」
「へえ……」

 写真に写し出されていたのはフロントで手続きをする一組の男女の姿だ。
 キャメル色のコートにワイシャツとスラックス、首元や指に刻まれた刺青が印象的な美貌の青年と、彼と手を繋ぐ大人しそうな見目のまだ年若い女性。


 
「ああ、すみません、別に何か仕掛けるつもりはありませんので」

 ニコニコ笑みを崩さない青年に、そう簡単にマフィアたちの警戒心が収まる訳もなく。

「この町にはなんで?」
「彼女がここの出身で、一時的に里帰りしていたのを迎えに来たんです〜。僕の仕事がちょうどオフになったので、せっかくだから彼女の生まれ育った町を見て歩きたくて」
 でも、と青年は悲しげに肩を落とす。
「彼女はやっぱり一秒でも早く町から出たいみたいで〜。今日も僕が迎えにきたらホッとした顔で早く出ようとしてましたね」

「そりゃ〜、マフィアだ極道だが支配する町なんて恐ろしくて心穏やかには暮らせないでしょう」
「……は」
 さらりと返された言葉に固まるマフィアを気にすることもなく、南雲は淡々と続ける。

「以前、彼女に訊ねたんですよ、どうして街を出たのかって」

 そうしたら彼女、こう言ったんです。

「――『おかしいのにおかしくない顔でみんな生きてるから』って」
 口から飛び出したのは気弱そうな女性の――少女のようなあどけなさの残る声。
 その意味、今ならわかるなぁ。にこやかな笑みを携えたまま、男は言った。

「あ! でもホテルはすごく良かったです。また彼女と来る時はスイートでも良いかもな〜って」

 その時はご家族に挨拶かな〜

「名前は苗字なまえ。並高を卒業してからすぐに町を出てる? 今はライターやら作家業を生業にしてるみてーだな。児童文学も書いてるらしい」
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