よいち
潔世一には彼女がいる。ひとつ年下の、花のように微笑んだ顔が愛くるしい女の子である。
もともと互いに接点らしい接点はなかったものの、いつからか風のうわさで流れてきた自分を素敵だと言ってくれているという後輩――それも異性の存在が気にならないわけがなく。基本サッカーに情熱を注いでいるものの、いち健全な青少年であった彼はことあるごとに一年生の教室付近を歩いては件の少女をこっそり眺めていた。バレないように、さも偶然ですと言わんばかりの顔を作るのが得意になるほどに。
「おやお兄さん、お目が高い」
「えっ……お、俺?」
そんな折である。
ひょっこりと教室から顔を出した女子生徒が、潔を見てニヤリと笑った。
初対面であるはずの固まった潔を手招きしながら「あなた以外にいないでしょ」と、すべてお見通しだと言わんばかりの顔で。
「噂になってるんでしょ。お兄さんのことが好きな後輩がいるって」
「エッ!?」
「そして見たところお兄さんも悪い気はしてないと見た」
「ンッ!?」
「しかし直接話しかけるにはちょっとハードル高いかな……だって後輩だし……入学してきたばっかの子にそんなグイグイ行くのも……とか思ってたのでは?」
「ごめん君超能力者?」
「いいえただの経験値」
気づけばサクサクと女子生徒の手のひらの上。実は件の後輩の親友であった女子生徒のおかげで(というか潔に声をかけたのも親友のためだったらしい)、かくして夏頃には気になるあの子と無事恋人関係になったのである。
「いつもごめんな、デートとかできなくて」
「ううん。世一くんがサッカーしてるところ見るの、好きだから」
いつからか畏まった丁寧語はまるで同い年に向けるような柔らかでフランクのあるものへと変わり、先輩と呼ばれていたのも「世一くん」と呼ばれるようになった。染めたことのない黒髪を揺らして微笑む恋人は、間違いなく世一にとって無二の春であった。
「でも、つまんないんじゃないか? ルールとかよくわかってないって言ってるだろ?」
「相手のゴールにボールを入れたら一点でしょ? バスケよりよっぽどわかりやすいし見やすいよ」
野球みたいにボールの軌道が追えなかったりするわけでもないし。自転車を押しながら歩く潔の隣で、トコトコ歩く少女はのんびりとそう応える。
どこか論点がズレている気がしなくもないが、それが恋人への愛情ゆえと彼もわかっているので、「そっかあ」と笑顔で受け止めるに留まっている。
「――俺、『青い監獄』ってところに行こうと思う」
「ぶるー……ろっく?」
「指定強化選手に選ばれたんだ」
「えっ!」少女が目を見開いた。「すごい、おめでとう!」
「あ、ありがと……でも詳細がわかってるわけじゃないし……そんないいことなのかもわかんねえんだけど」
尻込みするような潔の言葉に、彼女はいいえ、と首を振り
「でもそれは、世一くん『が』選ばれたんでしょう? だったらそれは、世一くんのことを見てくれてた人がいるってことだもの。すごいことには変わりないよ」
本当によかったね、世一くん。
まるで我がことのように目を眇め、少女はそっと世一の頬に手を添えた。
「大丈夫。わたし、ちゃんと待ってるから――先輩のこと、待ってますから」
だから、先輩は先輩のすべきことを全力でやってきてください。
彼女の指先が少しだけ冷えているのを感じながら、潔は熱くなっている自分の頬が冷やされる感覚に酔いしれる。
自分のわがままで頑張って口調を変えてくれた彼女が、思わず口調や呼び方を戻してしまうほどの衝撃。それがどれだけ、潔の背中を押してくれたことか。
「……だから先輩も、わたし以外の女の子に色目向けちゃだめですよ」
「向けないよ、お前がいちばんなんだから」
スポーツ中心に回る潔を鷹揚に受け止め、人生何周目? と訊ねたくなるほどの懐の広さで好いてくれていた彼女には感謝しかない。
その瞳の奥にどんな色が隠されているかも知らず――潔世一が恋人への信仰じみた愛情をこじらせてしまったということだけは事実だった。
「それほんとに彼女か? お前の思い込みではなく?」
「違いますけど!?」
「いやいやいや潔〜、いくらなんでもそんな妄想膨らませるのはちょっと」
「実在するが!?」
しかしまあ、〈青い監獄〉での潔世一を知る青少年たちには、その話はどうも眉唾ものに聞こえてしまうのだ。
ひでえ! と嘆く潔に、ともに遊びに来ていた少年たちは「だってなあ」と言わんばかりに顔を見合わす。
「だって潔だし」「潔だもんな」「潔だからなあ」
「なんなら連絡してやろうか!?」
「あ、もしもし」と
「ごめん背後のやたらうまい歌は」
「いま、みんなでカラオケに来ていて……ちょうどちまちゃんが歌ってるところ」
「エッちまちゃん歌ってんの!? うまくない!?」
「あとなんで歌謡曲」「今日は昭和縛りデーだから」
――ひとりがすきなわけじゃないのよ
――俺も―!!
「待ってなんか男の声しない? メンツは? 誰と行ってるの?」
「ちまちゃんと、みこちゃんと、添え物でささくらと が」
「添え物」
「男の子たちは基本添え物」
「添え物かあ」
「みこちゃんがどうしても店頭受取じゃないと駄目だっていう本を受け取りに東京に来てて…。。そのついでにいまカラオケに」
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