04

「うわぁ……!」

翌日、私はスレイを連れてショッピングモールを訪れていた。スーパーから服飾雑貨、日用品まで揃ったここなら1度で必要なものを揃えられるから今日の目的にぴったりなのよね。
きらきらとした目で店内を見回し、感嘆の声をあげた少年に思わず目を細めた。その様子に初めて見たんだろうなと思う。となると、彼の世界にはないのかもしれない。

「ものもいっぱいあるし、人もたくさん!ここは何するところなんだ?」
「ショッピングモールっていって服も食材も揃えられるお店よ。何でもあるから今日の用事を済ますにはもってこいな所なの」
「しょっぴんぐ、もーる……ここに来るのに使ったクルマといい、アリアの住んでるところは便利なんだね」
「そうね。人が、人に必要なものや施設を考えて生み出しているからだと思うわ」
「なるほど……人間ってすごいな」

もう一度店内を見て目を細めるスレイ。同じ人間でも、住む世界や文化が違えば文明の発達の仕方も違うんだろう。きっと彼がいなければ、私もこんなことは考えなかっただろうな。
さて、と手を叩いて現実に引き戻す。

「さ、いつまでも止まってたら邪魔になっちゃうわ。お買い物しましょ!」
「ああ!最初はどこに行くの?」
「そうねぇ……無難に服屋かな。こっちよ」

服屋のある方向を指して歩き出した。休日なので余計に多い人混みをかきわけながら目的地へと足を進める。時折、隣を歩くスレイが流れに逆らえずに遅れてしまうので後ろを確認するのも忘れない。
が、やはり大勢の人の波に対して1人では叶わなくてはぐれそうになった。

「、アリア……!」
「! スレイ……?!」

しばらく歩いていると切羽詰ったように私を呼ぶ声が聞こえ、同時に左手を掴まれた。その反動で後ろに倒れそうになり、とっさに踏ん張る。体制を整えてから振り向くと、彼は掴んだ手を握り直し、照れくさそうに頬をかく。

「ごめん、はぐれそうだったから。こうした方がアリアも振り返る必要ないし、繋いでもいい?」
「……な、なるほどね!もちろんいいわよ。というか私もいつも通り歩いてごめんね」

びっくりしたのと恥ずかしいのとで思わず声が上ずってしまった。ありがとう、と緩く繋がっていた手に力が入りしっかりと握られる。経験がないわけではないけれど、恥ずかしいもんは恥ずかしい。スレイの顔を見れば無意識でやってることが伺えて頭を抱えたくなったが、ええいイケメンと手を繋ぐという貴重な体験だ。考えても仕方ないし合理的な判断だと思って握り返した。
それにしても、手汗大丈夫かしら……。

そんなこんなで目的の衣料品専門店に着く。店員さんに下着売り場を聞いて案内してもらい、繋いでいた手を離して「さて」と手を叩く。

「まずは下着よね。好きなものをいくつか選んでおいで」
「えっアリアが選ぶんじゃないの?」

そう言うと、きょとんとした顔でスレイが私を見た。その様子に悪戯心が働いて、困った顔をして肩を竦めてみせる。

「……洋服なら選んであげられるけれど。下着を女の子に選ばせる気なの?」
「そ、それもそっか!ごめん!」
「いーえ。私、そこにいるから選んだらこのカゴに入れて呼んでね」

私の問いに慌てて答える少年にくすりと笑ってカゴを渡し、彼から見えやすい位置で服を見る。見えないからと女の私が選ぶのも変な気がしたので、下着くらいは自分で選んでもらいたかった。
スマホで最近の男の子のファッションをチェックし、スレイに似合いそうな服を見繕う。どのくらいで帰れるのか分からないけど、とりあえず季節に合ったものだけは揃えた方がいいわよね。

「アリア、お待たせ!」
「おかえり」

店員さんにも聞きながら服を選んでいるとスレイが戻ってきた。最低限あった方がいい数かどうか確認してOKを出す。

「じゃあ今度はこれを試着してみましょうか」
「こ、こんなに?!」
「実際着てみないと分からないでしょ?サイズと似合うかどうか、あとはあなたの好みも加味しないとね」

お願いします、と男性の店員さんに服とスレイを託して試着室に見送る。彼の入った試着室の前にある椅子に座り、簡易ファッションショーを始めた。もちろん、スレイの好みが一番なので口出しは最小限にとどめて、プロの店員さんに任せたのだけれど。

着替えを待ってる間、店員さんに声をかけられる。

「かっこいい男の子ですね、彼氏さんですか?」
「や、ええっと……親戚の子です!ハーフなんですよ〜!」
「そうなんですか?随分親身になっていたので、てっきりそうかと」
「あ、はは……彼の親に、洒落っ気がないから鍛えてくれと頼まれて」

苦しい言い訳だったが、店員さんはなるほど〜と納得してくれたようでほっと息を吐く。
おそらくスレイは未成年だろうし手を出していたら間違いなく通報事案だ。いや、一緒に住んでる時点でダメかと思ったけれど、これは保護だと思うことにして自分を納得させた。

「う、や、やっと終わった……」
「お疲れ様。私、支払いしてくるから座って待っててもいいよ」
「いや、一緒に行くよ。重いし、また戻ってきてもらうのも大変だから」

ひたすら着脱を繰り返していたので、スレイはぐったりしていた。そんな彼を気遣って座っているよう促したのだが、選んだもののカゴを持ってくれる。さらっと私の手を握ってきたのには驚いたけれど、はぐれないようにだろうなと自分に言い聞かせてレジへと向かった。

「最初の目的は済んだし、一旦荷物を置きに……スレイ?」
「……!っ、な、なに?」

支払いを済ませ次に向かおうとスレイの方を見れば顔色が悪いように見えて、名前を呼んだ。案の定、反応が遅れる。
すっかり自分のペースで物事を進めていたけれど、ここは彼にとって慣れない土地なのだ。多少のことでも負担になるはず。あとはこの人混みだ、酔ってしまうのも分かる。
幸い椅子が近くにあったのでそこに座らせた。

「気付かなくてごめんなさい。キツかったわよね……」
「オレのためにしてくれてたんだし、気にしないで。これくらいで疲れるなんて、鍛え方が足りないのかも」

そういってスレイは笑うが、どこか辛そうだった。こんな時まで気を遣わなくたっていいのに、と彼の言葉に眉を寄せる。

「私、飲み物を買ってくる。ここで待ってて」
「……わかった。ごめん、迷惑かけて」
「気にしないで。すぐ戻るから、動かないでね」

体調の悪いスレイを残して行くのも気が引けたが、連れ回すのも良くないと思って財布を持ちその場を離れる。こんな時に限って自動販売機やフードコートが遠いのに憤りながら、早足で向かった。



「と、遠かった……お?」

飲み物を買いに行ったはずが、まさか店の端から端まで歩かされるとは。フードコートは昼前なこともあってか人が多く、待ち時間も惜しいと感じたので自動販売機を探して歩いたものの結局時間がかかってしまった。
日ごろの運動不足を実感しながら戻ると、なにやら女の子と話しているスレイが見えて足を止める。おかしいな……彼はこっちに来て2日目だし知り合いなんていないはずないんだけど。もし知り合いだったら気まずいので、とりあえずしばらく二人を観察することにした。
距離があるので会話までは聞こえないが、熱心に話しかける少女とどこか困った顔のスレイ。明らかに友達と話す雰囲気ではなかったので眉をひそめる。そしてはたりと気づいた。

―――もしかして、巷で言う逆ナンパというやつにあっているのでは。

なるほど、だから彼を見つめる女の子の目がなんとなく熱っぽかったのか。男性の店員さんですら褒めていたスレイの容姿だから、そりゃ女の子が放っておくわけないよね。
なんてのんきに思っていると、いよいよ少女が彼の手を掴んで連れて行こうとしたのが見えた。まずいと感じて今しがた戻ってきたのを装って声をかける。

「その子に何か用?」
「! アリア!」
「待たせてごめんね、自販機が近くになくて」

私を視界に入れるとスレイはほっとしたような顔になった。その顔を見て呑気に見ている場合じゃなかったと反省し、買ってきた飲み物を渡す。そしてびっくりしている少女の方を見た。

「それで、あなたは彼に何のようだったのかしら?」
「っ!その、彼の顔色が悪かったから、心配で」
「そう、心配してくれたのね。ありがとう」

私が笑顔でお礼を述べると彼女は言葉に詰まって口を噤む。しかしその場を離れようとしないので、まだ何かあるのかと言葉を待った。なるべくことを荒立てたくないんだけどな。

「あの、あなたはその人のなんなんですか?」
「何って……親戚のお姉さんよ」

突拍子もない質問にびっくりするも、変に慌てては彼女の疑心を募らせるだけなのでつとめて冷静に答える。聞かれてもないことを答えるのも嘘だと思われてしまうので、シンプルにね。それでも動こうとしない少女。何か言わなければと思案しているようで、さすがにこれ以上は面倒なことになりそうだと口を開く。

「彼を心配してくれたのは感謝するわ。体調が優れない子を放っておいてって思ってるんでしょうけど、考えてみてほしいの。……具合が悪い子を連れ回す方がよっぽど悪化すると思わない?だから私はこの子を待たせて、この場を離れた。そして戻ってきたんだからもうあなたがここにいる必要はないわよね」

矢継ぎ早に、けれどにこやかに言葉を重ねた。つまり、暗に「大丈夫だからどこかに行ってくれないかしら」と言ってみたのだ。するとその気配を感じ取ったのか彼女はそくささと人ごみに消えていった。
はー手ごわかった。そう思って、おいてけぼりになっていたスレイに向き直る。

「スレイ、遅くなってごめんね!大丈夫だった?」
「なんとかね。アリアが戻ってきてくれて助かったよ」
「本当にごめんなさい。飲み物を売ってる場所が案外遠くて……」
「そうだったのか……なかなか戻ってこないから何かあったのかと思ってさ。そんな時にさっきの子が来て」

アリアが来なかったらどうなってたか、と彼は困った顔で頬をかいた。別れたときよりも顔色は良くなっていたけれど、先ほどの緊張からか疲れているように見える。

「きつい思いさせちゃってごめんなさい。もう離れたりしないから安心してね」
「うん、ありがとう。……ところでアリア、これってどうやって開けたらいいのかな?」

謝罪とそばを離れないことを伝えると、肩の力を抜いたように見えた。そして、言いにくそうにペットボトルと指して言ったので、ビンを開ける要領でふたを外すことを伝える。ビンはあるけどペットボトルのような容器はないんだろうな。なんて、生まれて始めて開けたそれに目を輝かせる少年を見ながら目を細めた。