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わたしは空に浮かぶ満月を見ながら、故郷で好きだった歌を歌っていた。昼と違って人っ子一人いない夜の町は静まりかえっていて小さな歌声でもよく響いていく。その歌はわたしの気持ちを代弁するような歌詞で、心の中でもやもやしていたものを晴れやかにしてくれた。ほんの少しだけど。

「……どうにかして、二人の代わりになれないかなぁ」

夜が明ければ、ルークとアッシュが命と引き換えに障気を中和するあのシーンがある。おいしいところ満載でウハウハしていた画面の前と違って、彼等と実際に会って接していくと画面の前じゃわからない事がたくさんわかった。
もちろんクリア寸前までプレイしていたわたしは、障気中和の結果は知っている。……けど、預言(スコア)に詠まれていなかったあたしがいることで、未来が変わっちゃうんじゃないかと思い不安で眠れなかったのだ。

はぁ、とため息をついて顔を上げると月明かりに照らされて、キョロキョロと辺りを見回しながらあたしの方へ来る見慣れた赤毛を見つけた。――― ルークだ。

「ルーク」
「ナマエ!やっと見つけた……こんなところにいたのかよ」

名前を呼ぶと、彼はびっくりしたような顔でこちらに気づいてあたしのところに来た。

「どったの?こんな夜中に」
「それはこっちの台詞だっての。宿屋から出て行くお前が見えたから探しに来たんだよ。一人で出歩くのは危ないだろ」
「あ。…ごめん、すぐ戻るつもりだったんだけど…」
「いいよ。こうして見つかったんだしさ」

そう言ってルークはあたしの隣に腰かけ月を見上げる。その顔に昼と違って迷いや不安がない事が分かって、あたしはルークから目を背けた。不安で仕方がないはずなのに、そう言う素振りを見せない彼を見るのが辛かった。でもそれ以上に、彼の背中を押したのがわたしではないことが分かっていたから。その事実が心に重くのしかかる。

「綺麗な満月だなー……」
「…そだね」
「ナマエ?」

短く返事をしたわたしを変に思ったのだろう。どうかしたのか、と心配そうにルークはわたしを覗きこもうとした。笑える自信がなくて何でもないよ、と身体ごと背けて言った。…こんな泣きそうな顔見せて、せっかく決心したルークを不安にさせたくないもの。
しばらく沈黙が続いていたが、わたしがそれを破る。

「ねぇ、ルーク」
「ん?」
「決心は変わらないの?」
「………………ああ、変わらない」

長い沈黙の後、ルークはそう言った。あ、だめだ。そう思ったとき、あたしの目から我慢しきれなかった涙が流れる。あたしってばかだなぁってつくづく思うよ。決心したルークを不安にさせたくないとかいいつつ聞いてるんだから。

「どうして、ルークなんだろうね……」
「……それは、単身で超振動を起こせるのが俺とアッシュだけで、俺がレプリカだから、だろ」
「だからって! ……だからって、ルークはまだ七年しか生きてないんだよ?これからたくさん、色んな事を知って色んな人に出会えるっていうのに。こんなの、あんまりだよ」

ゲームをしていた人なら、誰だって思うはずだ。
もちろんアッシュにだって生きていてほしい。ルークはレプリカとして生まれて、まだ7年しか経ってない。障気の中和は、たった7歳の子供に「世界の為に死んでくれ」と言っているようなものだ。ただ、それをインゴベルト陛下やピオニー陛下、テオドーロさんが望んで言っているとは思ってないけれど。


「預言は酷いよ。ルークの存在は詠んでないくせに、ずっとルークを縛ってる。詠まれていないってことは預言に左右されない、自由な未来があるってことだと思うのに」
「……」


普通の7歳児なら死の恐怖なんてあまり理解できないと思う。でも、ルークは違う。
彼はたった7歳で生きるために人に手をかけ、人の死を背負う責任も死の恐怖も理解している。あたしはそんな暗い、茨の道のようなところばかりじゃなくてもっと明るいところを見てほしかった。
けれどあたしにはどうすることもできない。自分の力のなさに腹が立って泣けてきた。

「ごめんね、ルーク……」
「な、なんでナマエが謝るんだよ…」
「好き放題、言っちゃいけないことまで言ったうえ……アクゼリュスの一件でルークのする事、してきた事の責任を一緒に背負うって言ったのに、障気の中和では何も役に立てないから…」
「そんな事ない!ナマエは旅の始めからずっと、俺を支えてくれたじゃんか」

ぽんっと頭に手がのっけられ、そのままくしゃりとなでられる。いつもの手袋をしていないからか、髪ごしにルークのぬくもりが伝わってきてさらに涙腺が緩んだ。

「俺、ナマエにはすっげー感謝してるんだ。……みんなが俺から離れて行っても、ナマエはずっと気にして俺の傍にいてくれた。降下作業の時も超振動の制御が上手くいかなくて暴走しかけたとき、力を貸してくれたから上手くいった。障気の事だって、ナマエが背中を押してくれたから決心できたんだぜ?」

その言葉に目をみはる。私の言葉が、背中を押していた……?
雰囲気とは裏腹に、彼のその言葉が嬉しくて、でも悲しくて。我慢なんてできるはずがなくて、わたしは膝に顔をうずめるような形で涙を流す。
しばらくそうやっていると、急に頭が軽くなったかと思うと腕を引っ張られた。

―――ルークに抱き締められていると気付いた。わたしはは驚いたものの騒ぐような事はせず、目を閉じた。目を閉じると暖かいルークのぬくもりが服ごしから伝わってくる。心臓の音が聞こえて、まるで自分はここにいる、生きたい、と訴えているようだった。

「…やっぱさ、どんなに強がってもだめなんだ……」
「!」
「ナマエ……俺、俺っ…まだ消えなくない。消えなくないんだっ……!!」
「うん…誰だって、そうだよ…」

ルークの声は、私を抱きしめる彼の腕は震えていた。わたしの肩に顔をうずめているため、表情を見ることは出来ないけどきっと泣いている。あたしは肩がじんわりと熱くなっていくのを感じながら、空いている手でルークの頭を撫でた。

「でも俺がやらなきゃ、アッシュが死んじまう。どっちもしないにしても、大勢の人が死ぬ。そう考えると、俺やレプリカ達の命でこの世界が救われるなら安いもんだよなって……」
「それは違う!安くなんかないよ!レプリカ達の命もルークの命も。どっちも大切で、高価なものだよ…」

自分の命を卑下した彼の言葉に、わたしは思わず肩を押して体を離しそう言った。
確かにルークの言っている事には頷ける。世界の何万といる人間の命と、死んだはずの人とそっくりの食い扶持を荒らす模造品のような人間の命。言い方は悪いが、それらを天秤にかけたとき軽いのは後者だ。だけどその中に……ルークはいるのだ。

「……代われるものなら、代わってあげたい。わたしはルークに生きていてほしいよ」

結末を知ってるとはいえ、それでも異端者のわたしがいるという事実が不安を煽る。目を伏せると、本心と共に溜まっていた涙がこぼれ落ちた。
どうして世界は、預言は、こんなにも生きたいと願うルークを追い詰めるんだろうか。やっと生きている事の喜びを感じ始めたというのに。

すると頬に温かいものが触れてびっくりしたわたしは目をあけた。顔を上げるとそこには、悲しいくらい優しく微笑んでいるルークがいて。わたしの目からこぼれる涙を拭おうとしてくれた。

「……ありがとう。だけど俺だってみんなに、ナマエに生きていてほしい」

私の涙を拭いながら彼は言う。

「ナマエは俺の大切な友達で、仲間で……その、大切な人だからさ」
「! う、そ……」
「嘘じゃない、本当だよ。俺はナマエが好きだ」

突然の告白に頭が追いつかなくて、目を見開いた。あまりの衝撃に涙も引っ込んでしまう。

「……わたし、てっきりルークはティアが好きなんだと思ってたんだけど」
「そうなのか!?」
「だって二人でよく一緒にいたじゃん。超振動の特訓もだけど、自由行動のときとか」
「あ。あー、その、あれは……相談してたんだよ。俺、人の気持ちに疎いからさ」

照れくさそうに頬をかいてルークはわたしから顔を背けた。さっきまでの切なさはどこへやら。今更になって彼の好意を理解したわたしは、胸の底からわきあがる感情に頬が緩ませた。

「ルーク」
「ん、―――っ、ナマエ!?」

名前を呼んでわたしの方を向いた彼の胸に飛び込む。案の定、驚きと焦りから上ずった声が聞こえてさらに笑みを深めた。回した腕に力を込める。

「わたしも、あなたが好きだよルーク」
「! ほ、本当に?」
「本当だよ。じゃなきゃ、こんなことしないし」

自分の気持ちを示すように、ルークのたくましい胸に擦り寄る。慣れてないためか彼は身をこわばらせたが、行き場のなかった手をそっとわたしの背に回して優しく抱き返してくれた。

「なんだ、とっくに両想いだったんだな俺達」
「そうだね。……知るタイミングがアレすぎるけど」
「あはは……でも、こんなときだったからこそ言っておきたかったんだ。伝えないまま、事を起こしてたらきっと後悔してた」

抱きしめる力が強まって、わたしは目を伏せる。彼が覚悟を決めて、それでわたしに気持ちを伝えてくれたんだから。いつまでもうじうじしてるわけにはいかない。

「ルーク、ありがとう。わたしは何もできないけれど……瘴気の中和が成功するって信じるね。きっと、あなたにならできるはずだから」
「うん、こちらこそありがとう。ナマエが見ててくれるなら、成功させてみせるよ」

意志のこもった声で返ってきた言葉に、頷いて答えた。
優しいぬくもりと服ごしから伝わる生の鼓動に、わたしの目から涙が溢れた。

死なないでと、流す涙。

(世界にきらきらと反射して、うつくしい時のなか瞼を閉じた)


Title by 空想アリア 様
(企画に提出したSSを加筆修正)