「ん、おはよ爆豪」
「………あ?」
朝、登校してきて教室に行くと教室のドアの前で爆豪を見かける。今日は取り巻きがいないんだなぁと思いながら挨拶をすると、奴は不可解そうに眉根を寄せながらとても挨拶返しとは思えない声を出す。あ?ってなんだよ、あって。
「アンタ、挨拶すらまともに返せないの?」
「あぁ!?」
「そんなんじゃ社会に出てから苦労することになるからね」
「余っっ計なお世話だわ!!」
ため息をつき、呆れながら爆豪を見上げて挨拶の大事さを説くと爆豪の顔がより険しくなって大声でわたしに向かって怒鳴り始める。あー遠吠え遠吠え。シンプルな声の五月蠅さに片耳を指で塞ぎながら教室のドアをガラッと開けて席に向かって歩いていくと、全く席の場所の違う爆豪がキャンキャンと吠えながらついてくる。
「つーかテメェ、何で俺に話しかける!」
「何でって…別に意味はないけど。クラスメイトだから挨拶しただけじゃん」
「クソ転校生ごときが話しかけんなっつってんだよ!」
「はぁー?転校生いじめですかぁー?先生に言いつけて内申点悪くするよ?」
「テメェ……っ、!!」
どうやら爆豪はわたしに話しかけられたのがお気に召さない様子。しかしわたしにはどんな人でも分け隔てなく挨拶だけは徹底するというポリシーがある。爆豪に話しかけちゃいけない法律でもできない限りこれからも挨拶はしますけど何か。転校性差別をしてきた奴に煽るように”内申点”という痛いところをつくと、爆豪は釣り上げた目と眉を更に鋭く釣り上げたが、持ち前のみみっちさで内申点のためだけに黙ることにしたらしい。そのかわり噛み締めた歯がギリギリと音を鳴らしていたし、身体は怒りによってぶるぶると震えていた。ざまぁ。
「つーかよぉ…テメェとの勝負はまだ終わっちゃいねぇんだよ…!」
「いや終わってるでしょ、わたしに一発も入れられなかったんだからアンタの負け」
「ンなわけあるかぁ!!あれはクソ教師に邪魔されたから途中で切り上げてやったんだよ!!」
「ハッ、負け犬の遠吠え」
わたしは席に座って授業の準備をしながら未だキャンキャンと吠えまくる爆豪の相手をする。あのヘドロに襲われた日の放課後に巻き起こった爆豪vsわたしの戦闘はあくまで爆豪の中ではイーブン、もしくは自分が”終わらせてやった”のだという。馬鹿馬鹿しくて鼻で笑うと、爆豪の頭からブチっと欠陥が切れる音がした。さっきよりも声のトーンを落とした爆豪がぶるぶると震える拳を握りしめながら「テメェの言い分はよーく分かった」と小さく爆発をさせながらそう言う。
「リベンジマッチだクソ転校生…先公のいねェとこで
「望むところよ、負けたら罰で可愛いお店の可愛い小物買ってきてもらうから」
思い切りキレているのか、口端を上げながらもう一度組手をしろと懇願してきたので仕方なく受け入れてあげることにする。頬杖をついてまた鼻で笑いながら負けた時のペナルティの内容を告げると爆豪は「ンな事することにゃならねーんだよ!舐めンな!」BonBonと頭を爆発させながらそう言って席に戻っていった。最近駅前に新しくできたキュートな雑貨店に入っていってパステルカラーに囲まれる爆豪の図を想像するだけで笑けてくる。にやにやと笑いながら爆豪の背中を目で追ってると、横から緑色がちらりと見える。
「あ、緑谷おはよ」
「お、おはよう苗字さん…かっちゃんとまた言い合ってた?」
「ううん、アイツが勝手にチワワみたいに吠え散らかしてただけ」
「…吠え………」
眉を下げながら挨拶をしてちらちらと爆豪とわたしを見比べる緑谷にそう言うと離れたところに居るくせに「聞こえてンぞ!」と地獄耳な爆豪が言い返してきたのでそれもおかしくなってははは、と笑うと、リュックを机に置いた緑谷は信じられないとでも言いたげな驚いた顔をする。
「なんか…すごいね苗字さん」
「へ?なにが?」
「だって…あそこまでかっちゃんに言えるひと今までいなかったし…」
「あー…なんかそれは転校初日に聞いた」
「それに、かっちゃんがあそこまで誰かに拘るのも中々ないっていうか…」
緑谷によると、爆豪は小さい頃から比較的何でもできて、個性も強力で、何より我が強かったから、今までこんな風に誰かと関わることがなかったのだとか。何より自分がまず最優先なので、こんな風に誰かに一度負けたからと言って今までの彼なら「まぐれだろ」なんて鼻で笑って相手にしないのが定石だったらしい。じゃあ今までみたいにしてくれよ…とも思ったが、わたしの中で爆豪が今までと違うのは何となく感じ取っていたので、原因も何となく推測していた。
爆豪は、あのヘドロ事件の日から様子が少しおかしい。
今までみたいに皆を馬鹿にしたような顔で「俺は中学唯一の雄英圏内」や「高額納税者に」などの自分語りするのをやめたし、教室内でクラスメイトに対して威嚇して爆発させることをしなくなった。
そしてなにより一番の驚きは、緑谷に対しての虐めのような行為をしなくなったこと。
かと言って二人が仲良くなったわけではなく、ただただ爆豪が緑谷を無視しているだけなのだが、それでも緑谷本人や同じクラスの女子たちから言わせるとものすごく進歩したらしい。「爆豪丸くなったよね」と友達たちは言うけど、わたしから言わせればあれは丸くなったのではない。なにかに焦っている、もしくは苛立ちを抱えている、だ。
ヘドロの件で自分に自信のあった個性で返り討ちにすることが出来ず、進路に今まで感じることのなかった不安が出来たのか…なぁ。そんな風に思っているけれど、真意は結局不明だ。本人でないと、心の内までは分からないからなぁ…そんなこんなで色々と考えていると気が付いたら1限目の授業が始まっていて、わたしは焦りながら鞄を机の横に掛けて教科書を広げたのだった。