「人は誰しも平等じゃない」
そんなことに僕が気が付いたのは、たった4歳の頃だった。
それからは仕方なく自分の持てるもので生きてきた。やりたいことやなりたいものを少しずつ諦めて、諦めて。大人を困らせないように。親を悲しませないように。そんなことをしている間に自分自身を縛り上げていて、蓄積された劣等感は息を苦しくさせて。生きているという実感を得られることは多分他の人より少ないほうだったと思う。
そんな僕の人生は、今年の春に動いた。
ある日出逢ったトップヒーロー・オールマイトに「君はヒーローになれる」と言ってもらい、オールマイトの個性を受け継がせてもらうことになった。それからというもの、半分諦めていた”ヒーローになる”という夢を追うべく、オールマイト本人にトレーニングなどを付けてもらっている。勉強も今より頑張って、運動もして、トレーニングもして。前より忙しい日々を送っているけれど、やっと僕の止まっていた歯車が動き始めた気分で、目に映る全てのものが色鮮やかに見えるようになったんだ。
でもそれも、オールマイトだけのおかげではなくて。
「あ、おはよ緑谷」
苗字名前、彼女の存在が大きかった。
中学3年生という少し中途半端な時期に転校生が来るらしいと噂になり、クラスは大いに盛り上がっていた。女子か男子か、可愛いかカッコいいか。皆がそわそわとする中で、僕は自分の隣の席だけがこのクラスで空席だということに気が付き、バレないように他の人の倍そわそわしていた。
現れたのは男子待望の女子で、しかも「可愛い」と評判になり他のクラスからも見物する人が押しかけてきたほどだった。身長などは少し小柄なほうだと思うのに、凛とした表情がか弱そうに見せない不思議な雰囲気を持っていた。他のクラスメイトと喋っている様子を見ても彼女は明るく、活発で、人当たりのよさそうな子だった。綺麗な人の横に僕なんかが並ぶのはなんだか烏滸がましいような気がして僕の背中は更に丸まったけど、隣の席だしいずれ話せるかもと期待を寄せていたら、なんと転校初日に彼女は僕に話し掛けてくれた。
ヒーローに詳しくて、よく笑う子で、僕みたいな人にも分け隔てなく話しかけてくれて、挨拶は欠かさない礼儀正しい子で、僕と同じようにヒーローを目指していて、雄英を一緒に受験しようと誘ってくれて。
僕に「緑谷はいつかすごいヒーローになる」と、そう言ってくれた子。
虐め同然のことをされている僕を見て、初めてかっちゃんを止めようとしてくれた勇気のある子。殴りかかってくるかっちゃんを躱し続けられるくらいとても、とても強い子。
僕のことを「わたしのヒーローだ」って言ってくれたけど、僕にとっては君こそ、僕のヒーローだと思った。
「おはよう、苗字さん」
「緑谷、また筋肉ついた?ガタイ良くなってる」
「えっ…!そ、そ…そうかな…」
すっかり秋になって、夏服から学ランに移り変わったというのに苗字さんは僕の身体の変化に気がついて驚いたような表情をする。実は最近ようやくトレーニングの成果を実感できるようになって、浮き出てきた筋肉に喜んでいたところだったのだ。ここでその言葉を彼女から聞けたのが嬉しくて照れながらニヤけてしまう。
「わたしも負けてらんないね」
「そ、そんな…!苗字さんは既に僕とは次元が違うって言うか…」
「なにそれ、緑谷の方がよっぽどすごいって」
苗字さんはわたしももっと頑張らなきゃと言いながら笑うものだから、僕は直視できなくなってしまって顔を逸らす。
苗字さんは、ものすごく眩しい人だ。こんなに綺麗な人が僕なんかと話してくれているってだけですでに信じられないような心地がするのに、彼女は僕をまるで憧れの人のような言い方をする。違うのに、本当に憧れているのは僕の方なのに、といつも思って伝えられずにいる。強くて優しくて、ヒーローになる素質をそろえている人なのに。心が美しい、生まれながらのヒーローなのに。何故か彼女は、自分が”弱い”と思っている。
「カツキー」
「ンだよ」
「名前ちゃーん」
「んー?」
このクラスは春まではかっちゃんの独壇場だったのに、今ではかっちゃん派と苗字さん派が出来ていて、この二人がクラスの雰囲気を作り上げていた。かっちゃんに唯一歯向かえる存在として苗字さんは女子や僕のような立場の弱い男子から人気を集めていて慕われている。それに、かっちゃんも今まではクラスメイトに絶対一度は言うくせに、苗字さんのことは”目障り”だとは一度も言ったことがなかった。もしかしたらかっちゃんも、苗字さんのことは認めているのかもしれない。そんなことを思った。
「はーい、次は雄英に願書出すやつー」
秋。そろそろ本格的に受験シーズンになってきていて、もう皆の進路希望先が固まってきた頃。学校で願書の書き方や出す場所、出す期間や時間などの指導を進路希望先別でしてくれるらしく、HRの時間などに希望先の学校名で指導室へ呼ばれる。前の方の席のかっちゃんはいの一番に立ち上がり、僕は遠慮がちに立ち上がる。隣の席にチラリと目線を移すと、いつになく真剣な顔をした苗字さんが椅子を引いて立ち上がった。僕たちは顔を合わせて頷き言葉なく鼓舞しあうと、かっちゃんの背中を追いかけるように廊下を出る。
「……あ?ンでテメェが…」
「何でって、わたしも雄英受けるから」
「あぁ!?…聞いてねぇぞ!!」
「だって言ってないもん」
「来んな!!今すぐ教室に戻りやがれ!」
かっちゃんはふと振り返り、苗字さんの姿を確認して一瞬驚いた顔をした後、目を吊り上げ眉を思い切り寄せた。どうやら苗字さんが雄英受験をすることを知らなかったようで、やっぱり未だに「ウチの中学唯一の雄英進学者」を狙っているらしく、苗字さんに対しても「勝手に受けんな、散れ!」と縁起でもないことを大声で言う。それに対しても彼女は「わたしの人生のことをアンタが勝手に決めないでよ」と恐らく思ったであろうことをそのまま口に出す。
「わたしの人生に責任とれんの?」
「取るわけねーだろカス」
「じゃあ人の進学先にあれこれ言わないでくださーい」
僕の隣を歩いていた苗字さんは、いつの間にか気が付いたらかっちゃんの隣に並んで言い合いをしながら歩いていた。
「じゃー受かんなコケろ」
「それ呪いかなにか掛けてる?爆豪に勝ち続けてるのにコケるわけないじゃん」
「ハッ、ふざけてろ没個性、入試試験は”個性あり”なんだよ」
「ヒーローになるのに個性の強さなんて関係ないわよ」
それにしても、この二人いつからこんなに仲良くなったんだろう。
苗字さんは誰にでも分け隔てないとはいえ、かっちゃんの横暴な発言や態度に少なからず腹を立てていて非難するような話し方だったのに、最近はじゃれあっている友達同士にも見える。かっちゃんも、自分のこと以外はいつも寡黙な人なのに、苗字さんと話しているときはよく喋るなぁ。そんなことを考えながら少し心の中がモヤっとした。こんな嫌な感情、感じちゃダメだ。そう思っていた時。
「………親はいーのかよ」
「っ、!ちょっ…」
かっちゃんの口から、そんな言葉が。
僕が固まるのと同時に、苗字さんは焦ったようにかっちゃんの口を閉じさせようと両手をかっちゃんの口に被せる。そしてまずい、とでも言うかのような顔で僕を見る。
「……親、御さんが…どうしたの?」
「あー……えっと…」
自然に口が動いていて、今かっちゃんから聞いた事を繰り返す。すると苗字さんは目を泳がせながら今まで見たことのない困ったような表情をしながら僕からの問いに言い淀んだ。それを見ただけで、言いたくない事なんだろうなとは思った。…でも、僕は知りたかったんだ。受験は苗字さんの親御さんに何か関係があるのか、あるとしたらどういう事情があるのか、何故それを僕に隠そうとするのか。
何で、僕が知らないことを、かっちゃんが。
ちょっとだけ、ほんとちょっとだけ。苗字さんと一番仲が良い男子は僕だ、って思ってたんだ。傷ついたような顔で僕を見る苗字さんに、どんな顔をしていいか分からなくなってしまった。…もうすぐ、冬が来る。