07



はぁ、と吐いた息が白く空に溶けていく。指先と耳が冷たくなっていて感覚がなくなっていくのが分かる。ついこの間桜が散って、セミの劈くような鳴き声を聞きながら汗をかいて、街路樹が紅葉して行くのを見ていた気がするのに、あっという間に冬になっていたんだなぁ。センチメンタルな気分になりながらも、セーラー服の上に着たコートのポッケに両手を仕舞った。

ついに、2月26日がやって来た。
今年度の春に転校して、今まで足踏みをしていた”雄英ヒーロー科受験”という大きな目標を掲げ、ここまで自分なりに頑張ってきた。今日は悔いなく全力で挑まなくては。そう思いながら首に巻いたモコモコのストライプのマフラーに顔を埋めていると、横から影が近付いてくる。

「………っぶな!何すんのアンタ…」
「…ッチ、コケろよ」
「コケないわこんな日に!!」

近付いて来ていたのは爆豪。どうやらこんな大事な日に執念深くわたしを足払いで転ばせようとしたようだ。フォン、と風の切る音がするくらい足を思い切り振り込んで蹴りを入れてくるあたり、ウケ狙いとかでやった訳ではなさそうだった。両足でジャンプして間一髪避けられたけど、本当に危なかった、避けられて良かった…とドキドキする胸を抑えていると、爆豪は「せいぜい派手に空回りするんだな」と言いながらケッ、と面白くなさそうな顔をした後、背中を向けてさっさと先を歩いた。あいつ何しに来たの、ほんとムカつく…

爆豪に対して恨みをまた一つ心の中で増やすと、目の前に緑色の揺れる髪を見つける。


「おはよ!緑谷!」
「っ、苗字さん!おはよう!」

いつもより大きめな声で緑谷の背中に挨拶をすると笑って振り向いた緑谷。春に雄英を二人で受験しようという約束をして、やっとここまで来れたと緑谷の顔を見てようやく実感する。実は雄英までの道に自信がなくて一緒に行こう、と彼を誘っていたが「やる事あってギリギリになるかもしれないから…」と断られてしまい、朝会えるかすら分からなかったけど…会えて良かった。そんな事を話しながら歩いていると、緊張しているのか、緑谷の足取りが震えていた。

ガッ、

「「あ」」

片足をもう片方の足で引っ掛けてしまい、そのままリュックの紐を両手で掴んで前のめりに倒れていく緑谷。わたしはそれを見て一瞬両手で口を覆い悲鳴を抑えると、緑谷が文字通りコケてしまうのを阻止しようと手を伸ばす。…が。

「………?」
「え……、」

緑谷は地面にダイブする前に空中に留まっており、まるで教科書やテレビで見た宇宙飛行士のようにふわっと浮いていた。

「大丈夫?」
「わっ、え!?」
「わたしの個性、ごめんね勝手に」

転んじゃったら縁起悪いもんね、そう言いながらニッコリと笑って両手を合わせたのは可愛いボブカットの女の子。どうやら転びそうになっていた緑谷を助けてくれたようだった。浮遊…それとも重力とかに関連する個性だったのかな、そんな事を思いながら「お互い頑張ろう」と言って爽やかに去っていく彼女の背中を見つめた。

「よかったね、コケなくて」
「ホントに……縁起でもないことになる所だったよ」

さすが雄英受験者。ヒーロー科なのか他科なのかは分からないけれど、とっさに人助けをするなんて人間が出来た子だ…わたしたちのクラスメイトとは大違い。
さっきもわたしをわざと転けさせようとした上に落ちろ、コケろ、スべれと呪いの三拍子を掛けて悪人面をしながら馬鹿にしたように鼻で笑って消えてったんだよ?ヒーロー志望とはとても思えない!さっきの子の爪の垢煎じて飲ませたいよ全く、と緑谷にさっきの爆豪の所業を告げ口するように喋ると、彼はなんだか複雑そうな顔をした。


「えっと…時間ギリギリだから急ごっか」
「う、うんっ…そうだね」


何だか微妙な雰囲気になってしまい、ドギマギとしながら会場を指さすと緑谷も眉を下げながら首を縦に振った。

3〜4か月前の秋あたりから、なんだかこうなる事がたまにある。あれはちょうど願書がどうのこうので爆豪と緑谷とわたしの3人で先生に呼び出された頃の話。あまり知られたくない話をひょんな事から知られてしまった爆豪に、緑谷の前で暴露されそうになった時から、緑谷はこんな風に眉を下げ寂しそうな顔をすることが多くなった。なかなか言えずにいたわたしに緑谷は「言いたくない事や言えないことは誰しもあるから、言いたくなったらでいいよ」と言ってくれたから、実はまだその話自体は緑谷には言えていない。けれど、わたしが爆豪の話を緑谷の前ですると、緑谷はビクッと肩を揺らしたり何だか複雑そうな顔をよくするのだ。

爆豪が知っているのはただの偶然なんだけど、それでも仲のいい緑谷には言っていなくて、アイツだけがこの話を知っているというのはわたしとしても罪悪感に似たような後ろめたさがあって。
だから、緑谷の前で爆豪の話をするのはその辺から避けている。

だからと言って、態度が変わるわけでもないから緑谷とは今まで通り仲良くしているし、爆豪にも絡まれたら絡み返したりと今まで通り接しているし、爆豪と緑谷も相変わらず仲は悪いけど幼馴染をやっている、という印象だ。わたしの話も別に大したことないし、秘密にしなきゃいけないわけでもないから早く言わないといけないのになぁ、そんな事を思いながらも中々緑谷には言いずらくてズルズルとここまで来てしまった。てゆうか、全部コイツがバラそうとするから悪いんじゃん。転ばせようとしたのも全部!会場の指定席、わたしの隣の席に飄々とした顔で座っている爆豪を見てイラッとしてしまい、拳を肩に入れようとすると「ンだよ雑魚」としっかりガードされてしまった。


《今日は俺のライヴにようこそー!エヴィバディセイヘイ!》


開始時間になると会場にはそんな声が響く。よく聞くこの声。確か教鞭取ってるって前にラジオで言ってたけど本当だったんだ、と悲鳴を咬み殺すために口を抑える。

目の前にいるのはボイスヒーロー【プレゼント・マイク】超人気ヒーローの生のお姿を目にしているという現実に酔いしれるが、雄英の講師は全員プロヒーロー。もしも…もしも受かったとしたらもっと人気なヒーローが居るかもしれない、そう思い、試験当日に最高な形でモチベーションを上げていく。隣でブツブツと独り言を言っている緑谷と顔を合わせてお互いキラキラと目を輝かせていると、反対側の隣に居る爆豪は冷静に「うるせえ」と一言。はいはい、黙ります。

入試試験の概要は要項通り行われ、これから7組に別れて10分間の「模擬市街地演習」を行うのだとか。要項を見ると演習場には"仮想ヴィラン"なるものが配置されており、攻略難易度によって1P、2P、3Pと割り振られている。行動不能にした"仮想ヴィラン"を合わせた合計ポイントがそのまま試験のポイントになる…のだそう。

同校ダチ同士で協力させねえってことか」
「だね…爆豪どこ?」
「F、テメェは」
「Cだね、緑谷は?」
「僕はA…ホントだ、受験番号連番なのに会場全然違うね」
「見んな殺すぞ」
「めっちゃ理不尽」

事前に渡された会場を確認すると、どうやら協力プレイは徹底的に対策されてあるようで。受験番号が連番なわたしたちは全く別々の会場に行くことになっているらしい。緑谷と協力するのは中々アリかなってちょっと思ってたのにな…と残念に思いながら要項を見ていると、爆豪は「テメェら潰せねえじゃねえか」と舌打ちする。…ホントブレないなコイツ。ある意味関心する。

とりあえず一癖二癖もありそうな試験内容だけれど、ここまで来たからにはやるしかない。そろそろ気合い入れて全力出さないと。そう思っていると、プレゼント・マイクから受験生全員に「雄英高校の校訓をプレゼント」してくれるという。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った、真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者だ、と。


Plus Ultra更に向こうへ


それでは皆、よい受難を。
今から向かう会場には不幸が待ち受けているかもしれないが、雄英に入学してヒーローになるのなら、その不幸を乗り越えてこい。そう締めくくられ、わたしたち3人の士気は最高潮となった。



▽ ▼ ▽ ▼ ▽




会場別にバスに乗り込み、着いたのはものすごく広い模擬市街地。街を一個閉じ込めたような様相に遂に始まるんだと気持ちを引き締めようと思いながら、ごくりと喉を鳴らした。さっきの説明会場で緑谷と「あとでね」「お互い頑張ろうね」と言い合いながら震える足で別れた。緑谷を心配する気持ちもないわけじゃないが、今は自分のことで精いっぱい。本当に出来るんだろうか…不安になっていると「はいスタートー」という気の抜けたプレゼント・マイクの声がスピーカーから聞こえてくる。

「…え、?」
「どうした?実践じゃカウントなんざねえんだよ!走れ走れ!賽は投げられてんぞ!?」

しまった、そういう感じか。てっきりマリオカートのスタート前みたいな、3、2、1スタート!みたいにしっかり開始を知らせてくれるものだと思い込んでいた。思いがけず始まっていた試験に後れを取らないよう走り出す受験生たちに紛れてわたしも急いで走り出した。

まず初めに足が向かったのは大通り。ほかの人も吸い込まれるようにそこへ行くものだから、ごった返してしまって仮想ヴィランどころの話ではなくなってくる。このままじゃポイント稼げない…どうにかして移動しないと!そう思いおしくらまんじゅう状態の人波を抜けるように細道に入り込む。

「っ、なにあれ…!」
「目標補足」

細道を抜けて大きな広場の方へと出ると、目の間に大きなロボットが現れる。足にはタイヤのようなものが付いており、高さはわたしの身長の3倍ほどの大きさ、赤く光る目で私を捉えた瞬間、無機質な声で「ターゲット」と呼ばれる。こちらに向かってくる異様な速さにひゅっと息が一瞬詰まるが、ビビッてなどいられない。わたしはここに戦いに来たのだ。きっと今、緑谷も爆豪も戦っているんだから、全力で挑まなくては。そのまま向かってくるロボに【衝撃インパクト】を込めた正拳突きをお見舞いする。

ガシャアン!!
豪快な音を立てて崩れ落ちたロボを見ると、その傍らには「1P」と書かれた破片が転がっていた。こ、こわかったぁあ…!固そうな鉄の塊に見えたけど、案外脆かったみたいだ、よかった…ドキドキと鳴る心臓を押さえてふぅ、と深くため息をつくとそのまま広場を見据えた。…よし、やるぞ。

そのまま走り出して、目の前に来る仮想ヴィランをいくつも迎撃していく。さっきわたしが細道に逸れた時、ちゃっかりついてきていた人もこの広場でポイント稼ぎをしていたけれど、「わたしのポイントがなくなっちゃう」とか、もうそんなこと気にしていられないくらい目まぐるしかった。前から横から後ろから、一体倒してはまた一体襲っていて、また倒して…ひたすらに走って繰り返していく。もう何体倒したか分からなかったけど、ポイントだけは数えていて、これで恐らく46Pあたり…辺りがさっきよりも大分落ち着いてきていて、広場の方にいるロボは倒し尽くしたかな、と思いながら3Pロボを何度目かの蹴りで行動不能にした後、額に垂れる汗を拭っていると。

「危ない!」

後ろからそんな声が聞こえて後ろを振り返る。すぐそこに迫っていたロボの腕が視界いっぱいに広がっていて、一瞬周囲の景色がスローモーションになる。すぐさましゃがんでロボに足払いをすると。先ほどとは違ってガシャン!という音と同時にジュウ、という音も聞こえてくる。よく見ると倒れたロボの腕は原型を留めておらず、まるで何かに溶かされたようにぐじゅっと変形していた。

「わっ、ありがとう!」
「大丈夫だった?」
「へーき!助かった!」

助けてくれたのは肌がピンク色の女の子。ポイントを稼ぎながら助けてくれるなんて、流石ヒーロー志望。この学校の試験を受ける子の株をまた一つ心の中で上げていく。しかもピンク好きのわたしからしたら彼女の見た目はファンシーで超キュート。その見た目に質問攻めにして仲良くなりたいところだったが、残念ながら試験時間が残り少なく、お互い少しでもポイントを稼いでおきたいため、泣く泣く軽いお礼で終わらせる。…あとで見つけたらお礼言おう。そんなことを考えていると。

ドガシャアン!!
とんでもない轟音が響き、地震かと思うほど地が揺れる。立っていられるかどうかというほどの揺れに思わず近場のガードレールのようなものに掴まる。広場の先の大通りの奥から悲鳴がいくつも聞こえ視線を移すと、なんと自分の10〜20倍以上も高さがありそうな超巨大ロボが現れる。逃げてくる人たちの中には泣いている人たちも居て、わたしも膝が震えていた。なにあれ、なにあれ!意味わかんない…雄英は受験者を殺すつもりなの!?あんなでかいロボに攻撃されたり踏まれたりしたらひとたまりもないじゃない!しかも見たところによると、入試試験要項に書いてあった0ポイント仮想ヴィランらしく、戦ったとしても一切のポイントにならない。これは迎撃よりも逃げの一手しかないだろうとわたしも人波に紛れて走って逃げる。

しかし、その道中で女の子が倒れているのに気が付いた。どうやらさっきの衝撃で上から降ってきた岩に足を挟まれたらしく悲鳴を上げていており、一度通り過ぎたにも拘らず足を止めた。

ちょうど道の端に倒れている、きっとあの巨大ロボには踏まれないだろう、怪我をしたのは雄英の責任だし、こんな無茶をするなら何か彼女に対して責任を取る方法があるのかもしれない、あの子もこの広場に来て結構ポイントを稼いでいたはずだし、きっと大丈夫だ、わたしが何かしてあげる必要はない、わたしに助ける義務は、責任は……

「…〜〜〜っ、!」

踵を返して逃げ惑う人波に逆らって広場まで戻った。道の端に倒れている子に走り寄ると彼女は顔を上げてわたしの顔を見た。痛みと恐怖と不安からか、泣きじゃくっていてぐちゃぐちゃだった。もう、ヒーローを目指すと決めたのだ、責任だ義務だなんて、忖度している場合ではない。目の前に助けを求めている人がいるから、助けるんだ。それがヒーローなのだから。ヘドロの時のように震えて動けないなんて絶対に嫌だし、助けられてばかりは嫌だ。あの時の緑谷のように、さっきのピンクの子みたいに、わたしだって出来るんだって証明するんだ。

「大丈夫?」
「挟まっちゃって…たすけて!」
「もちろん、助けに来た」

女の子の足を塞いでいる大きな石はわたしの力では退かせそうにない、ということは、やることは一つ。すぐそこまで迫っている超巨大ロボに向かってわたしは走り出した。震えなんて気にするな、大丈夫、わたしなら出来る!心の中で自己暗示を掛けながらあと10メートルほどというところで両足を踏み込み高くジャンプする。10メートル、20メートルと高く跳躍し、ロボの顔面に到達する。

「 衝撃インパクト 」

右足を空中で回し、ロボの顔面に蹴りを入れると触れた一瞬に個性を発動させる。そのまま反動で後ろに倒れていくロボの額に乗り、顎を掴んで地面まで勢いをつける。ガシャアン!という音を響かせ、ロボの頭は地面に叩きつけると、そのままロボはプシュウ、と煙を吐いて動かなくなった。

「終了〜!」試験開始時とは打って変わって模擬市街地に響き渡るほど大きなプレゼント・マイクのそんな声を聴き、わたしはようやく終わった、と思いながらホッと息を吐いた。