08



「あ、爆豪おつかれ」
「…………」

試験が終わりそのまま解散になったため、一緒に帰ろうと誘うために校門で緑谷を待っていると、もう一人のクラスメイトを見つけたので一応声を掛けておく。わたしを見るなり嫌そうな顔をして「コイツちゃかり無事だったンか」とでも言いそうな目をした。怪我でもすれば満足だったのか…?爆豪は「…自己採点は」と試験の結果が気になっているようだったので「49ポイント」と答えると鼻で笑って勝ち誇ったような顔をした。

「あ、ねぇ緑谷見てない?まだ来ないんだよね」
「あ?…クソナードなんざ知るかよ」
「結構試験内容ハードだったよね…怪我してないといいけど…」
「怪我するくらいならそのままくたばっちまえばいーんだよ」
「アンタ倫理観どうなってんの…?」

悪人面をしたまま親指で首を切る動作をした爆豪に顔から血の気が引いていく。実際あの場に無個性の緑谷がいたら怪我どころの騒ぎではなさそうな予感はするけれど、それを置いといてそのシャレにならん発言はどう育ったら出来るんだ…?久しぶりに爆豪のやば発言を説教していたらいつの間にか雄英から離れていて、まぁいいか。と思いながら爆豪と一緒に帰路についた。

その1週間後、わたしは早朝から家の玄関前に座って郵便ポストを眺めていた。入試試験の合否通知はそろそろ来るはず。ぶっちゃけ実技の手ごたえはあったし、筆記だって、人生イチ勉強したかもしれない、というほど頑張ったのだ。自信は五分五分、どちらかと言えば願い込みで合格のイメージが浮かんでくる。

試験当日一緒に帰れなかった緑谷は、後から聞いた話によるとあの試験の最中で気絶してしまっていたようで、しばらく救護室にいたのだという。肝心の試験はというと筆記は自己採点でギリギリ合格ラインを越えてはいたものの、実技の方は手ごたえなしだった、と言っていた。その話を聞いた時の緑谷の光の灯っていない瞳と心ここにあらずな表情が少し気になった。

実際の実技試験を受けてみて、やっぱり個性ありきなことが大前提だったし、個性を持っていたとしても怪我をしていてもおかしくはなかった状況に、改めて緑谷にとってこの挑戦は酷だったのではないかと思ってしまった。緑谷が傷ついている姿は見たくないな、そんなことを思いながらはぁっと息を吐き出すと、どこからともなくバイクのエンジン音が聞こえてきた。

「っ!」
「おはようお嬢ちゃん、今日も早いね」
「えへへ…ご苦労様です」

この2〜3日ずっと郵便が来る時間にここに張り込んで直接郵便物を受け取っていたからか、郵便屋さんには顔を覚えられてしまった。少し恥ずかしくなってマフラーに顔を埋めると「はい」と郵便物を渡される。

「来てるよ、お待ちかねのやつ」
「っ、!」

手の中には「雄英高校」と書かれた封筒の手紙が入っていて、思わず顔を綻ばせると、配達員さんはいい結果が出ることを祈ってるよ、と言ってバイクに乗って走り去ってしまった。その背中にお辞儀をしながら合否の通知が入っているであろう封筒を両手で握りしめ、早く結果を見たくて家を飛び出した。まだ空も白んでいる最中の寒い冬の早朝なのに、なかなかの愚行だなと思いながらも、走る足を止めることはできなかった。

着いたのは最近話題の多古場海浜公園。つい最近までゴミだらけだったのにいつの間にかチリ一つない綺麗な海岸になっていてデートスポットになっていると話題になっていた。さすがに早朝だからか人影は見当たらず、ここなら見られると思い、封筒を丁寧に開けていく。

中には書類が一枚と、なんだか固そうなブローチのような何かが入っている。封筒の中を滑らせてそれを手の上に乗せると、フォン、と空中に映像が映し出された。どうやらホログラムプロジェクターだったようだ。映像の真ん中にはネズミが映し出されていて、スーツを着ているものだから小さい頃に集めたシルバニアファミリーを思い出した。そのネズミは「今回はお疲れ様なのさ!試験の結果を発表するのさ!」と喋りだして、このネズミ喋るんだ、という感想と、遂に来る、という緊張の二つの意味でドキドキと胸が鳴る。祈るように両手を合わせて握りしめると。

「筆記は危うかったが、ギリギリ合格」

まずは第一難問クリア。筆記は地味に苦戦してしまったから点数がいいとは思ってなかったけど、やっぱりギリギリだったかぁ…数学と地理を重点的に学んだ方がよさそうだよ、と苦手教科を再認識させてくるネズミに、実際に顔を合わせているわけではないのに「ですよね…」と苦笑いしてしまう。仕方ない、勉強はこれからも死ぬほど頑張ろう、そう気持ちを切り替えると「では実技の方はどうだろう?」そういって結果が書いてあるであろう紙を見つめるネズミ。最大限焦らしを入れながら何度か発表しようとする様子に全身緊張が走る。ごくり、息をのむと。


「堂々の合格なのさ!」


バッと紙を投げ捨てながら明るい声でそう言った彼の言葉を一瞬理解できなくて固まってしまった。

「……え、?」
「おめでとう!キミも春から雄英高校ヒーロー科の生徒なのさ!」

映像に「congratulation!!」という文字がデカデカと表示される。震える両手で口元を覆うと、ネズミは実技試験のポイント結果を告げた。自己採点では49ポイントだったけれど、それはどうやらヴィランポイントなるものだったらしく、どうやら裏で救助ポイントという採点も行っていたのだとか。わたしは試験の最中に岩に足を挟んで倒れていた女の子を助けようと人波を掻き分け、ポイントにならないヴィランを撃破し、見事女の子を救ってみせた…というのが評価され、随分たくさんのポイントをもらって実技だけでいうとトップだった、と告げられる。なんだそれ、やっぱあの超巨大ロボそんな意図があったのか、とかまぁ色々言いたいことはあったけれど、それも言葉にできないくらいわたしはひとり浜辺でボロボロと泣いた。

「ここが君のヒーローアカデミアなのさ!」


そう言い残すとホログラム映像は消え、聞こえるのは波の音だけとなった。
わたしにも出来た、ヒーローになれると証明してもらった、没個性でも平凡でも、わたしもなれたんだ。ヒーローに。わたしの人生の、主人公に。

それからは救助ポイントのことを聞いてもしかして、と思いながら急いで緑谷に電話すると、彼もちょうど通知を見た直後だったらしく、電話口の声は震えていて鼻をすする音も聞こえてきた。わたしも同じような音を出しながら「受かったよ、緑谷は?」と聞くと。


「っ、……うかっ…受かったよ、僕も…!」


予想よりはるかに大泣きしている緑谷の声に吹き出して笑う。そうか、やっぱり彼はあの会場でも誰かを助けようと動いたんだな。無個性で小心者のくせに、自分の身を投げ打ってあの仮想ヴィランと戦ったんだ。そんなの、最高にヒーロー過ぎるじゃないか。

それからは、ようやく果たせた春からの約束と、二人の夢の第一歩を踏み出せたことを興奮気味に話した。この1年色々なことがあったけれど、きっと私たちなら大丈夫だよね、と言うと、緑谷も「うん」と嬉しそうに共感してくれた。

「来年度もよろしくね、緑谷」
「こっ、こちらこそ!苗字さんっ、」



▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ウチの中学から雄英進学者が"3人"も出るとはなぁ!」

雄英受験組で合否結果を学校に伝えに行くと、爆豪以外の合格は視野に入れてなかった担任が職員室で驚いたように大きな声でそう言った。おかげで他の教師からは注目の的だし、同じように受験先の合否結果を伝えに来ていた他の生徒からも食い入るように見られて居心地が悪い。「特に緑谷は奇跡中の奇跡だな!」と明らかに失礼極まりない一言を添えて笑い始めた教師に、緑谷もわたしも笑い返すことはできなかった。なにより、一番の居心地の悪さの原因といったらわたしの隣に立っている人物で。

「ッ、……チッ!!!」

教師を目の前にしているというのにも拘らず、特大音の舌打ちをかます人生最大に不機嫌なこの男。爆豪勝己である。鬼の形相をしイライラを隠さずに両手をポケットに入れ、立っているのに貧乏ゆすりをする様は誰も近づけないほどに凶悪と化していた。てゆうか、もうそれ貧乏ゆすり超えて地団駄踏んでるのでは…?突っ込みたいところではあるが、いま爆豪に関わったら本気で殺される気がするのでやめておく。触らぬ爆豪に祟りなし。

あとは卒業式に登校をするのみ。1年しかいなかったけど、何だかんだこの学校にいるのは楽しかったな、友達もできたし、夢も出来た、目標に進んでいる気がする。景色が毎日色づいていくような感覚だった。それもこれも、緑谷に出会えたおかげだ。感慨深くなっていると、廊下から「久々のファイトだぞ−!」と聞こえる。なんだなんだと野次馬精神で人の集まる方へ向かうと、裏校舎の陰で爆豪が緑谷を詰めているのが見える。


「ちょっ、何してんの!やめなさいよ!」
「ウッセェ!!てめえもだクソ転校生!ポッと出てきたと思ったら俺の人生設計狂わせやがって!」
「何言ってんの、アンタはアンタの人生を生きればいいじゃ…」
「…っ俺は!!…

俺だけが雄英進学者じゃねーといけねェんだよ!!」


今にも緑谷に殴りかかりそうな爆豪を止めんと間に割って入ると、爆豪の目は血走っていた。思っていたよりキレているようだ。「史上初、唯一の雄英進学者」箔を付けて雄英に入学するんだと春から何度も言っていたが、正直みみっちいしそんな箔に何の意味があるんだと軽く見ていた。彼にとってそれがどれだけ大事だったのかなんて考えたことがなかった。しかし考えてみたら、彼は「自分が一番強い」ことにいつも拘っているように思う。いつかぽろっと言っていた「絶対勝つのがヒーロー」という彼のヒーロー像に起因しているのだろう。彼にとって雄英に入学できる、ということはその人は自分より強い、または同じくらいの実力ということになる。そしてそんな相手が間近にいるということは、爆豪自身が、負ける可能性を示唆していることになるのだ。

「……爆豪…あんた、」
「クソが…舐めやがって……っ!!」
「っ、!」

目の前に拳がきて思わず避ける。思い切り振りかぶっていたようで後ろにある石壁を思い切り殴ってしまったらしく、石がガラガラと崩れる音と同時に骨の折れるような音が聞こえた気がした。

「っ…!ばか!なにやって…」
「……ッ、ウッセェ!!触ンな!!」

大事な手に何してんの、と言いかけながら拳を握っていたその手を触ると、痛みもあるのか顔を歪めながらもわたしの手を思い切り叩いて振りほどいた爆豪。そのまま乱暴な足取りでどこかに消えていくのをわたしはただ見送ることしかできなかった。彼は、何処でどう歪んでしまったのか。この1年しか彼を見ていないわたしにはわからなかったけれど、一つだけ理解できたことがあった。爆豪も、ちゃんとヒーローになろうと足掻いているんだなということ。ホントにヒーロー志望なのかと何度か疑ったけれど、しっかりと訂正したいと思う。彼もちゃんとヒーローの卵だ。

機嫌の悪い爆豪と、無個性でヒーロー科に受かった緑谷。色んな波乱もあったけれど、桜の散るある晴れやかな日、わたしは折寺中学校を卒業した。そして4月、新生活がスタートする。