後編2
「 風柱様へ

 たぶんアンタは死なないというか、殺しても死にやしないだろうなと思って筆を取らせていただきました。覚えてらっしゃいますか。浅草・凌雲閣の任務でアンタに踏み台にされた隊士です。あの時の「走れ」は普通に「走れ」という意味であって、「俺を踏み台にしても構わんから」など言った覚えはありません。アンタの踏み込みで俺は肩甲骨が折れました。めちゃくちゃ痛かったです。

 さて挨拶はこのくらいにして、そういえば竈門がなんやかんやで俺の弾劾裁判をなかったことにしたので、その後は俺もいろいろ忙しかったので、ついぞもう一度ちゃんとお会いする機会がなかったなァと。ということで、アンタは気にしなさそうですが、俺が凌雲閣の昇降路で何をしたかの話でも挟んで、頼みを書くことにします。

 粉塵爆発の話は覚えていますか。建物内に入る前にした話です。細かい粉塵が舞っているなかで火元が発生すると、粉塵に燃え移り、それが伝播して巨大な爆発になる場合があります。あの時俺が使った理屈はこの粉塵爆発と、もうひとつ。断熱圧縮もどきです。
 エレベーターを指して「ピストンみてーに」と言いました。ピストンというのは、最近ちょっと街中で見るようになりましたね、自動車のエンジンに使われている部品です。これが何かというと、マめちゃくちゃ雑な説明になるんですが、霧状になった燃料の入った空気を筒の中で一気に圧縮すると爆発するので、その反動でうまれる「押す力」をアレコレして車輪を回す力に代えて走るのが自動車だよという話。俺がやったのはこれの「押す力」だけ使ったやつです。
 昇降路を落ちる客車かごを上から『滝壺』でブッ叩いて、下の空気を圧縮する。運が良ければ発火します。そこで運よく条件が揃っていれば、かごの下で粉塵爆発が起きます。下からの爆発で押し上げられたかごで鬼ドーン、ぎゃー、ヤッタネ! みたいな。すいませんね、しばらく寝てないもんで、自分でも変なこと書いてるなって自覚はあります。実際上手くいったんで、マそういうことだったのかーくらいで。あとはもう俺があれを自慢したかっただけです。炎に包まれながらぶっ飛んでくる客車かごを避けるのめちゃくちゃヒヤヒヤしましたからね。火傷すげー痛かったんですからね。俺頑張った。えらい。

 あと、上に落ちる水。あれは俺がめちゃくちゃ必死こいて上に水持ち上げてたんですよ。アンタあの任務のあと方々に「水が上に落ちることってあるか」って聞いたそうですね。あるわけないだろ。あ嘘、俺が知らないだけであるかもしれない。知らんけど。
 凌雲閣の横に瓢箪池がありましたでしょう。あれは火除地を掘ってできた人工池なんですが、地中までブチ抜けたらワンチャンねえかなと思って先述の粉塵爆発で地階の基礎工事ぶっ壊してみたら、思いのほか深くまで大穴が空きまして。水がわんさか湧いてきたので、「こりゃ丁度いいや、粉塵爆発もじん肺も防止策に「水を撒いておけ」ってあるし、アンタも動きやすくなるだろうから、フラッシュオーバー起こすのも怖いし色々もろもろ一回水浸しにしよう」っつって、上向きに放った『滝壺』と『生生流転』で上層階まで水運搬しました。で、昇降路の中の粉塵を燃焼で減らして水で洗浄と加湿して、ざっくり「普通の空気」に戻しました。だのでアンタは呼吸を使ってもダメージがなかったわけです。
 理解できましたか? わかりますか? とんでもない努力の末に血路を開いたと思ったら足蹴にされる気持ち、ちょっとでもわかりました? いやわかんなさそうだな。書いててしんどくなってきたので、別に需要もない解説と恨み節はここまでにします。

 ここからは、俺からの頼みです。
 結局裁判が見送りになってしまったのでその件に関してこれといった沙汰をもらっていないんですが、東さんを覚えていますか。鬼殺隊を知ってしまったあの警察官です。
 元気にしているそうです。あれから別方面が忙しくなっちまって月島署には顔を出せていなかったんですが、監視についた隠をうまいこと見つけて「あんちゃんと目つきのヤバい白髪の兄ちゃんは無事なのか」と訊いているらしいです。
 あの人、ほんとに言ったら聞かないんで、一回顔を見せてきてやってくれませんか。
 ここで書くのもなんですけど、たぶん俺死にます。
 だので、アンタ、ちょっと東さんと会ってきてください。で、俺がたまにやってた東さんの手伝いを、俺の代わりにやってきてください。
 俺諸事情あって人間のこと大嫌いだったんです。『だった』んです。今にして思えば、東さんのことも、島田さんのことも、村木隊士たちも、アンタにも、随分な物言いをしていたと思います。でもアンタも大概人付き合いクソクソ下手くそです。それは俺が保証します。
 東さんはでっかい人です。俺たちみたいな若造、「うっせえガキだな!」とか言いながら、案外ちゃっかり手玉に取られたりするんです。どれだけ勉強しても年の項には勝てない。だから、アンタがいくら言葉で下手打ってもあの人は許してくれます。受け入れてくれます。俺を笑って許した男ですよ、どう転んでもアンタを一人にはしておかないと思います。
 全部繋がってるんだ。俺たちは一人で戦場に立つかもしれないが、そこに立つまでに何人もの手を借りてるんだ。アンタどうにも死に急いでる気がするので、一足先に気付かされた先輩(階級は下ですけど)から、ちょっとお節介です。
 人を諦めるな。世界を諦めるな。様変わりしたのは手前の心境だけで、世界はアンタが昔愛した姿のままですよ。
 ちょっとポエミーでしたかね。ポエミーってわかりますか。わからなければ、声に出して言ってみてください。それできっと意味がわかります。」



 いろいろなことが片付いた。実弥は本数の減った指で手紙を手繰る。あの隊士は橋本新平という名前だったらしい。面白い奴。理論武装した奴。踏み台にした奴。あいつは、死んだらしい。
 頼んでもないのに理屈がツラツラと書かれた遺書は、案外遅くになってから実弥に届けられた。実弥も読む気が起きずしばらく放置していて、今日はたまたまなんとなく夜明け前に起きてしまい、再び寝るのもなんかアレだし、そもそも寝付ける気がなんかしないし、と適当に暇つぶしを探したすえに見つけた。
 相変わらず何を言ってるかわからん。あの瞳の深さは、その思考の深さだったのかもな、と思いながら、実弥は特に何も考えず指示に従って口を開いた。

「ぽえみー」

 いやわからん、どういう意味なんだ。首をひねった拍子に、本数のたりない指から遺書が滑り落ちる。あーあ、クソ、めんどくせ、と拾い上げて気づいた。まだ続きがある。


「なわけねえだろバーカ。アンタの顔から「ポエミー」って言葉でてくるって想像するだけで面白い。おもっきし肩踏みつけてくれたお返しです。恥ずかしい? ざまあみろ。
 詩的、って意味です。またひとつ賢くなりましたか? そら覚えたての「ポエミー」抱えて東さんのとこ行ってください。
 奥方は梅木屋の饅頭がお好きだそうです。手土産に持っていかれることをおすすめします。


 追伸。
 これはちょっと懺悔。玄弥に銃を教えたのは俺です。もしお怒りでしたら、他の人の迷惑にならない程度に墓を荒らして頂いて結構です。いや、そもそも墓建ててもらえんのかな俺。ちょっと調子乗りました。
 玄弥、どえらい筋が良かったですよ。一生懸命で必死で。精一杯考えて。アンタのために戦おうとしていました。あの子は頑張りました。ほんとに。本当に頑張ってました。
 これからどうなるかはわからないけど、みんなが無事で済むように動いてるので、玄弥も無事でしたら、後生ですんで一回褒めてやってください。
 長々と失礼いたしました。どうかお身体にはお気をつけて。鬼殺隊を頼みます。
       橋本新平」

 読み終えて、しばらく実弥は紙面を見るともなしに見ていた。外は徐々に明るさを増し、今日も朝が始まる。実弥は部屋がすっかり明るくなってから、今できる最大限の丁寧さで遺書を畳み、一度ちょっかいみたいに小突いてから置いた。

「……案外運任せじゃねェか、バカがァ」

 少し風の強い朝だった。以前の苛烈さからは想像もつかない小さな罵倒は、存外風に攫われたりはせず、実弥自身の耳に届いた。
 外を見る。風が木葉を巻き上げている。人々の活気づきはじめる気配。赤子の鳴き声。人の営み。
 そのすべてを見下ろす空は、青かった。
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