『聴取記録』
――これより記録を開始いたします。橋本隊士、まずはご帰還お慶び申し上げます。
どうも。
――では、詳しいお話しを聞かせていただきます。無限列車での任務について。
既に報告書を提出しています。
――査問により、まだ書かれていないことがあるのではないかという話になりまして。橋本隊士は自身のお気持ちが記録に残るのお好きではないでしょう。
だから口頭で訊こうってんですか? これも記録残るでしょう。
――聴取が嫌でしたら、ご自分の手で補遺を追加していただいても構いませんが、そう手配いたしましょうか。
そら出た。そうなると思いました。いいですよ。喋りますよ。
――そのお言葉を待っていましたよ。では、さて、改めて。無限列車で見た夢の話をしてください。
竈門や杏寿郎がそうでしたが、幸福な頃の記憶を夢に見る傾向が強いようで、俺も故郷の夢を見ました。秋田県は駒形山、父と母と俺で暮らしていた頃の夢です。見始めた当初、俺は今と変わらない状態でした。
――変わらない、というのは。
この背丈、年、頭です。今ここでしゃべっている俺がそのまま過去に飛んだような始まりでした。俺は家の前にいて、ほどなくして父が麓の村から帰ってきました。日露戦争より前の、記憶にある中でいちばんやさしい父の姿でした。ああ、昔の父だと思った瞬間、俺は鬼殺を志してから積み上げてきたものを失いかけた。幼少の姿になって、父に抱き着いてました。「おがえり、今日は早えがったねゃ」とか言いながら。父は「新平が待っでらから、はえぐ帰っでやらねばね」とか、そんなことを言って、俺を抱きました。というか、ここで気づきました。ああ、父が俺を包めるくらいデカいな。ああ俺が小さくなったのか、って。
母もすぐに迎えに来て、俺と父を叩いて雪を落として、「寒いべ、中サ入れ」と、なんなら俺を抱え上げて家に入りました。父は仕留めた獲物を麓まで売りに行って帰ってきたらしくて、厨では、父が帰ってきた日にいつも食うセリの入った汁が温められてて、「新平、手伝ってけれ」と言われて、もうなにも疑わずに箸を支度して、椀を持って、飯の準備してました。外は真冬で、背丈より高い雪が積もってて、木立が凍って鳴いてるのに、家のなかは信じられないくらい温かかった。
その感覚がなんか違和感あって、あれっと思って。俺平熱が低いし低血圧だしクソ冷え性なんですけど、足の先までポッカポカなんですよ。おかしいなと思って、やっと「あこれ夢だ」って思い出しました。
思い出したら、姿が元に戻ってました。戻ってたって言うか、えー、今の俺。両親は「なした」「はえぐ食」って気にした素振りもない。あー、と思って。
――その、「あー」の部分を説明してください。
あー、はもうあー、でしかないんですけど。そうだな。温かいんですよ。俺だって親殺されて鬼殺を志して今までやってきましたから、そりゃもうめちゃくちゃ恨みはあるんですよ。できれば二度と、あんな理不尽なことで人が死ぬの御免なんです。
この姿に戻って、すべて思い出したといえばいいのか。この先の未来に何があるかを思い出して、絶望しました。この優しい父がまた戦争に往く。母が毎夜泣いて父を待つ。父はやっと帰ってきたかと思えばひどく痛めつけられているし、母も伴侶が帰ってきて喜ばしい気持ちとこんなはずじゃなかったみたいな気持ちの真ん中でずっと悩んでいるし。んで結局また両親は鬼に食われて死ぬんだろうし。嫌でした。二度と。俺も小さい人間ですからね、自分のものが喪われるの嫌なんすよ。
――そして自決をした、と。
はい。夢だったけど、悔しいですがいい夢でした。だからこそ許せなかった。ここから動けなくなってしまうことが腹立つ。俺はもうすっかり走る術も殴る術も身に着けたと思っていたのに、足をとられたのがムカついて。それに両親を使われたことが許せなかった。ふざけるなよ、と。
――いい夢だったからこそ、鬼によって見せられたのが我慢ならなかった、と。それで自決を?
どうせ正直に言わないとここから出してもらえないんですよね。
――お話が早くて助かります。
でしょうね。正直に言います、それだけじゃないです。本当に幸せな夢でした。だからこそ腹が立ったんですが、本当に幸せだったんです。だから、いい夢の一番いいところで死のう、と思いました。
――……。
言えっつっといて言葉失ってんじゃねえよ。ここが人生の最高潮だと思ったので、夢のなかだろうと、そこで人生を終わりにしようと思いました。今にして思えば、報告書にも書きましたが俺のガキの頃は無力の象徴です。何もできない。何もわからない。いくら安穏としてようがそこで終わりでいいってのは自分ながら信じられないですね。動揺してたんだと思います。動揺した勢いで自死しました。
――そうでしたか。自決し、夢から覚めたと。
はい。寝ても覚めても悪夢でしたけど。
――自決の方法を伺います。
最初は刃物を探したんですけど、もうこの姿だったので、懐に小銃を持ってたのを思い出して、それで頭ぶち抜いて死にました。
――お言葉ですが、やってますね。
おかげさまで。両親の悲鳴聞く暇もなく死ねてよかったなとは思います。
――時に、橋本隊士。
はい。
――人から、一言多い、と言われたご経験などは?
そもそも人とあんまり喋らないです。
――そうでしたか。では、無限列車に関しての聴取をこれにて終了いたします。……失礼、まだ離席なさらないでください。上弦の参についての聴取がまだあります。
ああもう、わかりました。ちゃっちゃかやりましょう。ちょっと急ぐので。
――ご予定が? まだ蝶屋敷預かりと伺っていますが。
ええ。でも病室に騒がしいのが来るので。部屋を借りてる藤の家紋の家から本を持ってきてもらったんですが、めちゃくちゃにされていやしないかと。
――そうでしたか。では、次へ参りましょう。