カードが語る過去

「サキの所には行かせない」

ミチルはデッキケースを握りしめる。悲痛な表情は、彼の意思が堅いことを伺わせた。

「集合知サキは、俺たちの宿願なんだ、そのために何もかも捨ててきた。もう戻れないんだ、シキ。2度とだ」
「でも、それでリンクネットが崩壊したら意味がないっすよ!サキは、ファッションのページを見るのが好きって笑ってたっす!大切に育ててきた子が好きなもの、消えちゃうんすよ!?」
「シキ、君は誰にでもそうなの?」

ミチルの隣に立ったツバサが言う。乱れた髪から覗く眼が、今まで見たことのない昏い光をたたえていた。

「友人、先生、親兄弟と、常に一定の人格で接しているつもり?」

ツバサの問いかけは、問いかけの体を保っているが返答を許してはいなかった。有無を言わせぬ気迫がシキの口を閉じさせる。

「サキは複数の人格モジュールを使い分けられる。サキが君に見せた人格モジュールだけがサキの全てだと思っているなら、君は自惚れすぎだよ」
「そんなことない!」

シキが思わず声をあげると、ツバサはくつくつと笑い出した。ミチルも顔を怒りに歪ませている。

「ぽっと出てきて……僕らの希望をことごとく邪魔して……能書きを垂れる君が……僕の、ミチルの、サキの何がわかる!」

リンクネットが姿を変える。今シキたちがアクセスしているエリアを、ミチルのプログラムが丸ごと書き換えていた。
そこは暗い海の底だったが、大きな船の残骸が絶えず海面から沈み、荒れ狂う波に揉まれて不規則に漂っている。

「完成したサキの所には行かせない。君が持っている『炎星帝・ポラリス』のカードをキーに、サキを起動させる。ここで、僕らの舞台上から消えてよ。子供の遊び場は公園、でしょ?」
「シキには、β版のサキのデータでもあげよう。君が欲しがってたサキと、君の好きなリンクネットの残骸で、何も知らず、一生遊んでいればいい」

荒れ狂う海底で、ミチルとツバサはデッキを引き抜いた。ビークロの強さはカード、構成はもちろん、意思の強さも欠かせない。シキは歯噛みした。
意思の強さ、オレの唯一の取り柄。そこだけは、負けられない。
デッキを引き抜き、掲げる。

「それでも、……それでも!」

振り絞るように、シキは叫んだ。
ウェイクアップ。



***


シキが膝をついた。

「残りライフ1000……まだ、まだ!」

とは言え、頼みの綱のカードは墓地、ツバサとミチルの繰り出すモンスターの効果で場にいる自分のモンスターも思うようには動けない。

「コール!レベル3の『アルタイルガンナー』を通常召喚!場の『プロキオンウォーリアー』の効果で、『アルタイルガンナー』の守備力、攻撃力を200アップ!『アルタイルガンナー』の効果!相手フィールドのモンスターが全て攻撃表示の時、相手プレーヤーに自身の攻撃力ぶんのダメージ!」

恒星を模したガンマンが、ツバサに発砲する。

「バーン効果とは、小賢しいな。墓地の『コードシーカー』のモンスター効果、自身が墓地にいるとき一度だけ場に『コードトークン』を置く。『コードトークン』の効果発動。バーン効果を無効化し、効果処理後にこのカードを破壊。そしてトラップ『サバイバーズギルト』発動。自分フィールドと相手フィールドのモンスター一体ずつを指定し、どちらかが破壊された場合、その攻撃力ぶんのダメージを指定モンスターに与える。俺は自分フィールドから『コードトークン』、お前のフィールドから『アルタイルガンナー』を選択」

ミチルが発動したコンボによって、恒星のガンマンは破壊され、墓地へ送られてしまった。

「くっそお……っ」
「あ、おしまい?じゃあ、僕のターンだね。僕は手札から装備魔法『気象衛星』の効果を発動、自分フィールドの『忘却の女神ミザリー』に装備。自分の墓地の電子族モンスターを場に召喚するよ。さあ、出てきて!」

ツバサの叫びに呼応して、遠い海の闇から3体のドラゴンが泳ぐように近づいてくる。ドラゴンは悠然とシキの前に立った。

「犠牲者の鼓動、列をなして進め!覚醒召喚!」

3体のドラゴンと『忘却の女神ミザリー』が光に包まれ、やがて混ざり合って一体のドラゴンが現れる。

「蘇れ、『亡失龍・バクラヴァコードドラゴン』」

リンクネット内にデータの波が荒れ狂う。波に飲まれたシキは、記憶の断片を垣間見た。

(母さん!父さん!やだあ!)
(船底に亀裂が発生、係員の指示に従ってください)
(ミチル、はやく!水が!)
(お姉ちゃん!)
(この波では救命ボートが出せない)
(だめ!ツバサ、ミチル、行って!お姉ちゃんもすぐ追いつくから!)
(二人で遺されて、かわいそうに)
(どうして?嘘ついてたの?)
(お姉さんの、サキさんの遺体が見つかりました)
(気象衛星の情報が正しく伝えられておらず)
(じゃあ、本当のことが分かってれば、誰も死なないで済んだんじゃないか)
(ミチル、僕は電子工学科に行く)
(この世界の情報のあり方がダメなんだ。僕が変える。新しいシステムを作る、父さんたちだけじゃない、あの事故の被害者と、これからも巻き込まれる人たちのために)
(集合知AIを作るんだツバサ、もう公的なものは信用しちゃいけない。大勢の市井の人が見聞きした情報を擦り合わせて、導き出した正しい情報を提示できるプログラムを)
(名前は)
(……サキ)

「……どうして、どうしてそんなことしちゃったんですか」

濁流から這い出たシキが呟く。サキは、ミチルとツバサは16年前のリンクフォール≠ノ端を発した一連の大災害群の被害者であった。

「……シキも、犠牲者は犠牲者らしくしてろって言うのか?」
「違うけど、でも」
「許せる?サキを稼働させる前から分かってたけど、リンクネットはあれから何も変わってない。脆弱で欺瞞と虚偽でいっぱいの仮想空間に、現実の僕らは命を握られているんだよ」
「…………」

ついに押し黙ったシキを見て、ミチルが乾いた笑いを吐く。

「その時産まれてもなかったシキに言うのも酷なのは分かってる、でもな、あんなことが、たかが16年でなかった事にされてしまうんだ。リンクネットはもはや世界の秩序だ。必要ないと判断されたものはどんどん消されていく。被害者リストも事故後の調査記録も、関係者リストも事故件数のデータも消された。あの男が起こした事故が世界から、なかった事にされるんだ」

ミチルとツバサの顔は、やけに痩けて見えた。戦い続けてきた顔だった。16年、リンクネットの波に逆らい続け、ボロボロになっていた男たちの笑みは哀しかった。

「黙って、られるか」

『亡失龍・バクラヴァコードドラゴン』が咆哮する。シキは何もできなかった。光線が降ってくるのをぼんやりと眺めているしかなかった。

「いつもの口癖はどうしたのシキ!「それでも」、でしょ!」

隔絶されたネット空間に声が響く。シキははっとして、叫んだ。

「それでも……それでも!!」
「その意気!速攻魔法発動!『乙女のブーケトス』!次ターンの自身のメインフェイズをスキップする代わり攻撃を無効化!」

空間にノイズが走り、リボンに包まれたブーケが光線の前に投げ込まれる。ブーケを焼き焦がす直前に光線は霧散した。
愕然とするシキの隣に大きなノイズが発生する。息を切らせながら中から出てきたのはミノリだった。

「ミノリっち!?」
「いやぁごめん。ここアクセスするのに時間かかっちゃって。それにしても、2対1とはまた大人気ないね」

ミノリは肩をぐるりと回してシキの隣に立ち直す。「シキ、立ちな」と言いながら、シキの方を見ずにカードを数枚差し出した。

「これ、って……!」
「みんながシキにって。みんな、リンクネットを守りたいんだ」
「リンクネットは変わる。2度と過去の惨禍を繰り返さないために……!」
「これからは『集合知サキ』がリンクネットを管理するんだ。どこにも依らない、独立した管理プログラムで運用すれば、ヒューマンエラーによる事故はもう起きない!」

ツバサは手札から魔法カードを発動すると、ミチルの墓地からモンスターを召喚した。ツバサのデッキはプログラムのように、一度走り出せば凄まじい速さで展開していく。

「『ヒュドラコードトークン』を素材に覚醒召喚!」

相手フィールドには、2体目の『亡失龍・バクラヴァコードドラゴン』が顕現する。

「これで終わりだ、やっと終わるんだ!そこを退いてくれ!もう終わらせてくれ!」

ミチルが叫ぶ。ミノリも眉根を寄せていた。

「……オレも、オレももう退けないっす。倒れるまでやるしかないんだ!」

ミノリがカードを伏せ、ターンを終える。シキ、と呼ぶ声には、鼓舞の色があった。
現実で待っている仲間たちに背中を押される感覚。シキは、きっと前を見据えた。

「コール!レベル2モンスター『流星ロッカー』を通常召喚!特殊効果で、山札の中にある恒星族モンスターを選択して召喚できる!俺は『青春のカシオペア』をフィールドに!ミノリっち!」
「オッケー、速攻魔法発動『ハイジャンプ』!覚醒モンスターの素材が手札またはフィールドにある時、素材を墓地に送る事で即時覚醒召喚が可能!」
「オレは5体の恒星族モンスターを墓地に送り、覚醒召喚!」

モンスターたちが輝きながら海面へ上がっていき、やがて光が重なる。海底の砂つぶすらも数えられるほどの輝きに、ツバサとミチルは目を覆った。
シキは、目を見開いて叫ぶ。

「光り放つ道しるべ、オレを、オレたちをサキまで導け!覚醒召喚『炎星帝・ポラリス』!」

燃え盛る騎士がシキの前に降り立ち、2体の龍と対峙する。

「勝負は、ここからっすよ!」