4 玉の盃底なきがごとし
 猫のトライアルが決まった。
 決まった、というより、決められた。

「え自分の部屋謎にペット可なんでウチで飼えばよくないですか? で遊びに来て……なんならもう一緒に住んじゃいません? 今更ですけど、コッチの部屋でまた生活家電揃えたりするの面倒臭いじゃないですか」

 そういうことになった。
 ホームセンターで購入が必要になったものは猫用のケージやらトイレやら、加えて物干し竿とスリッパ、ほかは目についた必要そうなものが随時。
 非番の日、二人はホームセンターで待ち合わせた。カートを押す諸伏高明の前で、玄沢龍仁は「あっち、タオル、タオル」と指をさしながら歩く。足取りは迷いがない。

「待ちなさい」

 こうも流されている自分に対して言うように、諸伏高明は言う。すべてが待て。時よ止まれ。おまえの美しさを理解するための、熟慮の機会を寄越せ。ここ最近の諸伏高明は世界に対して後手に回されている。鼻持ちならなかった、矜持が崩れそうで。

「君はなぜこうも……良くしてくれるんです?」
「警部のこと尊敬してますから」
「見え透いた嘘はおやめなさい」
「嘘じゃないですよ、嘘じゃ」
「本当でもない」
「確かにね。全部の本当ではないかも。でも嘘じゃ絶対ないですよ」

 いつから自分は玄沢龍仁にすら先手を取られるほどになったのか、同時に玄沢龍仁がここまで自力で辿り着くようになったとは。諸伏高明は胸中に満ちる相反した感嘆を、一旦すべて放り投げた。今はそれどころではない。
 玄沢龍仁はキッキン用品の棚で三徳包丁を手に取った。犯罪防止のためにラミネートされた商品写真だけが並ぶなかで、ふと諸伏高明は玄沢龍仁を見失いそうになる。

「警部、チェッカーズ世代でしたか?」
「いいえ、憧れたこともない」
「うそ。ナイフみたいに尖ってるのに」

 鼻つまみ者厄介者、そんなふうに呼ばれたことは多々あれど、ナイフと称されたのははじめてだ。驚きよりも興味が勝る心根を、諸伏高明は今ばかりは喜んだ。

「警部ね、研がれすぎて青く光ってる日本刀みたいなんです。触ったやつは全員絶倒、どっかのご本尊とかそんな勢い」
「刑事は謎を解き悪を断つ仕事です。良いのでは?」
「良いんですよ。最高なんです。ただ、危ないんです」
「周りが」
「いえ警部自身が」

 玄沢龍仁は手遊んでいた包丁の札を棚に戻して、これじゃないんだよなー、とのんびり歩き出した。つられて漫然と棚を見るともなしに見ながら後を追う。諸伏高明にはセラミックとステンレスの使い勝手の違いがよくわからない。

「めっちゃめちゃ研いだ刃物って、その分めっちゃめちゃ刃こぼれするんですよ。元の切れ味に戻すのにまた研ぐと、どんどん細く薄くなってしまって、ぱっきり折れちゃうんです」
「本懐、という言葉があります。もとから抱いている願いを遂げて本当に壊れるなら、私はそれでよろしい」
「志半ばでも?」

 玄沢龍仁の声が冷たかった。驚いて見れば、玄沢龍仁は必死な顔をしていた。何をそんなに。

「見たことあります? 研がれすぎた刃物が、今じゃねえだろってタイミングで折れるとこ」
「……ものの話?」
「……まぁ、ものの話」

 嘘だ。否、本当ではない。
 いま玄沢龍仁はものの話をしていない。人が折れる瞬間の話をしている。

「自分はやったことあります、力任せに研ぎすぎて」
「想像に難くない」
「ハハ、ほんとに呆気なく行くんですよ。その後も危ないんです、ギッラギラに研がれた刃物がギッラギラの断面で二本も転がってる」
「怪我はしませんでしたか?」
「えっ」
「え?」

 「ものの話」のポーズを取られているなら、事故に対して当事者の心配をするのは、なにもおかしい話ではない。諸伏高明はそう思ったから訊いた。怪我の有無を。
 玄沢龍仁はそのことに随分驚いた様子で、再び「え?」と言った。

「ですから、君はそのとき、怪我は」

 人の話だろうがものの話だろうが、シンプルに心配だった。怪我なんてそう易々としていいものではない。まして、心情を吐露する文脈でまろび出た考えであるなら、それは気骨の深いところにある事実だ。怪我は、しただろうと思う。だから傷跡になっていて、今こうして話している。
 その傷跡を思って出た言葉でもあった。
 玄沢龍仁はびっくりキョトンとした顔のまま、フルーツナイフのパッケージをうろうろさせていた。

「……しました」
「そうですか、お大事に」
「ハハ……ありがとうございます。……いや違くて、自分はどうでもよくて。刃物のはなし」

 玄沢龍仁はフルーツナイフを顔の前で振って、カートに放る。刃が丸いうえ鞘がついている。

「警部が日本刀に似てて心配って話ですよ。いいんです、現場でその鋭さを振るってくれれば。でも四六時中そのままで、切れ味も落ちないようにし続けて、って。いつかパッキシ折れちゃいます。だので、鞘があったほうがいいんですよ」
「私はきみを相棒とは呼べませんよ」
「いい、いい。呼んでくれなくていいです。それだけ必死に研ぎ澄ましてるってことは、相棒はもういらっしゃるんでしょ」

 だから自分んちなんです、玄沢龍仁は笑った。



「猫用品は警部のシトロエンにお願いします、細々とした連中は俺の的盧に積んで行くんで」

 言いながらよどみなく仕分けられていく荷物と、滞りなく送られてきた地図。昼下がりの元気な太陽に負けないようないつもの爛漫な様子を見て、先日玄沢龍仁が見せた翳りを一層理解できなくなった。
 了承を伝えて、諸伏高明は人知れず携帯を持つ手に力を込める。

「じゃ、また自分んちで」

 捜査、プロファイリング、推理。いま玄沢龍仁に教え込んでいる刑事の基本。探偵の真髄。人の心を暴く術。
 それに基けば、人の自室はその人の精神をあらわす。
 これから、玄沢龍仁の自室を、目の当たりにする。
 玄沢龍仁は刃物と似ている諸伏高明を案じたらしい。が、あのときの玄沢龍仁もまた、確かに刃物だった。包丁にまぎれて見えにくかったのは、非科学的だろうがそういうことなのだろうと諸伏高明は思う。
 諸伏高明が危惧していたのは、以前犯人逮捕の際に見せた一瞬の翳り、ただその一瞬ぽっち。ただの一瞬がこうも長く不安をかき立てるならば、それはいつか長く影を落とすだろうと思う。事実、その翳りはホームセンターのキッチン用品売り場で表出している。
 解かなければならない。本部へ戻るロードマップに、翳りがあってはならないから。
 はつらつと走り出した的盧のテールランプを見送って、諸伏高明はしばし目を閉じた。いつもしてきたはずの暴き出す覚悟を、新しくできたとはいえ友に対して決めるのは、なかなか居心地が良くない。
 閉じた瞼の奥で光が弾ける。極彩色の目の裏は、流れる血の補色でもって緑色に輝いた。
 緑、か。思えば、蜀の将たる劉備にはいつも緑のイメージが付きまとう。

「……名が体をあらわすか、卵が先か、鶏が先か」

 諸伏高明は薄く目を開く。自分の手のひらが、やけに血色が良く見えた。
 とうてい緑には見えなかった。





 入り口がわかりづらいんです、と案内された部屋は、街からすこし離れた静かな場所だった。これにまず諸伏高明はいたく驚いた。なにせ仁でもって世を敷く仁徳の、酒場での交友でもって知見と人脈を成してきた玄沢龍仁が、こんなに飲み屋街からアクセスの悪いところに住んでいるとはついぞ思っていなかった。

「すいません、お荷物好きなところに置いてください」

 先に入室した玄沢龍仁に続き、諸伏高明は耳をそば立てながら靴を脱ぐ。玄関に靴がほぼない。室内を進む玄沢龍仁の足音がよく聞こえる。床どころか部屋にものが少なく、整頓された部屋での反響のしかたが伺えた。
 意外だな、ものが多そうなのに。諸伏高明は顔を上げて、自分の迂闊さに手が出そうになった。

「ご自由にどうぞ」

 促されて踏み出した先には、ほぼ何もなかった。入居当日かと疑うほど家財道具がない。物件備え付けの家具があるかないか、といったほど。

「本当にここに住んでいますか?」
「んー、まぁ、正直ちゃんと住んではないです」

 買ったものを置くだけ置いてパッと手を払いながら、玄沢龍仁は自宅を見るともなしに見た。人を招く気恥ずかしさとか、そういったものが一切ない素振り。私生活をここに構築していない故の振る舞い。言ったことはどうやら事実であるらしいのが伺える。

「だから自分んちなんです、って言いましたでしょ。あんま使ってないので、ご自由に使ってください。はい、お荷物もらいます」

 普段通りの人好かれする笑顔で、玄沢龍仁は諸伏高明から荷物を受け取った。まくらカバーとか一回洗濯しますがいいですか、と笑う。あれこれをてきぱきしまいながら、飲み物出しますよ、なんて笑う。
 玄沢龍仁が笑っている。
 欺瞞だ。

「シトロエンに乗りなさい」

 諸伏高明は脱ぎかけた靴をもう一度履いて、玄関から言った。他者評価すればずいぶん鋭い声音が出たが、自分でも驚くほどだった。何にって、そのやわらかさに。
 我ながらやわらかい声が出たことに驚く程度に、怒っていた。
 冷蔵庫を開けたままこちらを振り向いた玄沢龍仁の顔は、張子人形の笑みだった。同じ作業が幾度も繰り返されてできた形。そうあれかしと反復してできた反射。
 ホームセンターで玄沢龍仁を見失いかけたのは、彼もまた抜き身の刃物であるからだ。
 開け放たれた冷蔵庫がアラームを鳴らしている。むき出しの中身が痛んでしまうのを危惧している。

「見たところ、いえ見るまでもない。寝床がありません。住むどころか、寝泊まりしてすらいない様子。ここはただきみが借りている部屋にすぎません。きみは、どこで、暮らしているんです?」
「……」
「きみは度々、私の知恵を借りたいと言っていましたね。きみほどの御仁であれば、喜んで手を貸しましょう。ただ、私が何に加担しようとしているのかは教えていただきたい。きみは、なになんです?」

 すっかり靴に包まれた足元にまでヒヤリとした空気が漂う頃になってやっと、玄沢龍仁は冷蔵庫を閉じた。庫内の明かりが途絶えて、作りもののような笑顔はより一層無機質に見える。
 これを逃してはならない。この裏に、玄沢龍仁の気骨はある。このペルソナは、普段玄沢龍仁が寝食を過ごす部屋によってできたはずなのだ。そしておそらくその場所は、自罰として用いられている。
 仁義でもって世を敷く男、玄沢龍仁。そのオリジン、その根底。
 明かしてくれずとも、諸伏高明は玄沢龍仁になら喜んで与する。が、玄沢龍仁が望んでいるのはきっと、そのオリジンに自ら、もしくは他人がかけた呪いを解かれることだ。
 であるならば。
 その謎は、この眼前に晒されねばならない。
 そして、諸伏高明の眼前に晒された謎は、須らく解かれなければならない。

「シトロエンに乗りなさい。道案内を頼みます。行き先は言わずと知れた事でしょう、新野の上澄みたるきみであれば」

 玄沢龍仁はいつしか表情をきっかり写さない顔で、ただじっと諸伏高明を見ていた。その顔がいつかの事件で見せたあの一瞬、翳りの顔だと気づくのに時間はいらなかった。
 これを逃してはならない。この切欠を手放してはならない。
 心置きなく比翼に並び立つために、彼を手放してはならない。

「名探偵なんだから」

 玄沢龍仁は笑った。
 疲れた素振りだった。怪我を隠す素振りだった。怒られないために笑う素振りだった。音にすらなっていなかった。
 玄沢龍仁は繰り返し息の塊だけを吐いて、先ほど放り投げた鍵を拾う。はじめてのバイト先でやるような覚束なさ。教わってないことをやれと言われたような辿々しさ。
 それでも、玄沢龍仁は前を向く。ただ目線ばかりは下を向いている。

「だからお願いしたかったんです。力を貸してください。全て教えます、なにが知りたいのか、なにがわからないか」

 その痛々しさが、玄沢龍仁をこうさせたオリジンから芽生えた枝葉のひとつにすぎないのだと思う。
 痛々しい。諸伏高明はそう思って、玄沢龍仁が危惧した本質を理解した。
 抜き身の刃、その脆さを。





 玄沢龍仁が借りている部屋から車で十分ほど、歩けば二十分強くらいのところに、その場所はあった。
 なんてことはない子綺麗な集合住宅である。近隣に学校や飲食店がちらほらあるらしく、遊びに出る若者や帰路を急ぐ親子連れが行き交う。昼に待ち合わせてからずいぶん時間が経ち、あたりは夕餉の匂いすら漂う心温かな夕暮れ時だ。
 ただ、「ここです」と車を止めた集合住宅の近辺だけは様子が違った。
 見ないふりをするように、障らぬ神に祟りがないように、皆一様にうつむいて足早に立ち去る。
 曰くがあるだろうことが火を見るより明らかだ。
 玄沢龍仁はさっさか先を進んだ。それもそう、彼は自室として借りている部屋よりもこちらに寝泊まりしている。足取りが慣れきっているのも当然であった。
 目的の部屋の鍵を開ける音が、やけに別離のように聞こえた。平らになった心電図を切るとか、そういった印象。

「いいだけ捜査で調べ尽くしましたけど、なるべくあの頃のままにしてあります」

 そう言って開帳されたドアの先、玄沢龍仁を通り過ぎて押し寄せた空気の塊に、諸伏高明は瞠目した。
 疑念、悼み、恨み、汚濁。澱み。怨み。生き物のうらがわ。
 特段湿度が高いわけでも、温度がどうというわけでもない。が、明らかにドア一枚のこちらと向こうで空気が違う。
 押し寄せる空気に諸伏高明は一度目を瞑り、鼻から大きく息を吸った。理解してはいたが今一度の実感がある。覚悟がなければ、立ち入ってはならない。

「どうぞあがってください」

 薄暗い室内から玄沢龍仁が呼びかける。
 ここが彼の胸の内だ。
 諸伏高明は吸った息を長く吐いて土間を上った。




「元の所有者は大張真角、四年前にここで自殺しました。享年26歳」

 雑誌や電子機器が乱雑に積まれた室内は、そういった種のアリの巣に見える。玄沢龍仁は床に散らばった遺品を蹴飛ばさないよう、しかし慣れた素振りですいすい歩く。

「どれだけ調べても大張はなんてことない公務員で、道を歩けば声をかけられるような人だった。トラブルどころか、トラブルシューターとして街に好かれた人間でした」
「公務員というのは」
「税務署の職員です」
「きみとはどういった繋がりが?」
「新野に配属されて最初に追ったホシでした」

 自身にも覚えがある、諸伏高明は懐古する。刑事にとって、最初になにも出来なかった事件ほど傷跡を残すものはない。
 ただ、自宅を半ば棄てて入り浸るまでの異常行動に出るのは常軌を逸している。
 理由はすぐにわかった。広くはないがものを避けて歩く手間がかかって、また異質な空気のなかで神経を使って歩いたので、その場所に辿り着くまでに随分かかったような気がした。
 わかりやすく事故物件である。この部屋の異質の根拠である。今なお怨嗟のほとばしる異常である。
 人ひとり、と言われて納得できる血溜まりの跡がある。ほど近くにこの部屋の雰囲気とは違うクッションがひとつあって、玄沢龍仁は日頃これを抱き込んで寝ているのが伺えた。

「機捜はなんと?」
「通報案件じゃなかったんです。大張は公文書偽造や横領で追ってました。証拠が掴めて令状取れたので、さぁ、って時に」

 そこで一度玄沢龍仁は言葉を切って、リビングとして使われていたらしい部屋へ向かう。足取りがやけに大仰で精緻だと思ったら、当時の大張の足取りを再現しているらしい。散らかった室内は、その動作で蹴り散らかされたのだなと理解できた。

「大張はここへ来るとき通った個人商店の前を歩いていたところで自分たちと接触したのち、ここへ逃げてきました。ここで端末類を使用して、どこかへ連絡を取っていたようです。追いついたのはこのタイミングで、踏み入ったときにはここで」
「自殺しようとしていたと。凶器は?」
「素手です」

 玄沢龍仁は血溜まりの跡に戻ってきて、当時の大張とおなじ格好で座り、首をかきむしる仕草をする。よほどの様相であっただろうことがすぐわかる。

「凄まじい様子であったことが想像に難くありませんね」
「鑑定書には失血死としか書けませんでしたが、個人の所感をお伝えしても?」
「あればあるほどよろしい。君が感じた違和感をすべて教えてください」
「あれは自殺ではなく憤死です」
「憤死、と。人類史上二人めの?」
「なんで今それ言うんですか。一人めいたんですか? てか、大張まで来てやっと二人なんですか」

 憤死。怒り狂って死んでしまうこと。
 人類史上において憤死、と記録が残る人間は奇特にも一人で、それも十なん世紀とかの話である。科学の進歩とともに人は何をすれば死ぬのかがわかって、より詳細な理由のみが遺されるようになった。
 現代において、その死に様を憤死と解釈されるほど。なるほど。諸伏高明は髭を撫でながら着々と情報を蒐集し整理する。

「なにか言動があったということ?」
「ええ。まさに死ぬ勢いでこう、首を裂きながら」

 玄沢龍仁はふたたび首をかきむしる仕草をしながら言う。

「バーボン、バーボン……と」

 酒の名を呻きながら死んだ、と言う。
 今際の際でやりとりをしたらしい端末類にはプログラムが仕込まれていて、大張が死ぬさなかにデータ類は外部から削除されていた。復旧できる壊され方をしておらず、また方法も不明、既存のそういったソフトやプログラムによる破壊ではなく、ワンオフの専用プログラムが使用された可能性が高い。

「死ぬ前に一杯やらせてくれ、が罷り通る様子ではなかったんです。なぜ、どうして、といった様子で」
「ただ酒の名前としてではなく、なにかの符牒の可能性が高い。君の所感は?」
「人名」
「まさしく」

 大張は血税の一部を横流しした先で裏切られ、すべてを封じて死んだ、死なされたのだろう。助けを得られず死ぬしかなかったのだろう。
 なぜ、それはこっちのセリフだ。玄沢龍仁は風が流れるように言う。

「なんで死ななきゃならなかった? なんで殺されなきゃいけなかった? 人は死にます、それは間違いない。でもなんでそれが人によって起こされなきゃいけないんです?」

 これだ。
 玄沢龍仁のオリジン。
 なぜ人は殺される? なぜ人は人を殺す?
 先日の空虚な一瞬は、その根源から投げかけた眼差しであった。玄沢龍仁の真ん中には、膨大な疑問のウロがある。その場所から世界を見ようとするから、彼はあのとき腑が落ちたような面立ちであったのだ。
 普段諸伏高明に「なぜなにどうして」をしに来るときの顔は、もっときらきらしているから。
 玄沢龍仁は虚無の顔からすこしだけ、勘違いみたいにすこしだけ面立ちを和らげて言う。

「お知恵を貸してくださいって言ってたのは、こっちじゃなくて。こんなん禅問答なので、仏門とかで見つけるのが1番早いんです」
「仏門は仏門の、ミッションはミッションの解釈しか教えてくれませんよ」
「それはそれでいいですよ、結論は俺が出すんで。じゃなくて」
「私の知恵を借りて、解き明かしたいこと。ですね」
「大張に死ねと言ったのは誰なのか。一緒に考えてくれませんか」

 すっかり日の暮れた、薄暗いマンションの一室。カーテンすら閉め切られ、今なお怨嗟の立ち昇る暗闇のなか。
 言い切って振り返った玄沢龍仁の、目が光っている。
 諸伏高明が育て上げた慧眼だけの輝きではなかった。
 極限まで研がれ、自壊する寸前の刃。かつ、三国をその手に収めかけた烈火、その気配。
 この謎を解くまで止まってはならない。玄沢龍仁の目は、自身が自身にそうかけた呪いでもって、また本人の気骨でもって、暗い室内に灯火のように青々と萌えて光る。
 真正面で見据え返しながら諸伏高明は思った。
 自分の目はいま何色に光っているだろう。
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