気分転換

立体起動の訓練を行っていると、兵団舎の方が騒がしくなった。

「なんだろ…?」
「さぁ」

私の身長では何も見えず、隣にいたモブリットに尋ねるも彼も事態が良く分かっていないらしい。
暫くすると立体起動装置を付けたエルヴィン分隊長とミケさんがやってきた。
何故か立体起動装置を付けている。

「97期生、集合!」

教官をして下さっている先輩の号令で私達は整列をして揃って敬礼を見せた。

「楽にしてくれ」

分隊長がそう返したので私達は休めの姿勢に入る。

「エルヴィン分隊長、どうされました?」

先輩の兵団員が聞いた。

「久しぶりに訓練に参加したいと思ってる。構わないか?」
「それは…構いませんが…」

私達は湧くような声を上げる。
調査兵団内でもトップクラスの兵団員の立体起動が、壁内で見れる機会は新兵には早々無い。

「折角だから新兵と一緒に飛ぶのはどうだ」

ミケさんが分隊長に提案する。

「悪くないな。立体起動で鬼事をするか」

私達の空気が一気に冷え込んでいく。
鬼事って、鬼ごっこのことだよね。

「アネモネ」
「…何」
「どっちが鬼だろう…」
「それによって私達の精神的ダメージ変わるよね…」

分隊長はホルダーからトリガーを取り出しながら私達整列した新兵を見渡す。
目を合わせないようにジッと前に立っている同期の背中を見つめる。
私は、見物客で居たい…!

「アネモネ。前に来なさい」

願いも空しくエルヴィン分隊長は私を指名した。
心の中でガックリ項垂れつつ、隣のモブリットに頑張れ!と小さなエールを受けつつ、前に出る。

「鬼事は知っているな?」
「…はい」
「では、あの木の上に登って始めよう」

訓練場の一番手前の木を指差した。



※※


「エルヴィン!どちらが鬼になる?」

木の上に登った分隊長にミケさんが訊ねる。

「私だ」

少し離れた木に登った私にも聞こえる声で分隊長は答えた。
血の気が引いていく。
分隊長から逃げるの…?無理…絶対1分とかで捕まる…。
…いや、やるだけやってみよう。
気を取り直してトリガーを握り直した。

「始め!」

ミケさんの号令が聞こえたと同時にアンカーを射出する。
ガスを噴射させ勢い良く森の中へ飛び出した。


取り敢えず、分隊長から距離を取らなきゃ…!


次のアンカーを差し込みチラリと後ろを振り返る。

「へ…?」

分隊長は目の前まで迫ってた。
何て静かに飛ぶの!?
慌ててワイヤーを巻き上げて上に逃げる。
枝を蹴って方向を変え、またアンカーを放つ。
目の前の葉がガサリと大きく揺れた。
トリガーを操作してアンカーの射出方向を変えた。
バネの様に伸ばしたワイヤーに引っ張られ、私の身体は逆方向に向かう。
茂った葉からエルヴィン分隊長が姿を現した。
ワイヤーを巻き上げガスを吹かし、空中で身体を反転させる。


自分の行く方向が完全に読まれてる…!


何で読まれているのか考える。
立体起動の操作だけでは行く方向なんて分かりっこない。
何か、規則的な動きを無意識に自分がしているのか。
真上にアンカーを打ち付け空中を浮遊する。
分隊長も後を追ってきた。
ワイヤーを全て巻き上げ、近くの枝に足をついて別の枝に飛んだ。
後ろにアンカーを飛ばし後ろ向きに飛ぶ。
何だ、何を読んで分隊長は私の行く方向が分かるのか…。
打ち付けた場所までワイヤーが巻き上がってしまったので次のアンカーを…。

「あ…」

アンカーを射出する時、私では無くアンカーの打ち付けた箇所を見ている。
これだ、両方のアンカーを射出した箇所を見れば次の進む方向が読める。
ということは…。
私は左のアンカーのみ、ワイヤーを短く射出した。
さっきと同じく後ろ向きで飛ぶ。
片側のアンカー特有の不安定さで飛ぶ箇所を予測させづらくさせてみる。
大きく弧を描いて飛び、ワイヤーを巻き上げ次は右。
後ろ向きに飛んでいるので追いかけてくる分隊長と向き合う形だ、動きが変われば分かる。


でも、これだと、逃げてばかりになってしまう。
分隊長のどこか身体を触らないとこの鬼事は終わらない。
あ〜!考えることが多いよ〜!!


進む方向に障害物が無いかチラリと後ろを向いた、その一瞬。
分隊長の方に向き直ると姿は無かった。

「しまった…!」

両方のワイヤーに戻そうとガスを吹かしスピードを落として、左のトリガーの握りを強くした、瞬間。
後ろから腕を掴まれた。
そして胴体にもう片方の手が回ってくる。

「わっ…!」

後ろから抱えられる様な形で捕まってしまった。

「俺の勝ちか」

斜め上を見上げれば分隊長が愉しそうに目を細めている。

「…はい、自分の負けです」

流石分隊長、汗1つかいてない。
私は緊張とか焦りとか思考で汗だくだ。

「ワイヤーを1本で飛び、行く方向を読ませづらくさせたのは中々だった。だが慣れない操作は危険だ」
「はい…」
「流石97期生首席だ。新兵とは思えない腕前」
「あの…分隊長…」
「何だ」
「離して、頂けませんか…?」

立体起動の評価をして頂けるのは大変有り難いが、私も分隊長もワイヤーに吊られ空中に居たままだ。

「ふむ、そうだな…アネモネ、ワイヤーを全て巻き上げなさい」
「え?」
「今の状態で手を離すと、君が木に打ち付けられてしまう」
「だ、大丈夫です。幹に着地しますから」

頑なにワイヤーを戻さない私。
着地ごときで分隊長のお世話になる訳にはいかない。
分隊長は私の左手を掴んでいた手を離し、その手も胴体に巻き付ける。
右手を私のトリガーに伸ばしてきた。

「分隊長っ。あの、」
「動くな。落ちるぞ」

分隊長を落とすなんて滅相もない!
身体が強張る。
手の甲の上から自身のトリガーを持ったままの分隊長の指が絡んできた。
私のトリガーを操作され、ワイヤーが巻き上げられる。

「これでいい」

完全に分隊長の腕を借りて空中に居る状態になった、なんて情けない。

「ちょっと〜!!ちょっとちょっとお2人さん〜!?」

前からハンジさんが立体起動で飛んできた。

「戻ってこないから何してるのかと思ったら〜。イチャついてるの?」
「そんな訳無いじゃないですかっ!」

どうやったらその目にそう映るんですか!!

「ハンジ、私の勝ちだ」
「見りゃ分かるよ。まだまだ訓練が必要だね、アネモネ」
「…どんなに訓練しても分隊長には勝てる気がしません」

そもそも、技量以前に作戦を練るその頭脳が無いとエルヴィン分隊長には勝てないのだ。
今日痛感した。

「ミケに伝えておくから、ごゆっくり〜」

私達に手を振ってハンジさんは先に戻っていってしまった。
え、え、ハンジさん!?
置いて行く意味が分かりません!!

「降りるぞ」
「あ、はい」

そう言うと分隊長は私の身体を器用に反転させて向かい合わせの状態にさせる。
立体起動装置も付けて結構重くなってるのに、何て力持ち。

「アネモネ」
「はい」
「俺の首に腕を」
「は、はい!?」
「落ちたら怪我をする。回しなさい」

早くしなさい。分隊長の青色の瞳が圧迫してくる。
観念した私、もうこの状態だと逃げ場も何もあったものじゃない。
ホルダーにトリガーを戻して、出来るだけ負担をかけないように腕を首に回した。

「良いか?」
「…お願い致します」

分隊長が操作したワイヤーは大きな音も立てずに私達を地上に降ろした。
地に足が付いた瞬間、分隊長から離れる。

「色々とお世話になりました…」

余りの不出来さに下を向きながら詫びると私の頭に分隊長の手が伸びてきた。

「今日訓練に参加しようと思ったのは気分転換だった」

突然の話題に私は顔を上げる。

「最近、壁外調査以外の時間を分隊長室で過ごすことが多くなってしまった」
「そう、ですね」
「君を指名したのは新兵の中で1番立体起動の腕があるから。期待以上の腕前だ」
「分隊長…」
「アネモネ、君はまだまだ伸びる。鍛錬に精進しなさい」
「っ!はい!」
「今日は私も良い刺激になった」
「分隊長、ありがとうございました!」

改めて御礼を言うと分隊長は優しく目を細める。

「戻るぞ」
「はい」

分隊長からの予想外のお褒めの言葉に気分良く立体起動に移った。



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