仮説
分隊長の執務室へ向かいながらピクシス隊長の会話を反芻する。
捕まった駐屯兵団員は希望してここにやって来た。
理由は尤もらしいことを付けて。
でもそこには大きな矛盾がある。
もし、”誰でも良い誰か”を殺すなら、人数が遥かに多い駐屯兵団の方が選り取り見取れる。
わざわざ人数も少なく、殺めれば隠すことが難しい別の、調査兵団を選ぶ辺り。
「目的は…やっぱりマーガレッタ個人…」
個人、若しくはマーガレッタが私に渡した情報を知る者。
「アネモネ!!」
「モブリット…」
角を曲がるとモブリットとハンジさんが居た。
「良かった!昨日の夜から会えなかったから心配してたんだ」
「あ、ゴメン…」
「憲兵団が来たんだって?」
「はい、ハンジさん。でも、聴取はされませんでした」
「…捕まったんだってね、マーガレッタを殺した奴」
「そうみたい…さっき、ピクシス隊長がいらしたの」
「隊長が?わざわざ?」
「うん。自分の部下が犯したことだから、ってわざわざ」
「凄いね、ピクシス隊長って」
「生来の変人だって噂だね」
「…生来の変人のハンジさんに言われたくありませんね、隊長も…」
「私は変人じゃない。研究熱心なんだ」
何が違うんだ。
「モブリットは?何か変わりは無かった?」
「昨日はミケさんが警護してくれる中寝たから眠った気がしないよ…」
「あ〜…」
想像してみる、モブリットの眠るベットの側に立つミケさん。
「…威圧感凄そう」
「その通りだよ」
げんなりとした表情のモブリット、私とは別の意味で大変な一夜だったようだ。
※※
モブリット達と別れて再び分隊長の執務室へ向かう。
思考を再開させる。
捕まった兵団員は元々、憲兵団だった。
その兵団員の狙いがマーガレッタだと仮定して。
異動を申し出た理由は。
シーナだとここまでが遠いから?
いや、夜中の犯行だ、行動に制限はかかるが、移動する隠密性は然程変わらない。
マーガレッタの情報が欲しかった?
それなら調査兵団に異動してきた方が早い。
駐屯兵団を選んだ、その理由。
『薔薇の毒に気を付けて』
「薔薇…」
分隊長の執務室へ着いたのでドアをノックする。
「アネモネか」
「兄上。はい、私です」
返事をしながらも思考を続ける。
薔薇…注意…駐屯兵団…。
ドアが内側から開いた時、私の頭も1つの仮定を生み出した。
「…注意…」
「え?」
ドアを開けてくれた兄上が私に聞き返す。
「そうか…注意を引く為…薔薇が必要だったのかも…」
「アネモネ?何を言っているんだ?」
仮定を思わず口にしてしまった。
気まずくなって口を噤む。
「アネモネ、入りなさい」
「はい」
執務室に座った分隊長が私を呼ぶ。
分隊長の前まで行き敬礼を見せた。
「ピクシス隊長は何と?」
「一連の事件についてお詫びをされに」
「詫び?」
「はい。上官である自分の責任だ、と…」
それを聞いた分隊長はふぅ。と息をついて椅子に深く背中を預けた。
「そうか」
「後は、駐屯兵団員の話をして頂きました」
「ほぅ」
分隊長は机に肘をつき、手の甲に顎を乗せた。
「それで」
「…え、と…あの、分隊長」
「どうした」
「兄上に…聞かせても良いのでしょうか…」
分隊長に報告している間も、後ろの来客用のソファに腰を下ろした兄上の視線をバシバシ感じている。
「問題無い」
「俺も良い情報を持ってきてるんだ」
「良い情報、ですか…?」
「あぁ」
「その代わり事のあらましを話せという条件で合意はしている」
「良いのですか?」
「そうでもしないとあいつは情報を出さん」
「と、言うことだ。続けて、アネモネ」
「はぁ…」
秘密裏にことを進める筈なのに…。
「駐屯兵団員は私達97期生が入団した日、憲兵団から異動をしてきました。この地区を指定して。本人の希望だそうです」
「異動…」
「本人曰く、堕落した憲兵団に嫌気がさした、と。ピクシス隊長は駐屯兵団もそんなに変わらないものなのに、と仰っていました」
「確かに、そうだな」
「それで、なんですが…」
私が口ごもると分隊長は静かに瞬きをして、続きを促した。
「1つ、仮説を立ててみました」
「話してみなさい」
「憲兵団から駐屯兵団にわざわざ異動して、マーガレッタを狙ったのは、疑いの目を憲兵団では無く駐屯兵団に向けさせる為、だったのではないでしょう」
「疑いを、か」
「はい。駐屯兵団は調査兵団より人数が多い、訓練兵団の団員の殆どが毎年所属しています。不特定の相手を選ぶなら人数が多い駐屯兵団の方が都合が良い。少数の調査兵団を狙うなら、同じ兵団に異動してきた方が犯行は行いやすい。自首している辺り犯行を秘匿するつもりは無かった。つまり、マーガレッタという特定の狙いを定めつつ、犯行を行った兵団員は”駐屯兵団員が調査兵団員を殺した”。この事実が欲しかった…と、私は考えました」
話し終えた私はジッと分隊長を見つめた。
私の話を理解する為だろう、分隊長も私を見つめ返す。
「…成程、な」
静かに言うと分隊長は立ち上がる。
「憲兵団が調査兵団を殺すとなると、それなりの角が立つ。普段から衝突の絶えない同士の兵団員だ。世論も目を向けるだろう。…確かに、そう考えるのが自然か」
「ある意味、駐屯兵団も被害を被った可能性があるのか」
「私の仮説が正しければ、の話です兄上」
「お前の考えは大体合ってんだろ。大きく間違ったことは無い」
「そんなこと、証明出来る手立ては今ありません」
「ある可能性が無いわけじゃない」
もったいぶる様な兄上の言い回しに私は思わず訝しんだ。
「そういえば…兄上の情報は何なんでしょう」
「エルヴィン、話しても良いか?」
「構わない」
分隊長の返事を聞いて兄上は私を手招いた。
側に寄ると腕を引っ張られ、隣に腰を下ろした。
「この書類だ」
「これは…」
「兵団員が全員記入する。自分が殉職した後、どうするか」
その書類は私も記入した。
自分が亡くなった後、献体の提供に合意する書類、遺品を何処に届けるか指定が出来る書類。
名前はマーガレッタのものだった。
「修正がされてます」
「そう、その修正は10日前に提出された。受理されたのは2日前」
兄上の言葉に私は書類から目を上げた。
「10日前…?」
「その日は確か、訓練兵団最後の休暇、だったな」
「はい」
私はその日ウィスティリアの家に帰っていたので兄上も知っている。
マーガレッタ、そんなことしていたんだ。
「マーガレッタが亡くなって、その書類を見て、俺は違和感を感じた」
「違和感…ですか」
変更された送り先を見て私は困惑した。
「この住所は…どこですか?」
「都の地下街だ」
「…えっ?」
修正前の住所は斜線を引かれただけだったので読むことが出来た。
彼女がお世話になった牧師様がいらっしゃる教会になっている。
わざわざ、変えた?
入団直前に?
「まさか…娼家…ですか」
「ご名答だ、アネモネ」
私の中でまだ結びつかない。
「マーガレッタが遺品の送り先を変えた、その先が自分の生まれ育った娼家。この辺りは自然に感じますが」
「その娼家がロヴォフの行きつけだと言ったら?」
私はガバリと顔を上げた。
「…ロヴォフ…?」
「そうだ。俺がロヴォフを診たことがあるとエルヴィンには聞いてるな?」
「はい」
「…お前に話すのは気が引けるが、ロヴォフが俺の元にやって来たのは、娼家で性病を移されたからなんだ」
「なっ…!」
そうゆうことをしている場所、という認識はある。
改めて言われるとそれなりにショックは受けた。
「うわぁ…」
「…ドン引いてるな、アネモネ」
「だって…」
議員なんて良い役職に就いている人が、下半身の管理も出来ないのか。
「で、それを思い出してな。朝カルテを探している所に調査兵団の早馬が来たって訳だ。タイミング良過ぎだろ」
「確かに、凄いタイミングですね」
「それを踏まえて、だ。アネモネ」
執務机に腰を寄りかからせ、私達の話を聞いていた分隊長が口を開いた。
「ロヴォフについて新しい切り口が出来た。ただ、場所が地下街だ。危険を伴う」
「…まさか、分隊長。行かない、なんて仰らないですよね」
「そうは言っていない。危険だ、と言っただけだ」
「覚悟はしています」
「…君も行くのか、アネモネ」
「勿論です」
「…アネモネ。お前、」
「兄上。口を挟まないで下さい」
「なっ」
私の反論に、兄上も、分隊長も驚いた表情を見せた。
「これは私がマーガレッタに託された問題なんです。そして今はドンドンと事が大きくなって調査兵団、ないし他の兵団へも悪影響が及んできています。これ以上被害が出る前に、何か反撃の意志を出すべきです」
分隊長を真っ直ぐ見つめた。
表情無く私を見ていた瞳がフッと細まり、口角が上がる。
「…そうか。反撃、なんて使われたら私も許可せざる得ない」
「おいおいおいおいエルヴィン」
「アドニス、悪いが俺はアネモネに付くぞ」
「そんな危険な場所に自ら…行くのが調査兵団か…」
「その通りです、兄上」
「安心しろアドニス、正当な理由で行く」
「…どんな、」
「これです、兄上」
私は兄上が持ってきた書類を差し出した。
「これが?」
「はい」
「マーガレッタの遺品を送り届ける。それも調査兵団、分隊長の仕事だ」
分隊長の簡潔な説明にきょとりとした表情で分隊長を見た。
「仕事、か」
「そうだ、仕事だ。私は分隊長としての、アネモネはその付き添いで、だ」
「それは、確かに…正当だな」
納得せざる得ないじゃないか。兄上の顔に書いてあった。
.