共犯と情報

「…駐屯兵団と、ロヴォフ、か…」

私の言葉を聞いてもエルヴィン分隊長は表情を変えなかった。
何時もの感情の無い顔でメモをジッと見る。
…いや、違う。
多分頭の中では思考が回転している。
自分の中の情報で繋がるものが無いか、この2つを繋げるものがないか。

「それなら君を襲った相手が立体機動装置を着けていたのも頷ける」
「それ以上は…何も知りません」
「いや、十分だ。マーガレッタと君が襲われた、この事実もある」

私とマーガレッタ、その言葉でハッとした。

「モブリット…モブリットは、今何処に」
「安心しなさい、手は打ってある。モブリットにはミケを付けている」
「…流石です」
「抜かるのは好きじゃなくてな。君が襲われたと聞いて次は彼の可能性を考慮した」

私と会話している間もエルヴィン分隊長はメモから目を離さない。
凄いな、話しながら別のことも考えられるのか、分隊長は。

「アネモネ」
「はい」
「この件は取り敢えず、私が預かろう」

一人称が”俺”から”私”に戻った。
仕事モードに切り替わったのだろう。

「承知いたしました」
「君は休むことに専念しなさい。出血も酷かった」
「はい」

と返事をしてはた、と気付く。

「分隊長…」
「何だ?」
「分隊長はどこで休まれるのでしょうか?」

モブリットにミケさんがついている、ということは、私には分隊長がつく、ということ。
でも分隊長の私室には休むベットが1つしかない。

「さっき休んでいた場所だ」
「え」

あの狭い椅子とテーブルで、とてもリラックス出来るとは言い難い。

「身体…休まりますか」
「身体を休めないといけないのは君だ。私のことは気にしなくて良い」
「でも…」
「気にするな、と私は言った。命令をしないといけないのか?」
「いえっ」

脅しの様な文句に私は慌てて手を横に振った。

「では休め。ランタンは消すか?」
「大丈夫です…」

分隊長に言われてしまえば寝るしかない。
横になると分隊長は私の側のランタンの火を弱めてくれた。

「しっかり休みなさい」

少し目を細めて微笑んでくれる。
私も笑いかけると大きな掌が掛け布団の上を優しく撫でてくれる。
目を閉じて息を吐くと思っていたより自分の身体がリラックスした。
随分緊張していたんだな。
そりゃ、そうか。
隠し事してたし、それも幾つも。
自分の身体や心に閉じ込めるように溜め込んでいたいた胸の内をエルヴィン分隊長に話すことで少しは解放出来たのだ、気も楽になる。
そんなことを考えている内に私は誘われた眠りに落ちていった。


※※


目を覚ますと日が登り始めている時間だった。
起き上がると昨日までの痛みやふらつきが幾分無くなっていた。
少し離れた椅子とテーブルにはもう分隊長の姿は無かった。
職務に向かわれたのだろうか。

「…部屋、出ても良いのかな…?」

エルヴィン分隊長の部屋へは警備上の理由で私は居る。
その分隊長が居ない今、勝手な行動をとって良いものか、いやはや。

「でも、モブリット心配だしな…」

誰か呼ぼうか?
いや、声を出してまたあの駐屯兵団の奴が奇襲に来たら、でももう朝日も昇りそうだだし流石にこんな時間には…。
そうこう考えているとドアがノックも無しに開いた。

「アネモネ、起きたか」
「エルヴィン分隊長、おはようございます」

立体起動装置のベルトを全て外し、ジャケットも脱いだ分隊長が入ってくる。
私は立ち上がって敬礼をしようとするが分隊長が手で制止した。

「おはよう」

分隊長がまた水をコップに汲んで運んでくる。
差し出してくれたので受け取って飲み干した。

「調子はどうだ」
「起き上がれる程度には」
「アドニスに早馬を出してきた」
「兄上に…ですか?」

早馬は基本兵団内の緊急時に出されるもの。
私用では使えない。

「…兄上が、何か情報を持っているのですか…?」
「確か以前ロヴォフを診たことがあると言っていた。奴の情報が早急に欲しい」
「成程…」
「早ければ今日、憲兵団が聴取に来るだろう」
「えっ…」
「君で被害者が2人になった、調査兵団内で片付けられる事態では無くなったと判断される」
「私は…何を話せば…」
「何も話さなくて良い」
「え?」
「何も見ていない、聞いていない。何かに突然襲われた。それで良い」
「つ、通用しますか…?」
「その返答で様子を見る。アネモネ、君は白を切り続けれなさい」
「何かしてくるとか…無いでしょうか…」
「それは無い。白昼堂々と行うならとっくに行動に出ているだろう」
「それも、そうですね」

マーガレッタにても私にしても一連の強襲には”誰にも目撃されることなく命を奪う”という共通点がある。
それはつまり、”命を奪うという行動を誰にも目撃されたくない”ということ。
見られたら色々とマズい、そりゃ…駐屯兵団だもの、ね…。

「少し、恐いです」

聴取なんて、先々日団長に受けた様なものではないだろう。
憲兵団だから口調ももっと荒いだろうし、調査兵団を良く思っていない輩はゴロゴロと居る。
これを機に調査兵団を貶めようと考える者も現れるかもしれない。
言動は、慎重にしないと。

「私も同行する。心配はいらない」

昨日と同じようにエルヴィン分隊長はベットの空いたスペースに腰を下ろした。

「アネモネ」
「はい」
「私の共犯者になって欲しい」
「共…犯…?」
「そうだ。マーガレッタから渡されたこの紙、そして君が見たことはキース団長には報告しない」
「えっ」
「ロヴォフは議員だ。この一件に関わっているとの情報があれば揉み消す為動き始めてもおかしくない。表向きはマーガレッタの情報を持っていない体で、秘密裏に動く」
「秘密裏…ですか」
「先程言ったように君は白を切り続ければ良い。後は私が考える」
「そんなことをしたら…分隊長に危険が及びませんか?」
「壁外で何年も危険と戦ってきている。君よりは慣れている」
「それは…そうですけど」

やっぱり分隊長に話したのは間違いだっただろうか。
これから調査兵団を引っ張ってゆくであろう人を巻き込んでしまった。
本当に良かったのだろうか…。

「…私に打ち明けたことを後悔しているのか」

私の考えを見透かしたように分隊長は言う。

「…正直、これで良かったのか私には分かりません」
「先の事など誰にも分からない。だからアネモネ、悔いの無い方を選びなさい」
「悔いの無い…?」
「私が話しているのはあくまで提案だ。君が承諾するかは君自身に託す」
「そんな…」
「そうでなければ意味がない」

表情の無い彼の顔が私の返事を待つ。
悔いの無い、選択…。

「…分かりました。分隊長、貴方の共犯者になります」

私の選択、私の決断、私の責任。
全部背負おう。
自分に託した、亡き友の為に。

「…分かった」

エルヴィン分隊長は優しく微笑んで私の髪をそっと撫ででくれた。



※※



部屋を出て、先を歩く分隊長の後を追う。

「分隊長…」
「あぁ」
「あの…これって…」
「先を越された」

兄上より先にやってきた憲兵団、顔見知りのナイルさんだった。
どんな聴取が行われるのか警戒しながら挑んだけど、内容は聴取ではなく報告だった。
マーガレッタと私を襲った駐屯兵団員が今朝方、自首をしてきた。
今その駐屯兵団員を憲兵団が聴取している、というものだった。

「アネモネ」
「はい」
「私はこれで終わりにするつもりは無い」
「え?」
「マーガレッタと君を襲った犯人は捕まった。今はそれだけだ。ロヴォフの方は何も進展はしていない」
「そう…ですね」
「関わっている駐屯兵団員が憲兵団に拘束された以上、こちらから何かを仕掛けるのは不可能となった。ロヴォフの線から当たるしかない」
「…はい。…あ、」

前から見知った姿が歩いてくる。

「アネモネ!!!」
「兄上…」

兄上は私の姿を見るなりヨロヨロとよろめきながらやってきた。
分隊長が言った通り卒倒しそう。

「何だその包帯は!?あぁ、お前の見目麗しい顔が…」

何故そんなにショックを受けているのか。

「兄上、私は兵士です。これ位の怪我…」
「お前はウィスティリア家の娘でもあるんだぞ!顔に傷が残ったら…エルヴィン、何針縫った」
「10針だ」
「結構な傷じゃあないか!」

側に来た兄上は私傷口を包帯の上から触れて嘆き始めた、久しぶりにうざったい。

「これから俺はこんな思いをしなければならないのか…」
「兄上、お覚悟下さいませ」
「お前はこぉんな小さい頃からずっと大事に大事に育ててきた妹なのに…」

始まった、兄上の回想話。
私は呆れ顔で兄上を見る。
エルヴィン分隊長もやれやれ、といった様子だった。

「エルヴィン、アネモネ」

呼ばれ振り返るとキース団長が立っていらした。
私とエルヴィン分隊長は敬礼をする。

「団長」
「エルヴィン、ナイルから話は聞いたか」
「はい」
「今、駐屯兵団のピクシス隊長が来ている。アネモネ、君と話がしたいそうだ」
「自分…で、ありますか?」

思わぬ来客に私は目を丸くする、しかも自分だけと指名されて、だ。

「来客室で待たせている。行きなさい」
「は、はい…。あの、」
「団長、私も同行しても」
「駄目だ。エルヴィン」

分隊長の提案も却下されてしまった、これは1人で行くしか…。

「分かりました。アネモネ」
「はい」
「アドニスと分隊長室に居る。終わったら来なさい」
「畏まりました」

団長と分隊長に敬礼を見せて来客室に足を向ける。
ピクシス隊長はこの地区を担当している方だ。
話とは捕まった駐屯兵団員のことだろう。
でも、私に直接…?



※※



来客室のドアの前まで来たので強めにノックをした。
入ってくれ。という声が聞こえドアを開ける。

「調査兵団、アネモネ・ウィスティリアでありますっ」

背筋を伸ばし敬礼を見せる。
ピクシス隊長は来客ようのソファに腰を下ろし紅茶を啜っていた。

「君が。怪我をしている所悪いな」
「いいえ」
「楽にしてくれ」

敬礼を解き休めの姿勢に入る。

「座らないのか?」
「自分はこのままで結構です」
「そうか」

ピクシス隊長は立ち上がって私と対面する。

「今日君の所にやって来たのは、君にお詫びをしたくてね」
「お詫び…ですか?」

何のことでだろう?

「私の部下が申し訳なかった」

そう言うとピクシス隊長は頭を下げた、私がギョッとしてピクシス隊長の側に寄った。

「隊長!お止め下さい」
「君と君の同期を襲撃したと聞いた。これは上に立つ者の責任でもある」
「ピクシス隊長…」
「私の監督不行き届きだ。君の同期は亡くなったと聞いている。壁外での活動に身を投じる覚悟ある若者の命を奪った、この罪は重い」
「ピクシス隊長…頭をお上げ下さい…」

私が言うとピクシス隊長は従ってくれた。

「私も…亡くなった彼女も兵士です。心臓はとうに捧げています」
「それは人類の未来の為だ。私欲の為ではない」
「…では、隊長。私達調査兵団の命が人類の未来の為だとご理解されているなら、彼女の死を哀れまないで下さい。それでは彼女…マーガレッタの命が浮かばれません。そんな甘い覚悟で、私達新兵は調査兵団を希望した訳ではありません」

ピクシス隊長の目をしっかり見て言うと、彼は少し悲しげに微笑んだ。

「…それもそうだの。アネモネ、君の言う通りだ。私は君の同期の命を軽んじだ。改めて詫びよう」
「お詫びは必要ありません。ただ、あの…」
「なんだ?」
「その、拘束された駐屯兵団の方がどんな方だったのか…お尋ねしても?」

マーガレッタが駐屯兵団員に殺された、ここまでは事実。
だた、その2つの接点が未だに見つかっていない。

私が質問するとピクシス隊長は、座ろうかの。と着席を促した。
隊長は先程まで座っていた場所に、私は向かいに腰を下ろした。

「どんな奴だったか…と言われても、奴は異動してきて間も無い」
「異動…別の地区からでしょうか?」
「いいや。憲兵団からだ」
「憲兵…ですか。どうして、また」
「奴が言うには憲兵団の堕落した環境に嫌気が差した、と。そしてこの地区を指定して異動を申し出た。確か…君達が入隊した日と同じ日に」
「指定して…」
「憲兵団の堕落さは正直、今の駐屯兵団とそんなに変わりない。不可解だったが…新兵を襲うなんぞ、そんな目的で」
「そうゆう…趣味だった、とかでしょうか」
「稀におるが…儂も分からん。そこまで狂った奴の考えは変人と呼ばれる私にも理解出来ん」

そう言えばこの人も変人というあだ名がついている。
兄上とは随分違うようだけど。

「私が知っていることと言えば奴がここに異動してきた理由位だ。力になれず申し訳無い」
「そんなことはありません。こちらこそ不躾な質問をして申し訳ありませんでした」
「変人と言えば、君の苗字はウィスティリアだが、アドニスと関係が?」
「アドニスは私の兄上です」
「やはり、そうか。同じ髪色と目をしているからもしかして、と思っての」
「兄とお知り合いですか?」
「彼は優秀な医師だ。医学的な見解を求める時良くアドバイスを仰ぐ」

兄上、凄い。

「アドニスも変人と呼ばれているそうだな」
「生きた人間より死体と向き合ってる時間が長いらしく、何時の間にかそんなあだ名が…」

私は、ははっ。と乾いた笑いで誤魔化した。

「他の奴より探求心が強いのかの」
「そうかもしれないんですが、それにしては余りにも…」

我が兄ながら何だか情けない。
トントン、と外からドアがノックされた。

ドアが開くと駐屯兵団の方が立っていた。

「隊長、そろそろお時間です」
「おぉ、もうそんな時間か。呼びたてた所悪がねアネモネ、仕事の合間に来たものだからね。そろそろお暇するとしよう」
「門までお送りします」
「結構だよ。それより傷を早く治すことだな」

隊長が腰を上げたので私も立ち上がると、隊長は私に顔を近づけた。

「せっかくの綺麗な顔が台無しだ」
「…へ?」
「儂は美人に目がなくての」

隊長はスッと目を細め私を見た。
そこに感じた、あだ名の意味。
訂正、別の兵団の上官だけど、この方は兄上に負けず劣らず変人だ。

「ピクシス隊長」
「あぁ。行くとしよう。アネモネ、また会おうぞ」
「はい」

退室して行くピクシス隊長を敬礼をして見送った。
姿が見えなくなり、1人ふぅ。と息を吐いた。


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