逃走

「あ!アネモネ!!」

立体起動の訓練を終え、次の訓練場へと古城の外を1人で歩いていると、ハンジさんが向かい側から歩いて来た。
私は立ち止まる。
ハンジさんも立ち止まった。


ジリ、私は1歩下がる。
にじり、ハンジさんは1歩足を出す。
その瞳はキラリと光り、眼鏡に反射した。
私は今来た道をダッシュした。


「アネモネ〜!!」
「追いかけてこないで下さい!」
「君が逃げるからだよ〜!」
「ハンジさん今何考えてました?」
「アネモネを隅々まで調べ上げたいって思ってた!」
「やっぱり!!」

最近のハンジさんはずっとこれだ。
私の身体能力が高いと分かるや否や、私ことを色々と調べたいと追いかけまわしてくる。
堪ったものじゃない。

「悪い思いはさせないよ〜アネモネ」
「ひぃ!」

笑ながら追いかけてくるハンジさんの顔は、完全にマッドサイエンティストそのもの。
何されるか分からない。
こっちも必死だ。


角を曲がった所に登るには丁度良い木が目に入った。
ハンジさんが角を曲がってくる前に手近な枝に腕を伸ばす。
そのまま、するする上がる。
古城の丁度2階の窓の高さまで登って茂った葉の間に身を隠した、時。

「…アネモネ?」

古城の窓から見知った声に呼ばれそちらを向くと。

「…分、隊長…!」

エルヴィン分隊長が見開いた本を持って窓からこちらを向いていた。
その表情は、そんな所で何をしている?と語っている、そうですよね、はい。

「アネモネ〜!!」

大声と供にハンジさんが角を曲がってきた。
私は幹で上手く身体を隠す。

「あれ〜?アネモネ〜??…あ、エルヴィン」
「ハンジか」
「ねぇエルヴィン!アネモネ見かけなかった?さっきここを通ったんだけど」

身を隠しているから見れないけど、きっとハンジさんは上を見上げて分隊長を見つけて尋ねている。
分隊長、察してくれるかな…。

「…いや、見てないな」
「あれぇ〜?もう先まで走ってちゃったのかな…ありがとうエルヴィン!」

ハンジさんの走る音が遠くなった。
助かった!

「…もう出てきても良いんじゃないか」

分隊長がそう言ってくれたので顔を出した。

「助かりました、分隊長」
「また追いかけているのか、ハンジは」
「はい…」
「次会った時言っておこう。余り新兵を困らせるな、とな」
「ありがとうございます」
「しかし、そうしていると…」

分隊長は開いていた本をパタンと閉じた。

「幼い頃の君を思い出す。昔もそうやって木に登ってアドニスから逃げていたな」
「あれは…兄上が私をお茶会に連れて行こうとしたからです」

まだ訓練兵団に入る前なので大分昔、まだ子供の頃。
兄上は早々に上流階級の皆々様方が集うお茶会に連れて行こうとした。
当然そんな大人が沢山来る未知数な所なんて嫌で、家の近くの木に登って行かない。と意思表示をした。

「そういえばあの時、分隊長もウィスティリアの家にいらしてましたね」
「偶々休暇だったから行ってみれば、君が籠城ならぬ籠木をしていて驚いた」
「お恥ずかしい所を見せてしまいました…」

今もだけど。

「君は本当にお転婆だな、アネモネ」
「私が急に慎ましくお淑やかになったら、分隊長どう思います?」

そう訊ねると分隊長は男らしい指で自身の顎に触れふむ。と想像をする仕草をした。

「…何か悪い物でも食べたのかと思うな」
「そうでしょう?私もそう思います」

私がクスッと笑うと分隊長の目も細まり笑みを浮かべた。
…あ、そういえば。

「今思い出したんですけど、あの時私を説得したの、分隊長でしたね」
「アドニスに泣きつかれたんだ。俺の言うことを聞かないから何とかしてくれ。と」
「兄上…」

何と情けない。

「俺の説得には応じたな」
「そりゃ、分隊長は信用してますし…」
「アドニスは違うのか?」
「兄上は平気で嘘をつきます!」

人当たりの良さそうな好青年な見た目とは裏腹で、兄上は嘘もつくし人も騙す。
私だってあの時、大人の集まるお茶会と言われず、美味しいお菓子を食べに行かないか?と言われただけであった。
着替えを手伝ってくれた使用人がその内容を言うまで、私は兄上とただ美味しいお菓子を食べに出掛けるとばかり思っていた。
今思い出しても傷心な出来事だ。

「あのままお茶会に行っていたら、下手したら許婚を探されていたのかもしれないのですよ!今考えても信じられません」
「そうだったのか、初耳だ」
「あれ以来兄上の言うことは疑うことにしたんです」
「アドニスが聞いたらショックをうけるな」
「自業自得です」
「そうか。しかしそれは君が籠木してくれて良かった」
「どうしてですか?」
「もしその時、良い相手に出逢っていたら調査兵団を目指さなかったかもしれないのだろう?」
「そう…でしょうか?」
「活躍が期待できる兵士を1人失うところだった」
「期待だなんて…」
「君は非常に有能だ、側に置いておきたい」
「過大評価です、分隊長」
「そんなことは無い」



「アネモネ〜!!」



下から、声がした、その声は。

「…ハンジさん…」

ハンジさんは私を見上げニタリと笑っている。
戻って来ちゃったんですね。

「そぉ〜んな所に隠れてたの〜?」

お〜りておいで〜。まるでホラー小説のような口ぶりで私を呼ぶ。

「ハンジ、よさないか」

分隊長が窓からハンジさんに早速注意をしてくれる。

「だぁってエルヴィン!アネモネの身体能力の高さの秘密、知りたくない?」
「そもそも、調べたところで判明する類のものなのか?」
「調べてみないと分からないよ」
「不明確な調査は控えろ。アネモネを降ろしてやれ」
「…分かったよ。アネモネ、何もしないから降りておいで」

ハンジさんが従ってくれた。
本当に分隊長の一声、有り難い。

「分隊長、ありがとうございました」
「構わない。また同じような行動を行ったら言いなさい」
「はい。失礼します」

ペコリとお辞儀をして枝を伝ってするする木を降りた。

「本当に凄いね〜」
「分隊長がハンジさんがまた追いかけまわしたら言え、とのことです」
「えぇ〜。エルヴィンは本当にアネモネに過保護だなぁ〜」
「…そんなこと無いですよ」
「あるよぉ。絶対贔屓目してる」
「あ!いけない!!私次の訓練!!!」

そもそも何で古城の外を歩いていたのか思い出して青ざめた。

「次は巨人についての講習…を、ハンジさんから受ける…ハズ、ですよね?」

私が訊ねるとハンジさんもあっ!と口を開けた。

「マズい、皆を待たせてるね」
「急ぎましょう!モブリットに怒られる」

ハンジさんの背中を押して元来た道を急いだ。



.